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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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147話・庇護

 帝国領に進軍中のサウロ王国軍に合流し、アーニャさんと無事再会する事が出来た。更に、軍の動向を監視し、魔獣をけしかけてきた鳥型魔獣数匹も退治した。ドラゴンのサクラちゃんの有用性をサウロ王国軍のみんなにアピール出来たと思う。


 しかし、補給部隊を守りながら合流したエニアさん達によって、イナトリとサクラちゃんは窮地に立たされていた。


 辺境伯のおじさんもエニアさんも、ラトス誘拐を指示したイナトリに対してかなり怒っている。先程王国軍のピンチを救った功績でアーニャさんや兵士さん達から庇われなければ、恐らく即ボコられていただろう。


 大きな身体を縮こまらせているサクラちゃんと、ドス黒い怒りのオーラに圧されて何故か地面に正座しているイナトリ。判決を待つ罪人のように黙って下を向いている。



「ふむ。報せは受けていたか、まさか本当に竜を仲間に引き込むとはのぉ……」



 白いあご髭を撫でながらイナトリを見下ろす辺境伯のおじさん。暢気な口調とは裏腹に、その表情は硬い。



「オルニスがそう決めたんなら、あたしに異存はないわ。でも、ラトス君をあんな目に遭わせた奴を放っておくなんて出来ないわね」



 仁王立ちがここまで似合う女性がいるだろうか。エニアさんは口を真一文字に結び、眉間に皺を寄せてイナトリ達を睨み付けている。



「アンタ達、その辺にしときな。その子達が来なかったら、ここにいた部隊は魔獣に全滅させられていたかもしれないんだよ」


「そうだよ〜。魔獣を蹴散らしてくれたのは竜のお嬢さんのおかげだからね〜」


「あと少し助けが遅かったら、我々は総崩れになるところでした」



 アーニャさんとカルスさん、兵士長さんが二人を宥めるが、あまり効果はない。


 理屈ではない。感情の部分で折り合いがつかないから許せないんだ。気持ちは分かる。


 合流すればこうなる事は予想出来た。なので、この二人の気を逸らす為の物を持参している。



「あの〜、これ、マイラから預かってきた手紙です。読みます?」


「「なにっ!?」」



 肩掛けカバンから取り出した封筒は一瞬でエニアさんに引ったくられた。


 食糧補給部隊に届けさせるからと、オルニスさんがマイラに書かせた手紙だ。祖父と母の身を案じる言葉に始まり、ラトスと無事に再会出来たことや、外交の初仕事がうまくいったことが記されている。それを読んで、二人の雰囲気が明らかに和らいだ。



「……まあ、役に立ってくれるならいいわ!」


「そうじゃな。柔軟にいかんとな」



 マイラ効果で怒りが収まった。


 ようやく圧から解放されたイナトリとサクラちゃんは、同時に深く息を吐いた。ドラゴンも溜め息つくんだな。


 二人がその場を離れた後、まだ青褪めたままのイナトリから「よくあんな怖い人達にフツーに話し掛けれるね」と話し掛けられた。僕は怒られた事ないから、と答えたら「信じらんない。図太過ぎ。鈍感」と罵られた。何故だ。






 被害状況を確認、負傷者を後方の中継地に送り、隊を再編成したりと、エニアさんは軍務長官として軍を仕切っていた。辺境伯のおじさんは必要があれば助言し、その仕事を支えている。


 王国軍は現在、国境付近の拠点と帝都、補給部隊の中継地、最前線(ここ)と四つの隊に分かれている。手薄なところを狙われた事もあるし、今後は帝都の部隊と合流をしつつ、目的地に向かう事になるだろう。


 行き先は旧カサンドール領だ。


 その話をする際に、改めてイナトリとサクラちゃんの紹介をした。人語を解する竜の魔獣はみんなを驚かせた。そして、イナトリはサクラちゃんとの意思疎通に欠かせない存在として認められた。


 僕と同じ異世界人であるイナトリに対し、アーニャさんは興味津々だ。



「是非アンタの記憶を見せてもらいたいねぇ。ヤモリより情報が多そうだ」


「は? 記憶? どういうこと?」


「アーニャさんは共感魔法で相手の記憶を読み取る事が出来るんだよ」



 僕の説明を聞いて、イナトリは少し考え込んだ。



「……それって、竜にも出来るのかな」


「うん? 人間以外に試した事はないが……大人しくしていてくれれば出来るんじゃないかねぇ」


「じゃあ、咲良(さくら)の記憶を読んでほしい。人間の時の記憶がどれくらい残っているのか確認したいんだ」



 その言葉に、今度はアーニャさんが困惑した。簡単な自己紹介は済ませたが、細かい事情までは教えてない。サクラちゃんがイナトリの妹の意識を宿している事を伝えると驚いていた。



「なるほどねぇ。……分かった、試してみよう」


「え、アーニャさん大丈夫?」


「ヤモリのおかげで魔力が回復したからねぇ。共感魔法は消費魔力も少ないし、構わないよ」



 さっきまで土気色の顔でぐったりしていたのに、魔力が回復した途端いつも通りに戻っている。



「……ホントに大人しいもんだねぇ。初めて国境で見た時は恐ろしく感じたものだけど」



 ドラゴンの巨体を間近で見上げながら、アーニャさんは感心したように息をついた。


 あの時は完全に敵対していたからね。今のサクラちゃんは僕達の仲間になったという認識がきちんとあるらしく、サウロ王国軍の兵士さんが近付いても威嚇しない。



「咲良、頭を下げてくれるか」



 イナトリの指示に従い、素直に頭を下ろすサクラちゃん。


 その様子を見た兵士さん達からどよめきが起こった。人語を解し指示に従う魔獣など、普通は存在しない。これまで嫌というほど対峙してきた魔獣にもこんなに大人しい個体は居なかった。


