18話・初めての馬車旅2
ノルトンを出て最初の宿泊地に着いた。
こじんまりとした街だが、街道沿いにある為活気があり、もうすぐ暗くなる時間だというのに市場には人が溢れていた。
街に入る時に全員分の通行証を提示する。馬車に乗ってる僕達は、窓越しに通行証を見せる事になる。僕の銀、マイラ達の金のカードを見て、門番さんはびっくりしていた。
間者さんは門を通過する前後は姿を消していた。通行証を持ってないなんて事はないと思うけど、提示したくない理由でもあるのかな。
馬車は街の中心部にある宿の前に止まった。
ここで僕達を降ろした後、裏手の厩舎に馬を預ける事になっている。護衛の兵士さん達は、交替で馬車の警備をするという。
宿の部屋は事前に確保されており、手続きしてくれたメイドさんが部屋まで案内してくれた。
部屋割りは、マイラとラトス、メイドさん達、僕と間者さん、交替の兵士さん達で各一部屋。警備の都合で四部屋とも同じフロアだ。
早速それぞれの部屋に別れ、夕食の時間まで休憩することにした。
宿の部屋は広くて綺麗だ。もしかしたら富裕層向けのお高い宿なのかもしれない。
一人一部屋貰うつもりはなかったけど、間者さんと相部屋かぁ。話しやすい人だけど、なんだか謎が多いし、ちょっと怖い。
「あれ?もしかして自分と同室で緊張してますー?」
「そりゃあ、まあ……」
他人と同じ空間にいるっていうのが、そもそも僕みたいな人間にはハードル高いからね。
ベッドに転がって寛ぎまくる間者さんを横目で見ながら、隣のベッドに腰掛けた。
「ま、今までも同室みたいなもんっすからねー」
今、なんか聞き捨てならない事言われた気がする。顔を上げると、間者さんは僕を見ながらニヤニヤと笑った。
「あの屋根裏部屋、自分ら間者の溜まり場ってゆーか、休憩場所なんですわ。ヤモリさんが住んでからもちょくちょく出入りしてるし」
「え、そうだったの!?」
たまに天井板外して出てきたりしてたけど、もしかして常時屋根裏部屋に居たのか?しかも何人も?
ずっと部屋に居たのに全く気付かなかった。
「ご、ごめんなさい。間者さん達の憩いの場を後から奪ったみたいになっちゃって」
謝ったら、間者さんは目を丸くした。すぐ表情は戻ったが、何故か大笑いされた。
「普通そこは怒るとこだと思うんすけどね」
「へ?いや、でも、後から来たの僕だし」
辺境伯の屋敷にある屋根裏部屋は、元々メイドさん達も近寄らない場所だったらしい。僕が住み始めてから、マイラ達の溜まり場と化してしまったが、それまでは静かな場所だったはずだ。
本気で申し訳ないと思ったから謝ったんだけど、そんな僕の思考が意外だと言われた。
「部屋綺麗になって居心地良くなったし、部屋の主人は鈍感で扱い易いし、なにも不便ないんで謝る事ないっすよ」
「……褒められてはないよね僕」
こんなやり取りをしているうちに夕食の時間となり、宿の食堂でみんな一緒に食べた。
夜、間者さんは部屋を抜け出して何処かへ行き、明け方まで帰って来なかった。
翌日、朝食を済ませた後に馬車旅が再開された。
今日の夜にはクワドラッド州と王領シルクラッテ州の境界にある街、ナディールに着く予定だ。つまり、ノルトン駐屯兵団の護衛はそこまでとなる。第一小隊は、僕達と別れてから領地の境界を巡回しつつ、ノルトンへ戻るという。
ナディールからの護衛は、現地にある騎士隊の小隊に引き継がれるらしい。騎士隊ってなに?
