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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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152話・玉座の間 *挿し絵あり

 帝国軍の船団が運んできたのは一体の黒いドラゴンだった。(へり)のない大型のイカダのような船に乗せ、太い鎖や(くさび)で固定して他の船に引かせている。


 シヴァはこのために時間を稼いでいたのか。


 サクラちゃんを手に入れられなかった代わりに、別のドラゴンをカリア列島近辺で探し出して捕獲したんだ。遠くてよく見えないが、すんなり運ぶ為にかなり弱らせているようだ。鳴きはするが、自力で拘束を解く程の力は残っていないみたい。



「……すごい。ホントに他にも竜がいた」



 カルスさんが思わず声を上げた。その瞳は船上の黒いドラゴンに釘付けになっている。


 そうこうしている間に船団はどんどん陸に近付いてきた。海上にいる内に船を沈めるべきか、それともセルフィーラを確保するまで待つべきか。


 ところが、さっきまで急襲すべきと言い張っていたカルスさんがアッサリ意見を翻した。



「あの竜を殺すのはかわいそうじゃない〜? やっぱ陸地に上がるまで待とっか!」


「え? は、はぁ……」



 カルスさんがドラゴン大好きお兄さんと化してる。サクラちゃんと触れ合った事でドラゴンの魅力に目覚めてしまったのだろうか。


 ていうか、セルフィーラは見殺しにする気満々だったのに、なんなんだその優先順位。女好きじゃなかったのか?



「ボクも陸地に上がるまで攻撃しない方に賛成だ。海に沈めても確実にシヴァを仕留めたという確証がないと安心出来ない。それに、あの黒い竜はかなり弱ってるし、そこまで脅威ではないと思う」



 これで全員の意見が合致した。二人の主張が急に変わったのは気にはなるけど、仲間内で意見が合わなくなるよりは良い。


 発見から数時間後、船団は王都近くの波止場に到着した。真ん中の大型船だけは王城前の広場に通じる水路に人力で引っ張って移動させている。そのまま一番奥まで進み、船は王城の目の前で固定された。


 僕達は離れた場所からその様子を見守った。


 黒いドラゴンの弱々しい鳴き声が聞こえる度にサクラちゃんが反応する。だが、こちらが鳴いてしまえば居場所がバレてしまうので、イナトリが必死に宥めた。



「どうしよう。帝国兵の数がかなり増えたし、エニアさん達が来るまで待つ?」


「うーん……辺境伯(あるじ)やエニア様が暴れ出したら城ごと壊されると思うんで、セルフィーラを確保するならその前に行った方がいいかと。それに、また何処かに移動されても困るし」


「それもそうだね」



 実際、二十年前にユスタフ帝国の帝城を半壊させたらしいからなぁ。今回はラトス誘拐の恨みもあるし、半壊どころでは済まないだろう。



「……ねえ、サウロ王国ってみんなそうなの?」



 イナトリが青い顔でボソッと呟いた。


 エーデルハイト家に喧嘩を吹っ掛けて五体満足で居られる今が奇跡なのだと改めて実感しているようだ。オルニスさんの直属の部下っていう肩書きが無ければ八つ裂き確定だったからね。



挿絵(By みてみん)



「えーと、じゃあサウロ王国軍が到着する前にもう一度潜入しよう。今ならシヴァもセルフィーラも確実にあそこに居るし」


「了解っす」


「イナトリはサクラちゃんと一緒に本隊のとこまで飛んで今の状況を伝えてきて。お願い出来る?」


「だからぁ、お願いじゃなくて命令しなよ」



 少しムスッとしながらも、イナトリは了承してくれた。やたらと命令という形にこだわるなぁ。



「カルスさん、また僕達と来てほしいんですが」


「いいよ〜! あの竜、近くで見てみたいし」



 完全に新しいドラゴンに興味が移っている。まあ、セルフィーラをナンパするよりマシだと思おう。


 帝国兵の数は増えたが、船旅から帰ったばかりで気が緩んでいるはずだ。態勢を整えられる前に、こちらから動く。






 再び城壁にある通用口から侵入する。


 市街地には白や新種、真紅の魔獣が野放しになっていた。途中、誤って襲われたと思われる帝国兵の遺体を幾つか見掛けた。並の魔獣なら撃退出来たかもしれないが、真紅の魔獣は一般の兵士では太刀打ち出来ない。


