閑話・メイド長のひとりごと
私、クワドラッド辺境伯のお屋敷で使用人頭を務めております、エレナと申します。
私の仕事は、主に以下の通りでございます。
大きなお屋敷の管理と維持。
使用人達への教育と仕事の指示。
食事やお茶の給仕。
そして一番大変なのが、お嬢様達への教育です。
祖父であるグナトゥス様は、お嬢様達に大変甘く、孫の願いなら何でも叶えてしまう為、厳しい家庭教師などはすぐ辞めさせてしまいます。
この国の貴族は、十才で王都の貴族学院に入学し、十六才までそこで学びます。十才までは家庭学習で、基礎中の基礎を学んでおく必要があります。
ですが、気に入らない家庭教師を次々に辞めさせてしまうものですから、全く勉強が捗りません。
そこで、仕方なく私の出番となるのです。
私はお嬢様や坊っちゃまの母親である辺境伯の一人娘の幼馴染み兼親友という立場でして、このお屋敷には幼い頃からずっと勤めております。
つまり、私はお嬢様や坊っちゃまのわがままで簡単に辞めさせられる心配がない、という事です。その為、家庭教師が抜けて遅れた分の勉強は、私が教える事になります。
お嬢様は気は強いですが、基本的にお優しいので、情に訴えれば素直に聞いて下さいます。甘いもので釣るのも効果的です。
問題は坊っちゃまで、姉であるお嬢様が一緒の時は真面目に机に向かうのですが、お嬢様が一足先に王都の貴族学院に入られた後が大変でした。
一人ノルトンの屋敷に残された事で、半ば自暴自棄になってしまわれ、せっかく進んでいた勉強も放棄され、グナトゥス様も心配なさる程の憔悴っぷり。
しかし、成績が低いと大好きなお姉様に恥をかかせてしまうと自ら奮起され、勉学に励まれました。
二年後王都の貴族学院に入られる頃には、学年で一、二を争う優秀な生徒だと讃えられるレベルに。
本当に母親に似てアクが強い……いえ、こちらの話です。
そんな訳で、お二人とも王都の学院に入られて、私もようやく肩の荷が下りました。
本来なら、貴族の子女に教育をするのはそれなりに優秀な家庭教師でなければ務まりません。貴族でもない私が教えられるのは礼儀作法くらい。その他の事は、私自身も沢山学ばねばなりませんでした。
花嫁修業になるかと思いましたけど、とっくに行き遅れてますからね。まあ構いませんけども。
半年振りの長期休暇で、お嬢様と坊っちゃまがノルトンに帰省された時、お屋敷にはお客人のヤモリ様がおりました。
あまり部屋から出てきたがらない方でした。
キサン村が魔獣に襲われた痛ましい事件の唯一の生存者と事前に聞いておりました。まだ心の傷が癒えていなかったのでしょう。薄暗い屋根裏部屋に一人で閉じ籠り、お風呂とお手洗い以外はほとんど外には出たがりません。
これは相当精神的に参っていると思いました。
他の使用人達にも、出来るだけそっとしておくように指示しておりました。
しかし、そんなヤモリ様に、お嬢様はいつもの調子で体当たりの交流を挑みました。正直肝が冷えましたが、それが功を奏したのか、ヤモリ様が食堂で一緒に食事をとるようになったのです。
少しずつですが、笑顔も見られるようになりました。
常々『お淑やかに』『控えめに』と教えて参りましたが、今回ばかりはお嬢様の持ち前の明るさと積極さが良い様に働きました。
坊っちゃまは相変わらずのお姉様至上主義っぷりでしたが、姉弟で完結していた人間関係にヤモリ様が加わった事によって、何かが変わったような気もいたします。
もうすぐお嬢様達の長期休暇も終わります。
それまで一緒に過ごす事で、お嬢様達にもヤモリ様にも良い影響が出る事を願っております。
閑話までお付き合いありがとうございます
次回から2章スタートです!




