167話・裁きと恩赦
旧カサンドール領、王城広場に連行されてきたユスタフ帝国の帝国貴族達。全員中枢で働いていた者達だ。
彼らにはシヴァの凶行を止める義務があった。それを怠り、多くの民を犠牲にしてきたのは明らかに重罪。
これから戦勝国であるサウロ王国が彼らの罪を裁く。
「死罪にするのは簡単だけれど、今回は人が死に過ぎた。罪人とて無闇に殺してしまうのは惜しい」
口元に微笑みを浮かべるオルニスさん。優しい表情とは裏腹に、その言葉は厳しくて重い。
見た目は優男なので、はじめは帝国貴族達も舐めていたが、下手に弁明するのは逆効果だと悟ったようだ。全員神妙な面持ちで次の言葉を待っている。
「ただ牢に閉じ込めるだけでは管理の負担がこちらに増えるだけ。全員五体満足で健康そうですし、働いてもらおうと考えております。陛下はどう思われます?」
え、王様いたの?
キョロキョロと周りを見回したら、確かにいた。広場の片隅にある石造りの四阿に書類を広げ、一心不乱に内容確認と押印を繰り返している。目の下にクマが出来てるし、机の上には油の切れたランプが置かれていた。
まさか徹夜で仕事してたの?
急に話を振られた王様は、ダルそうに目だけこちらに向け「任せる」とだけ言って再び書類の処理に戻った。投げやりというか、やさぐれているというか。働かせ過ぎではないだろうか。
「陛下の許可も出ましたので、私の独断で処分を決定させてもらいますね」
帝国貴族の人達に科せられた罰は、魔獣によって壊滅した地方の村や集落を復興させることとなった。ユスタフ帝国の中心部以外の地すべてだ。かなり大変な仕事になると思う。
「これまでの役職および爵位は全て剥奪。その上で、それぞれ割り振った地域の復興に尽力していただきます。金銭や宝飾品以外の固定資産、つまり領地や家屋敷は没収。帝都や周辺都市からは親族共々追放。所持金で人を雇うか、自ら汗水流して働くなどして下さい」
これには流石に反発の声が上がった。
住む場所を失い、役職や爵位まで奪われては家臣が付いてこない、と。しかし「嫌ならここで首を撥ねるだけです」という一言で全員黙った。そもそも、最初から彼らに断る権利なんかないのだ。
「真剣に取り組めば、いずれ収入を得ることも可能ですよ。うまく復興出来ればの話ですが。それと、貴方がたには見張りを付けさせていただきます。もし割り振られた地域を放棄して逃亡した場合、裁判を待たずにその場で処分させていただきます。……よろしいですね?」
ここまで言われては誰も何も言い返せない。こんな感じで、一方的に帝国貴族の裁きは終了した。
ただ一人を除いては。
オルニスさんが片手を挙げると、側で控えていたティフォーが進み出た。そしてプレドさんを軽々と掴み上げ、荷車から放り投げた。
突然石畳の上に投げ出されたプレドさんは、体を起こすのも忘れ、顔だけ上げてこちらを見た。
「元外務大臣プレド・アレルタ。貴方はカサンドールの出身だとか。元国民が多数犠牲になることを知りながらシヴァを止めなかった。その罪は他の方より重いですよ」
「……うぅ」
自らの罪を再確認され、プレドさんは顔を歪めて俯いた。
名ばかりとはいえ、大臣の地位を得てシヴァやセルフィーラの側に仕えていた。彼はユスタフ帝国や旧カサンドール領で何が行われていたかをその目で見ていたはずだ。
「……それが姫様の望みであると……カサンドール王国を再興させるための条件だと、閣下が」
石畳の上の砂を掴むように拳を握りしめ、プレドさんは涙を流した。
姫様とはタラティーアさんのことか。
「再興? 肝心の民がほとんど死に絶えた現状を見てもそう言えますか。この有り様を先代のカサンドール王がご覧になったら、さぞ嘆かれることでしょうね」
オルニスさんはわざと厳しい口調で責め立てた。先代国王を持ち出され、プレドさんは呻きながら額を地に着けた。声を押し殺して泣いている。
カサンドールの民は王族に従順だ。王城と市街地を隔てるのは跨いで渡れる程度の堀。それは、民が王族を害することがない、そして王族が民を信頼しているという長年積み重ねてきた関係性の証。
