20話・王都到着
ナディール騎士隊に警護され、僕達の馬車は日が暮れる前に王都へ到着した。
サウロ王国の王都アヴァールは、都市部が高い石壁で囲まれていた。ノルトンのように無骨な要塞ではなく、綺麗な白い石が積まれて造られていて、白亜の城塞といった感じだった。
王都に入る際に通行証を提示するかと思ったが、なんと確認無しで入れた。馬車に刻まれた辺境伯の紋章が証明になるらしい。そのまま騎士さん達を引き連れ、馬車で通りを走る。
壁内は区画がきちんと整理されていて、街並みも美しい。道行く人々の身なりも良い。車窓から見える建物は三、四階建ての石造りで、通り沿いだからか住居よりお店の方が多かった。
しばらく進むと、更に道幅が広くなった。街路樹が並び、人通りが減り、大きなお屋敷がある区画へと入った。この辺りは貴族街で、あるのは貴族の屋敷ばかりらしい。
大きな門の前で馬車は一旦停止した。門番のおじさん達が重い門扉を開けてくれた。馬車は敷地内へと入っていく。左右に広がる庭園には季節の花々が咲き乱れていた。
何ここ、植物園?
車窓から見える景色は、とても街中とは思えない。そのまま庭園の中を進み、大きなお屋敷の前で馬車は止まった。
「やっと着いたわねー」
「疲れました」
マイラとラトスが座席で伸びをしている。
もしかして、ここが王都にある辺境伯の屋敷なの?ノルトンにある屋敷もかなりの豪邸だと思ってたけど、こっちの方が造りが繊細というか、煌びやかというか。
「降りましょ。もう身体があちこち痛いわ」
「え、うん」
御者さんが外から扉を開けるのを待って、マイラ達が席を立った。僕もその後に続く。
いつの間にか間者さんは姿を消していた。また馬車の天井板を外して出て行ったのかな。
馬車を降りると、玄関前に使用人らしき人達が十人以上並んで待っていた。
「マイラ様、ラトス様、お帰りなさいませ」
「「お帰りなさいませ!」」
この屋敷の執事と思われる初老の紳士に続き、全員が一斉に頭を下げた。圧巻の光景だ。
僕以外、誰も全く動じていない。もしかして、ここではこれが当たり前の光景なの? 今更ながら、マイラ達が貴族であると実感した。
早速屋敷に入ろうとすると、ナディール騎士隊の隊長、クラデスさんが前に立ちはだかった。
そういえば、まだ居たんだった。
「無事に貴女を送り届ける事が出来ました!次にまた遠出をされる際には、是非我々にお声を掛けて下さいッ!」
恭しく頭を下げて挨拶をするクラデスさん。周りの騎士さん達も馬から降りて敬礼している。
「今回はご苦労でした。感謝いたします。もし機会がありましたらお願いしますね」
「ははっ!」
これで最後だからと笑顔で労うマイラに、騎士さん達は感極まった様子だった。
多分こちらから護衛を頼む事は二度とないだろう。
辺境伯邸の案内人が騎士さん達と馬を休ませる為、別邸へと連れて行ったのを見送ってから、マイラは盛大な溜め息をついた。
クラデスさんはまだマイラの側にいたかったみたいだけど、案内人に促されて渋々その場から離れていった。まさか、本気でマイラのこと好きなのかな。
「なんか、お疲れさま……」
「余分な気疲れをしてしまったわ」
「ねえさま、かわいそう」
重い足取りのマイラ達の後ろにくっついて玄関ホールへ入る。
吹き抜けに吊るされたシャンデリアに大きな窓から射し込む夕陽が反射して、ホール全体がキラキラと輝いて見えた。
「ヤモリ・アケオ様ですね。私は当屋敷の家令、プロムスと申します。グナトゥス様より手紙で事情は伺っております。ヤモリ様のお部屋をご用意しておりますので、これからご案内致します」
