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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
最終章 ひきこもり、世界に別れを告げる

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166話・戦いの後 2

「ねえヤモリ君、イナトリ君。これ何か分かるー?」



 広場の後始末を指揮していたエニアさんから声が掛かった。隣に立つ直属部隊の人が手にしているのは、手のひらサイズの黒くて四角いものだった。血や唾液まみれなので、布の上に置かれている。



「竜の口の中に引っかかってたみたいなの。中に何か入ってるんだけど、なんて書いてあるか読めなくて。もしかして異世界の文字だったりする?」



 表面についた汚れを軽く布で拭き取ると、それが革製の二つ折りケースであることがわかった。



「あ、前に見たことある。シヴァのだよ」



 そう言いながら、イナトリはケースを手に取った。中には文字が書かれたカードが入っている。ところどころ血が滲んだり字がかすれているが、間違いなく日本語で印字と押印がされている。



「定期券だよ。上半分の破損がひどいから利用区間と鉄道会社は分からないけど」


「ていき? なにそれ」


「ええと、僕達の世界の乗り物……電車とかバスとかに乗る時に使うものです。料金を先払いした証明、みたいな」


「へぇ、そんなものがあるのね!」



 二十年以上前に発行された鉄道の定期券。つまり、シヴァが転移した時に所持していたものだ。下半分は無事だったので、購入者の名前が記載されている。



柴居しばい まさる



 これが彼の本名か。『シヴァ』は名字から取ったんだな。案外普通の名前だ。



「以前、シヴァがこれを落とした時にチラッと中が見えたんだ。その時にあいつが異世界人だって確信したんだよね」



 しかし、なんでこんなものを肌身離さず持っていたんだろう。


 ケースを探ってみると、定期券の裏に何かが入っていることに気付いた。破らないように慎重に引っ張り出す。


 それは、やや色褪せた写真だった。


 二十歳くらいの若い青年が幸せそうな笑顔で隣にいる女の人の肩を抱き、カメラに向かってピースしている。



「え、これ、シヴァ?」



 歯を見せて笑う男性は若い頃のシヴァだ。間者さんをもう少し筋肉質にして日焼けさせたら瓜二つだ。年齢的に、こちらの世界に転移する少し前に撮られた写真みたい。


 僕達の知っているシヴァはいつも底意地の悪い笑みを浮かべていた。この写真のような明るい笑顔は見たことがない。



「……性格、良さそうに見えるね」


「うん。悪いこととかしなさそう」



 隣で写真を覗き込むセルフィーラも、これが父親だとは分からないみたいだ。それくらい印象が違う。


 シヴァがどうしてこちらの世界の人々を苦しめたのか、今となっては分からない。でも、少なくとも元の世界にいた時はごく普通の青年だったのは間違いない。異世界に来なければ、結婚して幸せな家庭を築き、良き夫、良き父親になったと思う。


 それなのに、現実は真逆だった。


 愛してもいない女性に子供を産ませ、その子供達を野望のために利用し、多くの人々を巻き込んだ。


 過去に何があったとしても許される事じゃない。



「ボクが明緒(あけお)クンに会ったみたいに、シヴァにもそういう出会いがあったら違ったのかもね」


「うん……」



 定期入れは学者貴族さんに奪われた。







 その日は王城に泊まることになった。


 兵士の大半が身体強化が切れた反動で動けなくなったからだ。いま襲われたらひとたまりもないが、幸い近隣の魔獣はすべてセルフィーラの指揮下にある。兵士の代わりに王都の城壁外を巡回してもらうことにした。


 辺境伯のおじさんも戦いが終わった直後からずっとダウンしていて、広場の天幕で一般の兵士達に混じって雑魚寝している。


 女官のラズルーカさんが他の女官さん達に指示を出し、客室の準備をしてくれた。元々シヴァ達が滞在していた事もあり、短時間で支度が整えられた。


 しかし問題があった。



「……あの、君の部屋はあっちだから」



 未だに僕の服の裾を掴んで離さないセルフィーラの存在である。なんとか離してもらおうと声を掛けるが、彼女は首を横に振るばかり。ラズルーカさんはまだ不安定なタラティーアさんに付きっきりだし、他にセルフィーラを任せられる相手がいない。


