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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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156話・計画通り

 シヴァの奥の手とも言うべきドラゴンの魔獣は、今も王城前の広場で他の魔獣を喰らい、黒から灰、そして白へと進化し続けている。剣も魔法も効かない相手だ。これ以上強くなられたら非常にマズい。


 サクラちゃんの鱗は灰色。つまり、あのドラゴンは既にサクラちゃんより強いという事だ。



「じっくり進化させるつもりだったが仕方ない。ここでお前らを倒し、目障りなサウロ王国を滅ぼしてくれる」



 前後左右を強化人間達に守られ、シヴァは余裕の表情を浮かべている。もしシヴァを倒せたとしても、あのドラゴンが野放しになったら意味がない。


 アレはセルフィーラの叫び以降に急激に進化し始めた。他の魔獣のように、敵対者を攻撃するスイッチが入ってしまっている。という事は、セルフィーラが命令すれば大人しくなるのかも。



「あの、セルフィーラ。お願いがあるんだけど」


「……」



 ティフォーの腕の中にいるセルフィーラは、ぷいと顔を背けた。


 まあ、僕達は突然現れた侵入者に過ぎない。間者さんは実の兄ではあるけれど、セルフィーラが生まれる前に親元から離された。あの代表者会談で会ったのが初対面だ。家族の情や信頼関係ならシヴァの方が上だ。彼女に何とかしてもらえる可能性は低い。


 じゃあ、やっぱり全部倒すしかない。


 アーニャさんが間者さんを伴い、ずかずかと壇上へ上がる。周りの魔獣が飛び掛かってくるが、爪や牙が届く前に弾かれた。魔導具なしで障壁を発生させているんだ。そのまま僕の風の障壁内に入り、合流する。


 頼れる人が来てくれて、少し身体から力が抜けた。



「……うん? ちょいとヤモリ。そいつらは帝都にいた誘拐犯じゃないのかい?」



 ティフォー、ナヴァド、ランガを見て眉を顰めるアーニャさん。そうだ、この三人とは帝都の廃教会で面識があったんだった。



「ええと、なんか仲間になってくれたみたい……ってコトでいいんだよね?」



 自信が持てず、振り返って本人達に確認すると、ナヴァド達は半笑いで肩を竦めた。



「コラ、オレ様達はイナトリ様の部下だからな!」


「おいおいおい、ナヴァド。一応味方ってコトにゃ違いねーだろ。あぁ?」



 結局どっちなんだ。



「ふぅん。……イナトリの部下ならアタシの保護下になるんじゃないかい?」


「そうだね、ボクは今アーニャ様のものだから」


「エッ!? そーなん、デスカ?」


「おいおいおい……」



 まだその辺の話はしてなかったんだな。アーニャさんの保護下に入ったのは一昨日位の話だしね。


 ナヴァドもランガも、イナトリに主人が出来た事に驚きを隠せていない。狼狽えながらも途中から敬語に変えるあたり、意外と上下関係は大事にするタイプらしい。アーニャさんは保護者で、実際の主人はオルニスさんなんだけど。


 間者さんは黙ってセルフィーラを見つめている。しかしセルフィーラは目を伏せているので二人の視線が交わる事はない。実の兄妹だけど、まだ会話すら出来ていない。



「さぁて、外の事はエニア達に任せて、アタシらは敵の親玉を叩こうか」


「え、でも、こんなに魔獣が」



 風の障壁を挟んだ向こう側では、今も何十匹もの魔獣が攻撃を仕掛けて続けている。白と新種はともかく、真紅の魔獣はまだ一匹も倒せていない。アーニャさん一人で何とか出来るかどうか。


 それに、残った帝国兵達が再び防備を固め、シヴァを守るように大盾の壁を幾重にも構えている。並大抵の事では破れない。



「なに弱気になってんだい。それをどうにかする為にアンタはここに来たんだろう?」


「え」


()()()()、みんな」



 アーニャさんが向けた視線の先、玉座の間の入り口辺りが俄かに騒がしくなった。何度も爆発音が響き、その度に王城全体が揺れる。近くにいた帝国兵がその元凶を突き止めようと廊下に出るが、彼らはみな爆炎に飲まれて吹き飛ばされていった。


