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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
最終章 ひきこもり、世界に別れを告げる

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168話・ただいま

 広範囲に散らばる魔獣たちを鎮めるため、セルフィーラを連れて先に出発することになった。



「私と陛下はロトム王国とブリエンド王国に立ち寄るので帰国は少し遅くなるよ。ヤモリ君、イナトリ。道中くれぐれも気をつけて」


「は、はいっ」


「了解です、オルニス様」



 出発前の見送りに王様の姿はなかった。一晩かけて書類仕事を終わらせたのにすぐに増やされてしまい、ショックで倒れているんだろうか。まだまだ王様としての仕事が残っているようだし、ゆっくり話が出来るのはまだ先になりそうだ。


 マイラ達はエニアさん率いる王国軍と馬車でゆっくり移動する予定だ。出発前にサクラちゃんと触れ合ったり、イナトリやティフォー達と話をしていた。色々あったけど、どうやら無事和解出来たみたいだ。






 セルフィーラはいつもの白いワンピースから質素で動きやすい服に着替えた。長い白髪(はくはつ)はゆるく三つ編みにして邪魔にならないようにしてある。サクラちゃんに乗ること自体に抵抗はないようだ。シヴァとの戦いで一度乗ったから慣れたらしい。意外と順応が早い。あと、年の近い女の子同士だからか、なにか通じるものがあるみたい。


 まずは旧カサンドール領全域をぐるりと回り、セルフィーラに呼び掛けてもらって魔獣を集めた。人や家畜を襲わないように指示を出していく。次に帝国領を端から回り、同じように魔獣を鎮めていった。


 王国軍が進軍する際にかなり倒していたはずだが、魔獣は万単位で残っていた。復興事業が始まる時に魔獣がたくさんウロついていたら支障が出てしまうので、事前にオルニスさんや辺境伯のおじさんと相談して、可能な限り大森林に誘導することにした。大森林は人間が立ち入ることの出来ない広大な領域だ。元々いる獣たちとうまく棲み分けして共存してくれるといいな。


 初めての空の旅にセルフィーラは目を輝かせていた。時折なにかを見つけては間者さんに話し掛けている。少しずつだが、笑顔も増えた。


 魔獣の誘導をするため、ずっと低空飛行をしているが、それでも落ちたら怪我では済まない高さだ。ちなみに僕はまだ怖い。やせ我慢してるのをイナトリに見抜かれ、時々鼻で笑われてる。


 三日ほど掛けて全土を回り、ようやくユスタフ帝国とサウロ王国との国境に辿り着いた。国境の壁から五百メートルほど入った所にある拠点に立ち寄る。


 一応アーニャさんが事前に連絡してくれているが、いきなり近くにドラゴンが来たら見張りの兵士さんを驚かせてしまう。少し離れた場所に降りてもらい、そこから徒歩で天幕へと向かう。



「ヤモリ君! 無事だったか」


「ただいま戻りました、団長さん」



 真っ先に出迎えてくれたのは団長さんだ。王様や第一、第四師団が出払っている間、駐屯兵団だけで国境を守り続けてくれていた。



「司法長官からの手紙で竜が味方になったと書いてあったが、まさか事実とは……」



 離れた場所でひとり翼を休めているサクラちゃんを気に掛けつつ、団長さんは懐から折りたたまれた便箋を数枚取り出して見せた。



「今はすごく頼れる存在ですよ。サクラちゃんも、イナトリも」


「ああ、彼のことも記してあった。『大事な養い子だからよろしく頼む』と」


「あ、えっ?」



 実際にその文面を見せられ、イナトリは顔を真っ赤にした。こんな離れた場所で、初対面の人越しに聞いたから尚更照れ臭いんだろう。



「……ここも大変だったみたいですね」



 拠点の周りには魔獣の死骸が山のように積まれていた。国境の壁添いには魔法の罠が設置されている。しかし、魔力供給源である王様が旧カサンドール領に行ってしまったため、一時的に機能しなくなっていたんだとか。



「襲ってくる魔獣の数が日に日に減っていったから残った戦力だけでも何とかなったよ。ただ死骸の処理までは追い付かなくてね、この有り様だ」



 王国軍が出払っている間、国境全体の警備と魔獣退治、クワドラッド州全域の防衛をしてくれていたんだ。駐屯兵団は本当によく持ちこたえたと思う。



「魔獣に関しては、もう群れで襲ってくることはないと思いますよ」


「そうか。流石に部下達も疲れが溜まっていてね、そうだと非常に助かる」



 休憩がてら事の経緯を説明して、セルフィーラのことも紹介した。目の前の少女がユスタフ帝国の元皇帝と知り、団長さんはどう対応したらいいか困惑していた。



「それにしても、君は本当に不思議な存在だな。周りの人間の警戒を解き、易々と垣根を越えさせてしまう」


「あはは、なんにも出来ないから警戒されてないだけですよ」



 初めての場所に緊張しているのか、セルフィーラは僕の上着の裾を掴んで離さない。その様子を見て、団長さんはフッと笑った。



「いや、それだけじゃない。……君が将軍シヴァを探しに再び帝国入りしたとオルニス様から知らされ、陛下がどれだけ取り乱したことか」



 あ、そんなに?



