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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
最終章 ひきこもり、世界に別れを告げる

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170話・入り乱れる感情の矢印

 王都行きの馬車に乗っているのは、マイラとラトス、シェーラ王女、そして僕とセルフィーラ。間者さんは荷物用の馬車の上、イナトリは馭者の人の隣に座っている。イナトリが馬車の中に乗らない理由は片時もサクラちゃんから目を離したくないから、なんだとか。


 護衛はカルスさんと軍務長官直属部隊数名が担当してくれている。


 サクラちゃんだけなら休みなく飛べば一日足らずで着けるが、今回は馬車に合わせてゆっくり移動している。もしドラゴンが単独で王都に現れたら大騒ぎになるから、事情を説明してくれる人が一緒にいかなくてはならない。


 途中の休憩も街から離れた場所でサクラちゃんと野営する組と、街の宿屋で泊まる組の二手に別れることになった。イナトリとカルスさんは当然野営組だ。


 ちなみに、セルフィーラの護衛として強化人間達が三人付かず離れずの距離を保って付いてきていて、完全に個別で動いている。ティフォー達も僕とイナトリの護衛として付いてきているが、魔獣がいなくなった今となっては過剰戦力だ。例えば、盗賊が百人くらいで襲ってきても秒で撃退できるくらい。


 残りは宿屋組だが、ここで問題が発生した。


 セルフィーラが僕と同室がいいと()()駄々をこねたのだ。カサンドールやノルトンではマイラとシェーラ王女の押しに負けて別室で寝泊まりしていたが、今回は全く引く様子がない。ノルトンでメイドさん達に揉まれ、精神がかなり鍛えられたみたいだ。


 自分の気持ちを出せるようになったのは良い事だが、これは非常にマズい。



「セルフィーラ、女の子は女の子同士で」


「いいえ、ヤモリ様から離れたくありません」


「で、でもさあ、それはちょっと」


「……ヤモリ様はわたしがお嫌いですか?」



 泣きそうな表情と上目遣いでその質問はズルい。



「ちょっと、アケオを困らせないの! 年頃の女性が男性と一緒の部屋に泊まったらダメに決まってるでしょ!」



 脂汗を垂らしながら返答に詰まる僕に、今回もマイラが助け船を出してくれた。しかし。



「……? 何故いけないのですか」


「ふえっ!?」



 小首を傾げて心底不思議そうな顔で尋ねるセルフィーラに、マイラが赤面して返答に詰まった。男女同室がマズい理由を具体的に説明するの、抵抗あるよね。



「そっそんなの、言わなくても分かるでしょ」


「……?」


「え、えぇ……???」



 セルフィーラのほうが年上なのに常識が足りてない。母親のタラティーアさんはあんなだし、父親のシヴァからは偏った教育しか施されていなかった。世話係のラズルーカさんもそこまで気が回っていなかったのかな。だから何の警戒もなく僕や間者さんにくっついていたんだ。


 これにはマイラも困り果ててしまった。



「と、とにかくアケオと一緒はダメ!」



 マイラはそう繰り返し、セルフィーラの腕を掴んで女性用の部屋へと引っ張っていった。その後に続くシェーラ王女は「面白いことになってきましたわね」と微笑みながら扉の向こうに消えていった。


 残された僕とラトスは顔を見合わせて、深い溜め息をついた。


 その日の夜は、ラトスと枕を並べて色んな話をした。出会った頃は毛嫌いされていたから、こんな風に話せるようになるなんて思いもしなかった。年の離れた弟のような、頼りになる大事な友達。本当にラトスが無事で良かった。



「ま、またくっついてる……!」



 翌日も馬車で移動する際、セルフィーラが僕の隣に座って腕を組んでくるのを見てマイラがムッとしていた。昨晩の忠告をまったく聞いてくれないセルフィーラに怒っているのだろう。無理に腕を解くと泣かれちゃうし、僕にはどうしようもない。



