153話・持久戦
玉座の間に現れた新たな強化人間。シヴァの護衛の中でも格が違うのか、身に付けている衣服は全て黒で統一されていた。これまで対峙した強化人間達より明らかに強い。戦闘経験皆無の僕でも分かる。
先の二人を行動不能に追い込み、間者さんとカルスさんは僕の前に出た。
「こりゃまたヤバそーなのが出てきたっすね」
「も〜、早く竜を見に行きたいのにな〜」
愚痴をこぼしながら武器を構え直し、まずはカルスさんから仕掛ける。
フェンシングのように長剣を前に突き出して心臓を狙う。が、これは紙一重で躱された。少年は半歩横に体をずらし、避けながら剣の側面を手の甲で素早く打った。危うく取り落としそうになるが、カルスさんはすぐに剣を持ち直して二撃目に移る。
だが、剣を薙いだ先に少年の姿がない。
「!」
跳躍したのか、彼は一瞬のうちに離れた場所にいる僕の背後に現れた。間者さんが僕の腕を引っ張って少年の手の届く範囲から遠ざけてくれたが、今のは危なかった。対応がもう少し遅かったら僕が攻撃されていた。
その様子を玉座から眺めていたシヴァが、呆れたように溜め息を吐いた。つまらなそうに頬杖をつき、足を組み替える。当事者でありながら傍観者の姿勢を崩さない。
「……クドゥリヤ。何故わざわざ戦えん奴を連れてきた。足手纏いにしかならんだろうに」
「うるさい。黙れ」
「ま、そんな奴でも異世界人だ。使えん事はない。手土産代わりに寄越せば待遇を考えてやってもいい」
「はァ!?」
シヴァの言葉に激昂しつつも、間者さんは僕の側から離れない。僕を背に庇いながら、赤毛の少年からの攻撃を捌き続ける。
間者さんが少年の拳を払い、僅かに体勢が崩れた隙を突いてカルスさんが長剣で攻め立てる。二対一では分が悪いようで、少年は舌打ちして一旦間合いを取った。手強いが、これなら何とかなりそうだ。
ところが、予期せぬ新手が現れた。
廊下に面した大扉が開き、真紅の魔獣が二体、玉座の間になだれ込んできた。魔獣は赤毛の少年と僕達の間に割り込むように入り込み、全身の毛を逆立ててこちらを睨みつけている。大きな牙のせいで閉じ切らない口から低い唸り声を上げた。
「これ、セルフィーラの部屋にいた奴っすよ」
辺りを見回すと、先に動けなくしておいたはずの二人の強化人間の姿が消えていた。赤毛の少年に気を取られている間にセルフィーラの部屋に移動し、魔獣を呼んできたんだ。
真紅の魔獣がいるという事は、護衛対象であるセルフィーラもこの場に来るという事だ。
後を追うように、腰まである長い白髪を揺らしながらセルフィーラが姿を現した。その後ろには女官さんも付いている。僕達や魔獣の前を横切り、壇上の玉座へと向かう。その顔に感情はない。船旅から戻って間もないからか、締め付けの少ない白いワンピースを身に付けている。
シヴァはすんなり玉座を明け渡し、セルフィーラの手を取って座らせた。
白い石造りの玉座の間と、その後ろに広がる青い空と海。彼女が二十年以上前に滅んだカサンドール王国の血を継ぐ正統な後継者だからだろう。セルフィーラの白い髪と青い瞳は、この空間に完璧に調和していた。
「タラティーアが見たらさぞ喜ぶだろうな」
「……」
父親からそう囁かれても、セルフィーラは何の感慨もなさそうだ。黙って壇上から下段を見下ろしている。
そうこうしている内に、外から兵士の鬨の声が上がった。海岸側の広場にいる帝国兵が僕達の侵入に気付いたか。良くない状況だ。
「さて。これでそちらに勝ちは無くなったな」
真紅の魔獣二体と赤毛の強化人間、そして外には千五百を超える帝国兵。市街地には強力な魔獣が何十匹もいる。
対するこちらは僅か三人。その内、僕は全く役に立たない。
「異世界人の血を持つ者が二人か。大いに利用させてもらおう」
勝利を確信したシヴァは口元を歪めて笑った。
「自分らを獣に喰わせて魔獣にするつもりだろ。万が一そうなっても、おまえの言う事なんか絶対聞かねーっすよ」
「うん? なんだ知っていたか。構わん構わん。まずは身体に恐怖と忠誠心を叩き込んでやるからな。逆らう気を起こさないよう、しっかり躾けてやる」
「……最悪」
シヴァは人を人とも思っていない。血を分けた息子に対してもそれは変わらない。娘のセルフィーラを可愛がっているのは、彼女が役に立つからだ。そうでなければ命を奪う事さえ躊躇わない。
やはり彼はこの世界に居てはいけない人間だ。
秘密裏にセルフィーラの身柄を確保すること、シヴァを先に倒すことはどちらも失敗した。だが、僕達がここに居る本当の目的はそれではない。
