21話・マッドサイエンティスト襲来
王都にある辺境伯の屋敷に着いた翌日、ソレは訪れた。
僕の部屋でマイラ達とまったり過ごしている時に、家令のプロムスさんが呼びに来た。
マイラやラトスではなく、僕に来客だという。
王都に知り合いなんかいないのに、変だなーおかしいなーと思いつつ、三人で応接室に向かう。
一階にある応接室は、賓客向けおもてなし用の空間なだけあって贅が尽くされた内装だ。初めて入るその部屋にビクビクしつつ、僕達はプロムスさんの後についてお客さんの座るソファーに近付いた。
「アールカイト様、ヤモリ様をお連れしました」
プロムスさんが声を掛けると、お客さんが立ち上がった。すらりとした長身に、長い銀髪の毛先を三つ編みにした二十代後半くらいの男の人だ。丈の長い白衣に似たコートを着ている。整った顔に不釣り合いな丸眼鏡が印象的だ。
彼は僕の姿を見て動きを止めた。目だけが僕のつま先から頭まで舐めるように見ている。
お客さんが黙ったままなので、仕方なくプロムスさんが間に立って紹介してくれた。
「えー、ヤモリ様。こちらは、カルカロス・アメディオ・アールカイト様。アールカイト侯爵家のお方で、本日はヤモリ様に会いに来られたと伺っております」
なんと、お客さんは貴族だった。
侯爵ってどれくらい偉いんだっけ?
何故か僕を見たまま黙っているので、とりあえず自己紹介する事にした。といっても、僕は身分がないから名前くらいしか伝える事がないんだけど。
「あの、はじめまして。家守明緒です。……僕に用事があるって聞いたんですけど」
僕が挨拶すると、お客さんが笑った。いや、口元は弧を描いているが、目は笑っていない。僕を凝視したままだ。ギザギザの歯がちらりと見えた。
「……キミが、異世界から来たという人間かな?」
「は、はぁ。そうですけど」
「フッ……クク、生きた異世界人が、小生の目の前に! 僥倖ッ!! 今日はなんと良き日だ!!!」
やっと喋ったかと思ったら、急にテンション高く高笑いし始めた。この人、なんかヤバいぞ。
「アケオ。この方もしかして、おじいさまが言ってた異世界人の研究をしてる学者さんじゃないかしら」
貴族なのに学者なんだ。それじゃあ学者貴族さんと呼ぶことにしよう。辺境伯のおじさんに何度も手紙を送り付け、根負けさせたっていう、僕が王都に来る切っ掛けになった人だ。
マイラ達も存在は知っていたけど、直接会うのは初めてだったみたいで、ちょっと引いている。
「本当に言葉が通じている!こちらと異世界が同じ言語の筈はない。何故だ!どういう原理で言葉を理解したというのか。発声器官は我々と同じなのか。そもそも同じ身体の構造をしているのだろうか」
ブツブツ呟きながら、学者貴族さんは僕の周りをグルグル回り始めた。時々髪を引っ張ったり頬を撫でたりしてくる。
後ろにいる二人は、遠巻きに眺めているだけで何もしてくれない。
「マイラ、ラトス、助けて〜……」
「悪いけど、アールカイト侯爵家はウチより家格が上よ。無理やり引き離す事は出来ないわ」
「ガマンするしかないと思う」
「そんなァ!!」
あっさり見捨てられてしまった。
明らかにマッドサイエンティストっぽい輩なのに、立場上誰も手出し出来ないとは。
それでも、僕が半泣きになっているのを放っておけなかったんだろう。マイラが意を決したように近付いてきた。
「あの、アールカイト様? アケオが怯えております。一旦離れていただいても構いませんか」
「うん?」
マイラの言葉に、学者貴族さんは動きを止め、改めて僕の顔を見た。蒼褪めて冷や汗だらけの僕を見て、少し冷静さを取り戻したらしい。ソファーに座り直し、僕達に向かいの席を指して座るよう促してきた。
「大変失礼した。小生の名はカルカロス。この国で唯一異世界人の研究をしている者だ。辺境伯からの手紙でキミの事を知り、実物を見に来た次第だ」