「うふふ、傍で見ているぶんにはものすごく楽しいですわね」


「そうだね。ボクはちょっとフクザツだけど」



 シェーラ王女とラトスは完全に傍観者の立場を取っている。二人は今回の騒動でかなり仲良くなった。吊り橋効果みたいなものだろうか。


 そうか、セルフィーラも同じだ。


 精神的に追い詰められている時に僕と間者さんで説得して、一緒にシヴァを打ち倒した。これ以上ないくらいの不安と危機を共に乗り越えたからこそこんなに懐いてるんだ。もし他の人と似たような状況に陥れば、きっとそちらにも目が向くだろう。流石にアレを超える危機はもう起きないとは思うけど。


 僕より強くて頼りになる人は幾らでもいるし。


 ……それはそれで悲しい。


 僕はセルフィーラのことを自分の妹みたいに思っている。間者さんの妹だからというのもある。彼女も僕を間者さんと同じ兄だと思っている節がある。


 兄妹(きょうだい)として懐かれているなら問題ないか?



「その年齢(トシ)の兄妹でそれはないでしょ」


「や、やっぱり?」



 休憩時にセルフィーラの相手を間者さんに任せ、イナトリに相談したらバッサリ斬られた。



「ボクと咲良(さくら)も仲良いほうだけど、こっちの世界に来る前は四六時中一緒に居たりとか、寝る時も離れない〜なんてことはなかったよ」



 今は悪い虫から守るために離れないようにしてるけど、と言いながらイナトリはその辺の小石を拾って投げつけた。狙われたカルスさんはそれを軽く手で弾き、そのままサクラちゃんの側に寄り添い、野の花で作った小さな花束を差し出している。それを見て、イナトリは盛大に舌打ちした。


 もしかして僕が見ていない間、ずっとこの調子なのかな。イナトリも十分妹との距離感がおかしい気がするけど。



「あの子、そんなに馬鹿じゃないよね。ちゃんと分かった上で明緒(あけお)クンを頼ってるんだと思うよ」


「うーん……」



 人と人の繋がりは難しい。男女なら尚更。特に、僕には人間関係の経験値が圧倒的に足りてない。思春期真っ只中に五年もひきこもっていたからだ。


 結局、道中はずっとそんな感じだった。






 ここまでの道程は出来るだけサクラちゃんが人目につかないように注意して移動してきた。しかし、王都は広い。流石に誰にも気付かれずに上空を飛ぶのは無理がある。


 そこで、先に帰還したエニアさんからの報告を聞いたヒメロス王子が手を打ってくれた。


『戦争を終わらせた白い竜』の話を王都中に広めたのだ。その結果、サクラちゃんの姿を見掛けても、怖がったり混乱するどころか、ありがたがって拝む人が続出した。たぶんバエル教の伝承の竜と重ねているんだと思う。


 おかげで堂々と昼間の王都上空を飛んで移動することができた。一旦貴族街の辺境伯邸に立ち寄り、身支度を整えてから王宮へ挨拶に行く。


 ティフォー達はラトス誘拐の件で後ろ暗いので留守番、強化人間達は勝手に付いてきているが、王族の隠密さん達に阻まれ、流石に王宮内には入れなかった。セルフィーラに諭され、外で待機している。イナトリもサクラちゃんから離れたくないという理由で庭園に残った。


 当たり前のようにサクラちゃんの側にいるカルスさんは、クロスさんに見つかって引き摺られていってしまった。エニアさんは全軍の被害状況の把握に大忙しらしい。軍務部に人員を遊ばせておく余裕はないのだ。



