閑話・大規模遠征前の軍議
王宮の一室に、この国の重要人物が集まった。
王をはじめ、宰相、外務長官、財務長官、農務長官、商工長官、司法長官、軍務長官、王国軍の師団長達、そして記録係として文政官数名。
これから国の行く末を決める重要な会議が始まる。
数ヶ月前から始まった、国内における魔獣の活性化に対する具体的な対策を決めるのが会議の目的だ。
先日、ラジャード州、エズラヒル州、ファレナン州から同時に応援要請が届いた。これらは王領シルクラッテ州を囲む地域であり、放置すれば王都の安全が脅かされる。
これまでも要請がある度に遠征部隊を派遣して魔獣の討伐をしていたが、それでは埒が明かない程だという。
真っ先に手を挙げたのは農務長官だ。
「地方の農村では魔獣の侵攻に耐え得る防備がない為、全ての住民を最寄りの大きな街に避難させております。長引けば畑の作物は枯れ、今期の収穫は絶望的になりましょう」
木製の柵では大型魔獣は防げない。小さな村ほど設備もなく、常駐する兵士もいない。村ごと避難するのは当然の事だ。
次に、財務長官が手を挙げた。
「収穫が減るという事は税収が減るという事です。加えて、避難先の街に対して特別予算を組んで炊き出しや仮設住居の建設を進めておりますが、この状況が長引けば厳しいかと」
避難民が増えれば、税収が減る上に出費が増える。受け入れ先にも限界がある。
そこに商工長官が挙手をしてから口を開いた。
「商工会の馬車も頻繁に襲われております。護衛に一般の傭兵を雇ってはいますが、魔獣相手には役に立ちません。既に地方からの流通が滞っております」
更に、外交長官が後に続く。
「先々週からロトム王国とブリエンド王国からの連絡が途絶えております。おそらく、あちらも魔獣の活性化で地方の安全が確保出来ていないと思われます」
各長官達の報告に、王は唸るしか出来なかった。
かつてない規模で魔獣が増えている。しかも、近隣諸国も同じような状況にある。 早急に手を打たねばならない。
どうしたものかと悩んでいると、軍務長官が高らかに手を挙げた。
「全軍で一気に叩くしかないと思いまーす」
軍務長官のエニアは、にこっと笑顔を浮かべて周囲の反応を待った。
全軍という事は、王国軍の第一から第四までの師団を全て動かすという意味だ。かつてユスタフ帝国と戦争した時すら、第二師団までが防衛に出ただけだったというのに、だ。
一つの師団に所属する兵士は約二千。八千人同時に出兵させた事など過去に例がない。
「そ、それは流石に出し過ぎでは」
「対応が遅れれば遅れるほど、国民に被害が出ちゃうわよ」
宰相が口を挟むと、エニアは笑顔で反論した。
「早めに王国軍が動く事で、国民に安心してもらいたいの。過剰なくらいでいーのよ、国土は広いんだから」
「そ、それはそうだが」
エニアの勢いに押され、宰相がたじろいだ。王の前でも敬語を使わないエニアの態度に思う事がない訳ではないが、主張している事は尤もだ。
「──うむ、軍務長官の言う通りだ」
沈黙を破ったのは王だった。
エニアの案に、王が肯定の意を示した。
つまり、ここから先の議論は全軍投入の如何ではなく、どのように軍を運用するかに絞られる。
第一文政官のオルニスはテーブルの中央にサウロ王国の詳細な地図を広げた。そして、各師団の駒をエニアの傍らに並べる。
「まずは、どの団にどの州を担当していただくか。その間の王領の護りはどうするか決めましょう」
応援要請は三州。
王領の守護。
加えて、各州との連絡馬車の警備。
師団は四つ。
軍務長官エニアは一つ目の駒を掴み、地図の中央に置いた。
「第一師団長エクセレトス・リメロ・アークエルド卿」
「はっ」
「王領シルクラッテ州全域の護りを。領内に小型魔獣一匹たりとも入れないよう」
「承りました」
次の駒は地図の端、エズラヒル州に置かれた。
「第二師団長オルロゴス・タキト・モルレゼシア卿」
「は」
「エズラヒル州の魔獣討伐を。友好国ロトム王国並びにブリエンド王国との国境がある。あちらに魔獣を逃す事のないように」
「心得ました」
次の駒は、反対側のファレナン州へ。
「第三師団長オドロス・ベニート・クレメンティア卿」
「はっ」
「ファレナン州の魔獣討伐を。大河と大森林に護られてきた地だが、現在は魔獣が潜む絶好の場所となっている。確実に倒し、安全地帯を拡大せよ」
「了解です」
残った駒は一つ。
「という事は、うちは北のラジャード州行きかな?」
「違うよ?」
軽口を叩く初老の紳士に、エニアは笑顔で否定した。
「第四師団長エヴィエス・ゲネロ・ブラゴノード卿。貴方には各州を繋ぐ連絡馬車と物資輸送の護衛に当たってもらう」
「え、馬車の護衛ぃ?」
魔獣討伐ではなく警備を申し付けられ、エヴィエスは不満気な声を上げた。しかし、エニアはその不満を抑え込んで懐柔する。
