44話・大規模遠征
エニアさんが一週間の休暇を満喫している間、王宮には北と東と西の三州から同時に応援要請が届いたらしい。どこの使者も同じくらい切羽詰まった様子で、魔獣の脅威が窺い知れたという。
しかし、オルニスさんはエニアさんの休暇が終わるまで、そんな話は一切出さなかった。マイラ達を気遣い、妻のエニアさんに無理をさせない為だ。
休暇明けの軍議で三州に対する大規模遠征が決定。王様からも直々に頼まれ、エニアさんが陣頭指揮を執る事になった。
遠征軍は三つに分けねばならず、王都の守りも固めねばならない。王国軍の最高司令官である軍務長官エニアさんは、以下の通りに軍の役割を振り分けた。
エクセレトス・リメロ・アークエルド師団長率いる第一師団は、王領シルクラッテ州全域の護りを。
王領は国の中央にあり、全ての州と接している為、薄く広く兵を配置して警戒しなければならない。王都は勿論、王領内の街や村の警備も担当する。
オルロゴス・タキト・モルレゼシア師団長率いる第二師団は、西のエズラヒル州の魔獣討伐へ。
南のクワドラッド州に次いで広大な領地であり、また友好国との国境を接している。こちらから他国へ魔獣を逃すような事はあってはならない。
オドロス・ベニート・クレメンティア師団長率いる第三師団は、東のファレナン州の魔獣討伐へ。
大森林と大河に守られてきた地域だが、そこから魔獣の侵入が多数確認されている。先日の遠征で数は減らしたが、今後も油断出来ない。
エヴィエス・ゲネロ・ブラゴノード師団長率いる第四師団は、他州との連絡馬車や物資運搬の護衛全てを。
王都には食糧生産地が少ない為、物資の輸送が生命線となる。地味に思えるが、一番重要かつ失敗の許されない任務である。
そして、軍務長官直属部隊は、北のラジャード州の魔獣討伐へ向かう事が決定した。
北部地域は領地が狭く、厳しい岩山に囲まれており、魔獣の数が最も少ないと予想されている。戦いにくい地形の為、多数の兵士による陣形戦は取れず、少数精鋭で対処する事になった。
もちろん、各地の貴族が所有する私設騎士隊などの協力も仰ぐつもりだが、正直言って期待は出来ないレベルらしい。
既に魔獣により負傷している者も多く、頼めるのは補給や治療などの後方支援くらいだろう。
──と、辺境伯邸の食堂で説明された。
王国軍、全て動員。一つの師団に何人いるか知らないけど、結構派手な作戦だよね、コレ。
マイラとラトスは事の大きさに付いていけてないようだ。黙ってるのは、なんと言っていいか分からないからだろう。
「これ以上魔獣の脅威に国が晒されれば、国力の低下に繋がる。備蓄などの余力が十分にある今の段階で、徹底的に対処するようにとのご命令だ。──済まないね、エニアにばかり苦労を掛ける」
「めんどくさいけど、仕方ないわね。オルニスだって予算増やしといてくれたじゃない。これで少しはラクになるわ」
どこの侯爵家から出された金銭かは聞くまい。
「近隣の国も似たような状況らしい。国境を接しているブリエンド王国とロトム王国との定期便が途切れたのもその所為だ。国交のないユスタフ帝国からは情報が入ってこないが、南部からの目撃情報が多い事から、魔獣が一番多いと考えられる」
「クワドラッド州での討ち漏らしが他州に来てるだけじゃなく、周辺諸国からも来てるってコトね」
「今回は、とりあえず数を減らす事が目的だ。放置して繁殖でもされたら困る」
「りょーかい。ま、なんとかなるでしょ」
これだけの規模の作戦を『とりあえず』って、エニアさんは何回遠征に行く事になるんだろう。かなり強いみたいけど、女の人だし大丈夫なのかな。
それより、三州同時に応援要請が来て、王国軍のほとんどが動員される事に不安がある。
