146話・王国軍との合流
ユスタフ帝国の将軍シヴァの行き先が判明し、サウロ王国軍に一旦合流する為に西へと移動する。
飛んでいれば安全だと思っていたら、鳥型の魔獣に何度か遭遇した。その都度サクラちゃんが撃退してくれたけど、絶叫マシンさながらの急上昇&急降下の連続には閉口した。振り落とされないようにするだけで精一杯。
「ヤモリさん、平気っすか」
「う、うん。なんとか……」
イナトリは慣れたもので平然としている。カルスさんと間者さんもドラゴンに乗ったのは今回の旅が初めてのはずなのに、既に順応している。僕だけが脂汗をかいている状態だ。
地上を行くより魔獣との遭遇率が低いとはいえ、上空での戦闘は心臓に悪い。こういう時に離れた場所から攻撃出来る魔法があると便利なのに。
魔法といえば、と魔法使い達の顔を思い出す。
また黙って出てきてしまった。学者貴族さんには今度こそ雷を落とされるだろう。ラトスやマイラも心配をしているかもしれない。アリストスさんやシェーラ王女はそれぞれ学者貴族さんとラトスの意向に従う。つまり、全員から怒られるのは確定事項だ。
今後を考えると頭が痛い。
「あ、あれじゃない?」
真っ先にイナトリが何かを発見した。
慌てて前方に目を凝らすと、魔獣の大群に包囲されている軍隊が見えた。間違いない、サウロ王国軍だ。
まるで餌に群がる蟻のように地表を真っ黒に染める魔獣達。周囲を完全に囲まれ、中心部分にいる兵士はまったく身動きが取れないでいる。密集し過ぎて、満足に剣が振るえないのだ。このままでは碌に戦えないまま体力を削られるだけ。一旦包囲を解かないと。
「イナトリ」
「ん。じゃあ耳塞いで。……咲良、頼む」
イナトリが指示すると、サクラちゃんは大きく息を吸い込み、辺り一帯に響き渡るくらいの雄叫びを上げた。
ドラゴンの咆哮に驚いた魔獣が散り散りに逃げ出す。それを地上の王国軍が追って倒す。包囲が崩れた事で、動けずにいた兵士達が一斉に剣や槍を振るって攻勢に出た。
それでも数が多過ぎる。サクラちゃんは手薄な場所に急降下で突っ込み、後脚の爪で魔獣が固まっている箇所を狙って強襲。それを何度か繰り返し、魔獣を分散、確実に数を減らしていった。
自由に動けるようになった兵士達は、ようやく存分に実力を発揮して魔獣を撃退する事が出来た。
「辺境伯のおじさん達、いないのかな」
上空を旋回しながら地上の様子を観察する。帝国領に侵攻した王国軍は約四千。補給部隊を加えれば五千ほど。しかし、ここにいるのは千名程しかいない。
魔獣はどれも黒と灰ばかりで、普通ならば苦戦するはずはない。ただ今回は数が多かった。恐らく二千匹前後。それでも、辺境伯のおじさんやエニアさん、アークエルド卿やアーニャさんが居れば先程のように追い込まれるはずは無い。
馬達を刺激しないように少し離れた場所に降りる。
突然のドラゴンの登場に、兵士は全員遠巻きにこちらの様子を窺っている。つい最近までドラゴンは敵方だったのだから、警戒されても仕方ない。
「やあ、エニア様かグナトゥス様はいるかい? 俺は軍務長官直属部隊副隊長のカルスだ。取り次ぎを頼む」
そんな中、さっと前に進み出たのはカルスさんだ。軽く手を挙げ、笑顔で手前にいる兵士に声を掛ける。
軍務長官直属部隊と聞いて、ざわつく兵士達。すぐに後方から兵士長クラスと思われる年配の兵士さんが現れた。多分、国境近くの拠点で何回か顔を合わせた事がある人だ。僕の姿を見て軽く会釈してくれた後、カルスさんに向き直った。
「助勢感謝します! 軍務長官殿と辺境伯閣下は後方の補給部隊の援護に向かわれ、今はおられません」
「そーなんだ。師団長達は?」
「アークエルド卿は帝都、ブラゴノード卿は中継点に……こちらには司法長官が残って下さっているのですが」
語尾を濁す兵士長。
そういえば、アーニャさんの姿が見えない。もしや怪我でもして動けないとか?
