165話・戦いの後 1
最終章、始まりました
この章で完結となります
諸悪の根源であるシヴァを倒し、ユスタフ帝国とサウロ王国の戦争は終結した。帝国兵のほとんどはどさくさに紛れて逃走、残った者は自ら捕虜となることを希望した。
もともと売られた喧嘩を買っただけで、サウロ王国側に他国侵略の意図はない。しかし、実質的な指導者であるシヴァが消えたことで、ユスタフ帝国と旧カサンドール領が宙ぶらりんの状態となってしまった。
「現在第四師団が生き残りの民を探すために旧カサンドール領内を巡回しております」
「ふむ。それで、民が見つかったらどうする? 我が国で面倒を見るには距離が離れ過ぎておるが」
「とりあえず、旧カサンドール領と国境を接するロトム王国とブリエンド王国に任せようかと。既に使者と書状を送っております。あとは陛下が直接あちらと話をしていただければ」
「……うん? 待てオルニス。もしや余の仕事が増えておらぬか?」
「戦後処理ですし、こんなものでは終わりませんよ」
「うう……いつになったらヤモリから異世界の話を聞く時間が取れるのだ……」
早速オルニスさんが本来の仕事に精を出し、王様を追い詰めている。気の毒だけど、これまで以上に激務となりそう。
「捕虜はともかく、こちらはどうしたものか」
玉座の間から連れ出したタラティーアさんと女官さんを前に、アークエルド卿は心底困り果てていた。
タラティーアさんは高貴な女性だ。帝都からここまで連れてくるだけでも大変な苦労をしたようだし、もしサウロ王国まで護送するとなれば尚更だ。魔獣だらけの王城に入りたがらなかった女官も複数いるらしい。男だらけの軍では行き届かないことも多そうだ。
「アーニャ長官、コレどうしたらいいー?」
「うーん……どうしたもんかねぇ……」
エニアさんとアーニャさんは、氷漬けで砕けたドラゴンの死骸を前に悩んでいた。
なにせ、おそらく世界初の真紅の竜の魔獣だ。確実に死んでいるとは思うが、再生でもされたら困る。放置するわけにもいかない。海に流しても、死骸を食べた魚が魔獣化しないとも言い切れない。
「何ヶ所かに分けて埋めるとか?」
「いっそ焼いちまおうか。流石に灰になれば復活はしないだろうし」
埋めるにしろ焼くにしろ量が多い。大半の兵士がこの作業に手を取られることになった。
ちなみに、辺境伯のおじさんは無理が祟ってダウンしている。長時間の移動と身体強化の重ね掛け、戦闘の連続。おそらく今回いちばん無茶をした人だろう。エニアさんも同じくらい戦ったはずなんだけどケロリとしている。
みんなが慌ただしく働いている時、僕は針のむしろに座らされていた。僕を追って旧カサンドール領まで来てくれた面々に囲まれ、怒られているのだ。
「ヤモリ! 何故また黙って危険な場所に来た! せめて事前に相談するなりなんなりせんか!」
「……だって、絶対止められるし」
「当たり前だ!! 大体おまえはいつもそうだ! 帝都行きの時も連絡ひとつ寄越さぬし、今回も後から知って小生がどれほど──」
前回は軽く叱るくらいで済ませてくれたのに、二度目ともなるとすんなり許してはくれない。学者貴族さんがこんなに怒鳴るなんて。
「まあまあ兄上、ヤモリ殿も反省しておるようですし。……もう無茶な真似はしませんな?」
憤る兄をなだめるアリストスさんからも念を押された。口調は明るいが目が笑ってない。地味に怒ってるやつだコレ。
もちろんマイラとラトスも怒っている。
「朝起きたら屋根裏部屋にアケオがいなくてビックリしたわ! なんであたし達にまで黙って行ったのよ!」
「ねえさまに心配かけるなんて言語道断だ」
「本当ですわ。ラトス様もたいへん心を痛めてらしたんですからね?」
「そうね、ラトスが一番『アケオになにかあったらどうしよう……』って焦っていたものね。あと、」
「シェーラ様! ねえさま!」
二人から暴露されて恥ずかしいのか、ラトスが顔を真っ赤にして言葉を遮ってきた。
僕を心配してくれていたんだ。シヴァを確実に倒すためとはいえ、その気持ちを利用するような真似をしてしまったことに心が痛む。
「みんな、遠くまで来てくれてありがとう。ホントに助かったよ。……あと、ごめん」
素直に謝ると、五人は顔を見合わせて大きく息を吐いた。なんで全員呆れ顔なの?
「……怒るのも馬鹿らしくなってくるな」
「な、なんでだよ」
「それだ、それ」
そう言って学者貴族さんが指さしたのはセルフィーラだ。戦いが終わってからも僕の服の裾を掴んだまま離さない。もう片方の手はさっきまで間者さんの服を掴んでいたが、僕がみんなに取り囲まれた時に隙をみて逃げていった。薄情者。
「その方、ユスタフ帝国の皇帝ですわよ」
「え、そうなの!?」
「アケオ、どういう関係だ」
代表者会談で面識があるシェーラ王女や玉座の間にいた学者貴族さん達はともかく、マイラとラトスはセルフィーラとは初対面だ。
「あ〜……なんか懐かれちゃったみたいで」
「「は???」」
なんでキレ気味?