 廊下のど真ん中で困り果てていたら、通りがかったマイラとシェーラ王女が割って入ってくれた。



「部屋数があんまりないから、女の人はこっちの部屋を使うのよ。あたし達と一緒に行きましょ!」


「え、でも、わたしは」


「あんまりくっついていると、ヤモリさんに嫌われますわよ」


「……あぅ……」



 気弱なセルフィーラはマイラとシェーラ王女の押しに逆らえず、そのまま別室へと連れていかれた。見ず知らずの人についていくなんて今までのセルフィーラなら考えられないことだ。年下の女の子は怖くないみたいで、そこまで嫌がることなく素直に従っている。


 いや、ドラゴン(シヴァ)を氷漬けにしたのマイラだからね。並みの兵士より強いぞ。



「やーっと離れたっすね」



 マイラ達の姿が見えなくなってから、どこからともなく間者さんが現れた。



「見てたんなら止めてよ。『お兄様』でしょ?」


「まだどう接していいか分かんないんすよ。ホラ、周りにいる兄弟ってみんな参考にならないじゃないっすか」


「たしかに」



 距離感がまともな兄弟姉妹はいないかも。唯一普通なのは、アーニャさんとブラゴノード卿くらいかな。


 十数年間お互いの存在すら知らなかったんだ。いきなり兄妹(きょうだい)として接しろとは言えない。これからゆっくり仲良くなっていけばいいと思う。


 それはそれとして、彼には言っておかなきゃならないことがある。



「あのさ、僕怒ってるんだけど」


「──え?」



 突然声のトーンを落とした僕を見て、間者さんが青ざめた。



「え、え? えっと、シヴァに正面から突っ込んで軽くあしらわれたから? 護衛なのにヤモリさんを全然守れてなかったから? あ! それとも、さっきセルフィーラ任せて逃げたから?」



 間者さんは慌てて答えを探そうとするが、どれも違う。ていうか、今回はよく守ってくれたと思う。あんな状況でもほとんど側にいてくれたし。


 分かってないなら理解させるまでだ。



「わざと竜に食べられようとしたよね? あんな真似、二度としないでほしいんだけど」


「あっ……あれは」



 間者さんの目が泳ぐ。


 かなり追い詰められた状況だったし、ああでもしなければセルフィーラが食べられていた可能性もある。でも、命を投げ出すような選択をするのは間違ってる。



「間者さんは僕の護衛なんでしょ? だったら、まず君が無事でいてくれないとダメじゃん」



 今になって急に悲しくなってきた。


 戦いが終わって、セルフィーラが側から離れたから気が抜けたのかもしれない。怒ってるのに涙が出て止まらない。感情が抑えられなくて、そのまま廊下の床に座り込む。



「……ヤモリさん、ごめん。もうしないから」



 そこでようやく反省してくれたみたいで、間者さんが約束してくれた。



「ほぉ、自分のことは棚に上げてよく言えたものだな!」


「本当に。身を投げ出すことにおいてはヤモリ殿のほうが回数が多いのでは?」


「……学者貴族さん、アリストスさん」



 しんみりした空気をぶち壊すのはいつもこの二人だ。さっきも別件で叱られたのに、また過去のことを蒸し返されるのか僕は。



「男はこっちの部屋を使えと言われたのでな。で、どこに行けばいいのだ」


「あ、ここっすよ」



 すぐ側にある扉を指す間者さん。


 このフロアにある客室のうち、掃除や寝具の支度が出来ているのは数部屋しかない。それ以外は十数年間使われていなかったので寝泊まりには向いていない。それに、そこらへんで魔獣が死んでいたり、魔法で黒焦げになっている場所もある。流石に死骸は片付けられてはいるが、絨毯に染み付いた血は数時間でどうにか出来るものでもない。


 その数少ない部屋を男女や年代で分けた結果、僕と間者さん、学者貴族さん、アリストスさんが同室となった。イナトリも同室の予定だったけど、サクラちゃんと片時も離れたくないらしい。これまで通り外で一緒に寝るんだとか。


 間者さんは見張りに徹し、僕と学者貴族さん、アリストスさんの三人で寝ることになった。アールカイト侯爵家の客室以来の川の字。アリストスさんの寝相のせいで、僕はまた眠れない夜を過ごした。






