157話・総力戦
旧カサンドール領。カサンドール王国の王都にある、海沿いに聳え立つ白亜の王城。
玉座の間で対峙しているのは、ユスタフ帝国の将軍シヴァとサウロ王国の王様。それぞれの配下が入り乱れて戦う中、二人はずっと睨み合っていた。
あちらの戦力は帝国兵約千五百人と強化人間十数人、そして多数の魔獣。外には進化途中のドラゴンの魔獣もいる。
対するサウロ王国側は魔力タンクである王様を始め、国内の主な魔法使いがほぼこの場に集結している。後から王国軍の本隊も合流する予定だから、単純に戦力だけでみればこちらの方が有利だ。
「分からんな。そこの役立たずの為に国の主要戦力を全て投入するだと? 肝心の本国が手薄になっては意味がなかろうに」
「我が国には余が制定した『異世界人保護法』がある。ヤモリはその保護対象だ。貴族はみな彼を守る為に働く義務がある。それに余が留守の間、優秀な跡継ぎが国を守ってくれておるからな。何処かの国と違って、我が国は周辺諸国との関係も良好だ。心配は要らぬ」
流石にヒメロス王子の身に何かあったらサウロ王国存亡の危機になる。好奇心旺盛だし、こういう場に来たがる人ではあるが、今回ばかりは周りの重臣も国外遠征を許さなかったようだ。でも食糧問題の件で手助けをしてくれたし、離れていても戦いに参加してくれている。心強い味方だ。
「我が国とヤモリに仇なす存在を排除せよ」
王様の号令で、アリストスさんと学者貴族さんが壇上のシヴァの元へ駆け上がった。
当然帝国兵が大盾を構えて行く手を阻むが、アールカイト家の隠密さん達が先陣を切って彼らの隊列を崩す。そこへアリストスさんが炎の斬撃を喰らわせ、邪魔する者達を一掃した。
後に続く学者貴族さんは両手に雷の塊を生み出し、そのままシヴァへと投げつけた。庇うように前に出た強化人間のうち数人が雷をまともに喰らって倒れる。致命傷にはなっていないが、身体が痺れてしばらく動けないようだ。
「次は貴様だ!」
炎を纏った剣と雷撃が同時にシヴァを襲う。
しかし、シヴァは慌てる素振りを見せず、余裕の笑みを浮かべている。敵わないと悟って戦闘を放棄したかと思ったが、そうではなかった。
ギィイン!
鈍い金属音とともに、アリストスさんの手から剣が落ちた。咄嗟に持ち直したが、何かに弾かれた?
学者貴族さんの放った雷撃も、シヴァに当たる直前で霧散した。
「くっくっく……魔法使いと戦うのに、何の対策もしていないと思ったか?」
シヴァの手には、いびつな形をした黒い盾があった。これが炎の剣と雷撃を無効化したのか?
「これは竜の魔獣から剥いだ鱗だ。魔法は効かん。それに、俺も伊達に将軍を名乗っている訳ではないのでな」
そう言いながら、シヴァは初めて腰の剣を抜いた。幅広の大剣だ。それを右手で軽々と持ち、左手には竜の鱗の盾を構える。周りの帝国兵に短い言葉で指示を出し、一番動きの鈍そうな学者貴族さんの退路を塞がせた。
「兄上っ!」
間一髪のところでアリストスさんが割って入り、シヴァの一撃を剣で受け止める。その隙に邪魔な兵士を電撃で動けなくし、隠密さん達の助けを借りて学者貴族さんは安全な場所まで後退する。それを確認してから、アリストスさんもシヴァから離れた。
「ふむ、これは手強い。……だが甘い」
学者貴族さんが再び両手に雷の塊を生み出す。そして、今度は真っ直ぐ投げ付ける事はせず、広範囲に電撃を放った。。すると、壁や床に既に刺さっていた長針を経由して網目状に雷が走った。
「なっ……!」
その雷はシヴァにも襲い掛かった。彼はすぐに異変に気付き、肩の装飾部分に付いていた長針を抜いて投げ捨てた。そして周囲の雷を竜の鱗の盾で消し去る。
「こんなもの、いつの間に」
これはついさっき、間者さんがシヴァに接近した際に仕込んでおいたものだ。仕留められれば良し。もし駄目でも、後で魔法を使える人が来て一矢報いられるように。小刀や長針と魔法を使った戦法は過去に何度かやっているからね。
厄介なのはあの盾だ。どうにかしてアレを取り上げなくては。
「セルフィーラ」
シヴァが再びセルフィーラに声を掛けた。
彼女は名を呼ばれただけで竦み上がり、ティフォーの拘束を解こうと必死にもがいた。逃さぬよう、ナヴァドとランガもそれぞれ腕を掴む。また叫ぶつもりだろうが、今は風の障壁の効果範囲内だ。この中での声は外部には聞こえない。
ところが、逃げないように三人がかりで押さえつけられているセルフィーラの姿を見た魔獣達が怒りを露わにした。物凄い剣幕で吠えまくり、それが外の魔獣にも伝播して、ついには王都中の魔獣が騒ぎ始めた。
「え、なにこれ。セルフィーラの声は聞こえてないはずなのに、なんで?」
