162話・最終決戦 1
「ざまあみろ」
そう言い残し、シヴァはドラゴンに喰われた。
彼の意識は真紅の魔獣へと進化したドラゴンに宿っている。『異世界人の血を引く者が生きたまま喰われると意識が魔獣に宿る』という特性が最悪の形で実現してしまった。
グゴアアァアアぁアあぁあああああァア!!!!
不安を掻き立てるような咆哮に、近くにいた人達は思わず耳を覆った。
血まみれの口腔内には不揃いの牙が並び、そこに飲み込みきれなかったシヴァの黒い金属鎧の破片がこびり付いている。
それを見て、セルフィーラは顔色を失った。
シヴァの指示に従っただけとはいえ、手を下したのは彼女だ。父親をドラゴンに喰わせ、最悪の魔獣を生み出してしまった事にセルフィーラは愕然としている。
「……お父様、まだやれる?」
「今戦わんでいつ戦うんじゃ」
「ま、それもそうね!」
エニアさんが老体の父親を気遣って声を掛けるが、辺境伯のおじさんは今更引く気はなさそうだ。ここに到着して以来、身体強化を重ね掛けして魔獣や帝国兵、強化人間達とやり合ってきた。幾ら二人が強くても休みなく戦い続けるのはツラいはずだ。
「おい立て。いつまでボンヤリしてるつもりだ」
「……傷心の幼馴染みに冷たくない〜?」
「やかましい。おまえ、本当にあんなのになりたかったのか?」
未だやる気を取り戻せず、広場にへたり込んだままのカルスさんを小突きながら、クロスさんは周りの魔獣を片付けている。
目の前で猛り狂う歪な進化を遂げた禍々しいドラゴンを見て、カルスさんは深く溜め息をついた。
「いや。あんなんじゃ竜のお嬢さんに嫌われちゃう」
「……じゃあ、もう立てるな?」
「うん」
カルスさんは立ち上がり、服に付いた砂埃をぱぱっと払った。そして、剣を構えてクロスさんの隣に並び立つ。その表情にはもう迷いはない。
進化の際にまた回復速度が上がり、ドラゴンの魔獣を繋ぎ止めていた最後の楔が内部から盛り上がる肉に押し出されていく。もう少しで完全に自由に動けるようになってしまう。
僕達は玉座の間のバルコニーからその様子を見守るしか出来ない。
「あれが空を飛んだら厄介ですね」
「この場で仕留めるしかないだろうな」
いつの間にか隣に来てきたオルニスさんと王様も、ドラゴンの魔獣を見下ろしながら厳しい顔をしている。
もし空を飛べるようになれば、空から強襲して建物ごと押し潰すことも可能だ。それに、遠方のサウロ王国や近隣諸国も危ない。
つまり、今のうちに倒すしかない。
「クロス、カルス、後脚の傷を狙って!」
「「了解!!」」
エニアさんの指示でクロスさんとカルスさんがドラゴンに駆け寄り、楔の抜けかけた傷目掛けて長剣を突き刺した。
当然、これも組織の再生により押し出されていく。だが、完全に抜け落ちる前に次から次へと新たな剣を刺していく。武器を二人に供給し続けているのは、周囲にいる軍務長官直属部隊の隊員達だ。彼らは辺りに落ちている帝国兵の武器を回収している。
クロスさん達が後脚に集中攻撃している間、ドラゴンの意識を逸らす役目をしているのは辺境伯のおじさんとエニアさんだ。
「息子に刺された挙句、そんな醜いバケモノに成り果てよったか。ザマァないのぉ、シヴァ将軍!」
「あんだけイキっておいて情けないわ!」
うわあ、露骨に挑発してる。
シヴァは唯一自由に動かせる前脚で捕まえようとするが、二人の動きが早くて捉えきれていない。剣ではドラゴンの鱗を切り裂く事は出来ないが、身体強化を重ね掛けしているので打撃としてはかなりの威力だ。当たる度に巨体が揺れる。
「あーあ。シヴァに先越されるとかホント無理」
王城の上空では真っ白なサクラちゃんに乗ったイナトリが不機嫌そうな顔でボヤいている。
……って、アレ!?
サクラちゃんの鱗の色が灰から白に変わってる。もしかして、その辺にいた真紅の魔獣を食べて進化したのか。いつの間に。
「イナトリ! サクラちゃん大丈夫?」
「このままじゃシヴァに対抗出来ないからって、咲良が自分から進化を望んだんだよ。連続で進化するとヤバそうだから途中で止めたけど」
声を掛けると、イナトリが答えてくれた。少しムスッとしてるのは、シヴァが先にドラゴンに食べられたのと、サクラちゃんが無理をしたからだろう。
「うわあ……竜のお嬢さん綺麗〜!」
「こっち見んなカルス」
全身真っ白な鱗に覆われたサクラちゃんを見上げ、カルスさんが感嘆の声を上げ、それをイナトリが一蹴した。ついでに上空からの急降下でシヴァの背に体当たりを加えている。見惚れてる場合じゃない。
「それにしても、剣と魔法が効かぬというのは困るな。一筋縄ではいかぬ」
「アタシの魔法も鱗に全部弾かれちまう。どうしたもんかねぇ」
王様から魔力を貰いつつ、アーニャさんがバルコニーから強めの火球を放つが、鱗の表面を焦がす事もなく消えていく。学者貴族さんの雷撃も同じだ。やはり、並みの魔獣とは段違いに防御力が高い。
鱗に覆われていない翼部分は他より僅かに柔らかいが、それでも剣は通らない。
これだけの戦力があるのに決定打にならない。
どうしよう。
どうしたら倒せる?