時間稼ぎと足止めだ。
これ以上魔獣を増やさせない為には、セルフィーラの移動を防ぐのが一番手っ取り早い。サウロ王国軍が迫っていると知れば、シヴァはまた逃げるだろう。そして、移動先の街で魔獣を増やして国中に放つ。今まではそれの繰り返しだった。
でも、こうして叩き甲斐のある不穏分子が目の前にいれば話は別だ。
必ず勝てると確実に油断してもらう為に、わざわざ一番無力な僕が戦場まで来たんだ。
シヴァがセルフィーラの肩に手を置き、何かを囁いた。すると、セルフィーラは無表情のまま小さく頷き「みんな、お願い」とか細い声で命令した。
その言葉に真紅の魔獣二匹と赤毛の少年が反応し、僕達目掛けて飛び掛かってきた。鋭い爪と牙が同時に迫ってくる。
だが、その攻撃は届かない。
僕の魔導具の機能の一つ、風の障壁が全てを跳ね返したからだ。間者さんとカルスさんも先程まで外していた魔導具の指輪を嵌め、僕の側に固まる。それにより、風の障壁の効果範囲がやや広がった。
「……フン、魔導具か。厄介な」
攻撃が効かないだけで、僕達が不利な状況に変わりはない。シヴァは再びセルフィーラに命令させ、魔獣をけしかけてきた。
絶え間なく攻撃され続けているが、それらは全て風の障壁が跳ね返してくれている。禍々しい真紅の魔獣と至近距離で相対するのは怖いが、魔導具で守られているから何とか耐えられる。
しかし、もう何十回も風の障壁に弾かれ続けているのに、真紅の魔獣は傷ひとつ付いてない。赤毛の少年は黒服に覆われていない手や頬の薄皮がほんの少し裂けて血が滲む程度だ。ドラゴンのサクラちゃんでさえ一時戦闘不能に追い込んだくらい威力があるはずなのに。
やっぱり、真紅の魔獣と赤毛の少年は防御力が高い。それに、攻撃の重さが全然違う。この重い一撃一撃を跳ね返す為に、風の障壁がいつもより厚く張られている気がする。
そして、二匹と一人による連続攻撃。風の障壁はずっと発動しっ放しの状態だ。魔力の消費量がハンパない。カバンに魔力貯蔵魔導具を二つ入れているが、これでは帝都の時ほど長い時間は保ちそうにない。もしノーガードで一度でも攻撃を受ければどうなるか。
僕はじわじわと後退し、壁を背にした。これで風の障壁の発動範囲が前面だけとなり、魔力の消費が多少抑えられる。
そうこうしている内に、玉座の間に帝国兵が集まってきた。廊下側と大窓、バルコニー側を塞ぐように並び、大盾を重ねて配置している。これで退路は断たれた。
「間者さんとカルスさんは離脱して。ここでシヴァ達を引き付けておくだけなら僕ひとりでも出来るから」
やり取りを見た限り、シヴァが命令出来るのは強化人間と帝国兵のみ。真紅の魔獣はセルフィーラを通さなければ命令出来ない。そして、セルフィーラが自発的に何かをする事はない。このまま僕達に向かって攻撃させ続けるのであれば、シヴァとセルフィーラはここから動けない。
そして、耐えるだけなら三人でなくてもいい。
「そんな事言って、震えてるじゃないすか」
「いや、だって魔獣怖いもん」
真紅の魔獣、顔がもう動物じゃないんだよな。悪魔ってこんななのかな。ゲームのモンスターや映画の怪獣が可愛く思えるレベル。それが殺す気で襲い掛かってきてるんだから、怖いなんてもんじゃない。
「ヤモリさんだけじゃ魔力が尽きたら瞬殺っすよ。自分はずっと付いてますんで」
「はは、ありがと」
あの日から間者さんはほとんど僕から離れなくなった。護衛としての責務を全うするつもりなんだ。でも、間者さんが優先すべきはセルフィーラだ。僕を守る為にそっちが疎かになっては意味がない。
「あの子が君の妹? 目の色しか似てないね〜」
「うっさい」
カルスさんは全く動じてない。呑気に壇上のセルフィーラを眺めて軽口を叩いている。風の障壁に守られている間は休憩に専念するようだ。それでもただ突っ立っているだけなのは退屈みたいで、くるくると長剣を弄って遊んでいる。
「周りの兵士だけなら殺れるけど〜?」
「いやいやいや。外に千人以上控えてるし、キリがないですって」
「そぉ? ま、危なくなったら勝手にやるからね〜」
意外と好戦的だな。
カルスさんにとって一般の兵士は何の障害にもならない。でも、不必要に人を殺してしまったらシヴァと同じだ。今の状況でそこまでやる必要はない。
「とにかく、現状維持でいこう」
魔力が切れるのが先か。
魔獣が力尽きるのが先か。
持久戦が始まった。
まだまだ戦いは続きます。
引き続き応援よろしくお願いいたします。




