46話・予感
奇妙な夢を見た。
暗闇の中で知らない女の子が泣いてる夢。
ランドセルを背負ったまま座り込んで泣いている。
髪を束ねるヘアゴムの飾りがやけに目に付いた。
美久ちゃんかな、と思った瞬間目が覚めた。
なんだろう、嫌な予感がする。
王国軍が大規模遠征に出た事で、王都の街に少しずつ活気が戻ってきた。軍の護衛が付いた連絡馬車が定期的かつ安全に走れるようになり、物資の輸送が安定して行われるようになった事などが大きい。後は各地の魔獣を全て退治出来れば国民は安心して元の生活に戻れるだろう。
そんな時、たまたま訪れていたアールカイト侯爵家で、王宮に暗殺者が侵入していた事を聞いた。学者貴族さんが教えてくれたのだ。アリストスさんは王宮に泊まり込みで警備を担当していて、その時に捕らえたという。
王宮にはオルニスさんも詰めているはずだ。大丈夫だったんだろうか。
「心配ない。王宮騎士隊は何人か負傷したようだが、王族や重臣、アリストス率いる騎士達は無傷だと聞いている」
それを聞いて安心した。知ってる人に被害が出なくて本当に良かった。
暗殺者に狙われたのは、やっぱり王様?
「王国軍が出払ったこの時期を狙ってくるとは、ヤモリが言った通りになったな」
「え、僕なんか言ったっけ?」
「忘れたのか? お前が陽動みたいだと言ったからアリストスが王宮警備に駆り出されたのだぞ。王宮から戻り次第礼を言いに来るそうだ」
そういえば、そんなような事を言った気がする。確かに切っ掛けは僕の発言だった。
でも、アリストスさんを警備に付けたのはオルニスさんとエニアさん。実際に現場で手柄を立てたのはアリストスさんだ。僕自身はお礼を言われるような働きをしていない。
それにしても、暗殺者とかいるんだ。このタイミング、間違いなく魔獣騒ぎに乗じた犯行。どこかに黒幕がいるはずだ。今回は捕まえられたけど、また別の暗殺者を使った襲撃があるかもしれない。
以前オルニスさんから王様が僕を手元に置きたがっているって言われたけど、王宮は危険だ。もしそんな話が来たら全力で断ろう。
数日後、再びアールカイト侯爵家に行ったらアリストスさんが居た。暗殺者の取り調べや後始末が終わり、数日休みを貰ったらしい。
先代侯爵夫人のマリエラさんも交えたお茶の時間に、面と向かってお礼の言葉を述べられた。
「此度の働きで陛下から直接お褒めの言葉を賜った! ヤモリ殿のおかげだ!」
「アリストスに汚名返上の機会を与えて下さって感謝致しますわ。流石はヤモリ様」
「……いや、ホント僕なんにもしてないんで」
騎士さんやメイドさん達が見てる前で僕に頭を下げないでほしい。次からめちゃくちゃ平伏されちゃうし、何だか居た堪れない。
「いや、謙遜なさらず。私が騎士達を連れて警備をしておらなければ陛下や殿下達が危なかった。実際、王宮騎士隊では暗殺者に歯が立たんかったからな」
王宮騎士隊というのは、新興貴族の跡取り以外の男子が成りたがるもので、見た目は派手だが実力はいまいちだと聞いている。
聞くところによると、見回り中に気絶させられたのが三名、足を縄で括られて動けないようにされたのが二名、残りは掠り傷を負った時点で持ち場を放棄して逃げ出したという。それは確かにあてにならない実力の無さだ。
アリストスさん率いるアールカイト侯爵家の騎士さん達は、上手く手分けして追い詰め、暗殺者を捕縛する事に成功した。王宮騎士隊が瓦解した後も、引き続き交替で王宮の警備に当たっているそうだ。
「それで、捕まえた暗殺者ってどうなるの?」
「二、三日取り調べたが、一言も喋らんのでな。とりあえず縛り上げて牢に閉じ込めている。このまま何も吐かねば近いうちに処刑されるだろう」
「処刑……」
王宮に忍び込んだのだから厳罰は当然か。処刑って響きが怖い。 現代日本じゃ複数の人を殺さない限り死刑なんて執行されないからな。こちらの世界では犯罪者に対する刑罰が重いみたい。
まあ暗殺者なんて顔を合わせる事もないし、僕には関係ないか。
「それじゃ、僕はそろそろ帰りますね」
「あら、いつもより早いんじゃなくて?」
「今日はエニアさんが帰ってくる予定なんです」
引き留められそうになったが、そう答えるとマリエラさんは納得してくれた。
大規模遠征に出ていた王国軍の帰還だ。魔獣討伐が一段落したので、一旦王都に戻ってくる事になったのだ。
