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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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158話・亡国の姫君

 僕達の目の前にいる十数匹の魔獣。今残っているのは、全て真紅の魔獣だ。さっき下の広場で初めて倒す事に成功した。数人がかりで動きを止め、口の中に剣先を突っ込み、そこから心臓を貫くという方法で。


 しかし、玉座の間にいるメンツは魔法に特化し過ぎている。クロスさんのやり方を真似るのは無理だ。他の方法を探さねば。


 どうしたものかと悩んでいると、外からマイラ達の声が聞こえてきた。



「きゃーっ! 魔獣が泳いで戻ってきたー!」


「ねえさま落ち着いて。もう一度飛ばしましょう」


「そうですわ、溺れるまで何度も沖に吹っ飛ばしたらよいのです!」



 相変わらず、竜巻を使って魔獣を海に放り投げているようだ。


 ラトスとシェーラ王女は風の魔法が得意だが、マイラが得意なのは水だった気がする。一緒に魔力制御の練習をした事もあったんだよな。あの時はまだ平和だった。


 ん?


 そうだ、これならいけるかも。



「アーニャさん、魔獣を凍らせて欲しいんですが」


「うん? 氷漬けにするのかい?」



 生半可な氷の大きさでは、力の強い真紅の魔獣はすぐに破壊して脱出してしまう。それでは駄目だ。



「えーと、一旦魔獣の体内を水で満たしてから凍らせたいんだけど、そういうことって出来ます?」


「違いがよく分からないが、やってみるかねぇ」



 アーニャさんは魔法で水を出し、魔獣の口内へ流し込んだ。真紅の魔獣は牙が発達し過ぎて口が閉じれないので、その隙間から無理やり飲ませる。喉奥から水が溢れるくらいになったら魔法で急速に凍らせる。


 すると──


 魔獣の体内の水が凍り、その体積が膨張して胃や喉を突き破った。血を吐いて倒れた真紅の魔獣を見て、アーニャさんは顔を引きつらせている。



「水って凍らせると一割くらい大きくなるんだよね」



 分子の結合の関係で膨張するらしい。『非対応のペットボトルを凍らせると破損の恐れがあります』っていう注意書きがあるくらいだし、冬場は水道管が凍って破裂することもある。



「……ヤモリ、あんた意外と残酷だねぇ……」


「ヤモリさん怖っ」



 倒したのはアーニャさんじゃん!


 やっと真紅の魔獣を倒す事が出来たが、死骸を見たセルフィーラが酷く怯えてしまった。彼女にとって、魔獣は敵ではない。むしろ味方のような存在だ。それをみな排除してしまったのだから無理もない。



「どうしよう。セルフィーラがこんな状態じゃ話も出来ない」


「あの女官連れてきます? 世話係みたいだし、自分(ジブン)らより信頼されてるだろーし」


「間者さん、お願いできる?」


「りょーかい。でも一人じゃキツいかも」



 女官さんはシヴァの近くにいる。そして、その周りには強化人間達が常に控えている。彼らの目を掻い潜るのは難しい。


 ところが、行動に移す前に王城内が騒がしくなった。



「王国軍の本隊が合流したようですよ、陛下」



 だが、何か様子がおかしい。慌てふためく兵士の声と足音が近付いてくる。


 そして玉座の間に姿を現したのは、長い白髪(はくはつ)を頭上でひとつに結い上げた綺麗な女性だった。年齢はエニアさんより少し上くらいか。その後をアークエルド卿が追いかけてくる。



「まあぁ、この城で最も美しいこの部屋を兵や獣で荒らすなんて! シヴァ、あなたがついていながら何をやっているの!」


「……タラティーア……」



 小さく舌打ちするシヴァ。


 ということは、この女性(ひと)が間者さんとセルフィーラのお母さんか。真っ先に玉座の間の惨状を咎め、シヴァを叱責するなんて度胸があるな。


 タラティーアさんは早速近くにいる帝国兵に魔獣の死骸を片付けるよう命じている。それどころじゃない状況なんだけど、彼女には目の前の問題しか見えていないみたい。


 慌てて負傷者や魔獣の死骸を担ぎ出す帝国兵達。



「陛下、申し訳ありませぬ。帝都で身柄を確保したまでは良かったのですが、どうにも御せずにこのような場まで……」


「見れば分かる。苦労を掛けたな、エクセレトス」



 高貴な身分の女性に縄を掛ける訳にもいかず、ここまでの道中も散々我儘を言われてきたのだろう。アークエルド卿は疲れ果てていた。



「嗚呼、嗚呼! 純白の玉座の間がこんなに荒らされて! なんてことかしら!」



 ここに敵対国の王様や貴族がいるのも構わず、彼女は中央に敷かれた青い絨毯の上から周りを見回して嘆いている。


 アリストスさんも学者貴族さんも、気圧されて道を譲ってしまっている。


 タラティーアさんはずかずかと壇上まで進んでシヴァを睨み付け、バルコニー部分にいる僕達のほうに視線を向けた。


 そこで、ティフォーの腕の中に捕らわれたままのセルフィーラに気付く。



「セルフィーラ、そんなところで何をしているの」



 捕らわれの娘に対する第一声がそれか。



「そこの女、無礼ですよ。その手を離しなさい」



 堂々とした態度に飲まれそうになるが、僕達は彼女の部下じゃない。ティフォーは無視を決め込んだ。


 タラティーアさんが姿を見せた時、セルフィーラは体をビクッと震わせた。敵に捕まっている時に母親が来てくれたら、普通は安心するものじゃないのか?


