58話・襲撃犯の取り調べ報告1
アリストスさんから呼ばれ、僕と間者さんはアールカイト侯爵家の屋敷にやってきた。今日は王都外れの別宅ではなく、貴族街にある本宅の方だ。
用件は、先日の司法部襲撃犯の事だろう。
屋敷に到着した僕達は、最上階にある客室へと通された。部屋に居るのは、アリストスさんと部下の騎士二名、学者貴族さんとバリさん、僕と間者さん、そしてアーニャさんだ。二人の騎士さんはアリストスさんの後ろに立って控えている。間者さんは僕の後ろだ。
メイド長のドナさんが、ソファーに座っている五人分のお茶とお菓子を用意してくれた。
「ここに呼び出したという事は、あの時の男達が黒幕を吐いたのか? アリストス」
学者貴族さんが問うと、アリストスさんは首を横に振った。
「いえ。残念ながら、兄上達を襲撃した者どもは自供致しませんでした。……捕縛の翌々日、獄中で三人共死亡してしまいましたので」
「「!?」」
あの男の人達、死んじゃったの? しかも、牢屋の中で?
アリストスさんの部下の騎士さんから、発見時の詳しい状況が説明された。
三人の襲撃犯はそれぞれ独居房に入れていた。
牢は王宮の真裏にある建物の地下にあり、出入り口は常に複数の騎士で警備されていた。
その出入り口以外に人が通れる場所はない。
死亡しているのを発見した後、直ちに遺体を調べたが、目立った外傷はなく死因は不明。
毒物などは検出されていない。
離れた独居房にいた三人がほぼ同時に死亡したと思われる。
男達の死亡した原因は分かっていない。
説明を受けた僕達は、揃って頭を抱えた。
「……アリストス。おまえ、まさか厳しい拷問に掛けたりしとらんだろうな?」
「兄上! 私が殺した訳ではありません!」
学者貴族さんから疑いの目で見られ、アリストスさんは必死に否定する。やりかねないなーとは思うけど。
「アタシが見せた幻覚も、騎士達が縛り上げた後は解除したんだけどねェ」
アーニャさんも首を傾げている。あの手の幻覚は、もし解除しなかったらショック死する場合もあるんだとか。やっぱり司法長官怖い。
術者から一定の距離を置くと自動で解除されるらしいから、連行されていった時点で幻覚は切れている。
「カルカロスの雷で心臓が止まったとか?」
「そ、そんな強い雷は出しとらんぞ!」
バリさんに指摘され、学者貴族さんはしどろもどろになった。確かに、体が弱い人が食らったら心臓止まるかも。
しかし、アリストスさんの部下の騎士さんがそれを否定した。
「それは有り得ません。あの者達は丸一日以上、牢で普通に過ごしておりました。食欲もあり、向かいの独房の囚人に喧嘩を吹っかける元気もありました」
「私も取り調べの為に直接対面したが、何処も悪い所は無さそうだったぞ」
捕まってから丸一日は元気だったんだ。それが急に、三人同時に死んでしまうなんて。
「──こりゃ口封じだねェ」
アーニャさんがボソッと呟いた。顎に手を当て、難しい顔をしている。口には出さなかったけど、何となくそうじゃないかと思っていたのか、誰も否定しなかった。
男達を殺した犯人は、襲撃を依頼した人と関わりがあるのではないか。わざわざ人を雇ってまで、異世界研究が進むのを邪魔する必要がある人物。
襲撃犯の男達は、身のこなしを見た限りでは割と腕が立つ方だと思う。ただ、あの場に居合わせたのが、強力な魔法が使える古参貴族二人と間者さんだったから歯が立たなかっただけで。
「地下の牢獄に居た男達を警備の騎士に見付からずに殺害し、痕跡も残していない。状況から察するに、黒幕は暗殺専門の隠密を抱えている貴族……といったところかねェ?」
暗殺専門の隠密?
