34話・白昼の誘拐
予想より早くアリストスさんが動いた。なんと、翌日辺境伯邸に乗り込んできたのだ。
先触れが無かった為、オルニスさんもエニアさんも仕事で居らず、マイラ達も学院に行ってて留守。
つまり、屋敷に居たのは僕と使用人の人達だけ。
家令のプロムスさんは、急な訪問にも関わらず丁重に出迎え、アリストスさんを来客用の応接室へ通した。
そこで主人の不在を詫び、用件を聞き出してくれたのだが、それがとんでもなかった。
僕の引き渡しを要求してきたらしい。
「この屋敷で異世界人を保護しているのは知っている。王の定めた法律に拠れば『異世界人はより高位の貴族によって保護すべき』とある。つまり、我が侯爵家で保護するのが妥当と思われるが、まさか異論はあるまいな?」
法律を盾に、高圧的に出るアリストスさん。
プロムスさんは、オルニスさん達に確認しない内に判断は出来ないと断り続けた。日を改めて返答させてもらうと何度も訴えた。
しかし、侯爵家の当主であるアリストスさんに逆らい続ける事は出来ず、その暴挙を止める事は出来なかった。
その時僕は、階下での騒ぎに気付かず、のんびり部屋で過ごしていた。
間者さんが現れ、状況を説明してくれるまでは。
「間も無く侯爵家の当主が来るんで、逃げるか隠れるかした方がいいっすよ」
「え、アリストスさんが?」
昨夜オルニスさんに相談した際、身辺に気を付けろと言われたばかりだ。
しかし、まさか辺境伯の屋敷にいる時に来られるとは考えもしなかった。
とりあえず身を隠そうと思ったが──
「……あちゃー、もう囲まれてるっすね」
間者さんが苦笑いを浮かべた。
既に辺境伯邸の敷地内のあらゆる場所は、侯爵家の隠密や騎士達によって包囲されているらしい。
僕には分からないが、今いる部屋の天井裏や隣室、屋敷の屋根の上に至るまで、手練れが何人も配置されていると間者さんが教えてくれた。
逃げも隠れも出来ない状況だ。
「ヤモリさん。下手に反抗すると今度こそヤバいんで、大人しくしといた方がいいっすよ」
「えっ」
ワタワタしてる間に廊下の方が騒がしくなり、次の瞬間、僕の部屋の扉が乱暴に開けられた。
そこには騎士数人とアリストスさんがいた。
昨日より立派な、紋章入りの服を着ている。恐らく、これは侯爵として他家を訪問する際の正装なのだろう。
騎士さんの脇には涙目のメイドさんがいた。ここまで無理やり案内させられたみたい。
「異世界人を『保護』しろ。丁重にな」
「「はっ!」」
指一つ動かさず、命令するアリストスさん。
間者さんは既に姿を消している。
ここで一人で抵抗するより、一刻も早くオルニスさんに知らせに行く方が良いと判断したのだろう。
忠告通り、僕は大人しく従う事にした。
全身金属鎧の騎士さん達に掴まれると痛い。逃げないから離してくれとお願いしたら、何故か腰に縄を括り付けられてた。連行される罪人みたいになってしまった。
部屋から連れ出され、騎士さん達に左右挟まれて廊下を歩く。通路の端で、メイドさん達が泣きそうな顔でこちらを見ていた。
急に他家の騎士が入ってきて怖かったよね。
僕も怖い。
玄関ホールにはプロムスさんがいた。外へ通じる扉を遮るように立っている。
「邪魔をするつもりか?」
行く手を阻まれた事に気分を害したか、アリストスさんは不快そうに眉を顰めた。
それを合図に、騎士が腰の剣に手を掛ける。
脅しだと分かってはいるけど心臓に悪い。
プロムスさんは普段通りの表情だけど、額に脂汗をかいている。相当緊張しているのが分かった。
これ以上、僕の為に無理させちゃダメだ。
「あの、ちょっと出掛けてくるだけなので!」
僕はプロムスさんに対して声を掛けた。
無理やり大きな声を出したので、かなり不自然だったと思う。口の端を上げて、笑顔を作って見せた。
