6話・初めての投獄
水と食料が尽きて半日が過ぎた。空腹はともかく、喉の渇きは耐え難い。日も傾き、もうダメだと諦めかけた頃、街道の先に建造物が見えてきた。
良かった、死なずに済んだ!
かなり大きな街らしく、高い石壁でぐるっと外周が囲われている。近付くにつれ、その石壁が城壁レベルで高い事に気付いた。まるで要塞だ。
石壁の外側にも建物が幾つかあるけど、全て牛や羊の飼育小屋で、集落ではなかった。街道周辺の草原が放牧地になっている。街道を我が物顔で横切る羊の群れに揉まれ、ヨレヨレになりながら門へと向かう。
大型馬車も通れそうな立派な門の脇に、詰め所らしき小さな建物があった。
暇そうに壁に凭れかかっていた門番のおじさんが、近付く僕の姿を見つけてサッと姿勢を正した。おじさんは革鎧を身に付け、手には槍を持っている。
「あー、通行証を提示してくだサーイ」
敬語だが棒読みだ。門番のおじさんは眠たげな表情で手を差し出した。通行証を出せ、という事なんだろう。
もちろん持ってないので正直に申告する。
「あの、ないんですけど」
「は? 失くしたの?」
「あ、いえ、その、最初から持ってなくて」
「どゆこと? そんなワケないだろ。どっから来た?」
「えっと、キサンっていう村から」
「はァ!? キサンにゃ年寄りしかいねぇだろが」
「そ、そうなんですけど……」
だんだんと喧嘩腰になっていく門番のおじさん。怖いけど、他に行く当てもない。なんとしても街の中に入れてもらわなくては。
言い負かされそうになりながらも必死に食い下がっていると、奥の詰め所から更に二人のおじさんが現れた。表で揉めてるから、様子を見に来たんだろう。
「なんだ、なにかあったか」
「聞いてくれよ、コイツがな――」
武装した強面のおじさん三人に囲まれてしまった。威圧感がハンパない。なんとか話をしたいが、緊張して声も出ない。震えて黙り込む僕を見て、門番のおじさん達は対応に困っているようだった。
その時、背後にある街道のから猛スピードで近付いてくる馬車の音が聞こえた。
「大変だ! 早く駐屯兵団に報告を──!!」
砂埃を巻き上げた馬車は門前で急停車し、御者台から少年が大声で叫んだ。その表情は焦りで鬼気迫っている。
「ロイスじゃねえか。そんな慌ててどうした」
「キサン村の人達が死んでた!!」
「死っ!?」
「死体が村の端っこに埋められてたんだよ! 全部は確認してないけど、多分アレ村の人全員だよ!」
よく見れば、この馬車とは今日の昼前に街道で擦れ違っている。そうか、キサン村に行く為に街道を走ってたんだ。村長さんが言っていた、半月に一度の行商って彼の事だったのか。
そう思い返していたら、門番さん達と馬車の少年が揃ってこちらを睨んできた。
「……ニイちゃん、キサンから来たっつってたよな」
「あっ、途中の街道で突っ立ってた怪しい奴!」
あれ? もしや、あらぬ誤解をされてる?
「え、あの、それがですね、」
「ロイス! この人をキサンで見たことあるか?」
「半月前に行った時はいなかったよ!」
「「怪しい!」」
キサン村で起こった事を話そうとしたが、僕より大きな声で捲し立てながら、門番さん達と少年が詰め寄ってきた。
「おい見ろよ、こいつの服のシミ! こりゃあ血の跡じゃねえか?」
「間違いねぇな。よくもまあ、こんな大人しそうなツラして……」
血の跡は、埋葬する時に付いてしまったものだ。何しろ現場は血の海だったのだから。多分、村人だけじゃなく白い狼の血も付いているはずだ。洗剤もないし、手洗いしただけでは綺麗に落ちなかった。
とうとう僕は両腕を門番さんに掴まれ、引き摺られるようにしてノルトンの街の中に入った。連れて行かれたのは、門から入ってすぐの場所にある大きな兵舎らしき建物だった。
なにひとつ言い訳も出来ないまま、地下の牢屋に放り込まれる。
ノルトンに着いて早々、まさかの投獄。
廊下のランプ明かりが、狭い独房を僅かに照らしている。固い石の床に石の壁。ベッドもないし、地下だから窓もない。
幸い水差しとコップは備え付けられていたので、とりあえず渇いた喉を潤した。素材が陶器じゃなく木製なのは、割って武器にしないようにする為だろうか。
肩掛けカバンは牢に入る前に取り上げられた。
見られて困る物は入ってないけど、スウェットや靴下を見られたら厄介かもしれない。
まさかキサン村住人殺害容疑で投獄されるとは思わなかった。野宿して獣に襲われるか、水と食料ナシで野垂れ死ぬか、それに比べれば人里に居られるだけマシだろうか。でも、無実が証明出来なければ、最悪死刑になるかもしれない。
村人を襲ったのはあの白い狼なんだけど、他に証人もいないし、容疑を晴らす手立てがない。取り調べの時に正直に話して分かってもらおう。もしダメだったら、その時は潔く諦めよう。
どうせ元の世界に居た時から死んでたようなものだし、襲撃の夜に死んでた可能性もある。
冷静に考えれば、お金も何も持ってない。街に入れても宿にも泊まれないし、食べ物も買えない。最初に会ったキサン村の人達が親切だったから忘れてたけど、僕はこの世界に誰も頼れる人がいない。
うまく人と喋れないし、力も無い。働き口を見つけるのも難しいだろう。色々考えてたらだんだん空しくなってきた。
とにかく、丸二日歩き通しだったから疲れた。
冷たい石の床に寝転がり、目を閉じる。上の階がバタバタと騒がしかったけど、そのまま朝まで目が覚める事はなかった。
翌日になっても取り調べもなく放置されたが、一応食事は朝晩支給されるので安心した。
食事といっても、噛みちぎれないほど硬いパンと、冷めた具のないスープだけ。なので、パンをスープに浸して食べている。正直美味しくないけど、ここは牢屋だし、僕は容疑者扱いなので贅沢は言えない。
飢えと渇きがないだけ有り難いと思わなくては。
そして、放置されてるからやる事がない。独房の中には何も無いし、地下だから窓もない。
見張りの兵士がたまーに点呼に来るくらい。
この地下牢には他にも幾つか独房があり、僕以外にも数人投獄されていた。時々騒いでは兵士に怒られたりしている。喧嘩っ早いんじゃなくて、これも多分暇つぶしなんだろう。
だが、ひきこもり歴五年の僕は暇に耐性がある。
暇があるなら寝たらいいのだ!
寝具は一切ないから直接石の床に横になる。多少体は痛いけど、ひたすら寝る。
そうして時間だけが過ぎていった。
投獄されても動じない、
後に監禁耐性としてスキルに登録されます。
嘘です。




