63話・エニアさんの軍議解説
翌日、辺境伯のおじさんは本当に王宮に行ってしまった。勿論、オルニスさんとエニアさんも一緒に行く。
王様と会うのにアポ無しでいいのかな。
ちょっと心配だったけど、どうやらオルニスさんが昨日の内に連絡を入れていたらしい。さすが文政官、抜かりがない。
今回僕は行かないので、どんな話し合いになったか、帰宅後エニアさんから教えてもらった。
「お父様は元々軍務長官だったから、他の師団長達と仲が良いのよね。急に召集掛けたのに、ちゃんと全員揃うんだもの」
昨日の今日でよく集まったものだと思う。内容がアレなだけに、謁見ではなく軍議の形を取って話をしたんだとか。
参加者は、王様、ヒメロス王子、宰相、軍務長官のエニアさん、第一から第四師団長、各部長官、文政官のオルニスさん他数名。
「魔獣の大量発生について、クワドラッド州だけは国が把握してなかったから、まずはその報告から始まったの」
エニアさんは身振り手振り、声真似などを駆使して僕達に軍議の様子を僕達に説明してくれた。
「──久しいな、グナトゥス。息災であったか」
「王都に来るまでに些か疲れましたな」
国王に軽口で返す辺境伯グナトゥス。他の者が同じように答えれば顰蹙を買いそうだが、辺境伯に対しては誰も不快に思わない。
国王ディナルスも笑って流している。
「相変わらずだな。其方の領地、クワドラッド州はどうだ。魔獣の数が多いと聞いたが」
「大分討伐しましたからな、今は以前よりも獣が少ないくらいですわぃ」
ガハハ、と国王の前で豪快に笑う辺境伯。一応、発言の度に宰相イルゴスが嗜めてはいるが、全く聞いていない。
当の国王は気にする事もなく、辺境伯と駐屯兵団の奮闘振りを聞き、その働きを労った。
おおよその魔獣討伐数は、駐屯兵団から書面で報告が上がっている。それは他の三州の討伐数合計に並ぶ程で、軍議に参加していた師団長達や各部の長官は驚きの声を上げた。
まさかそんなに、と疑う意見も出たが、実際に毛皮や素材がその数だけ存在する。その目録を見て、一同はまた驚いた。
白の魔獣六十、灰の魔獣百五十、黒の魔獣八百。
これだけの数の魔獣が、クワドラッド州のみで討伐されたのだという。最も手強い個体である白の魔獣の割合が多い。他の州ではあまり見られなかった大型の魔獣も居たようで、数も多いが質も高い。
「これだけの数、毛皮を剥ぐだけで大変であろう。職人は足りているのか」
国王の問いに、商工長官が挙手をした。
「既に商工会所属の解体職人を何十名かクワドラッド州に派遣しております。現地で処理をして、そのまま買い上げる形を取りました」
王国軍第四師団が馬車の警備を担当し、大規模遠征で魔獣の数を減らしたからこそ出来た職人の派遣だ。
通常なら滅多に出回らない魔獣素材だが、大量発生により値崩れが起きている。商工長官はこの機に大量購入し、将来の商売に役立てようと考えているようだ。
「魔獣素材の売上で避難民達の損失を埋める事が出来た。後は一日も早く元の生活に戻れるよう手助けせねばならん」
辺境伯は驕る事なく、淡々と報告した。
これは彼にとって偉業でも何でもない。国王から任された領地と領民の生活を守るのは、領主として当然の責務だからだ。
それ故に、辺境伯はこう切り出した。
「此度の魔獣騒動で国中を騒がせた件の責任を取り、辺境伯の爵位を返上させていただきたい」
これには、事前に話を聞いていた軍務長官エニアと第一文政官オルニス以外の全員が驚いた。
一番の功労者といっても過言ではない辺境伯が、何故責任を取らねばならないのか、と。