僕はここで突っ立っているしか出来ないのか。
ふと後方に何かが動く気配を感じて振り返ると、意識を取り戻した帝国兵達が慌てて逃げていくのが見えた。ユスタフ帝国の実質的な支配者がああなってしまった以上、国も軍もあったもんじゃない。
出入り口を守っていたアークエルド卿も、無理に敵兵を捕らえるような真似はしなかった。戦意を失った者はそのまま逃している。タラティーアさんを放置して逃げているところを見ると、帝国兵にはカサンドール出身者はいないようだ。
すっかりもぬけの殻となった玉座の間の中心に黒いものが落ちていた。それは、さっきまでシヴァが持っていた竜の鱗の盾だった。
もう一度、広場の方のドラゴンを見る。
傷自体は塞がっているが、前脚と後脚に楔が刺さっていた痕がある。少し前にエニアさん達が翼の飛膜部分に開けた貫通痕も薄っすらと残っている。もしやと思い、反対側の翼を確認したら、そちらは広範囲にわたり色が薄い部分があった。
「イナトリ、こっちに来て!」
「ん」
急降下と突撃を繰り返していたサクラちゃんがバルコニーまで降りてきてくれた。イナトリの手を借り、背中に乗せてもらう。間者さんも一緒だ。そのまま飛び上がり、シヴァの周りを飛んでもらうように頼む。
「明緒クン、どうしたの?」
「イナトリと間者さんも一緒に探して。シヴァが剥がした鱗の痕がどこかにあるはずなんだ」
「……! ん、わかった」
「りょーかいっす」
あのドラゴンがまだ黒の魔獣だった時、シヴァがマントに加工する為に飛膜を大きく切り取った。飛膜自体は魔獣の超回復ですぐに修復されたが、進化した今でもその痕跡が確認できた。筏船に固定する為に突き刺していた楔の痕も残っている。
鱗を剥がした痕もあるはずだ。
ぐるりと旋回し、三人掛かりでドラゴンの巨体を隈なく確認していく。
背中や頭部、尻尾ではない。肩や前脚、後脚にもそれらしい部分は見つからない。
高度を下げ、更に近付いてもらう。
「……あーあ、あんな姿になっちまって」
小さな声で間者さんが呟いた。
いつもは食ってかかるイナトリも、今は黙ってそれを聞いている。イナトリ自身もシヴァには複雑な思いを抱いていた。こんな事になって何も思わないはずがない。
シヴァの前方約十五メートルくらいの位置まで近付くと、向こうもこちらに気付いたようで、一際大きな声で吼えた。
空気がビリビリと振動する。
僕達を叩き落とすつもりか、前脚が高く持ち上げられた。
「あ」
その時、三人同時に見つけた。
ドラゴンの左胸、人間で言えば心臓の真上くらいの位置の鱗だけが色が薄くなっている。間違いない、ここだ。
「あそこ、他の部分よりは防御力が低いと思う」
「んじゃ辺境伯に伝えてくるっす」
「シヴァに聞かれるとまずい。盗聴阻害の範囲内でお願い」
「りょーかい」
そう言って、間者さんはサクラちゃんの背から飛び降りた。二十メートルくらい高さあるんだけど躊躇なしか。すごいな。
「一気に狙ったほうがいいよね」
「ん、アーニャ様達にも伝えよう」
再びサクラちゃんにバルコニー近くに寄ってもらい、イナトリの手を借りて降りる。
「シヴァの弱点……ってわけじゃないけど、弱い部分を見つけたから、みんなで一点集中攻撃を仕掛けたいんだけど」
「承知しましたヤモリ殿!」
「よし、さっさと片付けるぞ!」
アリストスさんと学者貴族さんはすぐにバルコニーから飛び降りて現場に向かった。まだどこを狙うか教えてないんですけど。兄弟そろって勇み足が過ぎる。
「ヤモリ、どういうことだい」
「鱗を剥がした痕が左胸部分にあります。再生して新しい鱗が生えてるけど、他よりは格段に弱い部分のはずです」
「……なるほどねぇ。闇雲に攻撃するよりは良さそうだ」
「確かに。試す価値はあるね」
説明したら、アーニャさんとオルニスさんも理解を示してくれた。
「総攻撃を仕掛ける。これが最後だ」
再び王様が号令を掛ける。
最強の魔獣を倒す為の最後の戦いが始まった。
いよいよクライマックスです
引き続き応援よろしくお願いいたします!




