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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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164話・最終決戦 3 *挿し絵あり

 ユスタフ帝国の将軍シヴァは『人語を解する真紅の竜の魔獣』と化した。手強い相手だが、まだ事態は最悪じゃない。セルフィーラの警戒を解き、協力を取り付けることができたからだ。



「あ、あの、それで、わたしは何をしたら……」



 か細い声でセルフィーラが尋ねてきた。


 周りにいる真紅の魔獣は、セルフィーラが心を開いた時点で僕達を敵視するのをやめている。言葉にしなくても彼女の気持ちを読み取っている。さっきも、セルフィーラの声が聞こえない状況で勝手に動いていた。


 そう、()()()()()()()()



「あの竜があそこまで進化するまでに、たくさんの魔獣や強化人間達が食べられたよね。つまり、あの中にはみんな居るってことだ」


「え? ええ……」


「ヤモリさん、どーゆーこと?」



 小首を傾げてこちらを見るセルフィーラと間者さん。生まれ育った環境が全然違うのに仕草が似通ってる。こういうのを見ると、二人はホントに兄妹なんだなと実感する。



「セルフィーラの指示で竜の動きを止めて、その隙にみんなで攻撃する」



 それを聞いて、セルフィーラは顔色を悪くした。触れた指先がかすかに震えている。



「でも、あの竜にはお父様が……わたしの言う通りに動くとは、とても……」



 生まれた時から洗脳され、父親(シヴァ)の命令通りに動くのが当たり前だったからだろう。未だに彼女はシヴァの意に反することができない。これから生きていくために、彼女自身に乗り越えてもらわなくてはならない。


 それに、シヴァがわざわざセルフィーラを傀儡にしてまで帝位につけたのには意味がある。それは、彼女がカサンドール王家の血と外見的特徴を持つ者だからだ。



「あの竜をあそこまで進化させたのはカサンドールの民だ。みんな君の言う事なら聞いてくれる。彼らが従うのはシヴァじゃない、君だよ」


「……!」



 セルフィーラの瞳に意志が宿った。


 これまでシヴァの言いなりになってきただけの彼女が、強い目的を持って行動を起こすことを決意した瞬間だ。僕だけじゃない、間者さんや王様の言葉が積み重なって彼女の心を動かした。



「わたし、やります。あの竜を止めてみせます!」


「決断してくれてありがとう、セルフィーラ」



 準備は整った。


 今度こそシヴァに引導を渡す時だ。




 しかし──




「あの、セルフィーラ?」


「も、申し訳ありません。ひとりでは、その、まだ、……少し、怖くて……」


「仕方ないっすよ、今はヤモリさんが心の支えみたいなもんなんだから」



 説得に成功したはいいが、セルフィーラが離れなくなってしまった。遠慮がちに僕と間者さんの上着の裾を掴んだまま離さない。


 ずっとシヴァに依存して生きてきたんだ。いきなり単独行動するのは無理か。ていうか、依存先が僕達に代わっただけのような気がしてきた。これは後で矯正しよう。



「セルフィーラは竜に命じて動きを止めて。できれば、弱点を狙いやすい体勢の時に」


自分(ジブン)らが付いてるから、な?」


「は、はい。ヤモリ様、お兄様」



 皇帝に様付けで呼ばれてしまった。いや、既にユスタフ帝国は瓦解している。セルフィーラはもうただの女の子だ。


 これはカサンドールの王族としての、最初で最後の仕事。



「うまくいくかわからないけど、とにかくやれることをやろう」


「りょーかい」


「は、はいっ」



 セルフィーラの左右に立ち、彼女の心を支える。


 ここからドラゴン(シヴァ)までは距離がある。もう少し近付かないと声が届かないかもしれない。



「アーニャさん、竜に声を届けたいんですが」


「任せな」



 意図を瞬時に理解したアーニャさんが拡声効果のある風の魔法を展開してくれた。これで離れていても声が届く。


 すう、と大きく息を吸い込むセルフィーラ。




『止まりなさい!』




 か細い声が拡声され、それを聞いたシヴァの巨体が動きを止めた。その隙に、クロスさんとカルスさんがありったけの武器を一気に飛膜の傷口に挿し込み、エニアさんと辺境伯のおじさんが剣で殴打する。


 よし、彼女の言葉はちゃんと効いてる!


