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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
最終章 ひきこもり、世界に別れを告げる

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173話・バイバイ、またね

挿絵(By みてみん)

 イナトリの帰還予定日が半月後に決まった。


 少しでも異世界の知識を得ようとする学者貴族さんにより、イナトリは毎日のようにアールカイト家に招かれている。もちろん僕も一緒に。ヒメロス王子やアーニャさん、バリさん、マリエラさんも同席して質疑応答を交えて講義をしている。


 場所はドナさんが管理するあの客室だ。


 マイラとラトス、シェーラ王女も来たがっていたが、しばらくは通常授業に加えて補習や追試がある。参加は無理だ。



「やあ、アケオ君。先日は失礼したね。私としたことが人前で平静を失うなど」


「あっ、セルフィーラ」


「はわっ!!?」



 慌てて辺りを見回すヒメロス王子。一瞬で耳まで真っ赤になった。普段の物静かで優雅な雰囲気がブッ飛んでしまっている。


 周りにいた人達の目が点になった。



「冗談です。セルフィーラは貴族学院で特別講義を受けてるので」


「だ、だよね……! ものすごく焦ったよ」



 からかうような真似をした僕を怒ることなく、ヒメロス王子はホッと息をついて微笑んだ。


 うん、やはり王子様は性格が良い。顔も良いし、身分や血筋も申し分ない。まさに理想の貴公子。そんな彼がセルフィーラを好きだというのなら反対する理由がない。


 兄である間者さんならともかく、そもそも僕は意見する立場でもなんでもないんだけど。



「そんなことより異世界研究だ!!」


「学者貴族さん声が大きい」



 そんなことってなんだ。一国の世継ぎのお相手の話だぞ。自国の未来に関わる重要案件より異世界研究が大事か。まあ、学者貴族さんにとってはそうだろうな。



「それにしても、異世界に渡れるのがたった一人とは……ッ! もし複数人行けるのであれば、小生も行きたいところなのだが」


「兄上が行かれるのであれば私も!」



 待て侯爵家当主、挙手するな。マリエラさんが笑顔のまま怒ってるぞ。屋根裏や壁の向こうに潜んでいるアールカイト家の隠密さん達がそれを感じ取ってザワついてる。


 帰還の枠が一人分で本当に良かった。


 試しに「異世界に行ってどうやって生活していくつもりなの」と聞いたら「ヤモリの屋敷で世話になる!」と自信満々で返された。やめろ。絶対に来るな。



「もう大体のことは教えたと思うけど、あと何か聞きたいことある?」


「あ、イナトリ殿。ミソとショーユがうまく作れんのだが」



 アリストスさんの発言だ。


 以前僕がうろ覚えの情報を伝えたけど、それだけでうまくいくはずがない。大豆の産地である領地で試行錯誤を繰り返していたが、先日の食料不足の煽りを受けて研究が完全にストップしてしまったとか。



「は? そんなの一介の男子高校生が知ってるワケないじゃん。帰ったらググって教えるから後でね」


「了解した!」



 はちゃめちゃ軽い対応!


 でも、たぶんそれが一番正確で手っ取り早い。ネットで調べれば大体の情報は得られるし。


 元の世界に戻っても、アーニャさんの空間魔法で小さなものならば転移できる。正確な座標が特定出来れば可能なんだとか。なにそれ便利。これで今後もイナトリと連絡が可能になる。


 ヒメロス王子からは社会の構造や物語を、バリさんからは医学関係を聞かれ、知り得る限りのことは教えた。


 アーニャさんはゲームに登場する魔法やモンスターの事が気になるらしい。過去に、こちらの世界から僕達の世界に転移した魔法使いや魔獣がいたんじゃないかと考えている。有り得ない話ではない。


 イナトリから直接話が聞ける時間は限られている。それはつまり、イナトリとサクラちゃんの別れが近いということでもある。


 異世界の講義はあまり負担にならない程度に抑え、あとはサクラちゃんと過ごす時間を出来るだけ作った。カルスさんも兄妹の時間を邪魔するほど野暮ではない。その間はまじめに仕事に打ち込んでいた。クロスさん曰く「普段からこれくらい働け」だって。


 そんなクロスさんから一度だけ異世界がどんな場所かを聞かれたことがある。


 突然話し掛けられたからうまく返せなかったけど「魔獣がいない平和な世界だよ」と言ったら無言で立ち去られた。クロスさんも異世界人のひいおばあちゃんに対して思うところがあったんだろうけど、少しは興味を持ってくれたみたい。






 そんな感じであっという間に半月が過ぎた。






 王宮の議事堂と王族の居住棟の間にある中庭に集められたのは、サウロ王国の古参貴族達。特に僕や王国軍に縁のある人達だ。


 まずは王様。この国で一番魔力量が多い。この人がいないと異世界に人を送ることは不可能だ。


 そして、ヒメロス王子、アドミラ王女、シェーラ王女。


 王様の隣には王妃様がいた。ここ数年は実家のあるエズラヒル州で療養していて、先日ようやく王都に帰ってこれたんだとか。シェーラ王女とアドミラ王女が直接紹介してくれた。


 何気に協力的な宰相のイルゴスさん。


 アールカイト侯爵家からは当主のアリストスさん、学者貴族さん、先代侯爵夫人のマリエラさん。


 エーデルハイト家からは辺境伯のおじさん、エニアさん、マイラとラトス。


 辺境伯のおじさんはこの日のためにわざわざ来てくれた……というのは建前で、可愛い孫に会いたくて駆けつけた。魔力はないが、オルニスさんも見送りのために立ち会っている。


