61話・初めての魔導具
ユスタフ帝国の間諜が近辺にいる事に警戒し、司法部が新たな道具を発明した。
今日はそのお披露目の為、司法部の研究棟に呼ばれた。長官の執務室には、アーニャさん、学者貴族さん、バリさん、そして僕と間者さんが集まっている。
「なんですかコレ」
「盗聴を阻害する魔導具だよ。これを身に付けていれば、離れた場所から声を聞くことも出来なくなる」
バリさんが魔導具片手に説明してくれた。
目の前のテーブルには、ループタイの飾りやペンダント、指輪、腕輪などが並べられている。それら全てに青い石が使われていて、見た目は違えど効果は同じだという。そんな便利な道具があるなんて。
試しに一つ手に取ってみた。
言われなければ、ただの宝飾品にしか見えない。注意深く青い石を覗くと、微かに文字が掘られているのが分かった。これが盗聴阻害の仕掛けなのだろう。
作動すると、範囲内に風の魔法で膜を張り、周囲に音が漏れるのを防ぐ事が出来るそうだ。
「使い方は簡単、身に付けるだけ! ただし、一日一回魔力を籠めないといけないんだよねー」
外している間は盗聴阻害効果はないらしい。
しかし、魔力のない僕やバリさんはどうしたらいいんだ。
「俺はカルカロスに魔力入れてもらってるよ。ヤモリ君は辺境伯家の誰かに頼んだら?」
「小生の所に来ればいつでも魔力を分けてやるぞ!」
「……マイラかラトスに頼むからいい」
どれくらい離れたら聞こえなくなるんだろう。後で試してみよう。
「これまで、国王の執務室や会議室とかの重要施設にゃ据え置き型の盗聴阻害装置があったんだけど、大きくてねェ。研究を重ねて、やっと小型軽量化に成功したんだよ」
「司法部の研究員が細工師に弟子入りして、超細かい文字を刻めるようになったから実現したんだよねー」
企業努力がすごい。こちらの世界でも、商品の小型軽量化が求められているんだな。
ちなみに、青い石は魔石とかではなく、ただの宝石なんだとか。土台となる金属に魔力を溜め込む性質があり、そこに魔法式を刻んだ石をくっつける事で盗聴阻害魔法を発動させる仕組みらしい。
石じゃなくて金属の方が重要だったのか。もしかして、すんごい高価なのでは?
「それでだ。まだ試作品だが、取り敢えず普段から身に付けておいてくれるかい? これ以上こちらの情報をくれてやりたかないからねェ」
「はいっ」
僕は腕輪型の盗聴阻害魔導具をそのまま使う事にした。
「ほら、アンタも」
「え。自分も?」
「ヤモリの護衛なんだろ? 身に付けておきな」
「……はぁ」
アーニャさんに強く勧められ、間者さんも魔導具を貰う事になった。一番小さくて目立たない指輪型にしたようだ。小さい分だけ魔力がすぐに無くなる上に効果範囲もやや狭いらしい。
使わない時は出来るだけ外しておくようにと指示されている。
ちなみに魔力持ちが装備するなら別途魔力を補充する必要はない。いいなあ魔力持ち。
学者貴族さんはループタイ型、バリさんはペンダント型を身に付けている。
後でアリストスさんにも選ばせるらしいけど、絶対学者貴族さんと同じループタイ型にすると思う。
「さて。この前の実験の結果、異世界から『スリッパ』を転移させる事には成功した。だが、たった一度の実験じゃ座標までは分からなかった」
アーニャさんの言葉に僕達は頷いた。
最終目標は、異世界の座標を割り出し、自由に世界を行き来する事だ。
しかし、スリッパひとつ転移させるだけで、古参貴族二人分の魔力を使い果たしてしまった。これでは、人間を転移させるのに何人分の魔力が必要になるのか見当もつかない。
「あの紙切れだが、『スリッパ』の一部でもないのに共に転移していたな。対象物に付随していれば、他の物質も共に転移出来ると考えて良いのだろうか」
僕も気になっていた事を、学者貴族さんが聞いてくれた。何故あのメモは転移出来たんだろう。
「ああ。そりゃ多分、対象物より小さくて軽かったから転移出来たんだろうねェ」
質量の問題なのか。
