52話・謎の泣き声
「やあ、アケオ君。また来たよ」
あれ以来、辺境伯邸にヒメロス王子が遊びに来るようになった。王族の割に簡単に外出してるなーと思ったら、やっぱり見えない護衛がわんさか付いてきてるらしい。
屋根裏に潜む場所が無くなった、と間者さんが泣く泣く表に出てきている。そんなにか〜。
今日は平日なので、マイラ達は貴族学院だ。
従って、応接室にはヒメロス王子と僕と間者さんの三人だけとなる。
間者さんは僕の座るソファーの後ろに立って控えている状態だ。ヒメロス王子はまるで気にしていない。生まれた時から隠密に囲まれて育ってるから、周りに他人がいるのが当たり前になってるのかも。僕とは真逆のタイプだ。
「王宮騎士隊の強化訓練、ここの庭園でやったんだって? 見てみたかったな」
爽やかな笑顔でそう言うヒメロス王子。
あれは見学してるだけで疲れ果ててしまうような拷問だから、王族に見せるようなものじゃないと思う。
「実は、先日の重臣会議で興味深い事を聞いたんだよね。アケオ君にちょっと相談したくてさ」
学院卒業後は王様の補佐をしているというから、ヒメロス王子も重臣会議に参加しているみたい。
「……重要機密とかじゃないですよね?」
「そうかも」
「待って待って、なんで部外者の僕に話そうとしてるんですか!」
「え、アケオ君はもうこの国の重要人物っていうか、君自身が重要機密みたいなものだし」
心底不思議そうな顔で首を傾げられた。いつの間に僕はそんな大層な存在になったのか。
「そうじゃなくて、情報が漏れるとか心配しないんですか」
「ははは、屋敷から出たがらないキミが誰に情報を漏らすんだい? 第一、重臣会議には軍務長官も第一文政官も参加しているからね」
確かに、僕が国の事で話をするならオルニスさんかエニアさんしかいないな。つまり、情報を漏らす相手が存在しない。
後ろで間者さんが笑いを堪えている気配を感じる。笑い事じゃないんだけど。
「この前の大規模遠征で、地方を回っていた師団長達が奇妙な話を聞いてきたんだ。『魔獣が出る前に赤子の泣き声が聞こえた』ってね」
「え……それって」
「そう。キミもキサン村の時に聞いたんだよね。同じ様な事が、全く別の地域でもあったらしい」
キサン村は、異世界に転移したばかりの僕を保護してくれた村だ。住人は老人ばかりで、見ず知らずの僕に親切にしてくれた。
夜中に外から赤ちゃんの泣き声が聞こえて、探しにいこうと外に出たところを魔獣に襲われてしまった。
僕は村長さんに離れに匿われたから無事だった。村長さんの奥さんは、息絶える直前まで赤ちゃんの事を気に掛けていた。
村を襲った白狼の鳴き声でもなく、周辺にそれらしい赤ちゃんや動物の姿もなく、結局謎のままだった。
他の地域でも同じ様な事があったなんて。
「魔獣出現の前兆と見るには報告数は少ない。しかし、赤子の泣き声と魔獣の関係は否定し難い。当事者から直接話を聞いた師団長達も困惑していてね」
「……」
魔獣を退治した後、泣き声が聞こえた辺りを捜索したが、何も発見出来なかったという。
キサン村の一件だけなら聞き間違いや勘違いという可能性もあった。しかし、他に何件も報告が上がっている。
「……もしかして、誰かが魔獣を操ってる?」
僕の呟きに、ヒメロス王子が身を乗り出した。
「どうしてそう思う?」
「あの、元の世界にあった物語で、獣の子供を捕まえて晒して、群れを敵の本拠地に誘導するっていうエピソードがあって」
映画にもなっている有名な物語だ。その企みに気付いた主人公が、身を呈して獣の子供を助け出し、群れの怒りを止めたシーンは感動的だった。
「ふむ。魔獣を怒らせて追い掛けさせる、と?」
