48話・初めての謁見1
大規模遠征と騎士隊の強化訓練が一段落した頃、とんでもない話が舞い込んできた。
王様が僕に会いたがっているらしい。オルニスさんからそう言われたが、正直畏れ多いし辞退したくてたまらない。
以前アールカイト侯爵家で監禁された時、オルニスさんが王様の命令書を持ってきてくれたから早めに解決する事が出来た。命令書を書いてもらう際、オルニスさんは王様に僕の存在を伝えざるを得なかった。
だから、こう要求される事は予想していた。
二十年前に現れた異世界人、松笠美久ちゃんは王宮で保護されていた。つまり、王族は異世界人の味方であると考えていい。
でも、王様ってこの国で一番偉い存在だよ?
僕なんかが会っていい人じゃないでしょ。
大らかな辺境伯邸の人達や変わり者のアールカイト侯爵家の人達には慣れてきたけど、流石に王様は無理だよ。
でも、王様の意向に逆らう事は無理みたいで、謁見の日取りを決められてしまった。当日はオルニスさんが付き添ってくれるって。
王宮に行くと決まってから、辺境伯邸のメイドさん達が急に慌ただしくなった。僕の服を新しく仕立て直すとかで、服職人さんを呼んで採寸したり、髪の毛を整えたり、お肌の手入れをされたり。お風呂上がりにパックしたり、化粧水を肌に叩き込まれるのも初めての体験だ。
「うへぇ。貴族ってみんなこんな事してるの?」
「身嗜みには当然気を使うわよ。今までが適当過ぎたんだから、これを機にお洒落に関心を持ったらいいんじゃない?」
「ボクは興味ないけど、ねえさまの隣に立つのに恥ずかしくない程度には気をつかってる」
そういうものなのか。これまでずっと人目を避けて生きてきたから身嗜みとか考えた事もなかった。
そんなこんなで、すぐに謁見当日を迎えた。
いつもより上質な布地で仕立てられた服を着せられ、オルニスさんと一緒に馬車で王宮に向かう。貴族街の中心に高く聳え立つのがサウロ王国の王宮だ。周囲は堀に囲まれ、水面に真っ白な城壁が映り込んでいる。跳ね橋が降ろされ、馬車はそのまま城壁内へと入っていく。壁の内側には広い庭園があり、季節の花が咲き乱れていた。
アーチ状の門を潜り、王宮の敷地内へと入る。馬車を降りてからはオルニスさんの後ろに付いて歩く。行き合う全ての人が通路の端に寄って頭を下げている。そうだ、オルニスさんって一番偉い文官なんだった。
廊下の中央には真っ赤な絨毯が敷かれていた。 至る所に花が飾られているし、柱の表面には細かな彫刻がされている。奥に行けば行くほど花瓶やランプ、絵画のレベルが上がってる気がする。壊したらシャレにならないから絶対触らないでおこう。
「ヤモリ君、あの扉の向こうが謁見の間だよ」
「えっ」
しばらく王宮内を歩いたところで、オルニスさんからそう伝えられた。
え?
いきなり謁見の間?
ていうか、個室で王様と会うだけだと思い込んでいたけど、もしかして他の人もいる? ヤバい、緊張し過ぎて呼吸の仕方を忘れそう。
「大丈夫、私がついてるから」
「は、はい」
謁見の間の扉が開かれた。扉の向こう側は広間になっていて、左右に数人ずつ人が並んで立っている。視線が僕に集中するのが分かった。目を合わせない様に、前を歩くオルニスさんの足元だけを見る。
部屋の真ん中辺りまで進むと、オルニスさんは立ち止まって頭を下げた。
「異世界人、ヤモリ・アケオ殿をお連れしました」
僕も真似して頭を下げる。
左右に並ぶ人達から驚きの声が上がった。ざわめきの中、「あれが異世界人か」「実在したとは」などの声が聞こえてくる。
「顔をあげよ」
威厳に満ちた声が響き、ざわめきが止んだ。
頭を下げたまま、僕は動けずにいた。顔を上げたら周りの人達が視界に入ってしまう。見知らぬ人達に凝視されている今の状況は、かなり耐え難い。オルニスさんに促されるまで、身動きが取れなかった。
意を決して目線を上げると、正面に王様がいた。王冠とかマントとか、王様っぽいアイテムを身に付けている訳じゃないのに、この人に違いないと一目で分かった。四十代半ばくらいの金髪の男の人で、豪華な椅子に腰掛け、こちらにやや身を乗り出している。他とは違う、自信に満ちた雰囲気。
「其方が異世界人か」
「……」
声を掛けられた。
この場合どうしたらいいんだ。僕なんかが直接返事をしたら失礼だよな。いや、話し掛けられて黙ってる方が失礼か?