 翌日、旧カサンドール領を探索していた第四師団から嬉しい報告が届いた。


 領土の北側、つまりロトム王国やブリエンド王国との国境に近い地域の幾つかの街は無事だという。いずれも頑丈な塀や堀に囲まれていて、魔獣の被害を免れていた。近隣の集落からの避難民も受け入れていて、かなりの人数が確認された。


 シヴァは効率良く進化させるため、白以上のランクの魔獣を王都周辺に集めさせていた。そのおかげで地方には強い魔獣がおらず、国境警備の兵がなんとか倒したり追い払っていた。食糧などの物資も、隙をみて援助してくれていたらしい。


 今回の戦いで早めにシヴァを倒した事により、北側の国境付近の街には被害が出ず、多くの人の命が救われた。それだけでも、多少無理をして戦場に来た甲斐があったというものだ。



「よかった……」



 セルフィーラも、カサンドールの民が残っていると聞いてほっと安堵の表情を浮かべた。やはり、以前より感情が表に出せるようになっている。


 魔獣の脅威かなくなれば、避難していた民も集落に戻り、元の生活が送れるようになる……といっても、ユスタフ帝国の支配下にあった時はどういう扱いだったんだろう。



「当事者を連れてきてもらったよ」



 アークエルド卿が帝都を制圧した際に連れてきたのはタラティーアさんだけではない。シヴァの指示に従い、実務を担当してきた者達もいる。


 十人にも満たないが、貴族の男性が後ろ手に縛られて荷馬車に積まれていた。戦いの最中は、この状態で広場の片隅に放置されていたらしい。


 その中に、見知った顔があった。



「く、クドゥリヤ様ぁ!」



 涙目でこちらを見て声を上げているのは、外務大臣のプレドさんだ。心労のせいか、頬がややこけている。他の官僚っぽい人達は間者さんの存在自体を知らないのでキョトンとしている。


 名前を呼ばれた間者さんは露骨に顔をしかめ、そっと僕の後ろに隠れた。それを見て、おいおいと泣き喚くプレドさん。オルニスさんが事情聴取したくても、泣き声がうるさくて話が進まない。



「……黙らせる方法はいくつかあるんだがね」



 突然オルニスさんがそんなことを言い出した。服の合わせに手を挿し入れ、内ポケットの長針を探っている。話が進まずイラッとしたようだ。空気を読み、間者さんが「静かに!」と小声で指示を出した。声を掛けてもらえて嬉しかったのか、プレドさんはパアッと表情を明るくして黙った。


 ちなみに、セルフィーラはマイラ達に任せているのでこの場にはいない。これから何が起こるかわからないし、オルニスさんの冷酷な面を見せたら教育上よろしくないからね。



「さて。貴方がたには此度の戦争の責任を取ってもらいます」



 この一言で広場が裁判所に変わった。


 ここにいるのはユスタフ帝国の中枢で働いていた人達だ。ユスタフ帝国や旧カサンドール領で何が起きていたか知らないわけがない。


 だが、素直に罪を認める者はいない。



「わ、我らはシヴァ殿に従ったまで!」

「勝手に戦争を始めたのはシヴァだ!」

「陛下、陛下はいずこに!?」



 見苦しく自己弁護を繰り返す帝国貴族達。


 恐らくその言い分は正しいが、彼らにはシヴァの凶行を止め、民を守る義務があった。それを怠った罪は重い。


 良くて投獄、悪くて死罪。



「さあ、どうしてくれようか」

ずっとオルニスさんのターン!



***



シヴァの本名がようやく登場しました


柴居しばい まさる


破壊と再生を司る神シヴァと

ニューギニアの氏族神マサライから名付けました

司馬懿ではないです念のため


今後発表する場がないのでここで紹介

彼にも過去があり、色々なことがありました

ヤモリ君達には知る術もありませんが…

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― 新着の感想 ―
[良い点] >定期入れは学者貴族さんに奪われた。 うおおい!シンミリから笑かさないでくれw [気になる点] マサライからは流石に草 どんだけマイナーな神様だとw [一言] ヤモリさん王族に好かれ過ぎ問…
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