「──なんか、陽動っぽいですよね」
つい、思った事が口に出た。
よく漫画や小説にある展開だ。色んな場所で同時多発的に事件を起こし、手薄になった本陣を狙う。この場合の本陣は、王宮になるのかな。
僕の言葉に、オルニスさんとエニアさんが黙った。
しまった。大事な話に、素人の僕が口を挟むなんて。しかし、二人は顔を見合わせ、何度も頷いた。
「そういえば、王宮の護りを忘れてた」
「ボンボンだらけの王宮騎士隊だけじゃ不安ね」
「そうだ。ちょうど謹慎中の貴族がいるから、彼に王宮警備をさせよう」
誰の事を言ってるのかな。
まあ、王都を守る兵もいる訳だし、その中心部の王宮なら滅多な事にはならないと思うけど。
「ヤモリ君。暫くはアールカイト家の別邸には行かない方がいい。あそこは王都の外れ、しかも見通しの悪い森の中だ。後でカルカロス君にも伝えておく」
「あ、はい。分かりました」
確かに、あそこは深い森の中だ。どこに獣が潜んでいても不思議ではない。あそこの警備に貴重な兵士を配置するより、他に回した方が有意義だ。
という事は、別邸に住み込んでいたバリさんもアールカイト家の本宅に避難するのかな。アリストスさんが大騒ぎするのが眼に浮かぶ。
「私も暫くは王宮に詰めることになる。辺境伯邸や学院送迎時の警備は私兵で固めるから心配いらないよ」
「え、お父さまも留守にされるのですか」
「ちょっと怖いわ」
「大丈夫。我が家にはヤモリ君がいるだろう?」
その言葉にチラッとこちらに目を向けるマイラ達だが、すぐに父親に目線を戻してこう言った。
「ものすごく不安だわ」
「ボクも」
そりゃ、全く頼りにはならないけどさ。改まって言われると傷付くなあ。
この翌日、エニアさんは大規模遠征へと出発した。王国軍総出の魔獣一掃作戦だ。どれくらいで帰還出来るのかは現地の状況次第。担当地域の討伐が早く片付いたとしても、他の州の応援に回ったりするらしいから、本当に未定だ。
どうか、無事に帰ってきてくれますように。
学者貴族さんが弟のアリストスさんを伴い、辺境伯邸にやってきた。
家令のプロムスさんやメイドさん達に先日の非礼を詫びさせた後、来客用の応接室に通して話を聞く事にした。
「──という訳で、私は王宮の警備担当になった。ヤモリ殿の発案と聞いている。陛下に詫びを入れる良い機会だ。感謝する」
「いえ、僕はなにも……」
そう計らったのはオルニスさんだからね。
謹慎中の貴族って、やっぱりアリストスさんだったか。アールカイト侯爵家には優秀なお抱え騎士がたくさんいるみたいだし丁度いいかもしれない。
「別邸周辺は立ち入りを制限されてしまってな、小生とバリは一時的に本宅に世話になる」
「そうですか。……大丈夫ですか?」
「アリストスは今日から泊まり込みで王宮の警備だ。そうでなければ本宅じゃなく辺境伯邸に厄介になるつもりだったが」
危ないところだった。
学者貴族さんの発言に、アリストスさんがいちいちショックを受けて凹んでいる。仲直りしたとは言え、アリストスさんの過剰な兄弟愛がキツく、四六時中一緒にいるのは厳しいらしい。
学者貴族さんの気持ちはよく分かる。
「うう、兄上は何故私を避けられるのか……」
まず、その兄への執着をなんとかしないとダメだと思う。長年拗れまくった末の感情だから、数日やそこらでフラットな状態になるものでもないか。
「異世界人の遺物も保管場所を本宅に移したからな、研究自体は続けられるぞ!」
「わあ〜、やったあ〜(棒」
「なんだその反応は! 兄上と一緒に研究出来るなんて羨ましい! 嗚呼ッ、何故私は王宮警備などに行かねばならんのだ!」
先日の騒動のお詫びだって自分で言ったろ。
やっぱり学者貴族さんが絡むとアリストスさんは面倒くさいな。