その一報を聞いたマイラ達は喜び、学院を休んで出迎えの支度をしようとした。しかし、プロムスさんに諭されて渋々学院行きの馬車に乗り込んでいた。
「早めに帰るから、アケオも早く戻るのよ!」
「屋敷のまえで母さまを出迎えたいので」
「わ、わかった。僕も一緒に出迎えるよ」
そう約束させられた。
マイラ達は、僕が連れ去られた際に何日か学院を休んでしまったから出席日数が危ういらしい。これ以上休むと進級に関わるというから、プロムスさんがサボりを止めたのも当然だ。
辺境伯邸に戻ると、先に帰宅していたマイラとラトスが庭掃除の手伝いをしていた。少しでも綺麗な状態で母親を迎えてあげたいという気持ちが眩しい。僕も微力ながら協力した。
日が落ちかけた頃、エニアさんが帰ってきた。大規模遠征に出てから、実に二十日振りの帰宅だ。前回同様、王宮に寄らず真っ先に辺境伯邸に来たようで、衣服はところどころ汚れたままだった。
「お母さま、おかえりなさい!」
「ただいまぁ、二人とも元気だった?」
「うん! 母さま、おケガはないですか?」
「だいじょーぶよ、ありがと!」
抱き着く二人を軽々と抱きかかえ、エニアさんは嬉しそうに頬擦りをした。多少疲れてはいるけど、確かに怪我はしてなさそうだ。
「エニアさん、お疲れ様でした」
「うん、ヤモリ君もお留守番ありがとね!」
二人を降ろした後、僕の頭を撫でるエニアさん。完全にマイラ達と同じ扱いだ。
エニアさんはすぐメイドさん達に囲まれてお風呂に連行されていった。旅の汚れを落とさないと食事はお預けですと小言を言われてた。まあ、砂埃まみれだったから仕方ないよね。
夕食の時間にはオルニスさんも帰宅して、久しぶりに全員が揃う事になった。
「オルニス、ただいまー!」
「おかえりエニア。大変だったろう。怪我は?」
「私が魔獣に後れを取るわけないじゃない!」
「それもそうだね、流石は私のエニアだ」
人目を憚らずイチャつく夫婦。給仕のメイドさん達は慣れてるみたいで、その横で平然と皿を並べている。
「では、大規模遠征の成功を祝して」
それぞれのグラスに飲み物が注がれた頃合いを見て、オルニスさんが乾杯の音頭を取った。
そう、エニアさんが無事に帰ってきたという事は、大規模遠征が成功したという事だ。負傷者が多少出たものの、王国軍に大きな被害はなかった。国内の魔獣を討伐し、当面の危機は脱したと判断されている。
引き続き他州との連絡馬車や物資の輸送には護衛を付けねばならないが、それは各師団の持ち回りになるそうだ。
「真っ直ぐ屋敷に帰ってきたという事は、まだ王宮への報告は済んでいないのかい?」
「んーん、クロスに頼んだから一応報告済み。でも、ちょっと気になる話を聞いたから、明日起きたら王宮行ってくるわ」
クロスというのは軍務長官直属部隊の人だそうだ。大雑把なエニアさんに代わり、細かい事を担当してるみたい。直属部隊にいるって事は多分強いんだろう。
「お母さま、ラジャード州に行かれたんでしょう? どんな魔獣が出たのですか?」
「灰大鷲と黒鷲の群れね。岩山に棲みついてるでっかい鷲の魔獣で、家畜を攫っていくの。ぜんぶ叩き落としてやったわ!」
空飛ぶ魔獣もいるのか。しかも家畜を攫うって、かなりの大きさだと思われる。剣で戦うには厄介だけど、魔法が使えれば倒せるみたいだ。
他の州も地形によって出現する魔獣が違ったようで、特性を掴むまでは倒すのに苦労したらしい。
「でもね、慌てて応援要請を出すほど強い魔獣じゃなかったのよ。確かに数は多かったけどさ」
「皆がエニアほど強い訳ではないからね」
「現地の騎士隊がほんっっっとに弱くてね。今回は白の魔獣が居なかったのに全く歯が立たないの」
魔獣の強さは体毛の色で見分けることが出来る。黒<灰<白の順に強く、白の魔獣が最も強い存在だ。黒や灰の魔獣なら平均的な兵士が数名で掛かれば然程苦労せずに倒せるという。
しかし各地の貴族お抱えの騎士隊は、戦う前から逃げ出す程の腰抜けばかりだったとか。王宮騎士隊の面々も暗殺者相手に役に立たなかったらしいし、どうも名前ばかりで実力が伴っていない。
「だから、ちょっと鍛え直してあげようと思って」
ニッと笑みを浮かべるエニアさん。
関係ないはずの僕まで寒気を感じるくらい、この発言は恐ろしいものだった。
第4章スタートしました。
いつもブクマ、評価ありがとうございます。
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