41話・状況の変化
無事に辺境伯邸に帰ってきた僕は、家令のプロムスさんをはじめ、メイドさん達にも無事を喜ばれた。連れ去られた時の状況が酷かったから、かなり心配を掛けてしまっていたようだ。
夕食後家族用の応接室に集まり、マイラ達とオルニスさんに侯爵家に監禁されていた時の事を包み隠さず話した。
アールカイト侯爵家の別邸で短剣を突き付けられた話は、前にオルニスさんには話してたけど、マイラ達は初耳だったので驚かれた。
侯爵家の本宅に監禁されてからは割と快適だったので、正直にそう言ったら拗ねられた。
仕方ないじゃないか、実際快適だったんだから。
監禁初日、間者さんに託した手紙はちゃんと届いていた。あちらの隠密に妨害されなくて何よりだ。
僕が連れ去られた後の辺境伯邸は大変な騒ぎだったらしい。 なにしろ、オルニスさんやエニアさんどころか、マイラ達まで居ない間の出来事だったからな。
家令のプロムスさんはすぐに連絡係(この屋敷専属の連絡用隠密だって)を王宮に飛ばし、仕事中のオルニスさんに報告。夕方帰宅したマイラ達には直接説明したという。
侯爵家に乗り込むと息巻くマイラとラトスを、急いで帰宅したオルニスさんが宥めて止めた。
ちなみに、この時エニアさんは遠征に出掛けていて、すぐには連絡がつかなかったらしい。
翌日オルニスさんは王様に相談、命令書を書かせようとするも、宰相から事実確認が先だと止められた。だから五日も掛かってしまった、と謝られた。
いや、僕の事なんかで王様にまで話が行っててめちゃくちゃ恐縮なんですけど。
「お父さま!勝手にウチの客人を連れ去った件は問題にならないのかしら!」
マイラはまだ怒っている。
「それに関しては向こうの奥方と話をして手打ちにしたよ。いやあ、ここのところ魔獣の対応で物入りでね。助かったよ」
おーっと、オルニスさんは今回の件を表沙汰にしない代わりに、アールカイト侯爵家から金銭を出させていたみたいだ。
何か二人で話してるなーと思ってたけど、まさかそんな事を取り決めていたとは。
「──という訳だ。魔獣討伐予算が潤沢になったから、エニアにも恩恵がいく。それなら許せるんじゃないか?」
一体幾ら出させたのか聞く気にもならない。高位貴族こわい。てかオルニスさんこわい。
「だから、今回の件は他言無用だぞ?」
「……分かりました」
「……はい」
まだ納得出来てなさそうだけど、マイラ達は頷いた。貴族学院で噂にでもなったら不味いからな。
「マイラ、ラトス。もう遅いから寝なさい」
「はーい。アケオ、また明日ね!」
「うん、おやすみ」
明日は元々貴族学院はお休みだから、留守にした五日分遊んであげるとしよう。
マイラ達は応接室を出て部屋へと向かった。僕も自分の部屋に戻ろうと席を立とうとしたら、オルニスさんに止められた。
「ちょっといいかな。話がある」
「は、はい」
僕はオルニスさんの正面に座り直した。
改まって、一体なんだろう。誘拐された件で怒られるのかもしれない。そう身構えていたけど、オルニスさんはいつもの笑顔を向けてくれた。
「今回の件で、君の存在が陛下に知られてしまった。君も知っていると思うが、前に現れた異世界人を保護したのは王宮だ」
美久ちゃんの事だ。学者貴族さんから聞いたし、遺品も今調べているところだ。
「マイラ達の為、君を安全に取り戻す手段として、陛下に異世界人の存在を伝えた」
「はい、おかげで助かりました」
「──陛下が、君を手元に置きたがっている」
「えっ」
それはちょっと勘弁してほしい。
侯爵家でもかなり部屋が豪華で慣れなかったのに、王宮なんか耐えられそうにない。
嫌そうな表情を浮かべた僕を見て、オルニスさんは苦笑した。
「まあ、宰相が反対してるから、すぐにどうこう言う話じゃないよ。でも、一応覚悟はしておくといい」
覚悟って何?
王宮に保護される事への覚悟?
そんなの何年経っても無理に決まってる。 僕はただ平和に暮らしつつ、元の世界へ帰る方法を調べていられたらいいんだから。
それまでは辺境伯邸に居たい。
みんなの迷惑じゃなければの話だけど。
「伝える事はこれだけかな。──ああ、そうだ」
そう言って、オルニスさんがテーブルの端を指で二回叩いた。それを合図に、応接室内に黒い影が現れた。
間者さんだ。
間者さんはオルニスさんの側に膝をつき、頭を下げて言葉を待っている。
「今回はご苦労だった。相手が悪かったのもあるが、まあ精進しなさい」
「は」
労いの言葉に短く返事をして、間者さんは再び姿を消した。いつも思うんだけど、どうやって何処に移動してるんだろう。
「では、部屋に戻るといい。ヤモリ君も疲れたろう?ゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
促されて応接室を出て、自分の部屋へと向かう。階段を上がった先に間者さんが待っていた。
ややバツが悪そうにしている。
そのまま部屋まで付いてきて、中のカウチソファーに腰掛けた。たぶん僕よりそのソファー使ってるよね、間者さん。
「なんか、大変なコトになりそっすね」
「うん。大変なコトになりそう」
側の椅子に腰掛ける。
たった五日居なかっただけなのに、この部屋が懐かしく感じた。
「最近、守り切れてなくてすんません」
「え? いや、無理でしょ侯爵家の人相手じゃ」
唐突に謝られた。
ていうか、間者さんはマイラ達の護衛なんだし。そう言ったら、ノルトンから王都への移動中はそうだったけど、今は僕専属になってるらしい。
知らなかった。 だから僕の周りにずっと居てくれたんだな。
「エラい人より、そこんちの隠密の相手がやっかいで。自分じゃ敵わないのがゴロゴロいるんすよ、アールカイト家」
「そうなんだ」
よく分からないけど、相手の人数も多いみたいだし、敵わないのは仕方ないんじゃないのかな。
どうもプライドに関わる問題らしい。
「オルニス様にも精進しろって言われたし、もうちょい強くなんないと役に立てないってゆーか」
「え、今のままでも助かってるけど」
「どこが? 気配察知遅れて注意しそびれたり、色々ヘマしてばっかなんすけど」
不貞腐れて、とうとうカウチソファーに横になってしまった。間者とか隠密って、他に見た事ないけどみんなこうなのかな?
どうも、別邸で僕が隠し部屋に押し込まれた事や、辺境伯邸に居た時に連れ去られた事を未だに気に病んでいるみたい。
どっちの場合も、事前に気を付けろと言われたとしても逃げられた訳ではないし、どうしようもないと思う。
間者さんはプロだから、今回の事で力不足を痛感して責任を感じてる。
でも、直接助けてもらえるかはともかく、側に味方がいてくれているだけで、結構支えになるものだけどな。
「間者さんが何処かにいてくれてると知ってるから、僕はそこまで怖くなかったよ」
そう言ったら、間者さんは寝転がった体勢のまま暫く固まった。その後「絶対強くなってやる!」と叫びながら何処かへ行ってしまった。
修業でもするんだろうか。
腹黒オルニスさんと、意外とピュアな間者さんの回でした。




