57話・二十年前の真実2
アトロスさんの語った内容は、戦争より恐ろしいものだった。
それを聞いていたトマスさんは、膝の上で拳を握り締めて考え込んでいたが、何が思い出したように顔を上げた。
「あれ?叔父さんち、俺より年下の女の子が居たよな。亡命する少し前に行方不明になったって。まさか──」
沈痛な面持ちで頷くアトロスさん。
どうなったのかは聞くまでもない。
「……だからあの頃、子供は一人で外を歩くなって大人達が言ってたのか……」
「街中で行方不明者が増え、私の娘まで居なくなった事で、トルボスとロフルスが独自に調査してくれて……その結果、魔獣を人工的に造り出していた事と、攫った人々を餌にしていた事を突き止めました。軍の一部の施設が檻に改築され、着実に魔獣の数を増やしておったそうです」
「そんな……」
「トルボス達は平民出身の兵士達に声を掛けて協力者を増やし、国民を少しずつサウロ王国へと逃していきました。国民の流出に気付いた皇帝はサウロ王国に宣戦布告し、戦争が始まりました。戦いながらも……当時はまだ伯爵でしたが、エーデルハイト辺境伯に助力を求めたのです。全ての事情を知った上で、辺境伯は帝国から亡命した人々を保護し、守る為に戦って下さいました」
辺境伯のおじさん、すごい。敵国の人達にまで頼られてたんだ。単なる孫バカのおじいちゃんじゃなかった。
「戦争時の混乱に乗じて、トルボス達は辺境伯と少数の兵を案内して、軍の施設で飼育されていた魔獣を燃やし尽くし、檻も全て破壊しました。そして、ついでに皇帝の居城も半壊させ、無理やり戦争を終わらせたと聞いております」
『ついで』で敵の本拠地を半壊させたのか。
国境を死守したとは聞いていたけど、帝国に大打撃を与えていたとは知らなかった。
「ちなみに、エニア様も同行していたらしいと後で聞きました」
「うわぁ……」
エニアさん、敵陣に突っ込んでいったのか。容易く想像出来てしまうな。当時まだ十代後半くらいじゃないか?
「戦争が終わった後、ユスタフ帝国は国境に壁や柵を建て、全ての国との国交を絶ちました。トルボス達は、まだ逃げてくる者がいるかもしれないから、と国境近くの森に村を作り、行き場のない人々を保護してきました。それがキサン村です」
以前、敵国出身の負い目から辺鄙な場所に村を作ったと聞いたけれど、本当の理由は別にあったんだ。
この話を聞いてつくづく思う。キサン村が壊滅した後、当てもなく街道に出た時にユスタフ帝国の方に行かなくて良かった、と。もし行ってたら、命はなかったかも。
「二十年前に魔獣を増やそうとしていた前科があるって事は、この前の魔獣の大量発生もユスタフ帝国がやったって事なのかな」
「そうですね。辺境伯はそう考えているようです。魔獣は全て南からやってきましたから」
「あ、そうだ。アトロスさん、噂でも何でもいいんですけど、魔獣が現れる時に赤ちゃんの泣き声がしたって聞いた事あります?」
「いえ、ヤモリさんがキサン村で聞いたという話以外では知らないですね」
「そうですか……」
泣き声に関する新情報は無かった。
話し終えて、アトロスさんは深く息を吐いた。かなり辛い話をさせてしまった。大体の予想は付いていたとはいえ、思った以上に酷い話だった。
「実は自分、ユスタフ帝国出身らしーんすよね」
「えっ!?」
それまで黙っていた間者さんが口を開いた。
「そ、そうなの!?」
「赤ん坊の時なんすけど、帝都に攻め込んだ際に辺境伯が保護したって。先輩がそんな事言ってたの、今思い出した」
「え、じゃあ間者さんて二十歳くらいなんだ」
「そうなるっすねー」
僕より二つも年上だった。
まだ赤ちゃんの時に親と別れてしまったなんて気の毒過ぎる。ご両親はまだユスタフ帝国に残っているんだろうか。無事だといいけど。
それにしても、間者さんが自分の過去を話すなんて初めてじゃないだろうか。
「何か縁があるのかもしれないですねぇ」
アトロスさんが穏やかな表情で呟いた。
この場に居るのは全員この国の人間じゃない。僕は異世界人で、アトロスさんとトマスさん、間者さんはユスタフ帝国出身。
おかしな偶然もあるものだ。
「お話、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、私達の事に気を掛けて頂いてありがとうございました。エニア様とオルニス様にもよろしくお伝えください」
トマスさんとアトロスさんに見送られ、僕達は帰路に付いた。帰りの馬車の中で、今日聞いた話を思い返す。
ユスタフ帝国は戦争狂の皇帝が治めている事。
魔獣を人工的に作ろうとした事。
獣に生きた人間を喰わせると魔獣化する事。
魔獣に喰わせる為に国民まで犠牲にした事。
魔獣の施設は一度全て壊された事。
これらは二十年も前の話だけど、全てが今に繋がっている気がする。辺境伯のおじさんやエニアさんは、直接ユスタフ帝国の中心部まで行って魔獣の施設と城をブッ壊した訳だから、全部知ってるって事だ。オルニスさんも話は聞いているだろう。
知られないように気を使ってきたけど、当時王様も報告くらいは受けた筈だ。
もし今回の魔獣の活性化がユスタフ帝国の仕業なら、赦されない事だと思う。村長さんや奥さん、ロフルスさん、村のお年寄り達は魔獣に襲われて亡くなった。その後の魔獣の大量発生で、多くの人々が危険な目に遭い、生活を脅かされた。
もし、ユスタフ帝国が再び魔獣を人工的に増やし、野に放ったのだとしたら、施設を破壊するか、それを企てている張本人をどうにかするしかない。
「ヤモリさん、眉間にシワ寄ってるっすよ」
「え? あ、うん」
「実は今日、自分以外にも護衛付いてたんすよ。気付かなかったっしょ?」
「嘘、何処に!?」
「見えるトコじゃなくて、トマスさんちの周辺とか。司法部で襲われたって報告したらオルニス様が増員したんすよ。今回は不審な奴居なかったらしーけど」
護衛の人、増えてたんだ! 全然気付かなかった。間者さんが側にいるから安心しきっていた。
でも、この前みたいに一度に複数の人に襲われたら、間者さん一人で対処するの大変だよな。僕は完全に足手まといだし。
護衛の人達が周辺を警戒していれば、先に相手を見つけて牽制したり、襲われる前に逃げる事も出来る。
オルニスさんにはお世話になりっぱなしだ。
恩返ししたいけど、僕には何も出来ないし。
「……オルニスさんの好きなものって何かな」
じゃあ、せめて手土産とか、と思ったけど。
「オルニス様の? そりゃエニア様とお嬢達っしょ」
そうだった。あの人、超愛妻家で子煩悩なんだ。
やっぱり僕に出来る事は、マイラ達の遊び相手くらいしかないな。帰ったらいっぱい相手してやろう。
「それにしても、自分のコト喋っちまうなんて、間者失格っすよ自分」
「そうかな、別にいいんじゃない? 過去は誰にでもあるものだし」
「こんなんバレたら先輩らに笑われるー」
普段から僕の部屋で姿も隠さず寛ぎまくってる癖に、今更何を言ってるんだ。
アールカイト侯爵家の隠密さんとか、そういう人達を見てると、間者さんってちょっと毛色が違う気がする。強いし頼りになるけど、忍者みたいに陰で活躍するんじゃなくて、本当はもっと表に出てもいいような。
性格が明る過ぎる所為かな?




