35話・監禁生活1
アールカイト侯爵家に連れ去られて丸一日。
ここに来て以来、アリストスさんとは一度も会っていない。同じ屋敷内にいると思うんだけど。
僕の事を嫌ってるみたいだし、今回の連れ去りは単なる嫌がらせなのかな。
その割に、待遇が良過ぎるんだよね。
部屋が広くて綺麗。
テラスもあって開放的。
三食ご馳走が出てくるし、お茶の時間にはお菓子も出る。
担当の年配メイドさんは穏やかで優しい。普通にお客様扱いされている。
それにしても、辺境伯邸から許可無く僕を連れ出したって事は、アールカイト家がエーデルハイト家に喧嘩を吹っ掛けたようなものだ。
貴族同士の揉め事ってヤバいんじゃないのかな。
アリストスさんは何がしたいんだ?
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、ここの騎士さんだ。昨日僕を連れてきた内の一人で、今は金属鎧を脱ぎ、剣だけを腰に付けている。
「何か不自由はありませんか」
「あ、いえ。別に」
丁寧な態度と言葉遣いで尋ねられたので、素直に返事をしてしまった。
いやいやいや、不自由あるよね僕。
この部屋に閉じ込められてるんだから。
でも扱いは悪くないし、頼めば外に出してくれるかも?
「あの、辺境伯邸に戻りたいんですけど」
「ダメです」
「え〜……庭に出たりとかは?」
「許可出来ません」
ダメ元で聞いてみただけだから、驚きはない。
監禁中だから外出許可が下りる訳がない。
騎士さんは申し訳なさそうにしている。これ以上彼を困らせても仕方がない。
「えーと、じゃあ紙とペンが欲しいです」
「は?……分かりました。すぐお持ちします」
すぐに紙束とつけペンが運ばれてきた。簡単な要求なら通ると確認出来た。
そのまま騎士さんは退室。おそらく、アリストスさんに僕の様子を報告に行くのだろう。
そういえば、今日は別邸に行く予定の日だ。
いつもの時間に僕が来なかったら、学者貴族さんやバリさんはどう思うかな。
それより、辺境伯邸はどうなっただろうか。
昨日の夕方にはマイラ達が帰ってきて、僕が連れ去られた事を聞いたはずだ。すごく心配させてる気がする。
せめて、元気だと伝えられたらいいんだけど。
テラスに出て外の景色を眺める。下の方で、馬車が走って出て行くのが見えた。
こうして高い所から見渡していても、ひきこもってて土地勘がないので、どこに辺境伯邸があるのか全く分からない。
さっき貰った紙で作った紙飛行機を飛ばしたとしても、この広い庭の何処かに落ちるだけだ。外部への連絡手段にはなりそうにない。
こんな時に間者さんがいてくれたらなあ。
そう思いながら振り返ったら、僕の背後に本人が立っていた。
びっくりし過ぎて悲鳴を上げそうになった。
すぐに「静かに!」と手の平で口を塞がれ、声は出さずに済んだけど。
僕達はじりじりと移動してテラスの柱の陰に隠れ、外からも室内からも見えない位置でしゃがみ込んだ。
控えの間にいるメイドさんや、廊下にいる見張りの騎士さん達に聞こえないよう小声で会話する。
「ちょっと、こんなとこ来て大丈夫?」
「さっき当主さん出掛けてった時に隠密みんな付いてったんで、今ここの警備は表の騎士だけなんすよ」
「え、そうだったんだ。じゃあ僕帰れる?」
「そりゃ無理っすね。ヤモリさんがテラスから屋根に移れるなら考えるけど」
「やめとく」
身体能力が高かったら自力で抜け出したり出来るんだろうけど、運動音痴だから無理だ。
「それで、辺境伯邸はどんな様子?」
「あー……お嬢達めっちゃへこんでますね。なんとか学院には行ったけど、たぶん勉強どころじゃないかと」
「そんなに!?」
「で、オルニス様が大変お怒りで、使用人一同震え上がってて、自分も怖くて近寄れないっす」
「うわあ……」
マイラ達の落ち込みは予想してたけど、あの温厚なオルニスさんがそんなに怒ってるの?