 僕達は魔導具で音や声を消した上で細心の注意を払って進んでいたが、途中で行く手を遮られた。


 細い路地の先に佇む二十代半ばの男。


 一般住民のような地味な服装だが、間者さんやカルスさんが直前まで気配を察知出来なかった。只者ではない。


 男は無言で左右の建物の壁を蹴って跳躍し、僕達の頭の上を軽々と飛び越えて背後を取った。次の瞬間、鋭い蹴りが繰り出されたが、咄嗟に間者さんが前に出て軌道を逸らした。


 体勢を崩されるも、謎の男はすぐに持ち直して次々に攻撃を仕掛けてくる。



「……この人、ティフォーと同じ強化人間?」



 常人とかけ離れた身体能力はティフォー達を彷彿とさせた。しかし、彼らにあった人間味がこの男からは感じられない。目の前の相手を攻撃するだけの感情のない動き。ただ、目だけが野生動物のようにギラギラしていた。


 こんな人、前回は市街地にも王城にも居なかった。多分シヴァと共にさっきの船で帰ってきたんだ。



「……こんなトコで、足止め食う訳にゃいかねーんすよッと!」



 何度目かの攻撃をいなした後、間者さんが反撃に出た。男が体勢を立て直す前に小刀を投擲。それはアッサリ躱されたが、一瞬だけ視線が逸れた。その隙を突き、別の小刀で素早く相手の足首の腱を掻き切る。


 足をやられては動けない。男はその場で蹲った。これなら暫くは追って来れない。



「さ、行きましょっか」


「……う、うん」



 路地に男を残し、僕達は王城へと急いだ。


 思ったよりアッサリと勝てたのは間者さんの実力が上がっているからだ。ラトス誘拐事件の時、辺境伯のおじさんに鍛え直されたとか言ってたし。


 しばらくして、後方から断末魔が聞こえてきた。






 ちょっと邪魔が入ったけど、再び王城内に侵入する事が出来た。


 目指すは女官さんがいた貴人用の部屋。恐らく、あそこがセルフィーラ用の居室だ。


 しかし、前回侵入した時と違って王城内には人が増えていた。魔獣もいたが、何故か周りの兵士に襲い掛かる様子はない。海岸側の広場の天幕の数も増えて見通しが悪くなっている。帝国兵の数はおよそ千五百、魔獣は十数匹。迂闊に動くと気付かれてしまう。


 それに、さっきの男みたいな強化人間が他にも居る可能性もある。もし城内で遭遇したら厄介だ。


 隠し通路をフル活用し、上階へと向かう。


 時々カルスさんが姿を消し、また戻ってくる事があった。多分、邪魔になりそうな相手を先回りして倒してくれているんだろう。おかげで城内ではすんなり移動できた。


 件の部屋があるフロアには警備が多く配置されていた。前回のような騙し討ちは使えない。


 間者さんが隠し通路から屋根裏に移って偵察する。が、しかしすぐに慌てた様子で戻ってきた。



「……ちょっとヤバい事になってるっす」


「え、何かあった?」


「セルフィーラと女官は居たけど、同じ部屋ん中に赤い魔獣もいる……!」



 え、真紅の魔獣が王城内にいるの?



「街にいたやつが侵入(はい)ってきちゃったのかな。セルフィーラは大丈夫?」


「大丈夫、ていうか魔獣が護衛代わりっぽい」


「え?」



 間者さんが見たのはソファーに座るセルフィーラと、その両脇に座って控える二匹の真紅の魔獣の姿。暴れる事なく、主人を守るように(はべ)っていたという。


 魔獣が人を襲わないなんて、そんな事が有り得るのだろうか。もしかして、リーニエやサクラちゃんみたいに人語を解する魔獣なのか?



