24話・異世界人の遺物1
王都にある辺境伯のお屋敷は今日も騒がしい。
毎日のように訪ねてくる銀髪のマッドサイエンティスト、学者貴族さんが僕を執拗に追い回すからだ。
五ミリの極太注射針で僕の血を採ろうとしてきたが、間者さんが二度妨害したからか、最近は要求されなくなった。
その代わり、髪の毛を一房提供させられた。整えるついでに切ったので別に苦ではないけど、何に使うんだろう。
他にも、体温や脈を測ったり、身体をベタベタ触られたり、とにかく学者貴族さんは僕のデータを取ろうとしてくる。
生まれ育った世界は違うけど、僕は何の変哲も無い普通の人間なんだけどな。
ちなみに、僕のスウェットは資料として持ってかれてしまった。まあ、こっちの世界でスウェットを着ることはないし、下手に拒否してまた交換条件を出されても困る。
そんなある日、学者貴族さんがこう切り出した。
「小生の屋敷に異世界人マツカサ・ミクの遺物が保管されているのだが、見に来るか?」
松笠美久ちゃんは、二十年前にこっちの世界に来て数年で亡くなった少女だ。
彼女の遺品という事は、つまり僕のいた世界から持ち込まれた物だ。正直めちゃくちゃ興味ある。
「えっと、ここに持って来て貰うわけには……」
「それは出来ん。本来王宮にあるべき物を、研究目的で小生が借りているに過ぎない。持ち出せば紛失や破損する恐れもある」
美久ちゃんは王宮で保護され、死後に遺された物は全て王宮で大切に保管されていた。それを王様に無理を言って借り受けたのだという。
学者貴族さんが有力な高位貴族の人じゃなかったら認められなかっただろう。
失くしたら王様に怒られるだけでは済まなさそう。
「見たければ、小生の屋敷に来るしかないぞ?」
ギザギザの歯を覗かせ、僕の返事を待つ学者貴族さん。行きたくはないけど、行かなければ美久ちゃんの遺品を見る事は出来ない。
一人で行くのは絶対嫌だ。
マイラ達は昼間貴族学院に通ってて留守。
間者さんは他家の人の前では姿を現せない。
一番頼りになるのは間者さんだけど、辺境伯より高位貴族のお屋敷で天井裏に潜んだりしたら問題になるよな。というか、侯爵家にも間者とか隠密とか居て鉢合わせしそう。
「──ちょっと相談してきていいですか」
「うん?構わないとも」
僕は応接室を出て、離れた所で間者さんを呼んだ。
天井から軽やかに降り立ち、僕の目の前に姿を現わす間者さん。いつもと変わらず飄々としている。
「お客さん放置してていーんすか」
「それどころじゃないよ。さっきの話聞いてたよね?学者貴族さんちに行きたいけど、僕一人じゃ怖いし、間者さん付いてきてくれる?」
何が起こるか分からないから、護衛を確保してからじゃないと決断できない。
僕が頼める人は間者さん以外いない。
「あー、付いてくぶんには大丈夫だけど、多分なんも出来ないっすよ自分」
「えっなんで?」
「前に殺気飛ばした件で本人から釘刺されたんで、次なんかやらかしたらヤバいっすね」
辺境伯のおじさんやマイラ達にも迷惑が掛かりそうだし、貴族同士の揉め事に発展するのだけは避けたい。
直接的な手助けが期待できないのは痛いが、付いてきてくれるだけでも十分心強い。もし拉致とか監禁されたとしても、間者さんが救援を呼んでくれるし。
間者さんが隠れて同行してくれると約束してくれたので、学者貴族さんの待つ応接室に戻った。
「あの、行く事にしたので、よろしくお願いします」
「では明日、迎えの馬車を寄越そう」
ニィ、と笑う顔を見て、早速後悔した。
学院から帰ってきたマイラ達にその事を伝えたら、ものすごく同情されてしまった。
早まったかもしれない。
翌日の午後イチで、侯爵家の馬車が迎えに来た。
乗るのは僕一人だけど、間者さんが付いてきてくれている。御者さんや使いの人が居るから、馬車の中でも姿を見せないので、本当に居るのか不安だけど。
王都に来る際に乗った辺境伯の馬車より、侯爵家の馬車の方が落ち着いたシックな雰囲気だ。辺境伯の馬車は幼いマイラやラトスが乗るものだから、明るめで可愛い内装だったんだなーと今更気が付いた。
馬車は貴族の屋敷が立ち並ぶエリアを抜け、商店が並ぶ通りも越え、更に走り続けていく。
あれ?王都の中心部から離れていってるみたいだけど、何処まで行くんだろう。
まさか、このまま拉致されたりしないよね?
