169話・それぞれの成長
僕達がノルトンに着いた三日後にマイラ達の馬車が到着した。エニアさんや辺境伯のおじさんと一緒に帰ってきたので、まるで家族旅行みたいで楽しかったとラトスが教えてくれた。
学者貴族さんとアリストスさんもほぼ同じ頃に帰ってきた。アリストスさんはマリエラさんから呼び出され、休む間も無く王都へ向かって発った。泣き落としに逆らえなかった学者貴族さんも一緒に。流石に侯爵家当主がずっと留守なのは不味いよね。
「ヤモリよ。異世界の遺物が増えたから先に王都で調べておくぞ! 落ち着いたらすぐ研究再開だ!!」
増えた遺物って、シヴァの定期入れとサクラちゃんの車椅子か。僕が行く頃には車椅子が分解されてそうで怖い。そんなことになったらイナトリがまた闇堕ちしてしまう。
そこから数日後に王国軍の第四師団、更に数日後に第一師団が帰ってきた。アークエルド卿率いる第一師団は帝都に立ち寄り、タラティーアさん達の身の回りの品を運んできたらしい。女官さん達のうち半数は辞めていった。残った数人は今後もタラティーアさんやセルフィーラの身の回りの世話をしてくれるという。
タラティーアさんはまだ精神的に不安定だ。罪の意識があるのか、それともカサンドール復興の悲願が叶わないと悟ったからか、あれ以来ずっと心が昔に戻ったまま。間者さんやセルフィーラも気には掛けているが、直接顔を合わせる勇気はないようだ。
ばったり会わずに済むよう、タラティーアさんはノルトンの片隅にある辺境伯所有の別邸に監視付きで住まわせることになった。生き残った強化人間のうち、片腕を失ったブリードはタラティーアさんのいる別邸で療養しながら護衛を務めている。他の三人、ウルカとペトロ、ヴェスタはセルフィーラ専属護衛となっている。普段は姿を見せないけど、たぶん今も僕達を見ているだろう。
時々ラズルーカさんがセルフィーラと間者さんに会いに辺境伯邸に訪ねてくる以外の行き来はない。ここでゆっくり養生して、いつか親子が安心して対面出来るようになったらいいな。
ティフォー達も帰ってきた。ユスタフ帝国にある故郷の跡地を見て気持ちを新たにしたようで、ナヴァドとランガは改めてイナトリの元で働くと誓った。ティフォーはオルニスさんや僕の意向に反しない限りイナトリの指示も聞くというスタンスだ。
「頼まれたもの、見つけたわよ」
「ありがとうティフォー。イナトリにはまだ内緒にしておいてね」
「分かってるわ」
三人は普段はイナトリのそばにいて、時々交替でキサン村近くの森にあるリーニエのお墓に行っている。キサン村に駐在している兵士さん達とも仲良くなって、農作業などを手伝っているらしい。
アーニャさんは王様やオルニスさんの近隣諸国行脚に付き添っているのでまだ戻ってきていない。その代わり、空間魔法で定期的に連絡がくる。
「シヴァが魔獣をけしかけて脅して、ロトム王国に金銭と物資を出させていたんだって。ああ、だから民がいなくても帝都の辺りだけは栄えていたんだね。ロトム王国は二十年前の戦争で負けてるから言いなりになってたのも仕方ないかぁ」
届いた手紙を読みながら、イナトリは溜め息をついた。最近浮かない表情ばかりだ。シヴァの死をまだ受け止めきれていないのかもしれない。
ていうか、今回もイナトリが連絡係なのか。僕そういうの任されたことないんだけど?(二回目)
「ボクのほうが信頼されてるってコトじゃん?」
「……うう、くやしい……」
まあ、確かにイナトリのほうがしっかりしてるし。
それもあるけど、多分アーニャさんは重要な仕事を任せることでイナトリを繋ぎ止めようとしているんだと思う。こちらの世界に来てからのイナトリとサクラちゃんは不幸続きだった。共感魔法で記憶を覗いて過去を知って以来、アーニャさんは何かとイナトリに気を使っている。
「大事に思われてるね」
「……ん」
でも、まだこっちの世界の人からの好意を素直に受け入れられるほど心を開いてはいない。なんとかしないと、また悪いほうへ思考が傾いてしまう。僕には側にいるくらいしか出来ないけど。
「あ、イナトリ。またカルスさん来てるよ」
「あンの馬鹿、また咲良にちょっかい出してる!」
庭園で日向ぼっこしているサクラちゃんの側に侍り、カルスさんが愛の言葉を囁いている。それを見たイナトリは窓枠を飛び越え、直接妨害しにいった。
沈みがちなイナトリを元気にさせるには、カルスさんか間者さんと絡ませるのが一番手っ取り早い。ケンカするほど仲が良いというか、単に性格が真逆過ぎて合わないだけかもしれないけど、言い争うことでストレス解消にはなっている。
そこから更に数日後、マイラ達が王都に戻る日が決まった。
ラトスが誘拐されてから二ヶ月近くも貴族学院を休んでいる。他国との戦争に巻き込まれたという事情もあって留年や退学とはならないが、流石にこれ以上休んだら補習や追試では勉強が追い付かない。
ちなみにエニアさんは一足先に王都へ戻り、軍務長官として戦争終結の報告をしに行っている。……カルスさんは付いていかなくていいのか??