 この派手な炎の魔法、使い手は彼しかいない。



「うむ、ここで間違いないようですな!」



 白煙の中から現れたのはアリストスさんだ。剣を鞘に収めながら、満面の笑みで玉座の間へと入ってきた。なんで機嫌が良さそうなんだ。


 それに比べ、その後ろにいる学者貴族さんは終始ムスッとした表情だ。両手にはバチバチと雷光を纏わせ、周りを取り囲む帝国兵達を睨み付けて牽制している。



「貴様ら退け。道を開けろ」



 不機嫌さを隠そうともせず、学者貴族さんは帝国兵達に向かって雷を落とした。彼らの持つ金属製の大盾に稲妻が走る。一撃でほとんどの兵が感電し、大盾を取り落として竦み上がった。



「勿論、あの二人だけじゃないよ」



 今度は外から突風が吹き込み、砂埃で一瞬視界が遮られた。バルコニー側に視線を向けると、外では竜巻が数本発生していた。水路の海水を巻き込み、水の柱みたいになっている。巻き込まれた帝国兵や魔獣が海面まで投げ飛ばされていくのが見えた。



「ああ〜、やっぱり駄目だわ。うまく制御できない」


「ねえさま大丈夫、ボクが支援します」


「微力ながら私も」



 聞き慣れた声に思わずバルコニー下を覗き込むと、そこにはマイラとラトス、シェーラ王女の姿があった。三人とも揃いの革製の軍服を着ている。竜巻を操れずに戸惑うマイラの側に二人が寄り添い、魔力操作を補助して制御可能な状態にまで落ち着けていった。


 三人は軍務長官直属部隊に守られながら、協力して周辺の帝国兵を竜巻で排除し続けている。


 ラトスが居るという事は、つまりあの人も来ているという事だ。



「カルス、何をサボってる。ちゃんと働け」


「あ、バレた〜? 俺もう結構頑張ったよ?」


「うるさい。暇なら降りてこい」


「ヤダ。竜のお嬢さんのそばにいたいし〜」



 褐色の肌に短く刈られた黒髪の青年、軍務長官直属部隊隊長のクロスさんだ。常にラトスから離れず、周囲を警戒している。バルコニーで休憩しているカルスさんの姿を見つけて早速小言を言っている。



「カルカロス達も来た事だし、そろそろコイツらを何とかしなきゃいけないねぇ。……なんというか、今まで見た中でも醜悪な魔獣じゃあないか」



 障壁越しに相対する真紅の魔獣に対し、アーニャさんはまず炎の塊をぶつけた。しかし、毛皮の表面がやや焦げただけで大したダメージにはならない。次に鋭い風を起こし、カマイタチのような斬撃を発生させてみたが、これも毛皮に阻まれて肉を断つには至らなかった。



「丈夫な魔獣だねぇ。なら、これはどうだい」



 今度は幻覚魔法で脳に直接攻撃を仕掛ける。一匹が突然炎に包まれてのたうち回るが、他の魔獣は気にも止めず、風の障壁への攻撃を続けている。



「これは効くが、一匹ずつにしか掛けられないから効率が悪い。他の手を考えるか……」



 アーニャさんの幻覚魔法は強力だが、一度に掛けられるのは一人又は一匹だけだ。複数に同時に使えないので今の状況には不向きだ。


 考えながら、アーニャさんは次々に色々な魔法を試していく。それもかなり強めのものを惜しげも無く。



「あ、あの、そんなに魔法使って魔力は大丈夫?」



 つい先日、千人以上の王国軍兵士に身体強化魔法を掛けて魔力切れを起こしたばかりだ。無茶な使い方をすればあの時の二の舞になってしまう。



「心配要らないよヤモリ。今回は『歩く魔力の塊』がお出ましになってるからねぇ」



 え、なにそれ。


 下段の広間を見れば、アリストスさんも学者貴族さんも遠慮なしに魔法をブッ放している。これまでとは違い、魔力の残量など一切考えてない行動だ。



「やあ、お邪魔するよ」



 その時、涼やかな声が玉座の間に響き渡った。半壊した両開きの扉の向こうから姿を現したのはオルニスさんだった。そして、その後ろに居るのは──



「このような形で他国に訪問する事になるとはな……」


「これも政務のうちですよ、陛下」



 サウロ王国の王様だ。旅装ではあるが、王族としての威厳を感じさせる衣服を身に纏っている。武器や防具の類は一切着けていない。玉座の間に入ってからは、オルニスさんは一歩下がって王様の後ろに付き従う形を取った。