「で、副隊長殿。あの竜は一体……?」
「ああ、味方だよ。何もしなけりゃ暴れないし、大人しい子だから」
「はぁ……」
そう説明されても怖いものは怖いのか、兵士さん達は一定の距離を保ったままだ。ドラゴンを初めて見た人がほとんどだろう。
「そ、それで、アーニャさんは何処に?」
「こちらです」
間者さんと二人、兵士長さんの案内で中心部まで進む。そこには荷車の上でぐったりと横たわるアーニャさんの姿があった。思わず駆け寄り、荷車の縁を掴んで覗き込む。呼吸が浅く、顔色も悪い。
「アーニャさん!」
「……うん? その声は……ヤモリかい」
瞼が薄く開き、こちらを見る。僕の姿を確認して、アーニャさんは口の端を歪めて笑った。
「情けないところを見られちまったねぇ……」
「だ、大丈夫ですか、怪我とかは?」
「アタシゃ無傷だよ。魔力切れを起こしちまってねぇ……休ませてもらってたんだが、なかなか回復しなくてね」
帝国領に入ってから魔獣の大群と連戦続きだったのだから無理もない。魔法使いは魔力を使い切ってしまうと身体が動かせなくなるらしい。今のアーニャさんはまさにその状態だ。
こういう時の為に持参した物がある。
「アーニャさん、これで補給してください」
肩掛けカバンから取り出したのは、手のひらサイズの魔力貯蔵魔導具。マイラが王都から持ってきてくれた『役に立ちそうなもの』の一部だ。ヒメロス王子やマイラの魔力が籠められている。
三つあるうちの一つを手渡すと、アーニャさんは目を細めた。
「おお、こりゃあ助かる」
受け取った魔力貯蔵魔導具を胸元で握り込み、アーニャさんは魔力を吸収していった。みるみる顔色が良くなり、数分後には上体を起こせるまでに回復した。それでも、まだ本調子ではないようだ。
「魔力切れもだけど、アタシも歳だからねぇ。野営続きで体力が回復出来てないみたいだ」
「あの、無理しないで下さいね」
「そうは言っても魔獣は待ってくれないからねぇ」
それもそうだ。好きで無理している訳じゃない。そうせざるを得ない状況だったからだ。
「司法長官殿は、魔獣に囲まれた私達に身体強化を掛けて下さって、それで何とか死者が出ずに済んだのです。誠になんと言って良いか……」
申し訳なさそうに俯く兵士長さん。
司法長官であるアーニャさんは研究者であり教職者。本来ならば戦場に出る立場ではない。それなのに頼り切ってしまっている事を兵士長さんは恥じているのだ。
「非常事態なんだから構いやしないよ。アタシこそ読みが甘かった。数時間程度ならアタシひとりで凌げると思ったけど、まさかその間にあんな大群が来るとはねぇ……」
「いやはや、軍務長官殿が後方からの救援要請を受けて別行動になった途端の襲撃でしたから、私共も油断しておりまして」
「……え、それって……」
手薄になった隙を狙われた?
もしかしたら、何者かがサウロ王国軍の様子を窺っているのかもしれない。兵士さん達から離れた場所で待機していたイナトリ達の元に急ぐ。
「イナトリ、多分近くにシヴァの手下がいる。ここの様子を見て魔獣を寄越してるんだと思う」
「! ……それ、人間じゃないかも。鳥型の魔獣にそんなようなヤツがいた気がする」
思わず空を見上げるが、今は何も飛んでいない。でも、離れた場所に森があるし、岩山も見える。魔獣がどこに潜んでいても不思議ではない。
「見張られている状態でカサンドールに向かったらシヴァに逃げられちゃうかも。何とかならないかな」
「じゃ、咲良に探させる」
イナトリはサクラちゃんの頭を下げさせ、何か指示を出した。数度頷いた後、サクラちゃんは顔を上げ、辺りを見回す。瞬きもせず、全方向を隈なく警戒。そして、岩山の方角に何かを発見した。
「あっちにいるみたいだ。ちょっと行ってくる」
そう言って、イナトリはサクラちゃんに乗ろうとしたが、サクラちゃんは身を捩ってそれを拒否。カルスさんの方を向いて小さく鳴いた。
「……え。俺を指名?」
「は?」
カルスさんは嬉々としてサクラちゃんの背中に飛び乗り、その首筋を撫でる。それを見たイナトリは額に青筋を立てて激昂した。
「さ、咲良! お兄ちゃんよりそいつがいいのか!」
「たぶん俺の力が要るんだと思うよ〜。ちょっくら行って始末してくるから待ってて『お兄ちゃん』!」
「お兄ちゃんて呼ぶな───ッ!!!」
怒り狂うイナトリを置いて、サクラちゃんはカルスさんと共に岩山の方へと飛んでいった。
呆然と立ち尽くすイナトリと、それを見ながら声を押し殺して笑う間者さん。
その後、サクラちゃんとカルスさんが魔獣を仕留めて帰ってくるまで口喧嘩は収まらなかった。