車窓から見える景色はだんだんと街から森林へと移り、人通りはほとんどなくなってしまった。
使いの人は御者さんの隣にいて、馬車の中は僕一人。何処へ向かっているのか聞きたいけど、走行中は無理だ。
冷や汗をかきながら黙って馬車に揺られる事数十分、ついに目的地に到着した。
鬱蒼とした森の中にひっそりと建つ古い屋敷。まだ昼間なのに周りの木々が太陽の光を遮り、薄暗くてちょっと不気味だ。
周りに他の建物は見当たらない。
「こちらはアールカイト家の別邸にございます」
馬車から降りる際に、使いの人が教えてくれた。周りの森も全てアールカイト家の敷地なんだって。
「待っていたぞ!さあ、早く来たまえ!」
案内されて玄関ホールに入った所で、学者貴族さんが出迎えてくれた。
屋敷内は余計な装飾はなく、シンプルだけど質の良さそうな家具や小物が置かれていた。派手な調度品を飾りまくっていたノルトンの辺境伯邸とは違い、上品な感じがする。
廊下を歩いている途中、背後から視線を感じた。
振り返っても誰もいないし、気のせいかな。初めての場所で緊張して意識し過ぎてるのかも。
通された部屋は、屋敷の一番奥にある広い図書室みたいな場所だった。壁一面、天井の高さまで本棚が並び、様々な本がきっちり整頓されて収まっている。
テーブルの上には何冊もの本が積まれ、紙束が散乱していた。
「ここは小生が異世界人の研究に使っている部屋だ。そこに座るといい」
部屋の隅にあった応接スペースのソファーに腰掛けると、すぐにメイドさんがお茶とお菓子を運んできてくれた。
「異世界人の遺物は別室にある。取ってくるから待っていたまえ」
「あ、はい」
学者貴族さんは部屋から出て何処かへ行ってしまった。
ソファーに座ったまま、周りを見回してみる。
本当に図書館みたいに広い。
今いる場所からは全体が把握できない。
奥の方にも本棚が並んでいる。これが全て個人所有の本だとしたらスゴい事だ。
ふと、奥で何か白いものが動いたような気がした。薄暗くてハッキリ見えなかったが、 他に誰かいるのだろうか。
「あのー、誰かいます?」
声を掛けるが返事はない。
気のせいだったかと思った次の瞬間、部屋の奥からコツコツと小さな足音が聞こえてきた。
学者貴族さんの足音とは違う。
そして、動けずにいる僕の前に、知らない男の人が姿を現した。
薄い水色の髪をした、細身の二十代後半くらいの人だ。こんな淡い髪色の人は初めて見たけど、顔立ちが涼やかだからか違和感はない。
学者貴族さんと同じ、白くて長い上着を着ている。
「……あれ、お客さん?」
僕を見て、怪訝そうに首を傾げている。
その時、廊下側の扉を勢いよく開け、木箱を抱えた学者貴族さんが戻ってきた。
「待たせたな!……うん?」
「カルカロス。コレなに?誰?」
「そうだ。昨日言っただろう!生きた異世界人だ!」
「へぇ、コレ異世界人だったのか」
学者貴族さんと水色の髪の人は、とても親しげに会話している。
また生きた異世界人呼ばわりされてる。もしかして、この人も異世界人の研究をしているのかな。
「ヤモリよ、此奴は小生の研究仲間のバリだ」
「はじめまして、家守明緒です」
「……おおー、喋った」
自己紹介してるのにその反応はどうなの。
学者貴族さんとは別の意味でマイペースな人だな。
「俺はバリ・ソフォロス。カルカロスの研究の補佐とか後片付けとか後始末とかしてる」
「よ、よろしくお願いします」
頭を下げると、バリさんはにこっと笑った。マイペースだけど、穏やかで優しそうな人だ。
「カルカロス、これで研究が捗るね」
「うむ!ヤモリの協力さえあれば、いずれ我等の悲願も達成されよう!」
「その為にも、資料は多いに越したことはないよね」
あれ?笑顔は優しそうだけど、何だか嫌な予感がする。果たして僕は、無事にこの部屋から出られるのだろうか。