 しかし、それも長くは続かなかった。止まったのはわずか一、二秒ほどで、シヴァは再び暴れ出したのだ。



「や、やはりダメかもしれません……」


「いや、ちゃんと効いてるよ。大丈夫」


「ヤモリ様……」



 弱気になるセルフィーラを励まし、再度声を届けてもらう。シヴァの動きが止まるが、ここで視線が僕達を捉えた。


 しまった、気付かれたか。


 シヴァは自分の動きを妨げるものがセルフィーラの声だと悟り、狂ったように叫び始めた。


 これまでにない程の大音声(だいおんじょう)。より大きな咆哮で外部からの音を無理やり遮断する気だ。エニアさん達もたまらず耳を塞いでいる。これでは声が届かないどころか、戦闘にも支障がでる。



「意思があるとすぐに対策されちゃうね」


「どーします?」


「それなら近付くしかない。……イナトリ!」



 アーニャさんが風の魔法を上に向け、イナトリを呼んでくれた。


 王城上空を旋回中のサクラちゃんとイナトリはすぐに広場に降りて僕達を迎えに来た。手を借り、三人で背中に乗せてもらう。



「アレに近付けばいいんだね、明緒(あけお)クン」


「うん、お願い」



 説明しなくても、イナトリは僕のやりたいことを分かってくれていた。サクラちゃんは数度上空で旋回して様子を見た後、ドラゴン(シヴァ)の死角から急接近した。直前まで風の障壁を張り、接近音は消している。


 暴れるシヴァが前脚を高く掲げ、息継ぎをした瞬間を狙い、再びセルフィーラが叫んだ。



『止まりなさい!』



 頭部の背後、すぐ側からセルフィーラの声をぶつける。至近距離からの命令に、今度こそ動きが止まった。



「今じゃ!」



 辺境伯のおじさんの合図で全員が攻撃を開始した。


 既に狙う場所は伝えてある。各々が持てる力の全てを出し、その一点を集中攻撃する。


 まずは最前列にいた辺境伯のおじさんとエニアさんが左胸の鱗の境い目に大剣を突き立てた。それだけでは刺さらないが、軍務長官直属部隊の面々が剣の柄を狙い、まるでハンマーで杭を打つかのごとく打撃を加えていく。大剣二本は深々と胸に刺さった。


 剣の素材は鉄だ。刀身目掛けて学者貴族さんが特大の雷撃を放つ。鱗は魔法を弾くが、体内に直接伝われば効く。大剣を通して流れる雷が巨体を痺れさせた。


 次にクロスさんとカルスさんが大剣の柄を思いきり蹴りあげた。深く刺さった刀身が斜めに食い込み、生えかわった新しい鱗を僅かに浮かせた。エニアさんが帝国兵が落としていった武器を拾い上げて追加攻撃を加え、浮いた鱗をえぐり取ることに成功した。


 しかし、ここでシヴァが身体の自由を取り戻した。




 ギィアアアアあぁアアア!!!!




 耳を覆わねば鼓膜が破れそうなくらいの大絶叫。


 もうセルフィーラの声は届かない。


 飛膜が破れているので飛べはしないが、後脚はもう動かせる。シヴァは四つん這いになり、王城前の広場を縦横無尽に駆け出した。


 エニアさんや辺境伯のおじさん、軍務長官直属部隊の面々は跳躍して巨体の突進を避けている。


 アリストスさんや学者貴族さん、アークエルド卿は王様の『絶対障壁』内に退避。サクラちゃんよりも大きな、全長二十メートル超えのドラゴンの直撃をまともに喰らってもビクともしない。他の魔法が使えないとはいえ、これは何気に最強の魔法なのかも。


 絶対障壁が破れないと悟り、シヴァは前脚で石畳を壊し始めた。もしや、範囲内の地面ごと抉り取る気か?