想像出来ないんだけど。
マイラ達が悲しむのは許せないとか言ってたし、僕が連れ去られた事より、そっちで怒ってるな。
「プロムスさんやメイドさん達は?」
「なんか責任感じてるみたいっすよ、……まあ自分もかなり反省してはいるんすけど」
「侯爵家の当主が相手じゃ逆らえないし、仕方ないよ。とにかく、僕は大丈夫だから安心してって伝えてくれる?」
「えー、自分の言葉だけで信じてもらえるかなー」
「じゃあ手紙書くよ。待ってて」
丁度さっき貰った紙とペンがある。
僕が書いたという証明に、紙の端に絵を描いておいた。以前マイラ達にも描いた事があるから、きっと分かってくれるだろう。
手紙を渡すと、間者さんは懐に仕舞い込んだ。
「多分、今みたいな機会はあんま無いと思うんで」
「分かってる」
「それじゃ」
一瞬で間者さんの姿が見えなくなった。
これで辺境伯邸の人達には僕の無事が伝わる。
あとは、ここから出してもらえるまでの間、僕が我慢するだけだ。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
年配メイドさんがワゴンにティーセットを乗せて運んできた。
今日も美味しそうなお菓子が用意されている。
ここで大人しくしているだけなら何にも辛くない。外に出られないだけで、居心地いいし。
さて、お茶を飲んだら読書の続きだ。
しばらくして、外から馬車の音が聞こえてきた。アリストスさんが帰ってきたのだろうか。
屋敷内もざわついている。
僕がいる最上階も騒がしくなってきた。 何事かと身構えてたら、扉が激しく叩かれた。
「ヤモリよ、ここに居るのか!」
聞こえたのは、学者貴族さんの声だった。
控えの間にいる年配のメイドさんが、突然の大音声に驚いている。
廊下からは、騎士さん達が学者貴族さんを止めようとするやり取りが聞こえてきた。
客室から控えの間に入らせてもらい、扉越しに声を掛けてみる。
「あの、僕はここです」
「ヤモリ!……本当に連れ去ったのか!アリストスの奴め」
侯爵家に僕が居ると確認して、学者貴族さんはかなり怒っているようだった。
それにしても、何故侯爵家に学者貴族さんが?
「先程アリストスが別邸に来て、ヤモリを返して欲しかったら本宅まで来いと言いおったのだ」
「うわあ……」
僕は学者貴族さんのモノじゃないんだけど。
外出したのは、学者貴族さんをここに呼ぶ為か。
学者貴族さんは、途中辺境伯邸にも立ち寄り、僕が連れ去られた事実を確認してから来たという。
「──よりによって本宅のこの部屋とはな」
「え?」
この部屋がどうかしたの?
疑問に思ってたら、隣にいた年配メイドさんが小声で「ここは二十年ほど前、カルカロス様と母上様が数年過ごされたお部屋にございます」と教えてくれた。
ただの客室じゃなかったんだ。
「すぐに鍵を開けろ」
「それは出来ません、お許し下さい」
扉は固く閉じられたままだ。
騎士さん達は学者貴族さんに従わない。
主人は別にいるからだ。
「おや、兄上。もう来られましたか」
「……アリストス」
客室からは声しか聞こえないけど、アリストスさんが廊下に現れたようだ。
声を掛けられた学者貴族さんは、不愉快そうな声で弟の名を呼んだ。
「ここに来たという事は、私の頼みを聞いてくれると捉えてよいのでしょうか?」
「頼みだと?ただの脅しだろう」
嬉しそうなアリストスさんに対し、苦々しい口調で反論する学者貴族さん。
「異世界人には会わせますよ。でもそれは、兄上が屋敷に戻ると約束したらの話です」
やはりそうか。
アリストスさんは、兄の学者貴族さんに戻ってきてもらう交換条件として、僕を連れてきたんだ。