「皆もまだ覚えておろう。二十年前の戦争で、儂はユスタフ帝国の帝都まで攻め入った。その際に魔獣を増やす施設を見つけ、これを全て打ち壊した」
「それは余も聞いておる。だが、それが今と何の関係があるのだ」
国王の疑問は尤もだ。二十年前はそれが最善だったはずだ。
「しかし、ユスタフ帝国は再び魔獣を人工的に増やし始めた。しかも、昔とは比べ物にならない数をじゃ」
クワドラッド州だけで千匹弱、他州と合わせれば二千匹程だろうか。とにかく大量の魔獣が蔓延っていた。
「儂が二十年前、ユスタフ帝国を完全に潰さんかった所為じゃ。魔獣の施設を壊しただけで終わりにすべきではなかったと思うておる」
目を伏せて過去を悔やむ辺境伯の姿に、師団長達が立ち上がった。
「何を言っとる、グナトゥス!そもそも陛下の許可なく隣国に攻め込むだけでも問題なのだから、国を潰すなど言語道断じゃろうが!」
第四師団長エヴィエスは、目の前のテーブルをバンバン叩いて抗議した。
「そうだ。お前があの時帝国に攻め込んだお陰で、後の二十年は平和だったのだ」
第一師団長エクセレトスも淡々と第四師団長の意見に追随した。
「その後の事まで責任を取る必要があるか!」
「そうだ!大体お前以外の誰に辺境伯が務まるというのだ!」
第二師団長オルロゴスと第三師団長オドロスもそれに同意して援護する。ワイワイ文句を言いつつも、辺境伯に責任はないと主張する師団長達。
これには国王ディナルスと王子ヒメロスも賛同した。
「グナトゥスよ。師団長達の意見は尤もだ。此度の魔獣大量発生の責を負うべきは其方ではなく、ユスタフ帝国だ。良いな」
その言葉を受け、辺境伯は顔を上げた。眉間には深く皺が刻まれている。
「……実はな、魔獣が出始めた頃に帝国が怪しいと思って何人か密偵を放ったんじゃ。暫く経っても帰らず、その後に魔獣が大量に放たれた。こちらが探っておった事に気付いたんじゃろう。だから、やはりこれは儂の責任じゃ」
最初に南端にあるキサン村が襲われ、徐々に魔獣の数が増えていった。その時既に、ユスタフ帝国が元凶であると確信していたという。
しかし、調査の最中に魔獣の大量発生が起き、領内の安全確保だけで手一杯になってしまった。
そこまでの話を聞き、国王は小さく息を吐いた。
「もし任から解かれ、肩書きが無くなったとしても、其方には自身の強さと駐屯兵団という戦力が残る。──其方は一体何をしようとしている?」
そう尋ねられ、辺境伯グナトゥスは顔を上げた。先程までとは違う、決意に満ちた表情だ。
「儂は、今一度帝国に攻め込むつもりじゃ」
これには一同が皆ひっくり返った。国王も、これには易々と賛同する訳にはいかない。
師団長達も言葉を失っている。
どよめく中で一番最初に気を取り直したのは、王子ヒメロスだった。
「エーデルハイト卿、貴方は辺境伯の爵位を返上した上で攻め込むつもりだったのですか」
「その通りじゃ」
鷹揚に頷く辺境伯。
王子を前に頭を垂れる事もなく、真っ直ぐに見返し、堂々と受け答える。
「わざわざ事前に王都まで来られたのは、爵位返上の申し出の為ではなく、他に理由あっての事ですよね?」
「左様。少数ではまた討ち漏らしがあるやもしれん。今回は王国軍に協力を頼みたい」
師団長達が姿勢を正した。
二十年前、辺境伯としてクワドラッド州に封じられる前のグナトゥスは、彼等の上に立つ軍務長官だった。
辺境伯になって以来、自ら兵を集めて駐屯兵団を作り上げた。
駐屯兵団のみで広大な領地を治めてきた彼が王国軍に協力を仰ぐなど、初めての事だ。
「申してみよ」
国王に促され、辺境伯グナトゥスは続けた。
