59話・襲撃犯の取り調べ報告2
暗殺専門の隠密を抱えてる程の高位貴族で、異世界人の事をよく思っていなくて、王様との謁見の時に居た人物。
条件を全て満たすのは、この国の宰相?
ぽろっと口から出た言葉に、僕自身が驚いた。それ以上に、アーニャさんや学者貴族さん、アリストスさんも驚いている。
「ヤモリ殿! 憶測でもそのような事は!」
「ご、ごめん。ちょっと思いついただけなんだけど」
アリストスさんが全力で窘めてきた。兄上至上主義だが、最近は王宮で働いている事もあり、上下関係には敏感になっているのだろうか。
しかし、アーニャさんは僕の言葉に賛同してくれた。
「宰相か、有るかもしれないねェ。謁見の時も、陛下の後ろからアンタをずーっと睨み付けてたし。ま、それだけじゃあ証拠にゃならないけど」
確かに、証拠どころか動機としても弱い。でも、宰相は僕を毛嫌いしてるのは間違いない。
宰相について何も知らないので皆に聞いてみた。
イルゴス・ウェルナン・フェオダール。
名門フェオダール侯爵家の出身で、先代国王の代から宰相なんだとか。政治に助言はすれども口出ししない、礼儀や序列を重んじる古くからの重臣。普段は好々爺然としていて、あまり負の感情を表に出さないらしい。
え、僕めちゃくちゃ睨まれたんだけど? 余程嫌われてるのか、怪しまれているのか。
まあ、宰相が怪しいってのは置いといて。
黒幕は何の目的で実験を妨害したんだろう。王様が学者貴族さんに頼んでいる事なので研究自体を辞めさせるのは難しい。法律により僕に危害を加えるのは禁止されている。
今回の襲撃で狙われたのはスリッパだ。
王様の意志や法律を遵守しつつ、異世界研究が進展しないようにしている、とか?
「宰相が黒幕かどうかはともかく。今回は長官が襲撃犯を誘き出す為に仕掛けた事だからな。本番の実験は周辺の警備を固めてから始めるとしよう」
「だね。ブラゴノード家からも騎士を出そうか」
「いえ。話を聞いた以上、ここは我がアールカイト家の騎士と隠密総動員で守らせて頂きたい!」
「……アリストス。お前は王宮警備の仕事を疎かにするつもりか?」
「しかし、兄上は実験に必ず立ち会われますよね? もし、万が一、兄上の身に何かあったら……!」
苦言を呈されてもアリストスさんは引かない。握り締めた拳を震わせて必死に食い下がる。本気で学者貴族さんの身を案じているんだ。
「……わかった。だが、総動員はいかん」
「は、はいっ!」
申し出を無碍に断る事が出来ず、最終的にアリストスさんの意見を受け入れる学者貴族さん。なんだかんだ言っても弟に甘い。
そうこうしている内に襲撃犯の遺体を改めに行った騎士さんが戻ってきた。結果をアリストスさんに耳打ちしている。
「──予想通り、三人の男達には針で刺された痕跡があったそうだ。頭部や耳の後ろ等に僅かな傷が見つかった」
「治療の為の注射跡……ではないんだよね?」
「うむ。普通の注射針より遥かに細いものだったそうだ」
そうだ、この世界の注射針は極太なんだった。内部に空洞のない針なら細く鋭くする事も可能なのだろう。
これで三人は殺されたという事がハッキリした。
簡単に人の命を奪うなんて。
「あんまり気持ちのいい話じゃないねェ」
「全くだ」
アーニャさんも学者貴族さんも憤っている。
こんな事が繰り返されるようでは、気軽に実験をする訳にもいかない。そもそも、実験が成功したとしても異世界の座標がハッキリ分かるという保証もないのだ。
「現段階では宰相が一番疑わしいですな。私が動向を探っておきましょう」
「任せたぞ、アリストス」
「はいっ兄上!!」
宰相の見張りはアリストスさんに任せる事になった。王宮警備のついでならば怪しまれずに済むだろう。
「次回の実験の日程は後日決めるとしよう」
「ま、そうするかね」
「じゃー、難しい話はここまで! 今からはただの飲み会ってコトで!」
かんぱーい! とグラスを掲げるバリさん。
いつの間にか酒瓶と人数分のグラスがテーブルに並べられていた。何だか急に皆のテンションが変わったぞ? ホントにただの集まりのように、僕以外の全員がワインを飲みながら雑談し始めた。
「ねー長官、そろそろ研究塔改装しない? 見た目ただの廃墟なんだけどぉ〜」
「綺麗にしたってすぐ荒れるんだ。我慢おし」
「だぁって〜! 研究塔が王宮の侍女達に陰でなんて言われてるか知ってる? お化け屋敷だよ!?」
「んっふっふ、強ち間違いじゃあないかもねェ」
