19話・初めての馬車旅3
ノルトンを出発して三日目の朝。
昨晩飲んだお酒はアルコール弱めだったらしく、幸い二日酔いにはならずに済んだ。あの後、夜の街に繰り出した間者さんは平気そうな顔で朝食を食べている。
マイラとラトスもよく眠れたようで機嫌がいい。
護衛担当の騎士隊の騎士さん達に挨拶してから、王都へ向けて出発する。
ナディール騎士隊の隊長は子爵家の三男で、クラデス・デロイ・ラジェーニさんと言うらしい。昨日自己紹介済みだというのに、今朝も真っ先にマイラの前に来て盛大に名乗りを上げ、貴女を守り抜きます!と宣言していた。
この人、なんかこう、芝居掛かってるな。
マイラ達も顔が引きつっている。
騎士さん達は煌びやかな鎧を身に纏い、僕達の乗る馬車の前後を固めている。駐屯兵団の兵士さん達は三台の馬車に並走していたけど、この騎士さん達はメイドさんと荷物用の馬車は警備の対象から外しているようだ。
馬車の窓からは隊長のクラデスさんが見える。わざとマイラの視界に入るようにしているようだった。最初の顔合わせの時から、彼のマイラに対する露骨なアピールは鼻についた。
順調にいけば今日中に王都に着けるそうだし、騎士隊ともそこでお別れなので我慢するしかない。
流石王領と言うべきか、街道の幅は広くて綺麗に整備されている。馬車もほとんど揺れない。車窓から見える景色が様変わりし、街道を歩く人の数も増えてきた。だんだん都会に近付いてる実感がわいてきた。
馬車の中では、相変わらずラトスが魔法学の教科書を読んでいる。たまに分からないところがあると、マイラに質問したりして、真面目に勉強していた。
「──だからね、ここの意味はこうなのよ」
「さすがはねえさま。よく分かりました」
マイラ相手だと素直で可愛い態度だなラトス。僕が見てるのに気付くと、パッと顔を逸らすけど。
間者さんは、珍しく黙って窓の外を見ている。その横顔はいつになく真面目だった。何か考え事でもしてるのか、それとも二日酔いか。
「あ、ちょっと止まるかも。どっか掴まっといて」
不意に、間者さんが声を上げた。反射的に側面にある手すりを掴むマイラとラトス。
次の瞬間、馬車が急に停止した。僕はテンパって何も掴めず、座席からずり落ちた。
「なぁに? どうしたのかしら」
「や、これ盗賊っすね」
「えっ、盗賊?」
「ナディール出発直後から妙な集団が付いてきてるなーとは思ってたけど、周りに人が居なくなったのを見計らって襲ってきた感じっすね」
街を出た時から目を付けられていたようだ。窓の外の様子はあまり見えないけど、外の状況は逐一間者さんが教えてくれる。
「盗賊は十五、六人、騎士隊は十二人。ちょい手数が足りないかも」
馬車の外から金属を打ち合う激しい音が聞こえる。盗賊と騎士さん達が剣で戦っている音だ。
僕は咄嗟にマイラとラトスの肩を抱くようにして体で庇った。もし窓ガラスが割られたら危ない。でも、やっぱり怖くて震えが止まらなかった。
そんな中、間者さんが馬車の天井の一部を持ち上げて開けた。え、そこ開くの!?