「マイラ、戻ったのね!」


「アドミラ様!」


「心配したのよ、離れてもノルトンまでだと思っていたのに、まさかカサンドールまで行くなんて! こんなことなら私も一緒に行けば良かったわ」



 馬車から降りたマイラに、建物の前で待ち構えていたアドミラ王女が抱きついた。顔を寄せ合って再会を喜んでいる。



「シェーラも無事で良かっ……まあぁ、ラトス君と仲良くなれたのね!」



 先に降りたラトスがシェーラ王女に手を貸している姿を見て、アドミラ王女が感嘆の声をあげた。姉以外は基本無視または塩対応だったラトスの変化に驚いているのだ。


 無意識の行動を指摘され、ラトスは少し気恥ずかしそうに視線を逸らし、手を引っ込めた。



「お姉様は相変わらずですわね」


「ふふ、ごめんなさいね。意識させちゃった」



 その後、帰還の報告をするためにヒメロス王子の元へ行ったんだけど、そこで思わぬ事態に陥った。



「そっ、そのご令嬢は、どちらの……?」


「大丈夫ですか。顔が真っ赤ですけど」


「し、失礼、ちょっと動悸が」



 普段は冷静沈着なヒメロス王子が、セルフィーラをひと目見てから様子がおかしい。落ち着きがないというか、余裕がないというか。


 事情を説明している間もずっとソワソワしている。



「あらお兄様、もしかして」


「そのようですわね」



 初めての場所と挙動不審な彼が怖いのか、セルフィーラは僕と間者さんの後ろに隠れた。それを見て、ヒメロス王子はショックを受けている。



「アケオ君。彼女とは一体どういう……?」


「……い、妹……みたいな?」


「そ、そうか。それならいいんだ」



 あからさまにホッとするヒメロス王子。こんなに感情をあらわにした彼を見るのは初めてだ。



「まあ、『人誑(ひとたら)し』も形無しですわね」



 そう、本来ならば彼は周りを魅了する側の人。それがたった一人の少女にここまで崩されるとは。



 そして……



「ヒメロス殿下が女性に興味を示したぞーーー!」

「これまで数多の縁談を断り続けていらした殿下が!? この機を逃すな!!」

「なんとしても話をまとめるぞ!」



 重臣達がテンション高く盛り上がる中、僕達は完全に置いてきぼりを食らってしまった。



「……ちょっと展開が早過ぎてついていけない」


「勘弁してほしいんすけど」



 セルフィーラが無害な存在であると知ってもらうために連れてきただけなんだけどなあ。なんだかおかしなことになった。


 騒動の最中、表が騒ついた。



「連絡を入れたにも関わらず誰も出迎えに来ないと思えば……私が留守の間に随分とお手隙だったようですね」


「オ、オルニス殿……!」



 部屋に入ってきた第一文政官の姿を見て、浮き足立っていた重臣達の動きがぴたりと止まった。



「国王の帰国だというのに、人望がうかがえますね陛下」


「待てオルニス。何故余にまで牙を剥く」



 出迎えがなかったからというより、戦後の忙しい時に別件で騒がれているのが嫌なんだな。ラトス誘拐事件以降、オルニスさんは休みなく働いているわけだし。


 八つ当たりされた王様はめちゃくちゃ凹んでいる。



「そんなにお暇ならば仕事を差し上げます。外務長官にはブリエンド王国とロトム王国の外交担当との交渉を引き継ぎます。財務長官、帝国領と旧カサンドール領復興に資金援助を行いますので予算の組み直しと調整を。農務長官と商工長官は現地に技術者を派遣してください」


「は、はぁ」


「オルニス殿、ワシは?」


「宰相閣下は……とりあえずヒメロス殿下を自室にお連れして、落ち着けておいてください」


「うむ、お安い御用じゃ」



 宰相だけ扱いが優しいな。



「会議をしている時間はありません。早急に!」



 オルニスさんのひと睨みで重臣達は慌てて散っていった。さっきの人達、長官だったんだ。


 騒ぎ立てていた人達が全員退室して、セルフィーラはホッと息をついた。マイラ達は父親の鶴の一声で騒ぎが収まって感心している。



「さーて、ようやく余もゆっくり出来るな!」


「何を言っているのやら。すぐに全部署から各種申請が届きますから、すべて目を通して承認していただかなくては」


「なん……だと……」



 帰国しても王様に余暇はないらしい。

積み重ねから芽生える恋もあれば

ひと目で落ちる恋もある


実るかどうかは別として

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[良い点] お、oh様・・・
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