タラティーアさんの願いを叶えるためと信じてシヴァの凶行に目を瞑り、手を貸してきた。しかし、それこそが最大の不敬であったのだと、プレドさんはようやく気付いたのだ。
「ああ、ああ……! マルスカヤ様、サマリアーナ様……私は、なんという……うぅ……」
大きな体を縮こまらせて泣き崩れるプレドさんの姿を見て、間者さんは眉根を寄せた。悲しいのか悔しいのか、そんな単純に言い表わせるような感情ではない。
プレドさんは、性根は悪い人ではない。ただ選択を誤っただけだ。
「……ユスタフ帝国に滅ぼされる前のカサンドール王国はとても豊かで平和な国であった。魔獣に荒らされ、今は見る影もないが」
離れた場所で書類仕事をしていたはずの王様が、いつのまにかオルニスさんの隣に立っていた。記憶の糸を手繰るように、広場から見える海を眺めながら静かな口調で語り掛ける。
「少しでも償いたいと思うならば、在りし日のカサンドール王国を蘇らせるつもりで尽力せよ。亡きマルスカヤ王は寛大な人柄であったと父から聞いている。悔い改めた者を責めはしまい」
「は、ははぁーっ!!」
プレドさんは王様に向き直り、土下座をするように深々と頭を下げた。
「陛下は甘過ぎます。一体誰の影響なのやら」
「ははは、昨夜から取り掛かっていた書類がついさっき片付いたから気分が良くてな。まあ余からの恩赦みたいなものだ」
「おや、終わりましたか。では次の仕事を」
「まだあるのか!?」
満面の笑みから一転、絶望に塗れた表情になってしまった。王様が戦後処理から解放される日はまだ先のようだ。
プレドさんには旧カサンドール領全域の復興が命じられた。他の帝国貴族より担当する範囲が広いので、かなり大変な仕事になると思う。
ユスタフ帝国と旧カサンドール領の復興作業自体は元帝国貴族である彼らに任せ、国として成り立つようになるまでは近隣諸国で見守る事となった。
王国軍兵士に連れ出される際、プレドさんが泣き腫らした顔でこちらを見た。意を決したように息を深く吸い込み、口を開く。
「もし、……もし、カサンドールを人々が安心して住めるような地に出来たら、セルフィーラ様やクドゥリヤ様はお戻りくださいますか!」
必死の問い掛けに、間者さんは何も応えられずにいた。戻るもなにも、つい最近までカサンドールは地図でしか知らない遠い異国だったのだから無理もない。セルフィーラにとってもそうだろう。
「これはウチの子だからね。あげないよ」
黙り込む本人の代わりにオルニスさんが返事をした。これも罰のうちなのだろうか。落胆するプレドさんに対し、見せつけるように間者さんに寄り添い、その頭を撫でる。
「オ、オルニス様……っ」
当の間者さんは、その言葉が相当嬉しかったようで涙目になっていた。
ふふんと鼻で笑うオルニスさんと、ぐぬぬと悔しがるプレドさん。間者さんを間に挟み、両者はしばらく睨み合った。
「……負けませんぞ。サウロ王国を超えるくらい発展させて、クドゥリヤ様がご自分からカサンドールに戻りたくなるようにしてみせます!」
「ほう、面白い。出来るものならばやってみなさい」
「言われずとも!!」
さっきまで兵士に引きずられるようにしていたプレドさんだが、今はシャキッと立ち上がり、しっかりとした足取りで広場から出ていった。
下手に希望を持たせるのではなく、対抗心を煽ってプレドさんのやる気を最大限に引き出すことに成功した。これもオルニスさんなりの激励なのかな。
ユスタフ帝国という大国が消滅し、皇帝の座についていたセルフィーラもその肩書きを失った。かといって、一般の民と同じ扱いをする訳にもいかない。
何故なら、彼女には『元カサンドールの民から造られた魔獣を従える力』があるからだ。自然発生したものや、その他の民を食べて成ったものは対象外だが、現在この近辺にいる魔獣はほとんどセルフィーラの制御下にある。
それと、生き残った強化人間達もだ。彼らはシヴァによって深く洗脳されている。今更普通の生活には馴染めない。シヴァ亡き今はセルフィーラの言うことだけに従うので、彼女専属の護衛として連れて行くことにした。
そう、サウロ王国に。
セルフィーラは僕と間者さんから離れたがらないし、マイラやシェーラ王女とも少しだけ仲良くなれたので一緒に帰ることにしたんだ。道中、魔獣達を鎮めて回るという大事な仕事もある。