マイラ達の王都行きに僕も付いていくことになった。
「ヒメロス様とアドミラ様、ずっとアケオを気に掛けてたわよ。早く元気な顔を見せて安心させなきゃね」
「ヤモリさんはお兄様のお気に入りですものね」
「あ、うん……」
あのキラキラした王子様に会うの、ちょっと苦手なんだよな。でも、今回彼がマイラを寄越してくれなかったらシヴァを倒せていたかどうか。食糧支援の件もあるし、かなり助かったのは確かだ。御礼は言っておきたい。
そうだ、マリエラさんにも御礼を言いたいんだった。大事な侯爵家当主とその兄を僕の救出のために快く送り出してくれたんだ。彼らがいなければ、そもそも帝都から脱出することすら出来なかった。
僕が行くということは、間者さんとセルフィーラも付いてくるということだ。
「セルフィーラ様までいなくなったら私達の仕事に張り合いがなくなってしまいます……!」
メイド長さんをはじめとしたノルトン辺境伯邸のメイドさん達が嘆いている。
滞在中、一日に何度も着せ替えられていたからか、セルフィーラもようやく彼女達のテンションに慣れてきたところだ。少しずつ僕と間者さん以外とも話せるようになり、その儚い外見とはにかんだ笑顔で周りの庇護欲を掻き立てている。
本人は「ヤモリ様とお兄様が行くところならどこへでもまいります」とノルトン残留を拒否した。自分の意志をしっかり持って発言できるようになったのは良い事だけど、まだまだ僕達に依存したままだ。もっと色んな人と関わらせて交友関係を広げなくては。
ゴネる大人は他にもいた。
「マイラ、ラトス! じぃじと一緒にいてはくれんのか!」
「おじいさま、あまり学院を休み過ぎると次の長期休暇がなくなってしまいます」
「今からキッチリ補習を受けて、長いお休みの時にまたノルトンに遊びに来るから、ね?」
「ううっ、さみしくなるわい……」
この調子では、出発当日はまたゴネて時間がかかりそうだ。
荷物の支度のためマイラ達が自室に下がると、辺境伯のおじさんは表情を引き締めた。孫ラブおじいちゃんモードから、クワドラッド州を治める辺境伯モードへと切り替わる。
クワドラッド州には至る所に魔獣の死骸が転がり、小さな農村は荒れたままになっている。これから避難していた民を戻し、元通りの生活が送れるようにサポートしていかなくてはならない。戦争が終わった後が領主としての仕事の本番だ。
「ヤモリよ。マイラとラトスを頼むぞ」
「はい」
まっすぐ目を見て返事をした僕に、辺境伯のおじさんは目を細めて笑った。
「……お前さん、本当に変わったのぉ」
「え」
「腕っぷしは弱いまんまじゃが、こう、気持ちが強くなっておる。ここへ来たばかりの頃とは見違えるようじゃ」
キサン村壊滅後、自力で辿り着いたノルトンで団長さんに保護され、そして辺境伯のおじさんにお世話になった。間者さんやマイラ達に会ったのもこの屋敷だ。
僕の異世界生活はここから大きく動き出した。
「そ、そう……かな」
正直、あの頃と何が変わったのか自分では分からない。多少は人と話せるようになったけど、魔獣どころか普通の獣一匹倒したことがない。ずっと周りの誰かに助けられてばかりだ。
「お前さんはちゃあんと成長しておる。このワシが言うんじゃから間違いない。安心せい」
「は、はいっ、ありがとうございます」
「お前も、ヤモリと妹をしっかり守るんじゃぞ!」
「はい、辺境伯」
頭を下げた僕達に対し、辺境伯のおじさんはガハハと豪快に笑って背中をバシバシと叩いた。身体強化なしでも十分強い腕力で思いっきり叩かれ、僕と間者さんの背中にはしばらく赤い手のひらの跡が残った。
出発前夜は団長さんやティフォー達を招いての晩餐となった。マイラ達が自室に戻った後、大人達は酒盛りを始め、僕とイナトリは抜け出せずに巻き込まれてしまった。
「全員酒グセが悪いとか、どーなってんの」
「み、みんな疲れてるんだよ……」
僕と一緒に部屋の隅で果実水をちびちび飲んでいたイナトリは、酔っ払ったナヴァドとランガに抱きつかれ、乙女のような甲高い悲鳴をあげた。
もうすぐ最終話、と言い出してから結構経ちました
私自身、まだ彼らと別れたくないみたいです
そろそろ完結に向けて動いていきますので
応援よろしくお願いいたします!