 突然現れた他国の王に帝国兵達は茫然となり、じわじわと後退した。道が割れ、壇上までの障害物が自然と無くなっていく。


 そこで、初めて王様とシヴァが顔を合わせた。



「はて、招待した覚えはないのだが」


「代表者会談の折に娘のシェーラが大層世話になったそうだな。その礼をしに来た」



 険しい表情で睨み付けるシヴァと目を細めて微笑む王様。どちらの格が高いかは一目瞭然だ。


 シヴァはすぐに強化人間達に指示を出し、王様の排除を優先させた。王様はサウロ王国軍のトップ。真っ先に倒す事で僕達の士気を下げようと考えたんだろう。


 しかし、そうはいかなかった。


 五人の強化人間達の拳や蹴りは、王様の二メートル程手前の位置で音を立てて弾かれた。風の障壁のような身を守る魔法が発動しているようだ。



「陛下の側に居ると楽で助かります」


「……オルニス、余を盾代わりに使うな」


「どうせ常時()()なのですから構わないでしょう」



 常時?


 じゃあ攻撃を弾く為に魔法を使ったんじゃなくて、ずっと発動し続けているって事?



「余に危害を加える事は不可能だ。余の周りには常に『絶対障壁』が張られているからな」


「……本当に、魔法使いは厄介だ」



 シヴァは不愉快さを隠さず舌打ちした。


 そんな魔法がある事自体知らなかった。常時発動なんて、かなり魔力を消費しそうなものだけど大丈夫なのか。




「陛下は他の魔法が一切使えない代わりに魔力量だけは桁違いだからねぇ。近くに居るだけで魔力を分け与えて貰えるのさ」


「はぁ……そういう事だったんだ」



 だから、さっきからみんな魔力の残量を気にせず魔法を使いまくってたんだ。『歩く魔力の塊』の意味がようやく分かった。



「最前線まで国王が出張ってくるのは流石に想定外だ。何故国を離れ、このような遠い地まで来た? この機にユスタフ帝国のみならずカサンドールの地まで掌握する気か!」



 劣勢を悟り、シヴァが怒鳴り散らした。が、王様はやや呆れた顔で静かに答える。



「闇雲に領土を拡げるつもりは毛頭ない。余が来たのは、ここにヤモリがいるからだ」


「は?」



 思わずシヴァが聞き返した。


 まあ、意味分からないよね。


 ここに集まった人達は、みんな僕を追い掛けて戦場(ここ)まで来てくれた。僕はサウロ王国の最高戦力を確実に集結させる為だけにここに来たんだ。



「ヤモリよ。余をこのような場まで引き摺り出すとは良い度胸だ。全てが終わったら、異世界の話を夜通し聞かせてもらうぞ」


「その前に、今度こそ小生に血を提供してもらう。異世界の話もこちらが先約だからな! あと、また黙って危ない場所に行ったのは謝っても許さん!」


「……と、兄上が言っておるのでな! 私も許さんぞヤモリ殿!」


「ははは、うちのマイラとラトスもかなり怒っていたよ。後で小言を言われるだろうから覚悟しておくんだよ、ヤモリ君」



 これは後が大変そうだ。ていうか、オルニスさんの発案だというのに対処は僕に丸投げなの?


 とにかく、()()()()()()()()()()()()


 過剰戦力かと思ったけど、予期せぬドラゴンの魔獣の存在もある。これくらいで丁度良いのかもしれない。



「此度の戦争、サウロ王国の全力を以って終わらせる。覚悟せよ、将軍シヴァ」



 王様の宣言で、再び戦いの幕が上がった。

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