「やだよ〜勤め先がそんな風に言われるの!」
バリさんとアーニャさんは研究塔の話で盛り上がっている。一方、学者貴族さんとアリストスさんは淡々とグラスを傾けながら言葉を交わしていた。
「アリストス、そろそろ身を固めたらどうだ」
「いえ、まだそのつもりは……」
「お前は跡取りなのだから、早く結婚して義母上を安心させてやれ」
「全く気が乗りませんな……先日も何件か見合いを勧められましたが、釣書を見る前に断りました」
「それでは話も進まんではないか。会うだけ会ってみたらどうだ?」
「しかし……」
「カルカロス様、もっと言ってやって下さい。アリストス様はいつまでもこの調子で縁談を断り続けておりまして」
アールカイト家の騎士さんも会話に加わりつつ、アリストスさんの結婚問題で盛り上がっていた。
「坊っちゃま達が仲良くお話をされていて、ほんに嬉しゅうございます」
「ホント仲良くなったよね、あの二人」
「これもヤモリ様のおかげにございますね」
僕はお酒が飲めないので、ドナさんに紅茶のお代わりを貰いつつ世間話をしている。
「さすが侯爵家の酒は美味しいっすねー」
間者さんはいつの間にか僕の隣に座り、酒瓶を一本自分用に抱えて飲みまくっている。護衛する気あるのかな。
「今日は朝まで飲むぞー!」
「「おーっ!!」」
全員、完全に気が緩んでいる。どうしたんだろうと思いつつ愛想笑いを浮かべて話を合わせるしかない。
しばらくその状態を続けていた所、アリストスさんの隣に黒尽くめの隠密が音もなく姿を現した。
「様子を伺っていた者達は引きました」
「──ご苦労」
え? なんの話?
なんと、何者かが盗み聞きしていたらしい。報告を受け、アリストスさんは表情を引き締めた。
「屋根裏に一人残っておりますが、先程倒れました。眠っているようです」
「ソイツはアタシが眠らせたよ。夢の中で他愛のない会話を聞いているつもりになってるはずさ」
そっちはアーニャさんが魔法で対処したらしい。全く気付かなかった。
「其奴を縛り上げて吐かせますか」
「いーや、そいつは無理な話だねェ。簡単に吐くような奴に務まる仕事じゃないからね」
先程までのぐだぐだな雰囲気は消し飛び、全員が仕事モードに切り替わっている。この中で、僕だけが状況を理解していなかった。
「え、なに? さっきのお芝居だったの?」
慌てて尋ねたが、皆キョトンとしている。
「……あれ? 誰もヤモリ君に教えてなかったの?」
「兄上が伝えているものとばかり……」
「いや、長官が伝えると思っていたんだが」
「護衛の子には言っといたけどねェ」
皆の視線が間者さんに集まった。
間者さんは知ってたの? 僕、なんにも聞いてないんだけど?
「あ。ヤモリさん全部顔に出るんで、今回ナイショにしときました」
「なるほど。確かにヤモリに演技は無理だな!」
「しかし、何も知らずに筋書き通りに動くなど中々出来るものではありません。流石ヤモリ殿!」
「え〜〜〜……」
つまり、今回の集まり自体が仕込みだったらしい。
盗み聞きされる前提で、全員が芝居をし、事実を誤認しているように見せ掛ける為。こちらが真の黒幕の正体に気付いてないと思わせる為の。
「えっ、じゃあ宰相は?」
「あれも演技です。謁見の時から芝居は始まっていたのですよ、ヤモリ殿」
「はぁ?」
まさか、謁見の時に宰相が僕を睨み付けていた事自体が演技? そんな前から、一体誰がそんな事を?
「今回の件は全てヒメロス殿下の案です」
「え、王子の?」
「以前、王宮に暗殺者が侵入した事があったのを覚えておりますか? 殿下は捕らえた暗殺者の懐柔に成功し、既に黒幕の情報を掴んでおります」
「そうなの!?」
暗殺者を懐柔ってすごいな!?
アドミラ王女が王子の事を『人誑し』と言っていたけど、そこまでとは。暗殺者は処刑したように見せ掛けて、王宮の奥で姿を変えて生活しているらしい。懐柔済みとはいえ、元暗殺者を王宮に住まわせるなんて凄い度胸だな。
「宰相は本当に温厚な方で、憎まれ役をお願いするのは抵抗がありましたが、本人が『ワシ頑張る!』と仰られまして」
宰相さん可愛いな!?
謁見の間で僕を睨んでたのは演技だったんだ。嫌われてるんじゃなくて少しホッとした。
じゃあ、本当の黒幕は一体何者?
「ヤモリよ。もう分かっているだろう?」
魔獣の大量発生。
王宮への暗殺者侵入。
司法部の実験妨害。
この状況で、一番怪しいのは──
「ユスタフ帝国……だよね?」
全ての元凶は、やっぱりあの国みたいだ。