「もちろん私も驚いたとも。クワドラッド州を放り出して行くわけにはいかないから仕方なく残ったが……前回も付いていけなかったからな、かなり歯がゆい思いをした」


「すみません、心配ばかりかけちゃって」


「いや、私が行ったところで大して役には立たない。代わりに侯爵家の兄弟とマイラ嬢達が行ってくださったからね。実際、君は無事に帰ってきてくれた」



 そうか。僕を追い掛けてきてくれた人達は、みんなこの拠点を通過していったんだ。



「全軍が戻るまで私はこの拠点を守らねばならない。しばらくはノルトンに滞在するのだろう? 落ち着いたらまた話をしよう、ヤモリ君」


「はい、ぜひ」






 ノルトンの辺境伯邸の庭園はほぼ元通りに修復されていた。


 団長さんが知らせておいてくれたので、メイド長さんが出迎えの準備をしてくれていた。流石にドラゴンを間近に降り立った時は青ざめていたが、白く美しい鱗に覆われた姿に見惚れ、すぐに慣れた。


 庭園のど真ん中、応接室の大窓から見える位置がサクラちゃんの定位置となった。



「皆様のお部屋の支度は出来ております。が、まずは旅の疲れを流してきてくださいね!」



 そんなに汚かっただろうか。僕達は部屋に通される前にお風呂に強制連行された。セルフィーラは離れたがらなかったが、メイド長さんが女性用の浴室に連れていってお世話してくれた。



「エニア様がまっっったく着てくれなかったドレスがたくさんあるのですよ。ふふ、御髪(おぐし)も長くて綺麗ですし、腕が鳴りますわ!!」



 こんなに嬉しそうなメイド長さん初めて見た。


 エニアさん相手じゃ何もさせてもらえないからフラストレーションが溜まってたんだな。他のメイドさん達もなんだかすごく盛り上がってる。


 数時間後、ようやく全員の身支度が整った。


 イナトリのブレザーは洗濯されたので、僕の着替えを使ってもらった。若干丈が合わない分はメイドさんがその場ですぐに調整してくれた。



「久々の達成感……!」



 意気揚々とメイド長さんが応接室に入ってきた。


 白く長い髪を細かく編み込まれ、青いドレスを身にまとったセルフィーラが恥ずかしそうにその後ろに付いてきている。二の腕を覆うふわりとした袖と、くるぶしまで隠す長い丈のスカート。鮮やかな青はセルフィーラの瞳の色と同じで、とても似合っている。



「これはエニア様がお若い頃に仕立てたものなんですけど、一度も袖を通していただけなかったの。一度もよ? 丈が長過ぎて馬に乗れないからって理由で! でも、こうしてセルフィーラ様が着て下さったので無駄になりませんでしたわ! ふふ、本当に良かった〜!」



 エニアさんに対する恨みつらみがすごい。


 着替えの最中からずっとこんなテンションだったんだろう。セルフィーラは思考を放棄して無になっている。シヴァに洗脳されてた頃を彷彿とさせるんじゃない。



「セルフィーラ、似合ってるよ。ねえ間者さん」


「そっすね。その青、海の色に似てて好き」


「そ、そう、ですか」



 間者さんはカサンドールで見た海が気に入ったらしい。サウロ王国にはないもんね、海。


 二人掛かりで褒めて何とかセルフィーラの気分を持ち上げる。正直女性の服装とかお洒落とかよく分からないので「似合う」以外に言いようがない。それでも、褒められて嬉しかったのか、セルフィーラは恥ずかしそうにはにかんだ。



「では、改めまして。無事のお戻り、使用人一同嬉しく思います。──ヤモリ様、おかえりなさいませ」


「「「おかえりなさいませ」」」



 いつのまにか、応接室の中や窓から見える庭園に辺境伯邸で働くメイドさんや使用人さん達が並んでいた。メイド長さんの挨拶に合わせ、一斉に頭を下げられる。



「た、ただいま……」



 仰々しい挨拶のあとは、お決まりの小言が待っていた。もはや様式美。僕はただひたすら謝り「もう危ないことはしません」と何度も誓わされた。

ようやくノルトンに帰ってきました



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