「これが最も重要な任務なの。王領には食料生産地が少ないから、物資が届かないと立ち行かない。数も多いし、移動距離も長い。ちょっと大変だと思うけど」
「ふん、じゃあ俺がやるしかねえな。任せとけ。でも北はどうすんだ?」
「私が出る」
「は?」
「ラジャード州は平地が少なくて切り立った岩山ばかりだから、師団には向いてない。だから、私の直属部隊だけで行く」
軍務長官直属部隊は数は百名程しかいないが、全ての兵士が優秀だ。戦力的には申し分ない。
「──とまあ、こんな感じで振り分けようと思うんですけど、いいですよね?」
改めて尋ねられ、王は肩を竦めた。
軍隊運用でエニアに口出し出来る者など、彼女の実父グナトゥス以外にいない。そのグナトゥスは、南のクワドラッド州にいる。
今回三州から応援要請が届いたが、クワドラッド州からはない。最も魔獣の数が多いと予想されているにも関わらず、だ。
恐らく、グナトゥス率いる駐屯兵団が死守しているのだろう。
「まだ備蓄には余裕があります。行くなら今を於いて他にないでしょう」
「予算も増えましたし、何とかなりそうです」
他の長官からも賛同の声が上がった。
予算が急増したのは、先日のオルニス文政官の個人的な働きによるものだ。
「アーニャ司法長官、今って忙しい時期かな?」
エニアから急に声を掛けられ、司法長官のアーニャ・ゲラ・ブラゴノードは顔を上げた。質問の意図が分からず「ええ、まあ普通に」と返す。
「手を貸してほしいんだけど、遠征に付いてきてもらえないかな?」
「は?」
「エズラヒル州はクワドラッド州の次に広い領地なんで、オルロゴス師団長と一緒に魔獣退治をお願い。国難なの」
「はあ」
有無を言わさぬエニアの言葉に、アーニャは頷くしかなかった。
国難とまで言われたら引き下がれない。
アーニャは司法長官であり、同時にこの国一番の魔法の使い手である。広域攻撃に於いて右に出る者はない。第二師団にとって、心強い戦力となるだろう。
「陛下、よろしいでしょうか」
宰相が王に尋ねる。
王は小さく頷き、右手を軽く掲げた。
「我が国の行く末は其方達に掛かっている。存分に腕を振るい、魔獣を殲滅して参れ」
「はっ」
王の裁可が降り、これで大規模遠征が決定した。
「では、各師団は早急に出撃準備をお願いします。長官達には後ほど協力してほしい事柄をまとめて書面にてお知らせ致します」
オルニスが締めの挨拶をし、御前会議は終了した。
王や宰相、長官達が退室する中、師団長達はエニアの周りに集まっていた。
「先日は甥が迷惑を掛けたらしいな。済まなかった。あれは兄の事になると止まらん」
アークエルド家当主であり、第一師団長であるエクセレトスは、エニアに軽く頭を下げた。エクセレトスはアリストスの母親マリエラの実兄だ。
「いいのいいの、もうカタはついたんだから」
「しかし」
「じゃあ、第一師団に追加任務出しちゃおっかなー」
「ははは、敵わんな」
「冗談よ。でも、王宮の警備がちょっと心配で。アリストス君の下に何人か付けてくれる?」
「わかった、アークエルド家の騎士隊から優秀な者を選んで手配しよう」
「ありがとう!助かるわ」
エニアに直接礼を言われ相好を崩すエクセレトスに、他の師団長がジト目で躙り寄る。
「だらしない顔しおって」
「だってなあ、エニアちゃん可愛いから」
「わかる」
「あの子以外に従いたくないもんなあ」
強面の師団長達も、エニアの前では形無しだ。
師団長達は皆エニアの父グナトゥスと同じ年頃である。二十年前に軍務長官を辞し、自ら辺境の地に赴いたグナトゥスに心酔している。その為、数年前にエニアがその座に就くまで軍務長官はずっと空席のままだった。
「あっ、オルニスー! 会議終わったし早く帰りましょ!」
「この書類を片付けたらね」
「はぁい!」
師団長達が崇めるエニアの愛情を一身に受けているのが、第一文政官のオルニスである。入り婿で魔力もなく爵位も持たないが、とにかく優秀な文官で、各部の仕事を取り纏めるのが上手い。彼が就任してから、仕事がかなり効率化されている。
それに、どうやら腕も立つらしい。実際に立ち回っている所は誰も見た事はないが、何度か刺客を単独で撃退している。
「エニアちゃん、うちの息子の嫁に欲しかったんだがなあ」
「いやいや、そうするとグナトゥスが親戚になるんだぞ? 私は嫌だ」
「それもそうだな」
これから全軍挙げて魔獣討伐に行くというのに、師団長達の雰囲気は普段と変わりない。
エニアに付いていけば間違いない。
もし駄目でも、自分達が踏ん張れば何とかなる。そう思っているからだ。
サウロ王国初の大規模遠征が始まる。
アケオ目線では見られない軍議の様子をお送りしました。
2020/04/29
誤字、というか
国の名前を間違えてたので修正しました




