27話・マイラ達の両親
庭園のど真ん中で魔力制御の練習をしていたら、マイラ達の父親が馬車で帰ってきた。
王都の屋敷に来て一週間くらい経つけど、マイラ達の親に会うのはこれが初めてだ。
「この氷の柱はマイラがやったのかい?こんな大きなものを魔法で作り出せるなんて、やっぱりマイラは素晴らしい!」
「そんなことないわ。魔力制御の試験もギリギリだったし、それで練習してたくらいだもの」
「なんだって!?試験が終わったのに練習をしてたのかい?なんて努力家なんだろう!!」
なんかスゴいぞこの人、絶賛しかしてない。
さっきまで落ち込んでいたマイラが笑顔になった。
「お父さま、ラトスが手伝ってくれたのよ」
「いえ、ボクは」
「ラトス!なんて姉思いの優しい子だ!マイラを手助けしてくれたんだね、エラいぞ!」
普段無表情なラトスがはにかんでいる。
誉め殺しというかなんというか、何て言えば相手が喜ぶか分かってる感じがする。
マイラとラトスをひとしきり褒めちぎった後、父親が僕に気付いて歩み寄ってきた。
「君はもしかして異世界人の子かな?話は聞いてるよ」
満面の笑みで話し掛けられた。
初対面の人と話すのって怖いんだけど、この人は雰囲気が柔らかいからあまり抵抗がない。
「はじめまして。お世話になってます」
「ヤモリ君だったかな。しばらく留守にしてたから、挨拶が遅れて済まなかったね。どうかな、この屋敷にはもう慣れたかな?」
「あ、はい。おかげさまで」
「それは良かった。外で立ち話もなんだし、中に入ろうか。一緒にお茶でも飲もう」
マイラ達の父親は馬車には戻らず、一緒に歩いて屋敷へ向かった。左右の腕にはマイラとラトスがくっついている。
長期休暇も含めてしばらく会えてなかったみたいだから、子供達が父親に甘えるのは当然だろう。
屋敷に入ると、玄関ホールには既に家令のプロムスさんやメイドさん達が並んでいた。
「おかえりなさいませ、オルニス様」
「ただいまプロムス。留守中変わりなかったかい?」
「は、何も問題ございません」
僕達は家族用の応接室へと通された。
メイドさん達が手際よくお茶とお菓子をテーブルに並べ、すぐに部屋から出ていった。
ゆったりとソファーに腰を掛け、マイラ達の父親はにこやかに話し掛けてきた。
「私はオルニス・リカルド・エーデルハイト。マイラとラトスの父だ」
「家守明緒です。よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく頼む。いやー近頃は仕事が忙しくてね、同じ王都にいながら屋敷に帰ってこられなかった。何か不便はないかな?あったら遠慮なく言ってくれ」
「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
マイラ達の父親、オルニスさんはとても気さくに僕に接してくれる。答えにくい質問はしないし、次から次に話題を振ってくれるので、話していてとても気が楽だ。
マイラとラトスはオルニスさんの左右を陣取り、上機嫌でお菓子を食べている。
「ノルトンに居た時から娘達の相手をしてくれているそうだね。さっきも、魔力制御の練習を提案したのは君だろう?」
「あ、はい。魔法に興味がありまして」
「というと、君の世界には魔法は?」
「ないですねー。あったら使いたいんですけど」
「そうか。実は私も魔法は使えなくてね。魔力のある妻や子供たちが羨ましいくらいだよ」
僕が人の目を見て話すのが苦手だと分かったみたいで、オルニスさんは僕の顔からやや視線を外してくれている。おかげでとても話しやすい。
オルニスさんは金髪に青い目の紳士で、物腰も柔らかく、とても二人の子持ちには見えないくらい若々しい人だ。
それにしても、オルニスさんは魔力がないのか。
という事は、新興貴族の出身なのかな。
「お父さま、明日はお休みですか?」
「ああ。前倒しで仕事を片付けてきたからね。明日は学院も休みだろう?一緒に遊ぼう」
「やったー!」
「エニアもそろそろ帰ってくるはずだから、久々に家族が揃うな」
「お母さまも!?嬉しい!」
仲のいい家族だなあ。ちょっとだけ羨ましい。
しかし、父親も母親もかなりの激務のようだ。
貴族って、もっと悠々自適な生活をしてると思ったけど、なんだかブラック企業みたいだな。
「あの、お忙しいみたいですが、なんのお仕事をされてるんですか?」
気になったので直接聞いてみた。
「ああ、まだ言ってなかったね。私は王宮で文政官、妻のエニアは王国軍で軍務長官をやっている。最近色々と問題が起きていてね、私達も対応に追われているんだ」
文政官に軍務長官。聞いただけでは何の仕事かサッパリ分からない。
「お父さまはね、王宮の文官の中で一番偉いのよ!」
「お母さまは軍でいちばん強い」
自慢気にマイラとラトスが補足してくれた。
「ははは、私なんて地味な書類仕事ばかりだよ。エニアは物凄く強くて美しい自慢の妻だけどね」
謙遜しているが否定はしていない。
仕事内容は分からないが、とにかく凄い役職に就いているのは間違いないらしい。ということは、この国でかなり偉い人なのでは?