シヴァの支配下から解放する際、新たな依存先として認識されてしまったのだから仕方ない。ここにはセルフィーラの味方はいない。今は、直接言葉を交わして説得を続けた僕と、身を呈して助けようとした兄の間者さんにだけ心を開いている状態だ。
みんながピリピリしてるから、さっきから俯いて怯えている。その影響で生き残りの真紅の魔獣がずっと唸りながら睨み付けてくるんだよな。今は魔導具の腕輪を着けてるから襲われても大丈夫なんだけど、怖いものは怖い。
「あの、セルフィーラ。魔獣達を落ち着けてほしいんだけど……」
「は、はいっ」
セルフィーラが『伏せなさい』と澄んだ声で命じる。この時、近くの魔獣だけでなく広場や王都の市街地にいる魔獣が一斉に地べたに腹をつけたらしい。
その光景を見て、マイラ達や周りにいた兵士さん達が目を丸くした。
「……ホントね。アケオの頼みをきいたわ」
「ボク達には目もあわさないのに」
「皇帝を手懐けるとは、流石はヤモリ殿ですな!」
人聞きの悪い表現はやめてほしい。
当初の予定では魔獣は全て殲滅するつもりだった。しかし元はカサンドールの国民であり、今のところセルフィーラが完全に制御出来ている。生き残りに関してはこれ以上殺さないことになった。それでも危険な生き物あることに変わりはない。野放しには出来ないので、管理の方法を考えなくてはならない。
そうこうしているうちに、オルニスさんから声が掛かった。
「船着き場にある船から不可解なものが見つかってね。ちょっと確認してくれないかな」
南のカリア列島からドラゴンを連れ帰った際、いかだを引いていた船のことだ。辺境伯家の隠密さん達が調査中に見つけたのだという。
広場に運び出されたそれを見て、兵士さん達がざわついている。僕達も見に行くことにした。
「あ、これって……」
地面に置かれていたのは車椅子だった。長い間野ざらしになっていたのだろう。車輪やフレームの一部が歪み、ところどころ錆びている。
すぐにイナトリとサクラちゃんを呼ぶ。やや傷んだ車椅子を見るなり、イナトリは目を潤ませた。
やはり、これはこっちの世界に転移した際にサクラちゃんが乗っていたものだった。車椅子の前に膝をつき、はらはらと涙を流すイナトリ。少し離れた場所でそれを見ながら、サクラちゃんも哀しげな声で鳴いた。鼻先をイナトリにすり寄せる。
「ヤモリ、あれはなんだ。異世界の遺物か?」
「あ、うん。車椅子っていう、ケガ人を運ぶための乗り物だよ。自分で左右の車輪を回して進むこともできるし」
「……ほぅ。それは興味深い」
イナトリに遠慮しているのか飛びつくような真似はしないが、学者貴族さんは初めて見る車椅子に興味津津の様子だ。現物もあるし、こっちの世界で似たようなものが作れるかもしれない。これはアークエルド卿に頼んで持ち帰ることにした。
「イナトリ、大丈夫?」
「……ん。もう平気」
王国軍の荷馬車に積まれていく車椅子を眺めながら、イナトリは眼鏡を外して涙を拭った。
「今でもずっと悔やんでるんだ。転移後、ボクが気絶なんかしなければ、咲良がこうならずに済んだんじゃないか。ボクがドラゴンに喰われれば良かったんじゃないかって」
「……そんなこと言わないでよ」
「ごめん。でも、咲良だけに痛くて辛い思いをさせてるのが本当に嫌なんだ」
珍しく弱音を吐くイナトリを、サクラちゃんが前脚で小突いた。本人?は軽くつついただけのつもりだろうが、今は白の魔獣である。イナトリは数メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。
「さ、咲良……」
体を起こしたイナトリが見たのは、翼を広げて戯けてみせるサクラちゃんの姿だった。目を細め、笑っているかのように口の端が上がっている。
「サクラちゃんは後悔してないみたいだよ」
「……バカだな、もう」
止まっていた涙がまた溢れる。イナトリは泣き笑いの表情でサクラちゃんに歩み寄り、その鼻先を力強く抱きしめた。
それを少し離れた場所から見守っているのはカルスさんだ。塀の上に座り、頬杖をついている。
「……あーあ。『お兄ちゃん』には敵わないなぁ」
「おい、サボるな。やることはまだ山ほどある」
「え〜」
ドラゴンや魔獣の死骸を片付ける作業をしながら、クロスさんがカルスさんを叱りつけた。しかし、まったく気力がわかないようで、カルスさんは生返事を繰り返している。
そんなにサクラちゃんと番になりたかったのか。
肝心の異世界人の血が流れていない以上、カルスさんが魔獣に喰われてもエサになるだけだ。あの時クロスさんが止めてくれて本当に良かった。
「大事な幼馴染みがへこんでるんだよ? もうちょい優しくしてくれても良くない〜?」
いつもの軽口も心なしか元気がない。そんな調子のカルスさんに対し、クロスさんは容赦なく頭を叩いた。
「おまえのことだ、どうせ諦めてないんだろ?」
目を細めて笑うクロスさん。
え、クロスさんが笑ったとこ初めて見た。そんな顔も出来るんだ。仏頂面しか見たことなかったから、ものすごく新鮮。
「……まぁね」
励まし?の言葉に、カルスさんもようやく笑顔を見せた。なんだかんだ言って仲が良い。
僕の視線に気付いて、クロスさんは普段のムスッとした表情に戻ってしまった。今回の件で、彼の異世界人嫌いは治るどころか悪化したみたいだ。
あと少しだけ続きます
最後までお付き合いくださると嬉しいです




