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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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149話・真紅の魔獣

 夜通し飛んで旧カサンドール領内を探索した結果、明け方近くになって帝国軍が王都にいる事を突き止めた。明るくなれば地上からサクラちゃんの姿が視認されてしまう為、ここから先は別行動を取る。



「こんな近くで海見たの、俺初めて〜!」



 王都から少し離れた所にある海岸近くにある断崖の上でカルスさんが感嘆の声を上げた。


 間者さんも生まれて初めての海らしく、不思議そうな顔で波が打ち寄せる様に見入っている。サウロ王国は内陸部で海からは離れている。大陸の南側のユスタフ帝国が長年鎖国状態だった事もあり、大半の国民は海を見た事がないんだとか。


 潮風で湿った髪を搔きあげながら、朝陽を反射して輝く海を眺める。澄んだ青空と同じ色をした綺麗な海だ。



「ボクと咲良(さくら)は、この海の向こうにあるカリア列島の島のひとつに転移したんだ。そこから島国を転々として、この大陸に」



 イナトリは水平線の向こうを指差した。ここからでは見えないが、南の方に島があるらしい。



「え、カリア列島には竜が棲んでるって事〜?」


「うーん……少し探してみたけど、咲良以外の竜は見つけられなかった。一匹だけって事はないだろうから、ちゃんと探せば居たかもね」


「ふーん、そっかぁ」



 転移直後の事を思い出しているのか、イナトリの表情はやや暗い。転移した場所にはつらい思い出しかないのだから仕方ない。カルスさんの質問に答えながら、隣に寄り添うサクラちゃんの身体を撫でている。



「じゃあ、そろそろセルフィーラを探しに行こうか。イナトリはサクラちゃんとこの辺で隠れてて。あと、連絡用に呼子渡しとくね。こっちも助けてほしい時に吹くから」


「ん、分かった」


「あと、念のため護身用の魔導具を着けておいて」



 肩掛けカバンから魔道具を取り出して渡そうとしたが、こっちは受け取りを拒否された。



「それはこれから潜入する明緒(あけお)クン達が装備しなよ。ボクは大丈夫。危なくなったら咲良と空に逃げるから」



 これは意外。以前はあんなに魔導具を欲しがっていたのに。



「ボクだって、あの時の事は悪いと思ってるんだ。……だから、要らない」


「……分かった。じゃあ気を付けてね」


「そっちこそ」



 間者さん、カルスさんは指輪型の魔導具を装備した。小さいぶん効果の継続時間は短いが、僕の腕輪型魔道具と同じ盗聴阻害と風の障壁の機能がある。これを身につけている間、姿さえ見られなければ周りに音は聞こえない。隠密行動にピッタリだ。


 徒歩でカサンドールの王都へと向かう。


 内陸側は立派な城壁があるが、景観を重視している為か、海岸側には囲いがない。しかし、遠目から見る限り海岸付近には巡回の帝国兵が多い。城壁をぐるっと回り込んで通用口を探し、鍵を壊して侵入する。城壁の上や内側には何故か見張りがいなかった。



「誰もこんなトコまで来ないって思ってるんすかね」


「油断しててくれた方が助かるよ」



 多分、シヴァはまだ僕達がここにいる事を知らない。サウロ王国軍の動向を監視していた魔獣は倒したし、別働隊も壊滅寸前まで追い込んだ。連絡が途絶えた事に気付くのはもう少し後になるだろう。


 空き家に身を隠し、様子を窺う。


 周辺の建物には住民の姿はない。台所の水がめはカラカラに乾いていて、食材ひとつない。家具に積もった砂や埃を見た限り、ここ数年は誰も住んでいないようだ。



「で、セルフィーラってどんな子だっけ〜?」


「腰まである長い白髪(はくはつ)の、十代後半くらいの女の子です。ちょっとぼんやりした感じの」


「その子を見つけたら確保するんだよね〜?」


「はい。騒がれるかもしれないけど、盗聴阻害の効果範囲なら周りに聴こえなくなるので」


「すご! 便利だね〜魔導具!」



 女の子の話をしているというのに、カルスさんの関心は魔導具に向いている。初めて会った時は女好きで軽薄極まり無い印象だったけど。



「セルフィーラが居る所には、たぶんシヴァも一緒にいるよね」


「……まあ、その可能性が高いっすね」



 シヴァの名前を出すと間者さんの顔が曇る。この先を考えれば無理もない話だ。


 窓越しに見る王城は真っ白な石造りでかなり大きい。手入れが行き届いてないからか、外壁の至る所に蔦が絡まっている。


 南側の海に面した広場には幅広の水路が引かれていて、王城のすぐ側まで船を着けられる造りになっている。何故かその広場に帝国兵が固まっていた。逆に市街地側には人影はない。身を隠せる場所も多いし、王城に忍び込むならこちらからだろう。