「アレを掻い潜ってセルフィーラだけ連れ出すのは、ちょっと無理かもしんないっす」


「あの赤いのは一撃じゃ倒せそうにないな〜」



 カルスさんでも苦戦するのか。


 真紅の魔獣が相手では出し抜く事は難しい。倒すにも時間がかかる。モタモタしてたら警備の兵が飛んでくるし、セルフィーラにも危険が及ぶ。



「シヴァは別室だけど、そっちには魔獣は居なかった。先にシヴァをどーにかした方が早いかもしんないっすね」


「そうだね……ちなみに、シヴァは何処に?」


「玉座の間」



 ラスボスか!


 いや、ラスボスみたいな存在(もの)か。



「……一応確認するけど、本当にいいの?」


「ヤモリさん、確認なんかいらないっすよ」



 そう答えながら、間者さんは脚のベルトに仕込んである小刀にそっと触れた。


 将軍シヴァは間者さんとセルフィーラの父親で、僕やイナトリと同じ異世界人。魔獣大発生や戦争を引き起こした張本人だ。必ず倒さなくてはならない。


 身内の不始末の責任を取るとは言っても、肉親に手を掛けるのは抵抗があるはずだ。


 でも、やらなくては。






 広大な王城の中央にある玉座の間。


 玉座の背面は大きなバルコニーがあり、青空と美しい海が映えている。白く滑らかな石で作られたその部屋は天井が高く、明るくて開放感があった。


 その空間に似つかわしくない者が王が座るべき場所にどかっと腰を下ろしていた。黒髪、黒い鎧姿の男。ユスタフ帝国の将軍、シヴァだ。


 玉座の左右には非武装の青年二人が控えている。短く刈り上げた髪に、動き易さを重視した袖無しの衣服。この二人は強化人間だろう。ギラギラとした目の輝きは獲物を見つけた時の獣と同じだ。


 一般の帝国兵は一人もいない。つまり、この二人だけが護衛か。



「よく来た。予想より少し早かったな」



 壇上から見下ろしながら、シヴァは低く掠れた声で歓迎した。口元には余裕の笑みを浮かんでいる。


 ここに僕達が来るのは想定内か。


 突然玉座の間に現れた僕達を見て一瞬目を見開いたものの、平静さは全く失われていない。少しでも取り乱すとか驚いたりしてくれればやりやすいのに。



「アンタを倒しに来た」



 小刀を両手に携え、間者さんが一歩前に出た。その目に迷いはない。


 クッと笑いを噛み殺しながら、シヴァは無言で顎を軽く上げた。


 それを合図に、二人の青年はそれぞれ床を蹴って飛び掛かってきた。壇上から僕達のいる位置までは約二十メートル。その距離を、たった一度の跳躍で詰めてくる。


 まず一人目の蹴りを手甲で覆われた腕で跳ね返し、反対側の手の小刀を一閃。これは紙一重で避けられた。その間にもう一人が回し蹴りを仕掛けてくるが、これも僅かに体を捻る事で難なく躱した。


 態勢を崩した青年達をカルスさんの長剣が襲う。薙ぎ、突き、切り上げ。避けられてもすぐ次の攻撃に移る変幻自在の太刀筋に、二人の青年は見る見る傷を増やし、動きを鈍らせていった。



「ほぉ、やるな」



 まるで何かの試合を観戦しているかのような態度で、シヴァは感嘆の声を漏らした。



「その余裕面、すぐに後悔させてやる」



 強化人間の二人をカルスさんに任せている隙に、間者さんが駆け上がってシヴァの元へ向かう。小刀を逆手に握り直して一気に振り抜く。


 あと一歩で切っ先が届くと思った瞬間、側面から何者かが体当たりをかましてきた。すんでのところで飛び退いて避けるが、そのせいで折角詰めた距離がまた空いてしまう。


 シヴァとの間に立ち塞がったのは赤毛の少年だった。僕より少し年下に見える。これまで何処に身を隠していたのか、シヴァの身に危険が迫った事で姿を現したところを見ると、この少年も護衛なのだろう。


 先程の二人とは明らかに格が違う。シヴァが余裕の態度を崩さないのは、この少年の存在があったからか。



「痛めつけてもいいが殺すな」



シヴァの言葉に、少年は小さく頷いた。


ラスボスとの対峙。

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