「騎士がこの馬車のまわりに集中してて他が手薄になってる。他の人達が危ないんで、ちょっと加勢してくるっす」
サッと馬車から抜け出し、姿を消す間者さん。
次の瞬間、離れた場所から男の人の叫び声と呻き声が連続して聞こえてきた。恐る恐る窓から外を覗くと、盗賊らしき男の人達が半数以上倒れていた。
数が減った事で騎士さん達も攻勢に出て、十分くらいで撃退する事が出来た。
間者さんはいつの間にか馬車の中に戻ってきている。
倒れていた盗賊を全員縛り上げた後、クラデスさんが得意満面で報告に来た。如何に自分達が優れた騎士であるか誇らしげに語るのを、マイラは生返事で聞いている。
多分、今縛られてる盗賊達を倒したのは間者さんなんだよね。騎士さん達は残りを追い払っただけ。その上、マイラ達の乗る馬車だけを守り、メイドさん達や荷物用の馬車は守らなかった。
それでも、一応命懸けで戦ってくれた事実には変わりはない。マイラは馬車の扉を開け、跪く騎士達を前に精一杯の笑顔で労いの言葉を掛けた。
「守ってくださってありがとう。おじいさまにも報告させていただきますね」
辺境伯に報告すると聞き、騎士さん達の表情がパアッと明るくなった。そんなに嬉しいものなんだろうか。
クラデスさんも舞い上がり「この後の護衛もお任せ下さいッ!」と最大級の敬礼をしていた。
幸い、今回の盗賊襲撃での被害は無かった。騎士さん達にも大きな怪我はないし、御者さん達やメイドさん達も無事だった。
捕縛した盗賊達を近くの街で引き渡し、馬車は再び王都に向けて走り出した。
「……あー、疲れたわ……」
「あんな奴にお礼いわなくてもいいのに」
「そういう訳にもいかないわ。ちょっと……かなり実力不足ではあったけど、あたし達を守ろうと戦ってくれたのはホントのことだもの」
ぐったりと座席に凭れ掛かり、脱力するマイラ。人前で貴族の娘らしく振る舞って疲れたらしい。
それにしても、今回はかなり危なかった。間者さんがいなかったらどうなっていたか。
隣に座る間者さんを見ると、何処から取り出したのか、お菓子をもりもり食べていた。
「貴族は大変っすねー。これ美味いっすよ、どーぞ」
「……一つ貰うわ」
「いただきます」
「ナディールって、焼き菓子は絶品なんすよねー」
「……ふふっ、ホントね」
暗にナディール騎士隊の弱さを皮肉っている。
甘い物を食べて気持ちが解れたのか、マイラ達は笑顔を見せた。騎士さん達に見せた作り笑いではなく、年相応の無邪気な笑顔だ。
「アケオもありがとう。さっき、体を張ってあたし達を庇ってくれたわよね」
「え? あ、いやその」
「あの騎士たちより、おまえのほうが心強かった。ねえさまに触れたのは不問にしといてやる」
「はぁ……」
咄嗟の行動だったし、改めて言われると照れる。
ラトスからも、これは恐らく労われたのだろう。ちょっと微妙ではあるが、いつも辛辣なラトスにしては柔らかい態度だった。
まあ、僕は結局何の役にも立ってないんだけど。
それより、以前『腕はからきし』だと言っていた間者さんが強くて驚いた。盗賊の襲撃も事前に分かっていたようだし、すごく頼りになる。
これまでマイラ達がノルトンから王都へ移動する際の護衛は、駐屯兵団の小隊が全て担当していた。しかし、今回は事前に予定を知ったラジェーニ子爵から是非にと請われ、途中から騎士隊に護衛が交替する事になったという。
辺境伯が間者さんをお供に付けたのも、多分この為だったんだろう。
辺境伯は子爵よりはるかに爵位が上なので、恩を売りたかったのかもしれない、と間者さんは言っていた。でも、隊長のクラデスさんの言動からは、マイラに対する個人的な媚び、みたいなものが感じられた。
もしかして、いや、考え過ぎかもしれないけど──
「あの隊長さん、お嬢に見初めて貰いたくて仕方ないって感じでしたよねー」
「最近そんな話が増えて嫌気がさしてるところよ」
間者さんの言葉に、マイラは心底イヤそうに顔を顰めた。まだ十代前半なのに、もうそんな話があるの?
エーデルハイト家の跡継ぎであるラトスにも、既に何件もの縁談が持ち込まれており、姉以外に興味のない彼は釣り書きを見る前に全部断っているという。
貴族って、子供のうちから大変なんだな。
ちなみに、クラデスさんは二十代前半くらいの青年で、見た目は普通にイケメンだ。騎士としての実力が伴わない上に芝居掛かった喋り方で、マイラ達の受けは非常に悪かったけど。
そんなこんなで、道中トラブルに見舞われながらも、僕達の馬車は無事王都に到着した。




