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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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163話・最終決戦 2

 魔法を無効化する盾にすべく剥ぎ取られた鱗。その痕が他より弱いと仮定し、全員で集中攻撃する事になった。


 サウロ王国の面々が王城と海との間にある広場に集結する。その動きを見て、真紅の竜の魔獣シヴァは何かを悟ったのだろう。これまでより更に暴れだした。


 その結果、軍務長官直属部隊が必死に繋ぎ止めていた最後の(くさび)が完全に外れた。傷痕を隠すような体勢を取られ、それ以上後脚に攻撃できなくなってしまった。


 エニアさんと辺境伯のおじさんが翼の色が薄い部分を重点的に狙っていたおかげで飛膜が一部裂け、飛べなくなっていることだけが唯一の救いだ。



「竜ってこんなに恐ろしい生き物だったのね……」



 シヴァの姿を見てマイラが怯えている。


 サウロ王国にはバエル教が浸透しているから竜に対するイメージは割と良い。しかし、目の前にいる真紅の竜の魔獣は急激な進化によって歪に膨れ上がり、牙が発達し過ぎて口が閉じ切れていない。禍々しいという言葉がぴったりの見た目だ。


 そんなマイラに上空から声が掛かった。



「あんなのと一緒にされちゃ困るんだけど」



 サクラちゃんに乗ったイナトリだ。真っ白で滑らかな鱗に覆われたサクラちゃんを見上げ、マイラはパアッと表情を明るくした。



「……ホントね、この竜はとってもキレイ!」


「でっしょ〜? やっぱ竜のお嬢さんは美人だよね〜!」


「カルスは黙ってて」



 完全に攻撃の手を止めてマイラに同調するカルスさんに対し、イナトリは塩対応だ。



「マイラ嬢はアタシと一緒にやるよ。初めての魔力制御の授業が実戦たぁ、なかなか贅沢な話じゃあないか!」


「はいっ、アーニャ長官!」



 アーニャさんがマイラのサポートに入ってくれたので、ラトスとシェーラ王女は別で動くことにした。



「シェーラ様、あの時のようにできますか」


「ええ、勿論ですラトス様」



 二人は共に風の魔法を得意としている。ノルトンで一緒に戦ったこともあり、かなり息のあったコンビになっている。


 当時敵対していたサクラちゃんが襲撃してきた際、ラトスとシェーラ王女は風の魔法で包み込むようにして動きを封じた。それを再現しようというのだ。シヴァはサクラちゃんよりひと回りもふた回りも大きいから、恐らく長くは保たない。ここぞという時に発動するのが効果的だ。



「おまえ達、なんだかんだ言って最前線で戦っておるではないか! やはり軍に入りたいのだろう? ワシもそろそろ引退したいし、どうだ王国軍に入っては!」



 戦場のど真ん中で緊張感のない大声で騒いでいるのは軍隊勧誘おじさん、もといアークエルド卿だ。学者貴族さんとアリストスさんの肩をバンバンと叩き、また勧誘を繰り返している。



「……伯父上(おじうえ)、しつこいですよ」


「私も兄上も、それぞれやるべき事がありますからな! 今回だけですぞ戦うのは!」


「ヤモリを連れ帰ることだけが目的ですから」


「ムッ、ならばヤモリ殿を軍属にしてしまうか」



 なに言ってんだ軍隊勧誘おじさんは。戦いの対極にいる人間だぞ僕は。二人を王国軍に入れるためだけに軍に突っ込まれてたまるか!



「ううむ、仕方ない。ではこの話は後だ」


「後もやめてください伯父上」



 そう言って、アークエルド卿はすらりと剣を抜いた。細身の刀身に炎が宿る。戦闘スタイルはアリストスさんと同じようだ。左右を学者貴族さんとアリストスさんが固め、エニアさん達よりやや後方に陣取った。



「そういえば、市街地からの魔獣の流入が止まりましたな」


「市街地は王国軍が守りを固めとる。カサンドールの王都以外からも魔獣が集結しとるようだが、エヴィエスの指揮で第一師団と第四師団が囲んでおるからな。これ以上ここの魔獣は増えん」



 ブラゴノード卿と王国軍の兵士さん達も一生懸命戦ってくれているみたいだ。






 それより更に後方にセルフィーラはいた。


 シヴァがドラゴンに食べられた直後から、彼女は身動きが取れないでいた。今まで命令を下してきた父親(シヴァ)がいなくなって混乱しているんだ。そのため、周りにいる真紅の魔獣達もセルフィーラを守る以外の行動が取れない。



「間者さん、セルフィーラの所へ行こう」


「え、でも」


「彼女にしか出来ないことがある。手を貸してもらいたいんだ」


「……聞いてくれるっすかね……」



 これまで何度か声を掛けたけど応えてくれなかった。それはセルフィーラがシヴァの支配下にいたからだ。そのシヴァは魔獣と化した。今、彼女を縛っているのはシヴァではない。彼女自身の心だ。