「国内での実験だと、多少大きくて重くても大丈夫だったよねー?」
「やはり次元を超えるとなると制限が掛かるのかもしれんな」
「でもさ、空間自体は繋がるんだし、こっちから手を突っ込んで引き摺り出すとかしたらどうかなー」
「おまえ……それは最悪手が持っていかれるぞ」
「え? あ、そっかー」
バリさんと学者貴族さんは、実験結果について真面目に討論している。ちょっと危ない発言もあるけど、こういうチャレンジ精神が研究者には必要なんだろう。
ていうか、学者貴族さんが止める立場なんだ。バリさんの方が後先考えてないとか意外だな。
「ヤモリ」
「あっ、はい。なんですかアーニャさん」
「この紙切れ、端が手で切られているように見えるんだが、元は大きな紙だったりするのかい?」
差し出されたメモは、ルーズリーフの端を正方形に切ったものだ。つまり、元の世界には大元のノートがある。
と、いう事は──
「アーニャさん、実験がもう一回出来ますね」
「やっぱりそうかい」
アーニャさんは口の端を上げて笑った。
前回の実験終了時に、その可能性に思い至っていたらしい。魔法の使い過ぎで疲れていたから後回しにしていたんだとか。
僕も、征緒からのメッセージに頭が真っ白になっちゃって、他の事まで考えられなかった。
「異世界にある大元の方が大きい場合、こちらの紙切れが向こうに転移する可能性が大きい」
つまり、こちらの世界からメッセージを送れるという事だ。紙切れは十センチ四方と小さいが、余白や裏面がある。小さな字で書けば、かなりの情報が送れそうだ。折った紙の中に別の紙を包むのもアリだろう。
メッセージの受取手は、多分征緒だ。
「これを使って実験をしたいが、次はもう少し慎重にやりたい。アンタは紙切れに何を書くか、それをしっかり考えておきな」
「……はい」
辺境伯邸に戻ってから、僕達は盗聴阻害の魔導具の有効範囲を確認する事にした。マイラとラトスも貴族学院から帰っていたので、理由を話して一緒に試してもらう。
まず、僕の腕輪型魔導具から。
装備した状態で声を出し、どのくらい近付いたら聞こえるかを実験する。部屋の端にマイラ達、扉側に僕が立つ。
「聞こえるー?」
僕が話し掛けても、二人は首を横に振るだけ。
部屋の真ん中辺りにいる間者さんにも聞こえてないみたい。一気に近付いて、三メートルくらいの距離で再度声を出したけど、これでもまだ聞こえない。
更に近付き、一メートル半程でやっと僕の声がマイラ達に届いた。
「すごいわね! なんにも聞こえない訳じゃないんだけど、近付くまで何を言ってるかは全く聞き取れなかったわ」
「魔導具、おもしろい……」
マイラとラトスは魔導具に興味津々だ。
オルニスさんの執務室に設置されているのはやや大型の物なので、携帯出来る魔導具は初めて見たんだって。
「それで、作動させる為に毎日魔力を籠める必要があるんだ。マイラ、お願いしてもいい?」
「いいわよ」
マイラが僕に近寄ろうとしたが、ラトスが間に入って止めた。ムスッとした表情で僕を睨む。
「待て。ボクが魔力をいれてやる」
「……どうも」
どうやら、魔力を籠める為とはいえ、僕とマイラが近付き過ぎるのが嫌みたいだ。
「ねえさまの魔力を身に付けさせるか」
僕の腕にある魔導具に手を翳し、魔力を流し込みながら、ラトスが小声で呟いた。最近大人しいと思ってたけど、シスコンっぷりは健在だった。
「お嬢、自分の指輪も魔導具なんすよ」
「そうなの? じゃ、あたしが魔力を入れてあげるわね」
ラトスが僕の腕輪に魔力を注いでいる隙に、間者さんの指輪にマイラが魔力を入れている。
ラトスが怒り出すかなと思いきや、なんと無反応だった。
「ねえ、あっちはいいの?」
「アイツはおじいさまの家臣だから問題ない」
え? そういうもん?
僕だって、ただの居候なんだから問題なくない?
ラトスの嫉妬の基準、よく分からないな。
1週間振りの更新です。
やっと第5章スタートしました!
今後ともよろしくお願い致します_φ(⚪︎∀⚪︎ )