「騎士隊は、その地を治める貴族が持つ私設の軍隊みたいなものよ。今回あたし達が領地を通過するから、ラジェーニ子爵が貸してくれるそうよ」
「ボクは駐屯兵団の方が安心できるけど」
「あたしもそうよ。貴族の矜持のようなものだから仕方ないわね。ま、すぐ王領に入るし大丈夫でしょ」
「ははっ、どうですかねー」
わざわざ僕に解説してくれるマイラ。ラトスも間者さんも、騎士隊に対する印象はあまり良くないようだ。
駐屯兵団の兵士さん達は魔獣を一蹴する程の強さだったけど、騎士隊ってどうなんだろう。
今日は魔獣も出ず、馬車旅は非常に順調に進んだ。
途中、休憩で馬車を降りた時に、マイラに簡単な魔法を見せてもらった。指先に小さな炎が灯されたのを見て、僕は感動した。
魔法は本当にあったんだ!
そういえば、キサン村襲撃後は火熾しが出来なくて困ったんだった。すごい攻撃魔法とか要らないから、こういう生活に役に立ちそうな魔法が使えたらいいな。
「それでは、我々はこれで!」
「ありがとう、アデス小隊長。とても助かりました。ラキオス様にもよろしく伝えて下さいね」
「はっ!」
夜、王領シルクラッテ州とクワドラッド州に挟まれた境界の街・ナディールに無事到着した。ここで駐屯兵団小隊とは別れる事になる。
マイラが労いとお礼の言葉を掛け、小隊長のアデスさんがさわやかな笑顔で敬礼した。
護衛は既に現地の騎士隊に引き継がれている。挨拶に来たラジェーニ子爵とナディール騎士隊の隊長さんがマイラに近付こうとした際に、ラトスが間に立って妨害し、若干微妙な空気になったけど。
子爵が是非屋敷にお泊りくださいと誘ってきたが、マイラは断り、当初の予定通り宿屋へ向かった。
宿では昨日と同じ部屋割りとなった。食堂で夕食を済ませた後は、其々部屋に戻って休む。
「そういえば、昨夜はどこに行ってたんですか?」
「え?気になるんすかー?」
雑談ついでに間者さんに尋ねたら聞き返された。相部屋の人が夜中抜け出したら気になるよ。
ベッドの上に胡座をかいてユラユラ体を揺らし、指折り数えながら昨夜の行動を振り返っていく。
「情報収集とー、昼間馬車で食べる用のお菓子の調達とー、あと地酒が飲める店に行ってー、あとはー」
「……分かりました」
間者さんが旅を満喫してるのはよく伝わった。昼間は僕達と馬車に乗ってるだけだし、夜くらい自由に遊びたいよね。
「今日も行くし、興味あるなら一緒に行きますー?この街酒場たくさんあるし、どこでも好きなとこで」
「いや、僕未成年なので」
「ええー?ヤモリさん何才なんすか!」
「十八才ですけど」
「この世界じゃ十八は立派なオトナっすよ!行こ!」
「ていうか、外に出るのが嫌なんです」
飲み屋みたいな、陽気な人がいっぱい居そうな場所は僕には鬼門だ。それに、お酒なんて飲んだ事ないし。
そう答えると、間者さんは一旦部屋から出て、手に酒瓶とグラスを二つ持って戻ってきた。
「んじゃ、部屋飲みけってーい!」
「えぇ……待って、僕飲めない」
何故か二人で飲む事になってしまった。なみなみと注がれたグラスを持ち、途方に暮れる。
今までアルコール類は一切飲んだ事ない。
間者さんは一気に飲み干し、二杯目を飲んでいる。
美味しそうに飲むものだから、僕もつられてグラスに口を付けた。
「!……おいしい……」
「でっしょー?この果実酒、飲みやすいんすよー」
果物のお酒だったのか。 甘くてクセがなくて口当たりがまろやかで、本当に飲みやすい。
間者さんのようにガブ飲みは出来ないので、会話しながらちびちびと飲む。それでも、やはりアルコールが入っているからか、しばらく経つと頭がぼんやりしてきた。
視界がぐらぐら揺れて、ちょっとだけ気持ち悪い。これが酔うって事なのかな。
「はは、顔真っ赤だし。もう寝ますー?」
「うん、そうする……」
僕がベッドに横になると、間者さんはグラスと酒瓶を片付けた後、部屋のランプを一つ残して消した。
そして「じゃ、自分は遊んでくるんで」と、言い残して、部屋の窓から出て行った。
この部屋、三階にあるのに。そう思いながら、僕は眠りについた。