サラッと妻自慢までされたぞ。
お茶を飲みつつ和気あいあいと話をしていたら、
ガッシャーーーン!!
と、ガラスが割れるような大きな音が庭園に響いた。
そして、すぐに外が騒がしくなってきた。使用人さん達が庭を駆け回る様子が応接室の窓から見える。
一体何の騒ぎだろう。
まさか盗賊か!?
そう思っていたらオルニスさんが立ち上がり「さあ、出迎えにいこうか」と微笑んだ。
え?誰を?
マイラ達はにこにこ笑いながらオルニスさんの後に続いて廊下に出た。僕もそれを追いかける。
玄関ホールではプロムスさんが待機していた。恭しく礼をして扉を開けてくれる。
そのまま外に出て庭園を進むと、闇夜の中に輝く無数の氷のかけらが目に入った。吊るされたランタンの明かりが反射している。
さっきの音は、氷の柱が砕けた音だったんだ。
使用人さん達は通路に散らばる氷を集めている。
氷の柱があった場所に、誰かが立っていた。髪の長い、スレンダーな女の人だ。
「あーあ、壊しちゃった……」
酷く残念そうに呟き、足元に転がる氷のかけらを見下ろしている。
その女の人に向かってマイラが駆け出し、飛びついた。
「お母さまっ!おかえりなさい!」
「マイラちゃん、ただいまぁ」
女の人の正体はマイラの母親だった。マイラが飛びつくと、両手でしっかりと抱きとめた。
続いてラトスも駆け寄る。
「ラトスくんも元気そうね」
「はい、お母さまも」
マイラを片手で抱え直し、空いた手でラトスの頭を撫でている。マイラを片手で軽々と抱えるって凄い力だ。
「おかえり、エニア。これは一体どうしたんだい」
「ただいまぁオルニス!ち、違うのよ、マイラちゃんの魔力が篭ってる氷だったから、すごいなーって思って触ってみたら割れちゃって……壊す気は無かったんだけど」
しょんぼりしながら、オルニスさんに弁解するマイラ達の母親、エニアさん。
どうやらかなりの怪力らしいな。
「ははは、そうかそうか。相変わらずおっちょこちょいだなあ君は。そんな所も魅力的なんだけど」
「やだぁもう!オルニスったらぁ!」
おっちょこちょいで済むレベルの話だろうか。
マイラの魔法で生み出した氷の柱は、つついただけで壊れてしまうようなヤワな作りではなかった。金槌をフルスイングしても一部が欠けて終わるくらい、しっかりとした分厚い氷だったんだけど。
「マイラちゃん、ごめんねぇ〜!母さま、壊すつもりじゃなかったのよ〜!」
「いいの。朝までに溶けるか心配だったし、邪魔なとこに作っちゃったからちょうど良かったわ」
「や〜さ〜し〜〜〜!!ていうか、氷なんていつの間に作れるようになったの?」
「実は、さっき初めて作ってみたの」
「初めて!?すごいじゃないの〜!天っ才!!そういえば、氷に少しラトスの魔力も感じたわ」
「ねえさまの魔力にすこしだけ干渉しました」
「んまぁ!そんな事まで出来るようになったの〜!?ラトスくん、やるじゃない!」
オルニスさんと同じくらい褒めまくっている。
辺境伯のおじさんも重度の孫ラブだったし、もしかして親バカ家系なんだろうか。
「あれっ、知らない人がいるわね」
ひとしきり子供達を褒めまくった後、僕の存在に気付いてビシッと指をさしてくるエニアさん。
何故マイラ達の両親との初顔合わせは夜の庭園になってしまうのか。ランタンがあっても薄暗いんだよ。
「挨拶は中でしようか。子供達が風邪を引いてしまうよ、エニア」
「それもそうね、じゃあ行きましょうか」
なんだか一般的な家族像からかけ離れた両親だな。
僕達はまた応接室へと戻る事となった。