「やっと帰れるんだね。……なんか、すごく長いこと出掛けてた気がする」
「帝都で捕まったりしてたし、ノルトンに戻ってすぐカサンドールにきたし、ヤモリさんにしては結構外に出てたっすよね」
「ホントだ。僕、外に出過ぎ……?」
「いや、普段がひきこもり過ぎるんで」
そうなんだよなあ。本来は超がつくほどのインドア派なのに最近は野営ばっかだ。アウトドアはもう一生ぶんくらい経験したから、帰ったら暫く部屋から出たくない。
「セルフィーラ、今後どうなるのかな」
「とりあえず、自分らが居なくても大丈夫なくらい他人に慣れさせなきゃなんないっすね。その後は、まあ……どーするんですかね?」
諸悪の根源であるシヴァは倒した。それは、最後の最後にセルフィーラが協力してくれたからだ。情状酌量の結果、戦争の罪は問われないことになった。でも、滅亡したカサンドール王家の末裔という立場と魔獣を操る力がある。野心のある人間に利用されたら厄介だ。
サウロ王国で保護し続ける、というのも一つの選択肢だと思う。
それを決めるのは僕じゃない。今はまだ無理かもしれないけど、いつかセルフィーラが自分で自分の生きる道を選んでくれたらいい。
「はぁ〜、今回ばかりは無理をし過ぎた。ワシはもう暫く戦わんぞ!」
ようやく身体強化の掛け過ぎによる全身筋肉痛地獄から解放された辺境伯のおじさんが、なまった身体を解すために広場へとやってきた。戦いのあと丸一日以上爆睡して、なんとか動けるまでに回復したらしい。
アークエルド卿やブラゴノード卿と肩を並べて互いの健闘を称えあっている……と思いきや、急に殴り合いが始まった。暫く戦わないとか言ってた癖に、舌の根も乾かないうちからこれだよ。
そんなオジサン達を呆れ顔で見守るのは、エニアさんとアーニャさんだ。
「あ〜あ、また始まったわ。あんだけ元気が有り余ってるなら歩いて帰ってもらおうかしら」
「そうしな。馬も馬車も足りてないからねぇ」
女性陣は辛辣だ。
帰り支度に伴い、馬や馬車の割り振りをしているのだが、タラティーアさんと女官さん達を歩かせる訳にもいかない。王国軍の兵士にも怪我人が多数出ているし、捕虜も増えた。第三師団が運んできた食糧運搬用の荷車を流用したとしても、一度に全員帰還するのは難しい。
「とりあえず空間魔法で国境沿いの拠点に手紙を送っといたよ。迎えの馬や荷馬車を寄越すようにってね」
「そうね、ラキオスならうまく手配してくれるわ。でも、あの辺りの魔獣はまだ敵対してるのよね。先にあの娘に魔獣を大人しくさせてもらいましょっか」
そんな訳で、帰還の第一陣にはセルフィーラが組み込まれた。いち早く周辺一帯の魔獣を鎮めるために、サクラちゃんに乗って広範囲を回ってからサウロ王国に入る予定だ。
「そういや、アイツらに話し掛けてたの何だったんすか」
「ああ、ちょっと頼みごとしてたんだ」
さっきティフォー達に声を掛けてたのを見られていたようだ。間者さんは「用事なら自分に頼めばいいのに」とブツブツこぼしている。なに張り合ってんだ。
彼らはイナトリの部下としてサウロ王国に付いてくることが決まっている。その前に故郷の集落跡地を見ておきたいというので、帰りは別行動となった。
サクラちゃんに乗るのは僕と間者さん、セルフィーラ、そしてイナトリだ。物資も積むし、これ以上は誰も乗せられない。
「え、俺は!?」
それを知り、ショックで嘆くカルスさんをクロスさんが引きずって回収していった。軍務長官直属部隊なんだから、エニアさんのそばに付いてるのが普通だろうに。
「竜のお嬢さああん! 何日か離れちゃうけど俺のこと忘れないでねええええ!!」
「カルス、やかましい。行くぞ」
遠退いていくカルスさんを見送りながら、サクラちゃんがフッと笑った気がした。最近なんとなくだけど、顔を見れば何を考えてるか分かるようになった。たぶん、カルスさんのことを憎からず思っているんだよな。
サクラちゃんの感情が分かるのはイナトリも同じようで、ナヴァド達にカルスさんを襲わせようと計画していたのですぐに止めた。
カサンドール編はここで終わりとなります
次回、ようやく帰還です




