49話・初めての謁見2
謁見を終えた後、オルニスさんの執務室で一服していたら、王様が現れた。
「さっきは御苦労だったな、異世界人」
「陛下、ヤモリという名がございます」
「悪い悪い。よろしくな、ヤモリ。俺は国王のディナルスだ。好きに呼ぶがいい」
さっきまで『余』とか『其方』とか言ってたのに、今の王様は話し方がなんだか砕けているような。
こっちが素なのかな?
ていうか、さっき謁見が終わったばかりなのに何故また王様が僕のところに来るの???
どかっと僕の向かいのソファーに腰掛け、背凭れに体を預ける王様。よく見れば、やや目立たない服装に変わっている。普段着というか、お忍び的な衣装みたいだ。
「あの場では話したいことも碌に話せんからな。取り敢えず、重臣達に異世界人の有用性を示すという目的は達成できたが」
「は、はあ……」
「イルゴスの奴は頭が固くてな、異世界人は悪影響だなんだと喧しくて敵わん。謁見も反対されたし」
「宰相は陛下の心配をなさってるだけですよ」
よく喋る人だ。普段よっぽど抑圧されてるのだろうか。
イルゴスというのは、さっき謁見の間で王様の後ろにいたおじいさんの名前で、この国の宰相だとオルニスさんが教えてくれた。宰相は異世界人の事を良く思ってないのか。
まあ、得体の知れない存在ではあるよね、僕。
「カルカロスから聞いたと思うが、以前この王宮で異世界人を保護していた事がある。その頃から興味を持ったのだ。カルカロスに命じて異世界の研究をさせているのも俺だ」
なんと、学者貴族さんに異世界人の研究をさせているのは王様だったのか。学者貴族さんの個人的な趣味だと思ってた。
「ヤモリのおかげで、研究がかなり進んだと聞いている。この調子で協力してくれると助かる」
「は、はい。わかりました」
直々に頼まれた以上、真剣に取り組まねば。
ふと、王様が僕を見つめたまま黙り込んだ。
え、なに? なんでそんな切なそうな表情してるの?
「……マツカサ・ミクは、王宮で保護した時にはかなり弱っていてな。塞ぎ込みがちで、あまり話も出来なかったのだ」
そうか。僕を見て、美久ちゃんを思い出していたんだ。
「治療の甲斐あって体の傷は治ったが、心の傷までは癒やせなかった。……だんだんと弱っていく様は見ていて辛いものだった」
二十年前だから、直接会った事があるのだろう。美久ちゃんの当時の様子を聞いたのは初めてだ。王宮に保護されていながら何故数年で亡くなってしまったのかと不思議に思っていたが、そういう事だったのか。
「だから、ヤモリが元気な様子で嬉しく思う」
異世界に転移してすぐ人に出会えて、衣食住の世話までしてもらえた僕は運が良かった。
多分、美久ちゃんはそうじゃなかったんだ。遺品のランドセルには大きな傷が付いていたし、きっと危険な目に遭ったに違いない。
「俺は、マツカサ・ミクがどんな世界から来たのか、どんな暮らしをしていたのか、それが知りたい。ヤモリはミクと同じニホンという国から来たのだろう?」
「はい、そうです」
「俺は王宮から滅多に出られん。時々で構わんから、異世界の、ニホンの話をしに来てくれるか?」
「えっ? あ、はい」
思わず了承してしまった。僕も美久ちゃんの話をもっと聞きたいし。
「では、陛下の仕事が忙しくない時期に私が連れてくる事にしますね」
オルニスさんがそう言うと、王様が顔を顰めた。
「……俺が忙しくない時っていつだ」
「さあ? まずは各地の被害報告や大規模遠征の報告書、軍の予算修正案などの書類を片付けねばなりませんね。陛下の裁可を頂くものが山積みです」
「えぇ……」
王様はかなり忙しいらしい。午後から重臣会議もあるんだとか。今日集まっていたのは、僕の謁見に立ち会う為だけじゃなかったんだな。
「ヤモリ、絶対また来るのだぞ!?」
「わ、分かりました」
王様は名残惜しそうに部屋から出て行った。いや、オルニスさんの部下二人に両腕を掴まれて引き摺られていった、という表現が正しい。今日の謁見をする為に時間を割いてしまったから、日々の業務も滞ってしまっているのかも。
「さ、ヤモリ君は屋敷に帰ろうか」
「オルニスさんも一緒に帰ります?」
「いや、私はまだ仕事が残っているからね」
だよね、午後から会議があるって言ってたし。
でも僕一人じゃ、この執務室から王宮の外まで出る事すら難しいんだけど。どうやって辺境伯邸まで戻ればいいんだ。
「大丈夫、迎えを呼んであるよ」
誰が来るんだろう。
そう思ってたら執務室の扉が勢い良く開かれた。
「迎えに来たぞヤモリ殿!!」
「あ、アリストスさん」
なんと、オルニスさんが呼んだのはアリストスさんだった。今は王宮の警備担当だったっけ。
「アリストス君、ヤモリ君を頼んだよ」
「私に任せておくがいい! 無事に辺境伯邸まで送り届けよう!!」
相変わらず暑苦しい。でも、慣れない場所で知ってる人が居てくれるだけで心強い。
僕はアリストスさんに連れられ、門へと向かう。
「実はな、アールカイト家の騎士が引き続き王宮の警備を担当する事に決まったのだ」
「へぇ、すごいじゃないですか!」
王宮の廊下を並んで移動していると、時折巡回中の騎士さん達がこちらに敬礼してくる。多分、アールカイト侯爵家の騎士さん達だろう。
「あの、王宮騎士隊の人達はどうなるんですか?」
元々警備をしていたのは王宮騎士隊だ。先日まで辺境伯邸でエニアさんに鍛え直されていた。一ヶ月の強化合宿でかなり強くなっていたと思うんだけど、王宮警備に戻らないのだろうか。
「ああ、彼等なら修業の為に王国軍に入ったらしい。今までの自分の振る舞いや慢心を恥じ、心身共に鍛え直す事にしたとか」
「そうだったんですか」
貴族のボンボンで見掛け倒しだった彼等が、精神的にも成長してる。エニアさんの強化合宿、恐るべし。
「アリストスさん、当主のお仕事はいいんですか」
「……母上と兄上から、家の事はいいから陛下の役に立ってこいと言われてな……」
「ああ……」
最初は謹慎中で手が空いてるから王宮警備に駆り出されたはずだ。手柄も立てたし、謹慎は解けたらしいけど、どうやらまだ以前の生活には戻れないようだ。
確かに、学者貴族さんが別邸に戻るまでは、アリストスさんには王宮に居てもらった方がいいかもしれない。
「その間、兄上が研究の合間に書類仕事をやってくれると言ってくれてな。これまでアールカイト侯爵家を避けてきた兄上がだぞ? ……だから、暫くはこのままで良いかと思ったのだ」
お母さんの事で侯爵家を毛嫌いしていた学者貴族さんだけど、最近はかなり歩み寄ってきてるみたい。
アリストスさんも嬉しそうだ。
「しかしだな、今日はヤモリ殿を辺境伯邸に送り届ける任務があるからな! ついでに屋敷にも寄るつもりだ!」
それでテンション高かったんだな。
オルニスさんの言う事を素直に聞いてたのも下心があっての事か。侯爵家当主を手玉に取るなんて、オルニスさん怖い。
辺境伯邸に着いた後、アリストスさんはウキウキ馬車に乗り込んで侯爵家に向かった。学者貴族さんから邪険に扱われないように祈っておこう。