「ユスタフ帝国との国境には、現在高い石壁が築かれておる。これがある限り、集団で攻め入る事は出来ん。故に、攻城兵器を用いたい」
「石壁を壊すのだな。はて、攻城兵器など我が国にあったかな?軍務長官」
「ないでーす」
「……だそうだが」
「我が国で一番攻撃力が高く、石壁をも破壊する攻城兵器と言えば、我が娘エニアと司法長官ぐらいじゃろ」
急に名前を出された司法長官アーニャは、飲んでいた紅茶を吹き出した。
「誰が攻城兵器だい!」
「成る程。軍務長官と司法長官の魔法で国境の石壁を壊させるつもりか」
「下手な兵器より手早く更地が出来ますな」
「ちょっと!勝手に話を進めんじゃないよ!」
まさかの攻城兵器呼ばわりに司法長官は反論するが、何故か周りは納得した様子で話を進めている。軍務長官エニアに至っては何故か誇らしげだ。
「この二人を借り受ける為だけに、はるばる王都まで来た訳ではあるまい」
「無論。帝国領内には未だ多数の魔獣がおるはずじゃ。石壁を壊した場合、そこから魔獣がサウロ王国内に雪崩れ込む可能性がある。王国軍にはそれを全て退治してもらいたい」
魔獣の大量発生の規模から見て、ユスタフ帝国の中には魔獣を増やす施設が幾つかあるはずだ。
侵攻に気付いた帝国側が魔獣の檻を開放し、野に放つかもしれない。その恐れがある以上、護りを固めず無策で攻め入る訳にはいかない。
「待て。王国軍は守りだけか?」
「我等も共に帝国へ参るぞ!」
師団長達が息巻くが、辺境伯は首を縦には振らなかった。あくまで王国軍はサウロ王国の守りに徹しろという事だ。
「石壁を壊すのはほんの一部分じゃ。大軍が出入りするには向かん。それに、大規模遠征でかなり備蓄を減らしたじゃろ?帝都までは距離がある。王都から帝都まで兵を移動させるにはちと酷じゃ」
確かに、再び全軍を動かす程の余裕はない。
ユスタフ帝国が魔獣を放った狙いは、サウロ王国の国力低下にあったのだろう。
それに、都市部以外には、僅かだが魔獣が残っている。まだまだ油断は出来ない状況だ。一般国民の安全の為にも、王国軍を戦争だけに回す事は出来ない。
「うむ、分かった。しかし、爵位返上だけは罷りならん。どのような結果になるとしてもだ」
国王はそれを理解し、辺境伯の意見に賛成した。
「では、師団を一つ国境付近に配置し、残る師団はこれまで通り国内の魔獣の対応に当たらせましょうか」
「待て待て、第四師団は前回馬車の警備だけで殆ど戦わなかったんだ!うちに行かせてもらうからな!」
「第一師団も王領警備だったからな。第二、第三師団が討ち漏らしたおこぼれしか回ってこんかった」
「討ち漏らしたんじゃないわぃ!遠征前から王領に潜んどった奴じゃろーが!」
「なんだと!!」
文政官オルニスの提案に対し、師団長達が我先にと手を挙げて発言した。あーだこーだと言い合い、軍議は紛糾した。
「──とまぁ、こんな感じで途中から全然話が進まなかったから、クジ引きでテキトーに決めちゃった」
エニアさんは笑いながら話してるけど、そんな感じで決めて良かったのだろうか。
軍議の様子を聞いた限りでは、態勢が整い次第、ユスタフ帝国に攻め込む事になりそう。
王都からクワドラッド州の南端までは、かなりの距離がある。今回出るのは一つの師団だけとはいえ、食糧等の準備が必要だ。
やっぱり戦争は避けられそうにない。
それを聞いたマイラは複雑そうだった。
ユスタフ帝国の内部に攻め込めば、辺境伯のおじさんだって無事で済むか分からない。しかも、今回は魔獣の脅威もあるのだから。
「……なんで争いが起きるのかしら」
マイラの問いに、僕は何も答える事が出来なかった
次回「殺意の波動」、更新は木曜日です。