「は、はぁ……」
奇行は治まったが発言の奇異さは変わらない。マイラの一言のおかげで、直に触られなくなっただけマシだと思おう。
僕の両隣にはマイラとラトスが腰掛け、ガードしてくれている。年下に守ってもらうのは情けないけど、今回ばかりは仕方ない。
学者貴族さんは、僕の隣に座るマイラに視線を移した。
「貴女は辺境伯の孫娘の、マイラ嬢だったかな。この異世界人を譲っていただきたいのだが」
「……譲るも譲らないも、アケオには自分の意志があります。まず本人に聞くべきではありませんか」
会話の内容が怖い。サラッと僕の身柄の引き渡しを要求してきた。
マイラに諭され、少し考え直してから、学者貴族さんは僕に向き直った。
「キミは小生の元に来る気はあるかな」
「ありません!!!」
気弱な僕にしては珍しくキッパリ拒絶出来た。この人の家に行ったら人体実験されそうなんだもん。
「あの、大変申し訳ないですけど、本人がこう言ってます。本日のところはお引き取りを……」
「うむ、分かった」
いやにアッサリ引いてくれたな。
「では、小生がこちらに通う事にしよう。それなら構わないだろう?」
「えっ!?」
「……ええ、ではそのように。くれぐれも、アケオに無理を強いないようお願いしますね」
「約束しよう」
連れていかれずに済んだみたいだ。でも、代わりに学者貴族さんがこの屋敷に度々訪ねてくる事になってしまった。
明日また来ると言い残して彼は帰っていった。それを見送ってから、僕達は大きく息を吐き出した。
「た、助かったぁ〜! ごめんねマイラ、ありがとう」
「貴方は我が家の客人だもの。あたしが守るのが当然よ! ……でも、なんだか怖かったわ」
「あんな不気味な人、はじめて見ました」
そうだよね、僕も死ぬほど怖かったし。
「明日も来るって言ってたし、また一緒に居てくれると心強いんだけど」
そう頼むと、マイラとラトスは顔を見合わせ、気まずそうに僕から目を逸らした。
「──実は、明日から学院の新学期が始まるのよね」
「ねえさまも僕も、朝から夕方までいません」
そうだったー!!
マイラとラトスは貴族学院の長期休暇が終わるから王都に戻って来たんだった!
という事は、僕一人で学者貴族さんの相手をしなきゃならないってこと? 嘘でしょ? 話の通じなさそうな人だし、身の危険を感じる。明日からの事を考えると憂鬱だ。
部屋に戻ると、間者さんがカウチソファーに寝転がって寛いでいた。この屋敷に着いてすぐ姿を消していたから、顔を見るのは丸一日振りだ。
「どこに行ってたの?」
「ちょーっと仕事の報告で。それより、自分の留守中に面白いことになってないすか」
「……全然面白くないし」
さすが間者さん、僕の現状をもう知っていた。 ニヤニヤと笑みを浮かべ、僕の反応を楽しんでる。
この余裕、分けてくれないかな。
「あのさ、ダメ元で聞くけど、学者貴族さんが来る時に同席してくれないかなぁ」
「あ、無理っすね。自分、他家の人に姿見られるとマズいんで。屋根裏とかに潜むくらいしか出来ないんすけど」
「それでもいいから! あの人なんか怖いんだ」
「ははっ、相当ヤバいんすね。ま、あんま良い噂聞かないし無理もないかー」
あれで良い噂が立つわけないだろ、マッドサイエンティストだぞ。
「無理やり連れ去ろうとするとか、命に関わるような危害を加えられそうになったら妨害するけど、それ以外は何もしないっすよー」
「ホントにありがとう! 助かる!!」
とにかく間者さんが同じ空間に居てくれると約束してくれたのは嬉しい。一人であの人と対峙するのは精神衛生上よろしくない。
夕食の時間、マイラ達が腫れ物に触れるように優しくしてきた。やたら不安感だけが増した。