また恐ろしいワードが出てきたぞ。
「でもさ、外傷もないし、毒殺でもなかったんでしょ? どーやって殺したっていうの」
バリさんが尋ねると、アーニャさんがじろりと鋭い視線を向けた。口元には何故か笑みが浮かんでいる。
「カンタンな事さ。鼻と口を塞いで数分待てば人は死ぬし、極細の針で心臓に穴を開けたり脳に傷を付けたりとか、軽く調べただけじゃ痕跡も見つからないだろうね」
暗殺にお詳しい。アーニャさんも貴族だったよな。高位貴族怖い。
「……遺体を調べ直せ」
「はっ」
アリストスさんの指示を受け、騎士さんの一人が慌てて客室から出ていった。
調べ直して殺害の痕跡が見つかったとしても、依頼主である黒幕までは分からない。
暗殺に秀でた隠密を抱えている貴族か。
しかも、異世界研究が進んで欲しくない人。
僕の周りは概ね好意的な人ばかりだから、そんな人は思いつかないな。
辺境伯家の人達やアールカイト侯爵家、マリエラさんの実家であるアークエルド侯爵家も味方だという。
会った事はないけど、王国軍の師団長達はエニアさんに心酔してるので、エニアさんの庇護下にいる僕は完全に保護対象になっているらしい。ちなみに、アーニャさんは第四師団長のお姉さんなんだって。
最近では王様や王子達にも会ったし、あの人達が一番異世界に興味を持ってる気がする。
うーん、他に貴族なんて知らないな。
そもそも、僕ひきこもりだし。
「あっ」
そうだ。ひきこもりの僕が、唯一お世話になってる貴族以外と対面した事があった。
「……あの、王様との謁見の時に居た偉い人達の中に、僕の事を悪く思ってる人が居たりします……?」
あの時は緊張してて、誰が居たとか、どんな反応だったかとか正直覚えていない。
アーニャさんは、司法長官として謁見の間に居た。僕より周りを見る余裕があったはずだ。
「ふぅむ。確かに、謁見まではアンタの存在すら知らなかった奴も居たねェ。アレを機に異世界人を知り、排除しようと動き出した。ってトコかい?」
「そういう可能性もあるかな、と」
誰かに嫌われていると思うと悲しいけど、『異世界人だから』という理由で嫌悪されているなら、僕にはどうしようもない。
ただ、黒幕は僕を殺すのではなく、実験の邪魔をするという方法を選んでいる。命までは狙われていないという事だ。
しかし今後も狙われれば、失敗して捕まった襲撃犯が自供する前に殺されてしまう。襲撃が成功したとしても、口封じで殺されてしまうだろう。
ならば、早く黒幕を見つけて何とかしなければ。
「アタシ以外の長官達も概ね好意的だったんだよね。異世界の知識を得て、自分の分野で役立てたいと皆言っていたよ」
「え、そうなんですか」
良かった、長官達には嫌われてないみたい。尤も、僕には役に立ちそうな知識があまりないんだけど。
「アンタ野心も無さそうだし、陛下のお気に入りだろ?しかも、あの軍務長官エニアとオルニス文政官の庇護下に居る訳だし、並大抵の貴族じゃ手は出せないねェ」
アーニャさんの言葉に、一同の視線がアリストスさんに集中した。以前、僕を連れ去って監禁した前科がある。責めるような視線に耐えかねて、アリストスさんが頭を下げた。
「あっ、あの時は大変申し訳なかったと──」
「私も後で聞いた時にゃビックリしたよ。まさか辺境伯家に喧嘩を売るなんてねェ」
「目先の事ばかり追うからいかんのだぞ、アリストス」
「……反省しております、兄上」
今となっては笑い話だけど、もしエニアさんを怒らせたらどうなっていたか。
そういえば、その時僕を助ける為に、オルニスさんが王様に命令書を書いてもらったのが切っ掛けで謁見する流れになったんだ。監禁されてから命令書が書き上がるまで数日。
誰かが反対したから時間が掛かったとか、オルニスさんが言ってた気がする。
誰だったっけ。
謁見の時にいて、僕に敵意を持ってる人。
暗殺専門の隠密を抱えるくらいの地位にいる人。
「宰相……?」
それを聞いた瞬間、全員の動きが止まった。
僕の口から飛び出したのは、僕自身も直前まで忘れていた人物だった。