 同時に、そんなドラゴンに言う事を聞かせられるイナトリに対して兵士さん達から羨望の眼差しが向けられた。


 注目が集まる中、アーニャさんはサクラちゃんの頭部に手をかざした。指先が触れるか触れないかの絶妙な位置で止める。



「少し頭が痛くなるかもしれないが、すぐに収まるからね。頼むから怒って噛まないでおくれよ」



 側から見ていても何の変化もないが、サクラちゃんは目を瞑り、苦しげに小さく呻いた。


 僕が以前記憶を覗かれた時、最初に頭痛を伴った。多分サクラちゃんもそうなんだろう。イナトリの言い付けを守り、じっと耐えている。


 このまま上手くいくかと思われたが、突然バチっと何かが弾け、その反動でアーニャさんが後ろに下がった。何故か青褪めている。まさか、失敗した?



「アーニャさん、大丈夫ですか」


「あ、ああ……アタシは平気だよ。でも」



 手が離れて頭痛から解放されたのか、サクラちゃんはけろりとした顔で首を傾げている。



「すまないね。竜の記憶はうまく読めなかった……というか、魔法が途中で弾かれた」


「え」


「それって、竜には魔法が効かないから?」


「いや……なんというか、記憶に接触出来なかった。人と竜では勝手が違うからかもしれないが、これ以上無理に覗こうとしたら不味い事になるのは確かだよ。あんたの妹の意識が消し飛ぶ恐れがある」


「……ッ」



 下手をすると只のドラゴンに戻ってしまうという事だ。そうしたら、サクラちゃんは人の言葉を解さない魔獣と化す。もし、この場でそんな事になれば、無防備な状態で近くにいる僕達や王国軍の兵士さん達が危険に曝される。



「……分かった」



 恐らく、イナトリはサクラちゃんを元に戻す為のヒントを探ろうとしたんだ。しかし、それを無理やり実行したら肝心のサクラちゃんの意識が失われる。本末転倒だ。


 俯くイナトリに気遣わしげに顔を寄せ、小さく鳴くサクラちゃん。その頬を優しく撫でながら、イナトリは寂しげな笑みを浮かべて応える。


 本当は無理だと分かっていたのかもしれない。サクラちゃんの肉体はとうに失われている。完全な状態で元通りになるなんて事は有り得ない。唯一残った意識さえ不安定なもの。


 この世界にしか存在しない不可思議な魔法に一縷の望みをかけていたイナトリにとって、アーニャさんの言葉は非常に辛いものだった。


 次に、イナトリの記憶を読んだアーニャさんが「情報が多過ぎる!」と悲鳴をあげた為、数回に分けて共感魔法を使う事になった。ひきこもりの僕と、普通の生活を送っていたイナトリ。そりゃ情報量が違うよね。


 転移直後の出来事も読んだようで、イナトリとサクラちゃんの境遇に非常に同情していた。



「イナトリ。アンタは根は悪くない。アタシが保証する。なんならブラゴノード家(ウチ)の養子になるかい?」


「え……」


「もし()()()()()()、アタシなら対処出来る。それなら誰も文句はないはずだよ」



 アーニャさんがここまで言うなんて相当だ。それくらい、イナトリの立場を守ろうとしてくれている。


 急な申し出に、イナトリは戸惑いを隠せないでいた。返事をするのも忘れ、ただ茫然としている。



「……アーニャさん、僕にはそんなこと言ってくれなかったですよね……」


「おや、妬いてるのかい? ヤモリは既にエーデルハイト家とアールカイト家と王家の庇護下に入ってるじゃないか。アタシの出る幕はないよ」



 そうだった……のか?


 イナトリの記憶のおかげで、もうすぐ元の世界の座標を特定する為に必要な情報が揃う。そうなったら、空間魔法で元の世界に帰れる日が来るかもしれない。






 その後、上空から索敵を行うサクラちゃんとイナトリの働きで魔獣の撃退が容易となり、王国軍に歓迎されるようになった。


 大人しいサクラちゃんは兵士さん達の間で人気となり、畏怖や嫌悪の目で見る人は全くいない。以前カルスさんが言っていたように、バエル教という下地があるからこそ受け入れられているのだろう。



「イナトリ君、あんた役に立つわね〜! これはアレね、剣でも持たせたら竜騎士って感じよね!」


「い、痛い! 痛いです!!」



 エニアさんから背中をバンバン叩かれ、本気で痛がるイナトリ。それを離れた場所から微笑ましく眺めていたら睨まれた。



「敵視されても認められても結局痛い目に合うって、どういう事だよ!」


「あはは、エニアさんが味方にいると心強いよ。がまんがまん」


「オルニス様、あんな強い女性(ひと)とよく結婚出来たな。やっぱり恐ろしい人だ……」



 なんだか知らないうちに、イナトリのオルニスさんへの畏怖度が上がった。

イナトリに強力な後見人が出来ました

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