53話・聞き取り調査
翌日、マイラ達が貴族学院に行ってから、僕は馬車に乗って王都の街へ出掛けた。今日は間者さんが付いてきてくれてるから心強い。一人だったら絶対に外出なんか出来ない。
間者さんは、いつもの黒尽くめの服装から普通っぽい服に着替えている。今日はマイラ達はいないので、僕もラフな服にした。
街は活気を取り戻し、人通りも増えていた。
職人通りを歩き、目当ての店を見つけて入る。
「いらっしゃ……おや、ヤモリさん」
店に入ると、ペリエス革工房の店主のおじいさんが笑顔で出迎えてくれた。前回来た時はマイラ達やエニアさんと一緒だったが、今日は間者さんと二人だけでの来店だ。
「いやあ、最近やっと流通が回復しましてね、これも大規模遠征を実施してくだすった陛下と軍務長官様のおかげですよ」
店長は、とにかく材料の革が安定して仕入れられるのが嬉しいみたいだ。
少し前まで、加工が難しい魔獣の革ばかりが出回って、普通の革製品が作れなかった反動もあるのだろう。
店内には僕達以外にも何人かお客さんがいた。地方からの観光客だ。安心して移動できるようになったのは、連絡馬車を護衛する王国軍のおかげだ。
「あの、トマスさんはいますか?」
「おりますよ。狭い所ですが、お話をなさるなら奥に入られますか」
他のお客さんの前で出来る話でもない。店主さんの言葉に甘えて、僕達は奥にある従業員用の休憩スペースに入れてもらった。他の職人さんは隣の工房にいるので、ここで喋っていても声は聞こえなさそうだ。
すぐにトマスさんがやってきて、手慣れた様子でお茶を用意して出してくれた。
「ヤモリさん、今日はどうしたんですか」
「あー、えっと、そのー」
「え?」
「……ちょっと、確認したい事があって……」
向かいの椅子に座り、笑顔でこちらを伺うトマスさん。誤解がとけて以来、トマスさんは僕に敬語で応対してくれる。
それなのに、昔の話なんか蒸し返したら気分を害するかもしれない。せっかく辛い過去を乗り越えて、新しい生活を送っているのに。
本人を前にしたら、急に言い出しにくくなった。
どうしよう。僕から訪ねてきたのに黙ってちゃ変だよな。仕事中だし、時間を取らせても悪い。
「言いにくいんなら、自分が聞きましょっか?」
間者さんが申し出てくれた。
昨日ヒメロス王子と話してた時も一緒に居たし、ノルトンでの経緯も知ってるから、僕が何を聞くつもりなのか分かっているんだろう。
でも、ここは僕から聞かないと。首を横に振り、改めて僕はトマスさんに向き合った。
「急にこんな事聞いてすいません。……二十年前に亡命した理由、教えてもらえませんか」
「!!」
その問いに、トマスさんは顔を強張らせた。何故今頃そんな事を聞くのか、そう思っているようだった。
「駐屯兵団での説明会の時、トマスさんはユスタフ帝国の事を怖がってましたよね?あれ、なにか理由があるんじゃないかと思って」
「……っ」
トマスさんは眉間に皺を寄せて俯いた。
やはり、聞くべきではなかったかもしれない。無理に聞き出そうとは思わない。でも、きっとここにヒントがある気がする。
「親父達が、亡命した理由──」
いつもは元気なトマスさんだが、声が小さい。
万が一にも周りに内容が漏れないよう、気を使っているのだろうか。
「……亡命した、理由は……」
うわ言の様に繰り返す。
余程言いにくい事なのか。僕は身を乗り出して聞く態勢を取った。
トマスさんは口元に手を当て、真剣な表情で考え込んでいる。話すか話さないか悩んでいるのか。
無理に話す必要はない、と言おうとした時。
「──なんで亡命したんだっけ」
間の抜けたトマスさんの言葉に、僕と間者さんはテーブルに倒れこんだ。
「亡命した理由、知らないんですか?」
「いや、帝国上層部が国民に酷い真似するから逃げるって親父やロフルスさんが言ってるのを聞いただけだから」
「じゃあ、具体的な理由は知らない?」
「うん。だって俺、その時十二、三歳くらいだったし、戦争ちょい前から外に出られない生活してたし」
なんと、トマスさんがユスタフ帝国を恐れていた理由は、父親である村長さんの発言だけが元だったとは。亡命後に繰り返しユスタフ帝国には近付くな、と言われ続けたせいで刷り込みがされていたのだろう。
当時子供だったのなら、詳細な理由を知らされていなくても不思議ではない。
当時の事を知る人はもう居ない。
キサン村の住人はみな魔獣に殺された。
当時大人だった人で生き残っているのは──
「あっ。じゃあ、叔父に聞いてみます? 今度王都に仕入れに行くって手紙が届いたから、多分近い内に来ると思いますんで」
「アトロスさん、こっちに来るんですか」
「年に何回か薬の材料の買い付けに来るんですよ」
アトロスさんはノルトン在住のお医者さん。村長の奥さんの弟で、トマスさんの叔父にあたる人だ。
状況が落ち着いたから王都に来るんだな。
連絡馬車が走るなら、クワドラッド州の魔獣もかなり減ったのだろう。大規模遠征で他州の魔獣を減らしたのも大きい。
なんにせよ、トマスさんを訪ねて正解だった。
アトロスさんが王都に来たら辺境伯邸に連絡してくれるようお願いして、僕達は店を出た。
帰りの馬車内で、間者さんが僕の顔を覗き込んだ。ニヤッと口元に笑みを浮かべている。
「ヤモリさん、もしかして大体の予想がついてるんじゃないっすか?」
鋭い。でも、まだ疑惑の範疇を超えてない。
「まさか。想像もつかないよ」
「そっかー」
つまらなそうに座席に凭れかかる間者さん。
ごめんね。何処に王子の隠密が居るか分かんないから、迂闊な事は口に出来ない。間者さんの腕を疑う訳じゃないけど、多分王族の隠密の方が気配消すの巧そうだし。
僕の予想通りなら、また戦争になりかねない。
それだけは避けないと。
「お嬢達がいなくても外に出れるよーになったんすね。前はあんなに嫌がってたのに、今日は自分で馬車の手配までしたし、砂糖菓子店にも寄れたし」
「え? ああ……そういえばそうだね」
ひきこもりで誰とも上手く話せなかったのに、少しずつ外出する事にも抵抗がなくなってきた気がする。
トマスさんの所は何度か行ったから、慣れただけかな。砂糖菓子の店も、以前マイラ達に連れられてきたからもう平気だ。
ちなみに、これはお土産用である。街まで行って手ぶらで帰ったら怒られそうだから。
でも、他の店に立ち寄るのは無理。知らないお店って、注文の仕方とか支払い方とか分からないと恥をかく時あるし。
「地味ーに成長してるんすねー」
「褒めてないよね?」
「コレでも褒めてるんすよ? 最初は屋敷の中でも半泣きだったしさー」
「……そ、そうだったっけ」
間者さんは、ノルトンの辺境伯邸に居た時からの付き合いだ。人見知り全開の頃の僕を知ってる。歳も近いし、一番話しやすいかも。
辺境伯邸の人達や、最近だとアールカイト侯爵家の人達とも喋れるようになった。
少し前の僕なら、家族以外と話すのも、家の外に出る事も無理だった。
成長、してるのかな。




