17話・初めての馬車旅1
辺境伯の屋敷から馬車で北門へ向かうと、既に駐屯兵団の小隊が整列して待機していた。
小隊長さんが代表で前に出る。
「おはようございます!今回護衛を担当します第一小隊十名、私は小隊長のアデス・コントラータであります!」
「おはよう、アデス小隊長。お願いね」
「はっ、了解であります!」
窓を開けてマイラが声を掛けると、小隊長さんと兵士さん達が一斉に敬礼した。マイラの振る舞いは堂々としていてカッコいい。子供とはいえ流石は貴族。
護衛をしてくれる小隊の兵士さんは十人。全員馬に乗り、三台の馬車に並走して移動するそうだ。
北門を潜ってノルトンの外に出た。
街道は綺麗に整備されているので、馬車の揺れも最小限に収まっている。周辺には市場があり、人通りも多く、活気に満ち溢れていた。
南門側の閑散とした風景とは真逆だ。
やっぱり、ユスタフ帝国との国交が回復してないから南門側は栄えないんだろうか。
「ここから王領シルクラッテ州のナディールまでは、彼らが守ってくれるから安心して移動できるわ」
「こんなにたくさんの護衛、必要なの?」
「この辺りは大丈夫なのだけど、人里離れた街道沿いには魔獣が出るわ。あと盗賊とかね」
「貴族の馬車って、盗賊の良いカモなんすよねー」
僕の質問に答えるマイラと間者さん。魔獣だけじゃなく盗賊も出るのか物騒だな。
ていうか、間者さんは何でそんなに楽しそうなんだ。
ラトスはさっきから黙って本を読んでいる。移動中はやる事もないし、僕も本を持って来れば良かった。そう思いながら、ラトスの持つ本を見る。
辺境伯の屋敷にあった本と違い、装丁が簡素だ。
「あら、魔法学の教科書。勉強熱心ねラトスは」
「休み明けに試験があるので、少し復習を」
「あー、あたしも試験だったわ……!」
ははぁ、なるほど。これは教科書だったのか。だから普通の本より地味めな作りなんだね。
魔法学ねー、魔法学。
……
「……え、この世界、魔法あるの……!?」
「え、あるけど」
何を当たり前の事を、とあっさり返された。
ラトスも間者さんもキョトンとしている。
急に異世界に来た感が出てきたぞ。ここが剣と魔法の世界だったなんて、なんか興奮してきた!
でも、この世界に来て二ヶ月くらい経つけど、そんなの全然知らなかったぞ。
「え、うそ。そんな、魔法なんて今まで誰も使ってなかったよね!?」
「アケオ、ほとんど外に出なかったじゃないの。流石に屋敷内で魔法を使うわけないでしょ」
「そんなこともわからないとは」
そう言われても、知らないものは仕方ない。
ラトスの辛辣な言葉も、今の僕には効かないぞ。五年間のひきこもり生活で、僕が幾つの世界を救ったと思ってるんだ!
全部ゲームの中の話だけど!
「どっ、どんな魔法があるの?」
「火を点けたり風を起こしたり、かしら」
「それって、敵をやっつけたり出来るのかな」
「うーん、おじいさまやお母さまなら出来そうね」
「おおおおおッ!そうなのかああ!!!!」
「……こんな嬉しそうなアケオ、初めて見たわ」
辺境伯のおじさん魔法使えたんだ!
そうと知ってれば、ノルトンに居る間に見せてもらったのに。惜しい事をした。
「マイラとラトスは使えるの? 間者さんも?」
「基本的なものしか使えないわ」
「ボクも」
「あ、自分は平民なんで無理っすね」
魔法は貴族しか使えないのか。それじゃド平民の僕には無理だな、ちょっと残念。
「アケオは異世界人だもの。もしかしたら意外と魔法の適性があるかもしれないわね」
「え? そ、そうかなあ」
貴族しか魔法が使えない理由を聞いてみた。
その昔、魔法使い達が協力して国を興し、後に王から貴族の身分を授かって代々国を守り続けてきた。
なので、古参貴族の血筋の者は魔法が使える。別の手柄で国に貢献して取り立てられた新興貴族は魔法が使えない。
魔法学は、適性のある古参貴族の子供のみ受けられる特別な授業で、魔力の正しい使い方を教え、魔法の暴発を防ぐ目的があるとか。
現在は強力な魔法を使える者は減り、魔法で戦う者はほとんどいないという。
「おじいさまは『ちまちま魔法を使うより直に殴った方が早い』って言ってたわ」
「お母さまも似たような事を言ってました」
マイラ達のお母さんてどんな人なんだ。王都にいるんだよね? 会うの怖くなってきた。
魔法はあくまで祖先の能力の名残りであり、今はそこまで主流の戦力ではないというのは分かった。一部の貴族しか使えないのなら、一般の人は魔法の恩恵を受ける事も、実際に目の当たりにする機会もなさそうだ。
今度マイラに魔法を見せてもらおう。そう思っていた矢先、僕達の乗る馬車が急停止した。
いきなり止まったので、僕は反動で座席から転がり落ちた。マイラ達は間者さんがしっかり支えていたので大丈夫だった。
「魔獣が数匹、前方の街道を塞いでおります。排除しますので少しお待ち下さい」
外から小隊長さんが手短に説明してくれた。馬車の窓は側面にしかないので、前の様子は見えない。
もう魔獣が出るエリアに入っちゃったのか。
外から獣の低い唸り声が聞こえる。兵士さん達が馬に跨ったまま剣を振るうのが窓からチラッと見える。
「おかしいっすね」
「へ? なにが?」
間者さんが低い声で呟いた。
マイラとラトスも表情が硬い。
「まだノルトンからそんなに離れてないのに、もう魔獣が出るなんて。今までそんな事なかったわ」
「鳴き声と足音を聞いた感じ、この辺に棲む魔獣じゃなさそうっす」
「え、それって……」
僕の脳裏に浮かんだのは、キサン村の惨劇。
キサン村を襲った白狼は、クワドラッド州にはいないはずの魔獣だった。
青褪めた僕を見て、間者さんはヘラヘラと笑った。
「大丈夫っすよ。駐屯兵団の兵士さん達みんな強いんで。ホラ、もう全部倒しちまったし」
間者さんの言葉通り、それからすぐに小隊長さんが魔獣退治完了の報告に来た。
誰も怪我してないみたいで良かった。
さっき間者さんは、音や気配だけで周囲の状況を把握していた。本人は強くないなんて言っていたけど、もしかしたら物凄く頼りになる人かもしれない。
普段見掛けない魔獣なので、次の休憩地点まで運んで素材を取りたいという。数名の兵士さんが、鞍の後ろに血抜きをした魔獣を積んで縛り付けている。
「ありゃ灰獅子っすね。白狼ほど強かないけど、体は大きいし結構獰猛なヤツっす」
「……あんな大きな魔獣がノルトンの近くにいるだなんて怖いわ。この辺りには小型の魔獣しかいなかったはずなのに。領民は大丈夫なのかしら」
灰獅子の死骸を見て、マイラが溜め息を吐いた。
もし護衛がいなければどうなっていたか。 個人で護衛が雇えない人は、街から出る事も叶わず、怯えて暮らすようになってしまう。彼女はそれを心配しているようだ。
途中毛皮を剥ぐ為に長めの休憩を取った。白狼のように高く売れるのなら、護衛の第一小隊にとって良い臨時収入となるだろう。
その後は特に何も起こらず、馬車の旅は順調に進んだ。
毎日1話更新、出来るだけ続けたいですね。




