36話・監禁生活2
学者貴族さんを本宅に来させる為だけに、アリストスさんは僕を辺境伯邸から連れ去った。
オルニスさんからアールカイト侯爵家の過去の話聞いたばかりだ。
学者貴族さんの母親が失意のまま亡くなった屋敷。
しかも、僕が監禁されている客室は、当時学者貴族さんとその母親・ヒルダさんが暮らしていた部屋だった。
「異世界人には会わせますよ。でもそれは、兄上が屋敷に戻ると約束したらの話です」
この要求は、学者貴族さんにとって堪え難いものの筈だ。アリストスさんには分からないのだろうか。
でも、学者貴族さんは来てくれた。
「……数日は滞在しよう。その代わり、部屋に入らせてもらうぞ」
「わかりました。──鍵を開けよ」
嬉しそうに騎士さんに指示するアリストスさん。
ガチャガチャと鍵が外される音がしたので、僕は控えの間から客室内へ下がった。
扉が開き、学者貴族さんとアリストスさん、そして数人の騎士さん達が部屋に入ってきた。
部屋の内部を見たアリストスさんがややびっくりしている。昨日の騎士さん達と同じ反応だ。
学者貴族さんは、僕の姿を見てホッとした表情になった。
「ヤモリよ、元気そうだな」
「はい、大丈夫です」
「怪我は?酷い目に遭わされておらんか?」
学者貴族さんは、僕が怪我をしていないか確認して、無傷である事が分かると歯を見せて笑った。
別邸で会った時は短剣を突き付けられたけど、辺境伯邸では手荒な真似はされなかった。
いや、出来なかったんだろう。
他家で剣を抜いたら問題になりそうだし。
「さあ、もう良いでしょう。数年振りに戻られたのですから、家族で積もる話でも──」
「話す事など何もない」
アリストスさんの言葉を遮り、きっぱり拒絶する学者貴族さん。僕には笑顔だったのに、アリストスさんに対しては真顔だ。声も低くて口調も怖い。
この対応の差に、周りも気まずそうだ。
「兄上。異世界人は我が手にあるのですよ」
念を押すように囁くアリストスさん。
それは、僕の身柄を使った脅しだ。
学者貴族さんは眉間に皺を寄せたまま、小さく息を吐いた。そして、持っていた包みを僕に手渡してきた。
「あの、これは?」
「『道徳』の教科書だ。翻訳を頼む」
「……はーい」
異世界人の研究が滞るのが嫌なんだな。まさか監禁生活中に翻訳作業をさせられるとは。
暇だから構わないけどさ。
「さ、兄上。参りましょう」
「分かった。──ではな、ヤモリ」
促され、学者貴族さんは客室から出て行った。
扉が閉まる直前、またアリストスさんに睨まれてしまった。だから、僕は何にも悪い事してないんだってば。
翌日から学者貴族さんが部屋を訪れるようになった。アリストスさん監視の下、一日一回のみ。
二言三言会話をした所で切り上げさせられているから、ほんの数分だけ。
この僅かな面会時間を得る為に、学者貴族さんはこの屋敷に居続けている。かなり精神的にダメージあると思うんだけど大丈夫かな。
ちなみに、許された時間だけでは何も伝えられないので、メモを渡す事にした。
教科書の翻訳結果を書いた紙束に紛れて渡しているので、アリストスさんには見つかっていない。もし見つかったとしても、読まれてマズい事は何も書いてない。
僕からは『無理しないでね』『バリさん放っといて大丈夫?』『早く辺境伯邸に戻りたいなー』みたいな一言を忍ばせている。
学者貴族さんからも『翻訳作業に専念しろ』『バリなら一人でも平気だ』『その内なんとかする』等のメモを貰った。
直接顔を合わせているのに、見張られてるせいで自由に会話が出来ないのは不自由だ。
しかし、それ以外は割と快適に過ごせている。
本棚には読んだ事のない本があるし、学者貴族さんが教科書を持ってきたからやる事もある。読書や翻訳作業に疲れたら、広くてふかふかなベッドで昼寝したらいい。
食事は美味しいし、年配メイドさんしかこの部屋に出入りしないから気が楽だ。
このメイドさん、やや腰が曲がっててぷるぷる小刻みに震えてるんだけど、仕事中はシャキッとするんだよね。部屋の掃除も一人でやってるから、高い所の拭き掃除だけは手伝うようにした。
そうしたら、お茶の支度の合間に少しだけ昔話を聞かせてくれた。
「わたくしは、カルカロス様の母上であるヒルダ様付きのメイドでございました。このお屋敷に来る前から、このお部屋で亡くなられるまでずっと」
この屋敷に来る前というと、王都外れの別邸にいた頃だろうか。それとも、ヒルダさんの実家時代からだろうか。
「ヒルダ様が亡くなられて以来、このお部屋は縁起が悪い、と屋敷の者は避けるようになってしまいました。カルカロス様もお辛かったのか、別のお部屋に移られてしまいました。ですから、わたくしがこのお部屋を一人で担当しているのです。このお部屋が使われるのは、実に十数年振りでございます」
使う人もいないこの部屋を、このメイドさんは一人で守り続けてきたらしい。他の仕事を済ませた上で、毎日掃除していたという。
そんな大事な部屋に僕なんかが居ていいのかな。
そう聞いたら、メイドさんはふふ、と笑った。
「貴方様がここに居なければ、カルカロス様がこのお部屋に入られる事は二度となかったでしょう。このお部屋で、笑顔のカルカロス様が見られたのですから、これ以上の喜びはございません」
予想外に感謝された。
無理やり連れてこられた場所だったけど、ここに僕が来たのも無駄ではなかったみたいだ。
アリストスさんが一人で来るようになった。
椅子にも座らず、用意されたお茶にも手を付けず、一方的に学者貴族さんについて語っていく。
「兄上は貴族学院でも優れた成績を収め、主席で卒業された。その後は司法部に務め、魔法学の研究に取り組み……」
司法部?魔法学の研究?
そんな事してたんだ。
「しかし、いつの頃からか異世界人などに興味を持ち、その研究ばかりするようになってしまわれた。挙げ句、平民の助手など用いてお側に置くなど……」
バリさんの存在がまだ許せないらしい。
それにしても、学者貴族さんは最初から異世界人の研究をしてた訳じゃなかったんだ。
何か切っ掛けでもあったのかな?
聞いてみたいけど、アリストスさんは僕から話し掛けると烈火の如く怒り出すので黙っているしかない。
兄上自慢と愚痴を交互に聞かされる。
そして去り際に必ず、
「何故お前のような者が兄上に……」
と僕を睨みつけてから部屋を出て行く。
正直何をしに来てるのかサッパリ分からない。
滞在中の学者貴族さんと全然仲良く出来ていないのは雰囲気で分かった。学者貴族さんとの心の距離を縮めたいのだと思うけど、取る手段が人質を盾に脅して言う事を聞かせてるだけだから、どう考えても逆効果なんだよな。
しかも、それが悪手だと全く気付いていない。
学者貴族さんに嫌がらせとしか思われてない。
僕が言うのもなんだけど、人との関わり方が下手過ぎるんだよなあ、アリストスさん。
部外者が口を挟む訳にもいかないし、身内の問題は身内でなんとかしてもらおう。
尤も、この調子じゃ無理そうだけど。
辺境伯邸に戻る日はいつになる事やら。
今日で小説家になろうに『ひきこもり異世界転移』を投稿してから1ヶ月目を迎えました。
少しずつ読んで下さる方が増えて嬉しい限りです。
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いいたします!




