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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第4章 ひきこもり、王族に会う

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60話・スリッパと兄からの伝言

 僕達が『黒幕は宰相』だと思い込んでいる、とユスタフ帝国の密偵に誤認させる事に成功した。


 僕以外の全員が事情を知り、芝居をしていた。筋書き通りとはいえ、何も知らずに無実の宰相を疑ってしまったのが申し訳ない。


 密偵は一人を残して戻っていき、その一人は現在アーニャさんの魔法で幻覚を見せられている。


 つまり、今は誰も僕達を見張っていない。



「──さぁて、始めようか」


「え、何を?」


「決まってるじゃないか。『スリッパ』の実験だよ」



 そう言って、アーニャさんは革製のカバンから布に包まれたスリッパを取り出した。


 普通に手荷物に入れていたとは。



「でも、ここ侯爵家の客室だよ? 爆発しない?」


「んっふっふ。引き合う力の実験で爆発はしないよ。尤も、前みたいに邪魔者が乱入してきたら、倒す手段に困っちまうけどねェ」


「その際は、我等が対応致します」



 もし襲われたらアリストスさんのお付きの騎士さん二人が何とかしてくれるみたい。


 爆発しないなら安心だ。


 年配メイドのドナさんは、手早くテーブルの上を片付けている。全ての酒瓶やグラスをワゴンに移し、控えの間に下がっていった。


 アーニャさんがスリッパをテーブル中央に置く。



「幻覚魔法もやらなきゃならないからね、アタシの魔力はあんまり使いたくない。カルカロス、それとアリストス。アンタ達の魔力を寄越しな」



 屋根裏に残るユスタフ帝国の密偵には、アーニャさんの魔法で『他愛のない会話を続ける僕達』の幻覚を見せている最中だ。正しくは『見せている』でなく『聞かせている』だけど。


 魔力が途絶えて幻覚が中断されたら、これまでの芝居の意味が無くなってしまう。



「分かった。アリストス、いけるか?」


「は。魔力の塊を出すなど、学院の試験以来です」



 やや手間取りながらも、学者貴族さんに続いてアリストスさんも魔力の塊を出した。


 前回、司法部の広間で出した魔力の塊は直径四十センチ程だったが、今回は二人で魔力を渡すからか、一回り小さい。その光の球をアーニャさんに手渡す。



「流石は侯爵家。魔力が多くて助かるねェ」



 受け取った魔力を難なく吸収し、ニッと笑うアーニャさん。他人の魔力を簡単に扱っている辺り、この国一番の魔法の使い手というのは伊達じゃない。


 テーブルの前にアーニャさん、少し離れた位置で学者貴族さんやアリストスさん、僕と間者さんが見守る。


 騎士さん達はそれぞれ出入り口の扉とテラス側の窓の前に立って警戒している。恐らく、客室外の廊下にはアールカイト侯爵家の騎士が警備をしているはずだ。


 アーニャさんがスリッパに手を翳す。


 呪文の詠唱や魔法陣なんかは無い。


 対となる物質の持つ『引き合う力』を強化する魔法は、アーニャさんのオリジナルだ。空間と空間を繋げるのに必要なイメージは、全てアーニャさんの頭の中にある。


 学者貴族さんとアリストスさんから借りた魔力で、スリッパ同士が引き合う力を増幅させていく。テーブルを中心に、空気が凝縮されていくような、何かが集まっていくような感覚があった。


 バチッと光が弾ける。



「うわ、なに?」


「危ないっすよ。下がって」



 近寄ろうとしたら間者さんに阻まれた。


 僕を守る肩越しにテーブルを見ると、弾けた光同士が繋がって、真っ黒な穴が室内に出現した。


 一言で表現するなら、超小型ブラックホール。


 スリッパの真上に現れたそれは、徐々に大きさを増していく。最初は針先程度だった穴は次第に大きくなり、やがてスリッパを覆い隠すまでに成長した。




 ──空間が繋がった?