 早速移動しようとしたら間者さんに腕を引かれ、テーブルの下に押し込められた。


 次の瞬間、無人の街に獣の咆哮が響き渡った。


 思わず手のひらで口を覆って息を止める。建物の壁一枚隔てた向こう側をゆっくりと歩いていく四つ脚の獣の気配。石畳を爪で引っ掻くような音がすぐそばから聞こえてきた。



「ま、魔獣はいないと思ったのに……」



 王都の市街地側に帝国兵や住民が居ないのは、魔獣が野放しになっているからだったのか。


 通りを闊歩する魔獣の気配が次第に増えていく。恐らく五、六匹。そのうち魔獣同士が争い始めた。数分で決着がついたが、怪我でもしたのか苦しげな唸り声がする。


 間者さんが窓際に移動して外の様子を窺う。



「うわ。……あれはマズいっすね」


「え、なに? どうしたの?」


「あー、確かにマズいかも〜……」



 血の気が失せた顔で間者さんが呟き、続けて外を見たカルスさんも苦笑いを浮かべている。怖いけど、勇気を出して僕も隙間から覗いてみた。


 そこにいたのは、全身の毛が真っ赤な魔獣。


 小型の馬くらいの大きさの狼に似た生き物。額のツノは黒くて太くて大きい。牙が発達し過ぎたせいか、口が閉じ切っていない。ボタボタと血混じりの涎がこぼれ落ち、石畳を汚していた。


 その足元には先程まで争っていたと思われる他の魔獣……白と新種の魔獣の死骸が数匹分転がっていた。どれも腹わたが喰い荒らされている。


 新種の魔獣は白と赤の毛が半々くらいだったが、コレは全身が赤。さしづめ、真紅の魔獣といったところか。これまで見たどの魔獣より禍々しくて強そうだ。



「え、嘘。……もしかして、進化した?」


「そーみたいっす。今までで一番ヤバそう」


「うーん……剣だけで倒せるか微妙なトコだね」



 今のところ真紅の魔獣は一匹だけだ。でも、他の場所にもいるかもしれない。幸いここは潮風が強く、僕達の匂いはすぐ流されて消える。盗聴阻害の魔導具で音や話し声は周りに聞こえないので、姿さえ見られなければ気付かれる事はない。


 しばらくすると、真紅の魔獣は何処かへ去って行った。それを見届けてから、三人揃って大きな溜め息を吐く。



「下見の時はヤモリさん置いてく予定だったけど、もし一人の時にアレに見つかったらヤバいっすよね」


「うーん……僕も嫌かも」



 幾ら魔導具で守られていても、あんな恐ろしい魔獣と正面から対峙するのは御免だ。



「俺だけで行ってこよーか?」


「アンタはセルフィーラの顔知らないっしょ」


白髪(はくはつ)の女の子だろ? 流石に見間違う事はないと思うよ〜」



 それもそうだ。



「じゃあ俺が城の上から調べてくから、二人はここから近い庭園から侵入(はい)って一階を見てきてよ」


「んー、それならヤモリさんでも付いてこれるかな」


「……が、がんばる」



 置いていかれるよりマシだ。


 さっきの魔獣が数区画以上離れたのを確認してから、僕達は行動を開始した。


 市街地と王城の敷地の境は塀ではなく生け垣と堀のみ。水路は大人なら飛び越えられるくらい幅が狭い。生け垣も防犯や警備の為というより単なる目隠しにしかならない。かつてのカサンドール王国が大らかな国だったのだと分かる。


 まず、建物の間を縫うように移りながら王城に近付く。そこから、カルスさんは付近の住宅の屋根や庭園の植木を足場にして跳躍し、王城の二階部分にあるテラスに飛び込んだ。


 僕は間者さんの後に付いて庭園に侵入する。


 生け垣や庭木の枝葉は手入れされておらず伸び放題。地面には枯れ葉が積もっていたが、これも魔導具の盗聴阻害機能のおかげで周りには聞こえない。


 細心の注意を払いながら、少しずつ王城の建物へと近付いていく。主要な出入り口の扉は固く閉ざされていたので、他に入れそうな場所を探す事にした。


 庭園には魔獣の気配はない。入り込まれた形跡すらない。高い塀もないのに魔獣が侵入してこない理由はなんだろう。


 少し進んだ先で伸び放題の木々に埋もれる井戸や薪小屋を発見、その近くに使用人専用の裏口もあった。小さな木戸で、もし鍵が掛かっていたとしても簡単に壊せる。


 しかし、そこには先客がいた。


 年配の女性だ。後ろでひとつにまとめられた髪と無駄な装飾のない足首まで隠れた、地味な色合いだが上質のエプロン付きのワンピース。その恰好からして女官だろう。慣れた手付きで水を汲み、桶に水を満たしていく。側には護衛の兵士が二人付いていた。


 今なら裏口の鍵は開いている。しかし、井戸と裏口の距離が近過ぎて、女官さんと兵士達に気付かれずに侵入するのは不可能だ。


 それにしても、あの人何処かで見たような。


 薪小屋の陰に身を隠して様子を窺っているうちに水汲みが終わった。護衛の兵士が裏口の木戸を開けて押さえる。女官さんが身を屈めて水桶を持ち上げようとした時、偶々こちらに視線が向いた。



 ──目が合った!?



 数秒動きが止まり、驚いたように目が見開かれた。明らかに僕達の存在に気付いている。が、女官さんはそのまま桶を抱え、裏口から王城内に入っていった。


 ガチャリ、と中から鍵が掛けられる。



「……今の、バレてたっすよね」


「……なんで見逃してくれたんだろ……」



 僕達はしばらくそこから動けなかった。

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