 だが、自由に動けるのもここまでだ。


 前脚が大きく持ち上がったところで、シヴァの動きがまた止まった。ラトスとシェーラ王女の魔法だ。シヴァ自身でなく、風の魔法で周りの空気を固定し、動きを封じている。


 おかげで左胸の傷があらわになった。


 アリストスさんとアークエルド卿が斬り込み、炎を宿した剣を傷に突き刺した。内部から焼かれ、シヴァは苦悶の表情を浮かべる。そして学者貴族さんの放った雷撃が再び刀身から体内に伝わった。


 同時に、発達し過ぎた牙のせいで閉じ切らない口からアーニャさんが魔法で生み出した水を流し込む。無理やり飲ませて溢れたところで、一気に凍らせた。さっき真紅の魔獣を倒すのに使った技だ。


 ビキッと音を立て、シヴァの口から氷の棘が生える。これで喉や胃がズタズタになったはずだ。それでもまだ息がある。超回復による発熱で体内の氷を溶かすつもりだ。



「おまえも一太刀浴びせてきなさい」



 オルニスさんが間者さんに小刀を差し出した。もう片方の手には例の小瓶がある。それを受け取り、間者さんはシヴァの側に歩み寄った。



「……それじゃ」



 左胸の傷口に毒を塗った小刀を突き刺す。毒の効果は絶大で、みるみるうちに肉が変色していく。身動きが取れぬまま、あらゆる痛みに苦しみ悶えるシヴァの姿を間者さんは複雑そうな表情で見上げていた。


 父親の成れの果て。


 たとえどんなに酷い親だとしても、死にゆく姿を見て嬉しいわけがない。



「どいてどいてどいてーーー!!!」


「お、お嬢!?」



 しかし、感傷に浸る暇はなかった。


 マイラが操る超特大の水柱が迫ってきていたからだ。竜巻が海水を巻き上げ、ものすごい勢いで広場を進んでいく。エニアさんや辺境伯のおじさんも慌てて退避している。間者さんも離れた場所まで走って逃げた。


 芝生や石畳を蹂躙しながら、水柱はシヴァにぶつかり、その大きな身体をすっぽりと覆い尽くした。水柱が崩れないよう、ラトスとシェーラ王女が風で支えている。



「さあ、もう一丁やるよ!」


「はいっ!」



 アーニャさんの合図で、マイラは水柱を一気に凍らせた。王城よりはるかに高くそびえる氷の柱。周辺の濡れた地面も同時に凍りつき、一面スケートリンクのようになっている。


 無尽蔵な魔力の供給と適切なサポートがあったとはいえ、こんなに大きなものを凍らせることができるなんて、本当にマイラはすごい。



「よし、やりなイナトリ!」


「了解です、アーニャ様」



 最後はサクラちゃんだ。イナトリの指示で氷の柱の一点を狙い、急降下で突っ込む。



 ガシャンという音と共に舞い散る氷のかけら。


 直前に進化して攻撃力と耐久力が上がっていたからこそ、たった一撃の体当たりで氷を砕くことができた。事前に内部を凍らせていたこともあり、シヴァの身体は完全に凍りついていた。そのため、氷の柱が壊れた時に粉々に砕け散った。



「た、倒した……?」



 その光景を少し離れた場所から茫然と眺める。


 いつの間にか日は傾き、辺りは夕焼け色に染まっていた。夕陽に照らされた氷のかけらがきらきらと輝いている。



挿絵(By みてみん)



 市街地の方から王国軍の兵士達が集まってきた。どうやら向こうの魔獣は鎮圧されたようだ。広場を見てドラゴンが倒されたことを知り、歓声をあげている。


 だんだんと実感が湧いてきた。


 あの恐ろしいドラゴンの魔獣を、この世界に混乱を招いたシヴァを打ち倒すことができたんだ!


今回で第10章は終わりです


次回、登場人物紹介を挟んでから最終章が始まります


あと数話で完結します

最後まで是非お付き合いくださいませ



2020/06/29 挿し絵追加

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