 もしかして、両親が怖いのか。



「あら、そこにいるのはクドゥリヤね? この前は急に居なくなってしまったから心配したのよ」


「うわ」



 間者さんの姿を見て、急にタラティーアさんの口調が柔らかくなった。さっきまではキツい印象だったけど、今は優しそうな笑みを浮かべている。


 母親から声を掛けられ、間者さんは僕の後ろに隠れた。いや、もう見つかってるんだけど。



「家族が初めて揃うのが玉座の間だなんて、今日は本当に()き日ね」



 うふふ、と口元を袖で隠して微笑むタラティーアさん。


 間者さんからあからさまに避けられているのに、それはスルーなのか。というか、玉座の間が荒らされた事以外は全く気にしていない?


 なんなんだこの人。


 今度は僕達の真横を通り過ぎ、バルコニーから下の広場を見下ろした。そこから見えるのは、醜く肥大化したドラゴンの魔獣と、入り乱れて戦うユスタフ帝国軍とサウロ王国軍の兵士達。海には竜巻で飛ばされた魔獣が浮かんでいる。



「……カサンドールの民がいないわ。お父様自慢の船団も、何もない……」



 にこにこしていたのも束の間、今度は狂ったようにわめき始めた。感情の起伏が大きい。



「嗚呼ッ、なんてこと! ──シヴァ、戦争なんて早く終わらせて! 今すぐカサンドールを復興させて! わたくし、これ以上待てないわ!」



 玉座の間の壇上で両手を広げ、悲痛な叫びをあげるタラティーアさん。その声にセルフィーラは肩を竦ませ、間者さんは目を逸らした。


 どこか様子がおかしい。



「タラティーア様、どうかお気を確かに!」



 シヴァの後ろで控えていた女官さんが進み出て、タラティーアさんの手を握った。すると、先程までとはまた様子が変わり、少女のような仕草で辺りを見回し、ことりと首を傾げた。



「……ラズルーカ。お父様はどこ?」


「タラティーア様」


「お兄様は? ヴィエースト様はどちらに?」


「タラティーア様……」



 ラズルーカと呼ばれた女官さんは、悲しそうな瞳でタラティーアさんを見つめ、その肩をそっと抱きしめた。


 やはり、この人は正気を失っている。


 カサンドールの現状を目の当たりにして気が触れてしまったのだろうか。



「タラティーアを退がらせろ。目障りだ」



 嫌気がさしたといった表情でシヴァが命じる。が、出入り口はアークエルド卿の部下が固めている。玉座の間からの退場は出来ない。女官さんはシヴァの後ろの壁際までタラティーアさんの手を引いて移動した。



「……あーあ。これだから、もう会いたくなかったんすよね……」



 以前帝都で会った時から既におかしかったのか。間者さんはタラティーアさんから目を逸らしたまま、その姿を見ようともしない。


 セルフィーラも、いつまた母親がわめき出すか分からず怯えている。



「奥方は大丈夫なのか。戦争などしている場合ではないのではないか?」



 王様が問うと、シヴァは鼻で笑った。



「気にするな。()()はもう何年も前から気が触れている。こちらも扱いに困っているところでな」



 それが自分の妻に対する言い草か?


 その言葉に、王様は眉根を寄せて不快感を露わにした。



「どうにも解せぬ。おまえは一体何を企んでいる? 戦争の責を全てユスタフ帝国に被せ、カサンドール王国を復興させるつもりかと思っていたが……」



 怒りを覚えつつも、王様はシヴァに対して冷静に話し掛けた。


 王国軍が合流した事で、戦力的にはこちらが優っている。これ以上無駄な争いをして犠牲者を増やさないように、話し合いでの解決を図ろうとしているんだ。


 それなのに、シヴァは降伏するどころか偉そうな態度を崩さないまま、壇上から王様を見下ろして笑った。



「俺の目的はカサンドール復興などではない。大量のエサとなる人間と、広大な実験場が欲しかっただけだ」


「……なに?」


「カサンドールの民は王族に従順でな。それを利用する為にタラティーアを娶り、子を産ませたのだ。まあ、一人目は使えんかったがな」



 ちらりとこちらを見るシヴァ。今のは間者さんの事を言ったのか?


 女官さんはタラティーアさんの肩を抱いたまま、辛そうに目を伏せた。当の本人は、シヴァの言葉など聞こえていないかのように無邪気に笑っている。


 母親のそんな姿を目の当たりにして、間者さんは両の拳を握り締めた。力を入れ過ぎて手のひらに爪が食い込み、血が滲んでいる。


 その手を取り、拳を解く。



「間者さん、落ち着いて」


「……すみません、ヤモリさん。でも、あいつだけは許せない」



 その怒りはもっともだ。


 シヴァさえ妙な野心を抱かなければ、多くの人々は死なずに済んだ。でも、それがなければ間者さんやセルフィーラは生まれてくる事がなかった。


 その一点だけは否定したくない。


 この状況下でもセルフィーラは黙ったまま。聞こえていない訳ではない。理解していない訳でもない。彼女はこうして心を押し殺して生きてきた。多分、生まれてからずっと。


 そうだ、僕達はセルフィーラを解放する為にここまで来たんだ。

魔力制御のお話は26話

お庭で氷の柱を作りました

あの頃が一番平和でした

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高に起伏の激しい女だと思ったら…やっぱり正気じゃなかったですか… ますますセルフィーラの影が薄くなる
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