考え過ぎて脂汗が止まらない。僕が固まっているのを見て、王様は首を傾げた。
「……オルニスよ、この者は口が聞けぬのか?」
「いえ。直答は畏れ多いと思っているようです。代わりに私が答えますのでご勘弁を」
その通りです、すいません!
せめて名乗るくらいしないと、と思ってはいるんだけど声が出せない。
それに、顔を上げた時に気付いてしまった。王様の後ろに控えているおじいさんが僕を睨みつけている事に。アレは絶対僕の存在を良く思ってないよね。
畏怖、嫌悪、拒絶。
とにかく嫌われている気がする。そんな人が目の前にいたら余計に喋れない。
「発見されたのはクワドラッド州だったか?」
「は。クワドラッド州南端の村の住民により保護されたと聞いております」
質問には全てオルニスさんが答えてくれている。
保護された時の事や、辺境伯邸に世話になった経緯などを掻い摘んで説明している。僕が古代文字も読めるという話が出ると、両脇に並んでいる人達から感嘆の声が上がった。
「先日王宮に暗殺者が侵入した件だが、その異世界人が警備の強化をするよう発言したそうだな」
「は。それを聞き、アールカイト侯爵家当主に警備を依頼致しました」
「そのおかげで余も助かった訳だ。礼を言う」
僕は何にもしてないのにお礼を言われてしまった。取り敢えず、深々と頭を下げる。
「オルニスよ、引き続き辺境伯邸で保護を続けるように。──皆も、異世界人は我が国の賓客だ。『保護法』の存在、忘れるでないぞ」
「「はっ」」
王様の言葉に、謁見の間にいた人達が一斉に頭を下げた。僕も釣られて再び頭を下げる。その時にエニアさんの姿を見つけた。さっきまで周りを見る余裕がなかったから、全く気付かなかった。
もしかして、ここにいる人達ってかなり偉い人ばかりなのでは?
「さ、ヤモリ君。一旦私の執務室へ行くよ」
「はいっ」
王様が退室した後、僕はオルニスさんに連れられて別の棟に移動した。謁見の間があるのが王宮の中央部分。今いる場所はその脇にある役人の仕事部屋や各長官の部屋などがある建物で、通称・議事堂。その中に、第一文政官専用の執務室がある。
二十畳位の部屋の両側には立派な書棚があり、びっしりと本が並べられている。奥にある仕事机や来客用の応接セットなど、家具は全て落ち着いた色合いで統一されている。辺境伯邸のオルニスさんの部屋と同じだ。
「謁見お疲れ様。すごく緊張していたね」
「そりゃ緊張しますよ。だって国で一番偉い人ですよ? 元の世界でもそう会えるもんじゃないし」
応接セットのソファーに腰掛け、部下の人が淹れてくれたお茶を飲む。緊張し過ぎて喉がカラカラに渇いてたからありがたい。
「エニアさんも謁見の間に居ましたね」
「ああ、今日は各部の長官達も呼ばれていたからね。あと王国軍の師団長も」
「え、そうだったんですか」
やっぱり重臣ばかりだった。なんでも、今日の謁見は僕のお披露目的なものだったらしい。異世界人は珍しい存在らしいから、みんな興味があるんだとか。
オルニスさんは何故か僕の隣に座った。
あれ?
いつもなら向かいに座るのに何故隣に?
そう疑問に思ってたら、執務室の扉が開いて誰か入ってきた。
「よう。邪魔するぞオルニス」
「いらっしゃい陛下。どうぞこちらへ」
現れたのは、なんと王様だった。




