56話・二十年前の真実1
司法部での騒ぎがあった翌日、トマスさんから連絡があったと家令のプロムスさんが教えてくれた。
ノルトンからアトロスさんが到着し、五日間ほど王都のトマスさん宅に滞在するらしい。滞在中に直接会って、二十年前の亡命の理由を聞き出さなくては。
プロムスさんに使いの人を手配してもらい、トマスさんと会う日取りを調整してもらった。あちらにも仕事や用事がある。貴重な時間を割いてもらうのは申し訳ないが、トマスさんはいつでも大丈夫だと言ってくれたので最短の明日に会うことが決まった。
翌日、昼食後に馬車に乗り込んで街へと向かった。今回も間者さんが一緒に来てくれている。
ちなみに、平日昼間の為マイラとラトスは貴族学院だ。夕方までに帰らないとドヤされるぞ。
「ごめんね、毎回付き合わせちゃって」
「や、自分もちょっと興味あるんで。それに、ヤモリさんに付いて回るの仕事だし」
「それでも有り難いよ。一人じゃ心細いから」
馬車はすぐに街に着いた。狭い道に馬車は入れないので、広い通り沿いに止めて待機してもらう。少し歩けば、目的の店がある職人通りだ。
僕達は、数日振りにペリエス革工房店にお邪魔した。店主さんは奥にいるトマスさんを呼び「用があるなら午後休みにしてやるから行ってこい」と言って、トマスさんを送り出してくれた。何度も辺境伯邸から使いが来たものだから、気を使ってくれたみたいだ。
少し仕事を抜けるだけのつもりだったトマスさんは、降って湧いた午後休に若干テンションが上がっている。
そのまま一緒に店を出て、アトロスさんが待っているというトマスさん宅へと向かう。
職人通りから一本奥に入ると住宅街だ。一軒家から長屋、宿屋など様々なタイプの家屋が並んでいる。レンガ造りの家が多い。
「ここです。狭いけどどうぞ」
トマスさんの家は一軒家だった。赤茶色のレンガ造りで、家具は白で統一されている。綺麗に片付いているし、何だか可愛らしい雰囲気だ。
「いやぁ、全部ヨメの趣味なんですよねー」
「へー。……え? トマスさん結婚してたんですか」
「あれ、言ってませんでしたっけ。職人通りの別の店で働いてるんで今は居ませんけど」
初耳だ。いや、トマスさんは三十代だし結婚しててもおかしくない年齢だ。共働きで子供はまだ居ないそうだ。
玄関先でそんな話をしていたら、奥からアトロスさんが出てきた。相変わらずふくよかなボディーだ。
「ヤモリさん! お久しぶりです」
「アトロスさん、今日は時間を作ってくれてありがとうございます」
「いえいえ。買い付けは初日に終わっておりますし、後は街をぶらぶらするくらいしかすることがありませんので」
買い付け先は同じ職人通りにあり、注文した品が揃うまでは暇なんだとか。そうは言っても、貴重な王都での時間を僕に使ってくれるのだから感謝しかない。
キッチンのテーブルを囲んで座り、持参した包みを取り出す。
「これ、オルニスさんからです。アトロスさんに会うって言ったら渡すように言われたんですけど……」
「はて、ちょっと拝見」
首を傾げつつ、包みを開けるアトロスさん。
入っていたのは、拳大の大きさの干からびた肉っぽい物だった。
「こ、これは……灰大鷲の肝ではないですか!」
「そうなんですか? これ、何に使うんだろう」
「薬の材料になるんですよ。尤も、非常に珍しいものなので滅多に出回りませんが……」
灰大鷲というのは、確かエニアさんが大規模遠征の際に倒した魔獣だ。大鷲系の魔獣は山岳地帯にしか出現せず、しかも空を飛ぶ為、普通の兵士では倒せないのだとか。
「オルニス様が、これを私に……?」
「アトロスさんなら、きっとノルトンで役立ててくれると思って渡してくれたんじゃないかな」
「これは、ある薬の材料になるんですよ。ありがたいことです」
アトロスさんは両手を胸の前で組み、まるで神に祈るかのように拝んでいる。喜んでもらえたようだ。