「そんな感じです。人間の赤ちゃんの泣き声にしか聞こえなかったけど、魔獣の赤ちゃんだったのかも」
「有り得るね。……アケオ君の故郷には、そのような物語もあるんだね」
「はぁ、色々ありますね。ちなみに、さっきの話に似た物語では、泣き声に似せた音が出る笛や楽器を使ったり、誰かが鳴き真似をする場合もあります」
似たようなパターンは幾つかある。現代日本だったら、泣き声を録音して流したりするだろう。
「でも、もしあの事件が人為的なものだとしたら、一体誰が何の為に……」
僕の脳裏にトマスさんの顔が浮かんだ。トマスさんは、キサン村襲撃後の説明会でただ一人、ある可能性に怯えていた。
『……コイツが、ユスタフ帝国の手先じゃないって、誰か証明できるのかよ』
『帝国が裏切り者の村を消しにきたんじゃないのかよ!』
当時彼は、サウロ王国の南に隣接するユスタフ帝国にキサン村が狙われたと主張していた。キサン村の住人は、二十年前の戦争の時に亡命してきた、元ユスタフ帝国の国民だからだ。
昔の話とはいえ、因縁が無くもない。
「どうした? 何か思いついたかな?」
「あ、いえ」
僕は慌てて首を横に振った。ただの憶測をヒメロス王子に言う訳にはいかない。王子に話せば、王様の耳にも入るだろう。
下手をすれば、国同士の問題になりかねない。
作り笑いで取り繕う僕に、ヒメロス王子はそれ以上問い詰めるような真似はしなかった。
「赤子の泣き声の件はともかく、ここ数ヶ月で魔獣の数が増えたのは確かだ。魔獣化の条件は不明だが、何処かで大量発生したものが流出したと予測されている。目撃情報をまとめると、他国から流れてきたものも含めて南の方から来ている、と」
「えっ」
ユスタフ帝国も南だ。これはなんの符号だろう。どの話を聞いても、原因はユスタフ帝国にあるとしか思えない。
恐らく、ヒメロス王子もそう考えている。僕の話を聞きながら、反応を見ているんだ。何だか急に怖くなってきた。
「今日はとても有意義な話を聞けて良かったよ。そろそろ戻るとしよう。妹達に内緒で辺境伯邸に来たのがバレたら怖いからね」
そう言い残して、ヒメロス王子は王宮へ帰っていった。
時間的には夕方の少し前。あと一時間もしたら貴族学院が終わる。アドミラ王女達が帰ってくる前に王宮に戻らなくてはならないようだ。
馬車を見送った後、どっと疲れが出た。
キラキラした人と向かい合って話すの、すごく生命力を削られる。王子は良い人だし、話しやすい方だとは思うんだけど、やっぱり王族の威圧感は隠しきれていない。
「そんな調子じゃ、王宮で暮らすようになったらキツいんじゃないっすか」
「正直、生きていける自信ない」
王子の帰還と共に、屋敷に潜んでいた護衛の隠密も全員引いたらしく、間者さんも気を緩めている。ずっと後ろに控えてたから疲れたのかも。
「……もし王宮に行く事になったら、間者さんも一緒に来てくれる?」
「まあ、今はヤモリさん専属なんで」
「そっか。それなら安心かな」
なんだかんだで王宮に行ったとしても、オルニスさん達や学者貴族さんにも会えるみたいだし、間者さんも居てくれるなら耐えられるかもしれない。
マイラ達との連絡係になってくれたら嬉しい。
今のように、何度も王子に王宮の外へ来てもらうのは本来失礼に当たる。護衛の手配も大変だと思う。それならば、僕を王宮に置いておく方がコストが掛らない。近い内にそうなるだろう。
ちょっと調べたい事が出来たし、早めに動いておかなくては。
僕は家令のプロムスさんに相談し、明日の昼間に馬車を用意してもらう事にした。
ヤ「屋根裏、そんなに隠密たくさんいたの?」
間「十人は超えてたっすね……」
ヤ「うわあ……」
王女様達にも普段から五人ずつ位付いてます。
プライバシー皆無。