「セルフィーラ」



 広場に降りて声を掛けると、セルフィーラはビクッと肩を揺らして振り返った。周りを囲む真紅の魔獣が彼女の動揺と警戒を感じ取って唸り声をあげる。


 刺激したくないので、剣も魔法も使えない丸腰の僕が前に出た。離れた場所からでも声が届くように盗聴阻害機能のある魔導具の腕輪と指輪は外している。



「お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな」



 さっきと同じように話し掛けるが、セルフィーラは最後まで聞かずに首を横に振った。


 自分の肩を抱くようにして身体を縮こまらせ、僕と間者さんを怯えた目で見ている。僕達が怖がられているというより、自分以外の人が全員怖いんだろう。


 僕もそうだったからよく分かる。


 一番ダメだった時期は両親すら受け入れられなかった。今のセルフィーラはその時の僕より酷い。上っ面の言葉だけで何とかなる状態じゃない。



「このままじゃ良くないって分かってるよね」


「……っ」



 一歩近付くと一歩逃げる。


 あまり刺激すると魔獣が飛び掛かってきそうだから、一定の距離を保つ。魔導具を外している今、僕の身を守る術はない。セルフィーラが一言命じれば即座に食い殺されてしまうだろう。



「シヴァをあのまま放置するわけにはいかないんだ」


「……」


「ここで逃せば、もっとたくさんの人が死んでしまう。僕達は、それを止めたいんだ」



 返事はないが聞いてくれている。ずっと唸っていた魔獣達が徐々に大人しくなり、セルフィーラの側で身を伏せた。


 警戒を解いてくれた?


 きっとセルフィーラも何とかしたいんだ。でも、これまで自分の意志で動いたことがない。カサンドール復興のため、母親のためと信じこまされ、父親(シヴァ)にいいように使われてきたのだから。


 その結果がコレだ。



 ぎぃャアアアアぁあァアアアアアアア!!



 耳をつんざくようなドラゴン(シヴァ)の絶叫。


 飛び立つのを阻止するため、翼の色の薄い部分を全員で狙い撃ちしているのが効いているようだ。少しずつ追い詰められ、苦しんでいる。しかし身を捩って抵抗され、うまく攻撃ができていない。


 絶叫にあてられて、大人しくなっていた真紅の魔獣達がまた唸り始めてしまった。おろおろしながら、セルフィーラはそれをなだめている。



「ああなった以上、シヴァは倒さなきゃならない。あのままじゃ苦しむ時間が長くなるだけだ」


「で、でも……」



 か細い声が聞こえた。ためらいながらも、ちゃんと僕の話を聞いて考えてくれている。



「シヴァを苦しみから解放しよう。それには君の助けが必要なんだ」


「……わたしの?」



 セルフィーラが目を瞬かせて応える。



「セルフィーラ、頼む。協力してくれ」


「……お兄様」



 間者さんが声を掛けると、強張った表情が少しだけ緩んだ。さっき身体を張ってドラゴンに喰われようとしたのを止めたからだろう。兄妹としての情がわずかに芽生えているようだ。


 もうひと息で説得できる。


 そう思った時、シヴァが再び大絶叫した。


 その影響を受け、セルフィーラの周りにいた真紅の魔獣が僕目掛けて飛び掛かってきた。



「ヤモリさんッ!!」



 僕を庇うように間者さんが前に出た。


 やばい、今度こそ死んだかも。





 しかし、魔獣の牙や爪が僕達に届く事はなかった。






「話には聞いていたが、本当に危ないことばかりしているのだなヤモリは」


「お、王様……」



 すんでのところで王様の『絶対障壁』の効果範囲に入れられたからだ。すぐ側まで来ていたなんて気付かなかった。


 王様の姿を見て、セルフィーラがまた表情を強張らせた。玉座の間で王族の務めを説かれた際に責められたと感じているからだ。



「セルフィーラ殿。これが最後の機会だ。カサンドール王家の血に恥じぬ選択と行ないをしてくれぬか」


「……う……」



 障壁に弾かれた魔獣達がセルフィーラを守るように取り囲む。これは心の壁のようなものかもしれない。恐怖。警戒。罪悪感。様々な感情が彼女の中で渦巻いている。


 数歩前に進んで王様の『絶対障壁』から出た。



「お、おいヤモリ」


「王様はそこにいて下さい」


「しかし……」



 尚も追ってこようとする王様の肩に手を置き、オルニスさんが引き止めた。



「陛下。安全な場所からの言葉は届かないものです。ここが戦場ならば尚更のこと」


「……そういうものか」


「ええ。今はヤモリ君に任せましょう」



 任せるも何も、最初からなんの策もない。僕がダメでもみんながなんとかしてくれるって思ってるから無茶な真似ができるだけだ。


 信じてもらうには、まず信じること。先に進むには、どちらかが先に歩み寄らなくてはならない。


 敵意がない事を示すんだ。


 僕が近付く度にセルフィーラの瞳が揺れた。今にも泣きそう。警戒して唸る魔獣達を制してはいるが、その手も小さく震えている。



「お願い。手を貸して」



 お互いが手を伸ばせば届く距離まで近付くことができた。僕の左右には牙を剥いた真紅の魔獣が身構えている。風の障壁ナシでこの近さ。正直めちゃくちゃ怖い。情けないけど、気合いを入れなきゃ歯の根も噛み合わないくらい。


 でも、隣に間者さんがいてくれるから立っていられる。



「わ、わたしも……なんとかしなきゃ、と思う……」



 震える声で、セルフィーラが初めて前向きな言葉を発した。ここまで近付かなければ聞けなかった言葉だ。



「でも、どうしたらいいか……」


「大丈夫。一緒になんとかしよう!」



 僕の言葉に、セルフィーラは小さく頷いた。


 差し出した手に彼女の小さな指先が触れる。その上から、間者さんの大きな手が軽く乗せられた。



「んじゃ、頼むぞセルフィーラ」


「は、はい。お兄様」



 良かった。


 これでセルフィーラの協力は取り付けた。うまくいくかは分からないけど、とにかく試すしかない。


まもなく最後の戦いが終わります

応援よろしくお願いいたします!

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