プロムスさんは驚いたように僕を見た。そして扉の前から下がり、道を空けた。
「──いってらっしゃいませ、ヤモリ様」
恭しく頭を下げ、プロムスさんは僕を見送った。
僕が自分の意志で出掛けた事にすれば、誰も怒られずに済む。というか、オルニスさんもエニアさんも、そんな事で怒るような人達じゃないけどね。
間者さんが助けを呼んできてくれるだろうし、法律で異世界人を傷付ける事は許されていない。
アリストスさんを怒らせないよう、大人しく従った方が安全だ。
馬車に乗せられて十分後、僕はアールカイト侯爵家の屋敷前に立っていた。
同じ王都の貴族街にあるから、かなり近い。
辺境伯邸も立派だと思ったけど、侯爵家も凄い。庭園のど真ん中に池がある。艶が出る程磨かれた真っ白な石畳が美しい。屋敷もかなり大きい。
「客人を例の部屋へ案内せよ」
アリストスさんは、そう指示してから屋敷の中に入っていった。
ここに来るまで、 別の馬車に乗せられていたし、まだ一言も喋ってない。
僕なんかと話したくはないだろうけど。
腰に縄を括り付けられたまま屋敷内に入り、騎士さん達に連行されて廊下を進む。
そして、最上階の部屋に案内された。
そこは豪華な客室で、廊下側に使用人の待機室があり、扉を挟んでリビング、更に奥に寝室、反対側にトイレとお風呂まであった。
案内してくれた騎士さん達も、部屋の中まで入ったのは今回が初めてだったみたいで、ちょっと驚いてた。
テラスからは王都の街並みが見えた。しかし、ここから脱出するのは無理そうだ。最上階だからめちゃくちゃ高い。
ちらっと下を覗いたら、震えるくらい怖かった。
「それでは、我々はこれで失礼します」
僕を部屋に残し、騎士さん達はすぐに退室していった。
入れ替わりで年配のメイドさんが入ってきて、テーブルの上にお茶とお菓子を用意してくれた。
「隣に控えておりますので、御用の際はこれでお呼びくださいませ」
テーブルには呼び鈴が置いてある。メイドさんも出て行ってしまい、広い部屋に一人取り残された。
さて、どうしよう。
多分廊下で騎士さん達が警備をしているはずだ。
見えない所に隠密が潜んでるだろうし。
廊下に出る前にメイドさんの控えの間がある。
誰にも気付かれずに部屋から出るのは無理だ。
上手く出られたとしても、一階の玄関ホールに辿り着く前に捕まるのがオチだ。
ならば、やはり大人しくしておいた方がいい。
とりあえずお茶を飲みながら、部屋の中を見回すと、片隅に小さな本棚を見つけた。子供向けの魔法学の本や、絵本、王国史など、一昔前に発行されたっぽい本がたくさん置いてある。
これだけあれば暇潰しには丁度いい。
この屋敷に居るのは不本意だけど、それ以外は不自由はなさそうだし、状況が変わるまではじっとしていよう。
数時間後、夕食が部屋に運ばれてきた。
年配のメイドさんがワゴンに乗せて運んできた料理をテーブルに並べていく。
ワインを出されそうになったので、栓を抜く前に慌てて止めた。
「あのっ、僕お酒飲めないんで。水でいいです」
「あらまあ、そうでございましたか」
ふふ、と笑ってボトルを下げ、すぐに水差しを用意してくれた。このメイドさん、なんか穏やかで和むなあ。
拉致されてきたから期待はしていなかったけど、思ったより待遇が良いかもしれない。
全て並べ終え、メイドさんは退室していった。
恐る恐るフォークを取り、メインの肉料理をひとくち食べてみた。見た目を裏切らない美味しさ。
辺境伯邸の料理も美味しいけど、ここの料理は見た目に凝っている。野菜の飾り切りとかすごく細かい。
夕食後はお風呂だ。
バスタブにはたっぷりと湯が張られている。ここの浴室、僕しか使わないのに贅沢じゃない?
高位貴族怖い。
お風呂上がりには冷たい飲み物も用意されてた。本当にお客様扱いだ。
アリストスさんは一体どういうつもりなんだろう。