「良かったな叔父さん。ノルトンへの良い土産が出来たじゃないか」
トマスさんがお茶を用意してから席に着き、話に加わる。
「クワドラッド州の様子はどうですか? 魔獣、まだいます?」
「いえ。駐屯兵団の皆さんが狩りまくって下さって、かなり数は減りました。おかげで連絡馬車も再開しまして、こうして王都まで来られた訳です」
「良かった。辺境伯のおじさんや団長さんは?」
「お元気ですよ。一時期は休み無く魔獣退治をなさっておられましたが、最近では部下の方に任せて休息を取る余裕も出来まして」
「そっか。元気そうで安心しました」
クワドラッド州は、唯一王国軍に応援要請を出さなかった地域だ。一番魔獣の数が多い地域らしいから、無理してないか心配だったけど大丈夫だったみたい。
「えーと、それで本題なんですけど……」
「ああ、はい。トマスから聞いております。──私達がユスタフ帝国から亡命した理由、ですよね」
僕が話を切り出すと、アトロスさんは表情を引き締めた。
「俺もまだ聞いてないんだ。叔父さん、二十年前に一体何があったんだよ」
「お前は子供だったからね。姉も何も教えなかっただろう。でも、もう大人だ。聞いても大丈夫だな」
「え? ああ、うん」
アトロスさんの言葉に、怯むトマスさん。
大人以外は聞かされなかった亡命の理由。
「トマスの父トルボスとロフルスは帝国軍の大隊長でした。平民でその地位に就くというのは凄い出世です。私は今と同じ街医者をしておりました」
「元兵士なのは知ってたけど、親父、帝国軍の大隊長だったのかよ……」
「だから強かったんですね」
父親である村長さんが過去を多く語らなかった為、トマスさんも詳しくは知らなかったみたいだ。
相討ちになったとはいえ、村長さんとロフルスさんは、二人で白狼を六匹倒した。魔獣の中でも一番手強い白の魔獣の群れを倒すというのは並大抵のことではない。帝国軍でも名のある軍人だったからこそだ。
「当時の皇帝は戦争狂でして、周辺諸国に難癖を付けては戦争を吹っかけておりました。南のカサンドール王国は負けて吸収され、国境を接するロトム王国は属国となりました。唯一互角に渡り合ったのがこのサウロ王国です。だから、私達はここを亡命先に選びました」
「皇帝が戦争ばっかやらせるから、親父達はこの国に逃げてきたって事か?」
「いいや。戦争もそうだが、他に理由があるんだよトマス。……それを知った時、私達はもう帝国には居られないと思いました」
両手で顔を覆い、絞り出すようにアトロスさんは言葉を続ける。
「帝国軍の上層部は、戦争に魔獣を利用しようと考えていたようです。しかし、獣が魔獣化する原因は分かっておらず、かといって野生の魔獣を飼い慣らす事も出来ず、何年も研究が続けられていました。しかし、ある日魔獣化の原因が判明しました──それは、生きた人間を獣に喰わせる事でした」
生きた人間を獣に喰わせる。
鬼畜の所業だ。
「最初は重罪人などが獣の檻に入れられ、牢獄はすぐに空になりました。次に、戦争で捕らえた敵国の捕虜。それが無くなれば、貧民街の孤児達を。そうして、魔獣化させる為の餌として、次々に尊い命が犠牲になりました」
「……」
僕もトマスさんも何も言えなかった。
いつもは明るいアトロスさんが、どんどん背中を丸めて俯いていく。それだけこの話は重いものだった。
「魔獣を増やす為の施設の存在は、当初隠されておりました。国民はもちろん、平民出身の兵士……つまり、トルボスとロフルスにも知らされておりませんでした。しかし、ある出来事を境にそれが露見してしまった」
「何があったんですか……?」
「軍上層部による人狩りです。魔獣の餌が足りなくなり、焦った上層部が、事もあろうに国民を、非力な女子供を攫って、え、餌に……」
アトロスさんは震えながら涙を流している。ユスタフ帝国の残酷な所業が明らかになりつつあった。