「どうやら、この娘の危機を察して魔獣が反応したみたいだねぇ。こりゃ困った」
こんなの、もう防ぎようがないじゃないか。
「ヤモリさん、やばい。外のやつが……」
「えっ」
慌てた様子の間者さんが指差す先を見れば、進化途中のドラゴンが身を捩って暴れているところだった。鱗の色は白くなっている。既に四肢に穿たれた楔の内、前脚の戒めは外れていた。後脚が自由になるのも時間の問題だ。
「明緒クン、効果範囲を狭めて障壁を厚くした方がいい。ボクと咲良は下の援護に行く」
「分かった。気をつけて」
「ん。……ティフォー、ナヴァド、ランガ。アーニャ様の指示に従え。その子を絶対シヴァに渡すな」
そう言って、イナトリはサクラちゃんに乗ってバルコニーから飛び立った。当然のようにカルスさんも付いていく。
これで障壁内は僕と間者さんとアーニャさん、それとティフォー達、セルフィーラの七人となった。
広場にいる魔獣はマイラの竜巻で海に吹き飛ばし続けている。手が回らない所はサクラちゃんが滑空して近付き、爪で掴み上げて排除している。時折サクラちゃんが鳴いて対話を試みるが、暴走状態のドラゴンは全く聞き入れてくれない。
エニアさんと辺境伯のおじさんはドラゴンの鱗の薄い部分を狙い、何度も攻撃を繰り返していた。一撃一撃が大岩をも砕く程の威力がありそうなのに、ほとんど効いていない。あちらの質量が大き過ぎて、他の魔獣のように力技で圧し潰すような手段が取れない。
それを見て、オルニスさんが玉座の間の大窓から飛び降り、懐に隠し持っていた小瓶をドラゴンの口に放り込んだ。これは以前サクラちゃんに飲ませた毒薬と同じものだ。しかし、ドラゴンは胃の中のものを小瓶ごと全て吐き出してしまった。
ならば、と長針を眼球目掛けて放つが、こちらは分厚い瞬膜によって弾き返されてしまう。意識して対処しているのではなく、全て反射だ。
「うーん、どうしたものかな」
跳躍して王様の隣に戻ったオルニスさんは首を傾げ、ちらりと壇上にいる僕達の方を見た。
セルフィーラを見てる?
いや、あれは──
オルニスさんの事だ。隠密さんを使って様々な情報を入手している。今回の旅で僕達が知り得た情報も全て。対応策も思い付いているに違いない。まだそれが許されない状況というだけで、エニアさんやマイラ達に危害が及ぶようなら間違いなく実行するだろう。
そう考えているうちに、後ろ脚の楔がひとつ壊れて外れた。水路上の大筏は重みに耐えかねて半分沈んでいる。そこから這い上がりながら、ドラゴンは周囲にいる人間に吼えて威嚇した。
残る楔はあとひとつ。これが外れれば翼を持つドラゴンは空へと舞い上がり、更に倒すのが困難になってしまう。
「お父様、翼を狙うわよ!」
「うむ!」
更に身体強化を掛け、剣に炎を纏わせてエニアさんと辺境伯のおじさんはドラゴンへと特攻した。
死角から斬り込み、比較的薄い翼の飛膜部分を集中して狙う。が、わずかに切り傷を負わせた程度で、切り裂くまではいかなかった。軽い怪我なら時間経過と共に回復してしまう。エニアさん達は何度も同じ攻撃を繰り返し、その傷を徐々に広げていく。取り敢えず、飛べなくするのが優先だ。
「はぁ〜、翼まで硬いとはのぅ……年寄りにゃ堪えるわぃ」
辺境伯のおじさんは弱音を吐きながら、バルコニーを見上げて手を挙げた。
「おおいアーニャ! 若い奴等に身体強化を頼む!」
「はいよ。……まったく、陛下がいなけりゃこんな無茶な使い方は二度とやりたくないんだがねぇ」
対象は、軍務長官直属部隊の隊員百名。勿論クロスさんやカルスさんも含まれている。更に、周辺にいる王国軍の兵士達。ついでにイナトリとサクラちゃんにも。
身体強化によって攻撃力と防御力を底上げされた隊員達は、それぞれ周辺の帝国兵や強化人間、魔獣を倒していった。真紅の魔獣だけはなかなか仕留められずにいたが、数名がかりで動きを止めた隙にクロスさんが口内から心臓目掛けて剣で貫き、何とか倒す事に成功した。
「竜のお嬢さん、もう一回近くに寄れるかい?」
カルスさんの頼みを聞き入れ、サクラちゃんはぐるりと旋回してドラゴンの魔獣に近付いた。
ちょうど真上にきたところでカルスさんは飛び降り、エニアさん達が傷付けた飛膜部分に剣先を突き立てた。落下の速度と体重の乗った一撃により、剣は貫通。そのまま振り抜いて切り裂いた。これでしばらくは飛べないはずだ。
広場のほうは順調に進んでいるが、玉座の間にはまだ真紅の魔獣が十数匹と強化人間が数名残っている。
「さぁて、こっちもそろそろ何とかしなきゃいけないねぇ」
サウロ王国軍の主戦力すべて投入しての戦い。
まだまだ続きます。