高い天井を見上げて立ち尽くす僕に、家令のプロムスさんが声を掛けてきた。プロムスさんは、白髪を七三分けしたちょびヒゲの老紳士で、姿勢が良くて動きがキビキビしている。
辺境伯のおじさんが手紙で話をつけてくれてたみたい。助かるけど、一体なんて書かれてたんだろう。
「アケオ、また後でね」
マイラとラトスは荷物を持ったメイドさん達を引き連れ、さっさと自室へ行ってしまった。
僕もプロムスさんの案内で屋敷内を進んでいく。
用意された部屋は、三階にある二十畳くらいの部屋だった。入って左手にもう一つ扉があり、そっちは寝室なのだとか。まさかの二間続きの客室。この豪邸の客室ならこのレベルになっちゃうよね。
わざわざ事前に僕の為の部屋を用意してくれたんだし、もう豪華なのは諦めよう。
貴族でも何でもない、一般人の僕が使うと思うと何だか申し訳ないんだけど。
「あと半刻程でお夕食の時間になります。呼びに参りますので、それまでこちらでお寛ぎください」
「は、はい。ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、プロムスさんはにこりと笑って部屋を出て行った。
広過ぎて落ち着かない部屋だけど、ようやく一人になれた。
ノルトンから片道三日の馬車旅で、移動中はずっとマイラ達と一緒だったし、途中の宿でも間者さんと同室だった。慣れてきたので最初の頃より気は使わないけど、一人になれる時間がほとんど無かった。
この世界に来るまでは、僕は自分の部屋で一人で過ごす事が当たり前の生活をしていた。こっちの世界に来てからは、誰かと一緒にいる時間が増えて、それに慣れてしまった。
だから、こんな広い部屋で急に一人にされると、何故だか凄く寂しくなる。
初めて来た土地だから心細いんだと思う。
感傷にひたるのは後回しにして、とりあえず荷物を片付けよう。僕のカバンは、既にメイドさんによって室内に運び込まれている。寝室の奥にクローゼットがあるそうなので、持参した服はそこに片付けさせてもらおう。
そう思ってクローゼットを開けると、何着もの服がハンガーに掛かっていた。下には箱に入った靴まである。
あれ?持ってきた服はまだカバンの中にあるぞ?
じゃあ、これは誰の服だ?
一着手に取ってみる。シルクのようなツヤのある布地で出来た高級感のある男物のシャツだ。他の服も布地や色は違うものの、高そうな仕立てのものばかりだ。
ラトス用の服ではないし、大人用にしては細い。
──これは、もしや僕の為の服なのでは?
試しに着てみたら、シャツもズボンも靴もサイズがピッタリだった。いつの間に僕のサイズを把握してたんだろう。
確実に僕用だと思われるけど、まだ確認出来てないので、一旦脱いで持参した方の服に着替えた。
後で食事に呼びに来てくれたメイドさんに聞いてみたら、やっぱり僕用にあつらえられたものだった。
貴族のやる事ハンパない。
その後、食堂でマイラ達と一緒に夕食を食べた。たくさんの給仕の人達に囲まれて緊張したけど、マイラとラトスがいつも通りだったから、僕も自然と笑顔になれた。
「明日、王都の街を案内してあげるわ」
「え、別にいいって。外に出たくないし」
「んもう!そんなことだからアケオは生っ白いままなんだわ!たまにはお出掛けしましょ!」
「に、庭で良くない?ここの庭園広くて立派だし、まずは近場から見て行きたいかな」
「まあね、ウチの庭師達は優秀だもの。じゃあ明日、庭園を案内するわ!」
「は、はい……」
危うく街に連れ出されるところだった。
ちなみに、マイラ達の両親は仕事で忙しくて滅多に帰ってこないらしい。
貴族なのに共働きなのか。
そういえば、この屋敷に着いた時から間者さんは消えたままだ。一体何処に行っちゃったんだろう。