 火花のように瞬く光。


 バチバチと音を立てて広がる穴。


 固唾を飲んで見守る僕達。


 アーニャさんの掌から、スリッパに魔力が注がれた。引き合う力が最大限に増幅される。



「さあ、どうなるかねェ」



 魔力を放出しながら、アーニャさんが楽しげに笑った。上手くいけば、目の前のスリッパが元の世界に戻るか、元の世界に残してきたスリッパがこっちに来るはずだ。


 消えるか、増えるか。


 どっちになるかは分からない。


 超小型ブラックホールが、ついにテーブルの上のスリッパを飲み込む。


 次の瞬間、弾ける光がテーブル上を覆い尽くした。余りの眩しさに、僕は間者さんの背中に顔を埋めて目を閉じた。



「……ど、どうなったのだ……?」



 学者貴族さんが一歩前に出た。


 テーブル上には光が残っている。まだ中央部分は確認出来ない。光が収まってきたので、僕も近付いてみた。


 テーブルの上に何かある。


 実験は失敗だったか。そう思ったけど、違った。



「あ、ある……!」



 僕と一緒に異世界に転移したスリッパの横に、もう一つスリッパがあった。



「──成功だね。異世界からスリッパを引き寄せる事が出来たよ」



 アーニャさんが満足そうに頷いた。


 僕はテーブルの側に立ち、そーっとスリッパに触れてみた。一度だけパチッと光が弾けたが、痛くも痒くもなかった。


 並べてみると、今現れたスリッパより、触媒にしたスリッパの方が少し色褪せている。数ヶ月野晒しだったから傷み具合が違う。


 本当に、元の世界から物を転移させたんだ。何気に凄い事じゃないか?これ。



「おおおッ! 異世界の物質が増えた!!」


 学者貴族さんはスリッパを手に取り、天高く掲げて感激している。実験結果によってはスリッパが消える恐れもあったので、その喜び様は半端ない。


 やったぞ!と叫びながら小躍りしている。


 その時、スリッパの中から何か落ちた。



「あ、何か落ちたよカルカロス」



 床に落ちたものを拾い上げるバリさん。


 手にしたのは、小さな紙切れだった。中にゴミでも入ってたのかな。



「むっ、それも異世界の物質だな!?」


「ほら」



 バリさんから紙切れを受け取る。



「……うん?」



 それを見て、学者貴族さんは首を傾げた。


 なんだろう。



「ヤモリ、これを見よ」


「はいはい」



 どうせ紙くずでしょ、と軽い気持ちで受け取る。しかし、すぐに勘違いだと気付いた。


 ただの紙切れではない。ルーズリーフの切れ端を使い、やっこさんの形に折られていた。


 これを折ったのは、転移前の僕じゃない。


 僕が異世界に転移した後、残された片方のスリッパに、誰かがわざと入れたものだ。


 そして、僕にはそれが誰だか心当たりがあった。


 心臓がバクバクいってる。



「どうした、ヤモリ」


「ヤモリ殿?」



 皆が僕の周りに集まってきた。震える手で折り目を解いていく。何度も取り落としそうになりながら、時間を掛けて紙を広げる。



「これは……異世界の文字か?」


「読めない。ヤモリ君、なんて書いてあるの?」



 学者貴族さんとバリさんが僕を急かす。


 そこには、一言だけボールペンで書かれていた。





『早く帰ってこい馬鹿』





 神経質そうな、整った筆跡。


 僕はこの字を知っている。双子の兄、征緒(ゆきお)の字だ。これは兄から僕に宛てたメッセージだ。


 何故こんな物がスリッパに仕込んである?



「あ、兄、が……早く帰ってこい……って」



 茫然としたまま、書いてある内容を伝えた。


 アーニャさんが目を見開く。スリッパ以外の物が出てくるとは思いもよらなかったのだろう。



「……こいつは驚いたね。まるで、このスリッパがヤモリの元に来るのが分かっていたみたいじゃないか」



 そうとしか思えない。


 征緒は頭が良い。普通の人が考えもしないような事を思い付く。だから、僕が自分の部屋から消えて、残された片方だけのスリッパを見て、何か察したのかもしれない。

 流石に、僕が異世界に転移しているとは予想もしてないと思うけど。


 いや、征緒の事だ。あらゆる可能性を考えているはずだ。


 僕はスリッパにメッセージを仕込むなんて思いつかなかった。こっちのスリッパが元の世界に戻る可能性を知っていたにも関わらず、だ。


 何も知らないはずの征緒は実行したのに。



 ──ああ、駄目だ。



 懐かしさより、情け無さが先に立つ。


 文字を指先でなぞる。筆圧で紙がやや凹んでいるのが感じ取れた。この紙切れに、征緒は確かに触れていたのだ。



「そうか、ヤモリ殿にも兄上が居たのだな!」



 何故かアリストスさんから親近感を持たれている。拗らせブラコンと一緒にしないでほしい。絶対に兄上談義で盛り上がったりしないぞ。


 アリストスさんは学者貴族さんが大好きなんだろうけど、僕はそうじゃない。


 優秀な兄と出来損ないの弟。


 双子なのに真逆な征緒と僕。


 僕が兄に抱いている感情は、劣等感だけだ。



「ヤモリさん?」



 紙切れを握り締めて黙り込んだままの僕を、間者さんが気遣わしげな表情で見守っている。


 心配掛けないように、無理やり笑顔を作る。



「……ごめん。家族の事を思い出しちゃって」


「や、全然構わないんすけど」


「ちょっとビックリしただけだから」



 作り笑いなのはバレていそうだけど、踏み込んでこないのは、間者さんの優しさだ。


 学者貴族さんからスリッパを奪い返し、アーニャさんは左右を見比べた。そして、小さく息を吐いた。



「実験は取り敢えず成功だけど、座標を特定するにはやっぱり情報が足りないかねェ。魔力もかなり使ったし、二人から借りといて正解だったよ」


「なに、あれだけの魔力を全て使ったのか!」


「カルカロスの魔力だけじゃ無理だったねェ」


「ふーむ。異世界と空間を繋ぐというのは、並大抵のことでは実現出来ないという訳だな」



 古参貴族二人分の膨大な魔力を、スリッパ一つ移動させるだけで使い果たしたのか。世界を行き来するなんて夢のまた夢だな。



「これは両方とも司法部で預からせてもらうよ。その紙もいいかい?」


「……どうぞ」



 再びやっこさんの形に折り直してから、僕はアーニャさんに紙切れを渡した。





 その後、屋根裏に居た密偵の幻覚を解くと同時に、僕達は馬鹿騒ぎを演じた。密偵から見れば、ずっと酒盛りが続いていたと錯覚しているはずだ。実験が既に終わっているとは思うまい。


 黒幕は、何故実験の妨害をしてきたのか。


 それが明らかになるのは、まだ先になりそうだ。


4章最終話にして主人公の兄の名前が初登場。


彼に紙切れで何を折らせようか悩みましたが、私が唯一難なく折れるのがコレしかないという理由で『やっこさん』に決めました。


鶴?…鶴はちょっと難しいですね…(不器用


✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


これにて第4章は終了です。


閑話と登場人物紹介を挟んで第5章に移ります。


閲覧、評価、ブクマありがとうございます。


今後ともよろしくお願いいたしますー!

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― 新着の感想 ―
[一言] おおおおお、実験成功だ! しかしスリッパにやっこさんの手紙が入っているとは……! 征緒は純粋に心配してるような気がするけど、アケオの受け取り方次第なのかなぁ……。
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