 司法部からは長官のアーニャさんと副長官。


 外務部からは外交講義で講師を務める長官が。


 軍務部からは第一師団長アークエルド卿。第二師団長モルレゼシア卿、第三師団長クレメンティア卿、第四師団長ブラゴノード卿が参加している。


 総勢二十名の魔法使いがイナトリを元の世界に帰すために集結した。これだけの古参貴族が王族の冠婚葬祭以外で一堂に会するのは初めてなんだって。


 ティフォー、ナヴァド、ランガもイナトリの見送りのために来ている。間者さんとセルフィーラは僕のそばに。距離を開けて、王宮警備の騎士さん達がぐるりと中庭周辺を囲んでいる。



「よし、これだけいれば魔力は足りるだろう。なにせ人間を送るのは初めてだからねェ。多いに越したこたぁない」



 場を仕切るのは、もちろん唯一の空間魔法の使い手であるアーニャさんだ。彼女の目の前には大きな絨毯が敷かれ、今までに発見された異世界の遺物が円形に並べられている。これからこの遺物の持つ『元の世界に戻ろうとする力』を空間魔法で増幅させ、イナトリを転移させるのだ。


 当のイナトリは、サクラちゃんとの最後の時間を惜しんでいた。


 身支度を整え、革製のカバンを肩から斜めがけにしている。向こうに転移した際に不審に思われないよう、こちらの世界で仕立てた将英学園のブレザーに似せた服ではなく、ありふれたデザインのシャツとズボンだ。



咲良(さくら)、元気でな。お兄ちゃんのこと忘れないでくれよ」



 ギャア、と小さな声で応えるサクラちゃん。いつもより元気がない。鼻先をイナトリに押し当て、大粒の涙をボロボロとこぼしている。自分から後押ししたとはいえ、イナトリ()との別れが悲しいんだ。


 そのサクラちゃんの隣にカルスさんが立っていた。



「イナトリ。竜のお嬢さんのことは俺に任せてよ」


「おまえが一番心配なんだよ。……でもまあ、咲良はおまえのこと気に入ってるみたいだから」


「聞いた!? 『お兄ちゃん』が俺達のこと認めてくれたよ!!」


「まだ認めてねーよ! くそ、咲良を泣かしたら戻ってブン殴ってやるからな!!」



 しんみりした空気が一瞬で消し飛んだ。やっぱりカルスさんが絡むと和むなあ。最終的に、イナトリはサッパリとした表情でアーニャさんの元へ来た。



「忘れ物はないかい? イナトリ」


「……はい、大丈夫ですアーニャ様」



 半月の間に別れを済ませていたのだろう。アーニャさんは多くは語らず、イナトリを陣の中央へと導いた。ぐるっと遺物に囲まれた場所に立つイナトリに、全員の視線が集まる。



「王様、あれを」


「うむ」



 僕が促すと、王様がイナトリに歩み寄った。懐から小さな金属製の小箱を取り出し、その表面をそっと撫でる。この中には美久(みく)ちゃんの遺骨と遺髪が納められている。



「ヤモリから話は聞いているな。余の代わりに、ミクを家族の元に帰してやってくれ」


「はい、わかりました」



 イナトリは小箱を両手で受け取り、肩掛けカバンの中に入れ、しっかりと金具を留めた。このカバンの中には美久ちゃんのノートも入っている。「遺物が減る!」と学者貴族さんが渡すのをゴネたが、問答無用で取り上げた。



「イナトリ、元気で」


「ん。明緒(あけお)クンも」



 握手を交わし、そのまま引き寄せて抱きしめる。



「会えてよかった」


「……ボクもだよ」



 離れる前に、僕は腕につけていた腕輪を外した。何度も命を守ってくれた魔導具だ。イナトリの手を取り、その腕輪をはめる。


 腕輪がつけられた自分の左手を見て、イナトリは目を丸くした。



「明緒クン、これ、大事なものじゃ」


「大事だよ。だから大事な友達に預けるんだ。……いつか異世界研究が進んで、世界を自由に行き来できるようになったら返しにきて」


「……ん」


「それまでに、僕も自分の弱さをなんとかする」


「はは、こっちのほうが早いかもね」



 笑いながら、イナトリはもう片方の手で腕輪の感触を確かめるかのように触れた。


 僕が陣から離れたのを見て、アーニャさんが手を叩いた。大きな音が辺りに響く。



「さあ、始めるよ!」



 それを合図に、魔力持ちの古参貴族が全員魔力を体外に放出し始めた。人によって色や大きさの差は多少あるけれど、魔力の塊が目の前に生み出されていく。


 王様の魔力が一番大きくて眩しい。


 この世界の魔法に呪文の詠唱はない。頭の中にあるイメージを、魔力を消費することで実現する。


 アーニャさんが共感魔法で読み取った僕とイナトリの記憶を元に空間魔法を発動した。ぎゅう、と周りの空気が捻れ、イナトリを中心に集まっていく。囲むように並べられた数々の遺物からも光が放たれた。『元の世界に戻ろうとする力』だ。それを魔法で増幅していく。


 バチバチ、と何かが弾ける音がした。


 いつのまにか陣の中央にはイナトリを覆い尽くすほどの大きさの真っ黒な穴が開いていた。


 空間が繋がった!


 以前『引き合う力の実験』をした時よりはるかに大きい。不思議なことに、向こう側が見えないのに恐怖は感じなかった。黒い穴は次第に収束し、魔法によって繋げられた空間が閉じていく。



「バイバイ、またね」



 そう言い残し、イナトリはこの世界から消えた。

イナトリはこれから元の世界に戻り

様々な苦難に見舞われるわけですが

それはまた別のお話



***


2020/07/11

次のお話で完結となります

よろしくお願いいたします



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