閑話・間者さんのひとりごと
どーもー。
自分は辺境伯の諜報みたいな事やってる者っす。正式な役職名とか呼称ないんで、まあ好きなように呼んで下さい。
辺境伯は結構無茶振りしてくるし人使い荒いし適当だけど、間違いなくクワドラッド州で一番強い人なんで絶対逆らえないんすよ。
間者全員最初にあの人から叩きのめされてるんで。
ふだんは自由なんで楽な仕事なんすよね。ただ、いっぺん命令くると終わるまで寝ぐらに帰れなくなるんで、やっぱ楽じゃないかも。
キホン情報収集や身内の伝令みたいな仕事ばっかで、人目に触れる事はないんすよね。
だから、ある人物の監視を頼まれた時も本人の前に姿を見せる気はさらさら無くて。
ある人物って、まあヤモリさんなんだけど。
キサン村壊滅事件唯一の生き残りってコトで、最初は容疑者扱いだったみたいで。実は兵舎地下の牢屋に居た時から様子見てたんだよね。
いきなり牢屋にぶち込まれたってのに、全然慌てもせず抵抗もなく、ただ寝てるだけだったのには驚いた。
フツー投獄されたら無実を訴えたりするっしょ?それすらしないから、もしかしたらホントに犯人なのかもと一瞬思っちまったし。
気弱そうに見えるのに、案外図太いってゆーか。
自分がヤモリさんの監視をしてる間、他の仲間は国内と近隣諸国の行方不明者情報を集めに行ってた。ソレ探るのどんだけ大変か知ってる癖に、辺境伯は数日以内に戻って来いって命令してて、後から仲間に愚痴られた。
駐屯兵団の調査が終わって容疑が晴れても、ヤモリさんの身元は明らかにならなかった。流石にそんなの野放しに出来ないから、団長さんが身元引受人に名乗り出たワケで。
団長さんの屋敷に行ってからも、部屋に一人で籠ってばっかで、何がしたいのか分からない。
もし他国の諜報員なら情報集めに動くはず。
てか、ホントに諜報員だったら牢屋に入れられるようなヘマはしないかー。当初辺境伯はそれも計算かもと考えてたようだけど、全っ然そんな事なかったし。
ただ怪しい点がひとつだけ。
ヤモリさん、古代文字の本ばかり何冊も読んでるんすよ。自分はもちろん、辺境伯や団長さんすら読めないような、お飾りで置いてあっただけの古めかしい本を、飽きもせず読んでる姿はちょっと異様でしたねー。
それ報告した時、辺境伯にはヤモリさんの正体に察しがついてたみたいっす。団長さんがヤモリさん連れてきた時、直接顔を見て確信した感じで。
そのあと団長さんの屋敷にカバン取りに行かされた時、初めてヤモリさんに姿を見せたんだけど、めっちゃ驚いてたなー。まさか投獄中からずっと側にいて監視されてたとは思うまい。
あ、辺境伯の屋敷から団長さんの屋敷までは馬車で片道五分掛かるのはホントだけど、よそ様んちの敷地横断したらすぐだから。自分がめっちゃ足速いとかじゃないんで誤解しないよーに。
その後、ヤモリさんが辺境伯の屋敷で世話するコトが決まって部屋選びをした時に、自分ら間者の溜まり場だった屋根裏部屋を選んだ時にはビックリさせられたっすねー。
何にもない部屋がだんだん綺麗になって、人もたくさん出入りするようになって、居心地もよくなって。部屋の主は鈍くて自分らの存在に気付かないんで、たまーに置き菓子勝手に食べたりとか。
お嬢達が王都から里帰り直後に屋根裏部屋に来た時も、おかしなコトで追い詰められてたんで、思わず助け舟を出しちゃったりして。
仕事柄いっつも貴族のイヤなとこばっか見てきたんで、なんかもう、自分らの中ではヤモリさんが癒し的な存在になってましたね。
だから、お嬢達と一緒にヤモリさんも王都に行くって決まった時、真っ先に護衛を志願したんすよ。もうちょっと見てたかったんで。
道中のヤモリさんは常時隙だらけでホント焦った。
お嬢達は生まれながらの貴族だから、例え個室の中でも一定の緊張感は保ってる。それなのにヤモリさんときたら、ずっとぼんやりしてて、馬車が急停止した時は二回とも座席から転げ落ちてたし。
宿屋でも隙だらけで、自分みたいな怪しい者から出された酒を疑いもせず飲むし。
もうちょっと他人を疑うことを覚えてほしい。
ちなみに自分が宿泊地の街で何してたかは内緒。
王都に着いてからは、王宮にいるオルニス様んとこに道中の報告しに行ったり、演習場のエニア様に辺境伯からの手紙を渡しに行ったり、こう見えて色々忙しーんすよ。
ヤモリさんが変態学者に目ェ付けられて自分を頼ってきた時は「大丈夫か?」と思った。
もっとこう、他に頼る相手いるんじゃね?と。
でも相手は侯爵家の人だから、辺境伯の屋敷に勤める者じゃ太刀打ち出来ない。家令さんでもムリ。
何にも出来ないと言ってるのに必死に付き添いを懇願されて、まあ悪い気はしなかったけど。
結局危ない時に手を出しちゃったし。
相手にもバレたし。
注射針が太いくらいであんなビビんなくてもいーじゃんって思ったけど、変態学者の人、別に医者でも何でもないからね。あんなの細剣で突き刺されるのと一緒だよなと考えちゃったら、一気にヤモリさんがかわいそうに思えてきちまって。
──気付いたら、侯爵家の人に殺気向けてた。
これは諜報とか隠密とか間者とかやってる者にとっては有るまじきコトなんだよね、直接の雇い主でも何でもない人間の為に、個人的な感情で動いてしまうってのは。
やっちまったなー、最悪殺されるかも。
だって、変態学者の人の周りにも当然向こうの護衛が潜んでるワケだからね。めっちゃ牽制されたし。向こうの屋敷に行った時も天井裏で針のむしろ。
幸い今回だけは見逃してもらったけど、本人から釘刺されたからね、もう次からは心を無にしておかないと。
ノルトンにいる時からずっと監視してたから、情が移ったのかもしんない。王都行きの馬車でたくさん喋ったせいかも。
普段仲間か辺境伯としか喋らないし。
これ以上ヤモリさんに情が移らないようにしないといけないんだけど、目が離せないから困る。
なんか無意識に目で追っちゃうんだよね。
見てるだけで和むっつーか、なんとゆーか。飼ったことないけど、犬とか猫とかの世話を見るような気持ちに近い気がする。
異世界人って、みんなこんなに珍妙なワケ?
閑話にお付き合いありがとうございます。
登場人物紹介を挟み、いよいよ3章スタートです!




