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ひきこもり異世界転移〜僕以外が無双する物語〜  作者: みやこのじょう
第10章 ひきこもり、戦場に立つ

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143話・覚悟と決意

「シヴァの捜索はイナトリに行ってもらう」


「え」



 マイラとの再会後、オルニスさんは僕と間者さんだけを呼び出してそう告げた。


 翼を持つドラゴンであるサクラちゃんなら遠距離の移動も可能だ。それに、空を飛んで移動すれば魔獣に遭遇する事もなく、安全に広範囲を探索出来る。


 先日まで帝国側に付いていたイナトリを帝国軍の捜索に使うなんて。合理的な理由もあるけれど、どちらかというと不安な要素の方が多い。裏切られる心配はないのか。


 ていうか、何故それを僕に言うんだ! 


 ……と、今までの僕なら思っただろう。でも、今回は違う。これは僕の問題でもあるからだ。



「──分かりました。僕も行きます」


「話が早くて助かるよ、ヤモリ君」



 僕の返答に、オルニスさんは満足そうに頷いた。





***



 話は少し前に遡る。


 イナトリがオルニスさん直属の部下となる前。駐屯兵団兵舎の団長室で、転移前後の事を聞き出した時の話だ。


 そういえば、と前置きをしてイナトリは話し始めた。



「シヴァは咲良(さくら)を、竜を欲しがっていた。強い魔獣を作る為の材料にするつもりだ」



 険しい表情で語るイナトリ。彼はシヴァの話題になるといつもこうだ。


 こちらの世界でもドラゴンは稀少、ほぼ伝説の生き物だ。大抵の攻撃が効かない上に巨体なので、並の魔獣とは比べ物にならないくらい強い。ドラゴンという生物を元に魔獣を生み出す事は、研究者の最大の夢であり目標となるだろう。


 全く望んでいなかったのに、不可抗力で最強の魔獣と化してしまったイナトリの妹さんには気の毒な話ではあるけれど。



「シヴァは必ず咲良を奪いに来る。でも、アイツが直接来る事はない。たぶん強化人間が寄越される、と思う」


「……ふむ、では対策を考えねばならないね」



 顎に手を当て、オルニスさんは考え込んだ。


 ノルトンに残る戦力を把握し、最適な配置で敵を迎え討つにはどうすべきかをシミュレーションしている。思考能力のある人間相手では魔獣とは勝手が違う。しっかり策を練らねばならない。



「……強化人間を相手にするなら普通の兵士じゃ駄目だ。ティフォーを使った方がいい。()()が一番丈夫で動きが良いから」


「ふむ」



 イナトリの提案に、オルニスさんは少し悩む素振りを見せた。



「しかし、君達は捕虜だ。易々と拘束を解く訳にはいかない。……それに、まだ私に話していない事があるだろう?」



 話していない事?


 その指摘に、イナトリは一瞬眉間に皺を寄せた。図星だったらしく、盛大な溜め息を吐いて苦笑いを浮かべる。



「……確かに、まだ話してない事がある。しかも、割と重要な事」


「それを教えてくれるなら便宜を図ろう」



 オルニスさんとイナトリは数秒視線を合わせ、お互いの思惑を読み合う。その結果、イナトリは秘密を明かす事に決めた。



「……将軍シヴァは、異世界人だ」



 え。



「うそ。シヴァが?」



 思わず口を挟んでしまった。それくらい衝撃的な内容だったからだ。隣の間者さんも、黙ってはいるが動揺している。



明緒(あけお)クン、会った事があるんだよね。あご髭と服装で誤魔化してはいるけど、シヴァはボク達と同じ日本人だよ。本人がそう言った訳じゃないけど間違いない」



 そういえば、こちらの世界では黒髪自体が珍しいとシヴァ本人が言っていた。あまりにも堂々としていたし、帝国での立派な肩書きもある。だから、直接顔を合わせていたのに日本人だとは気付きもしなかった。


 代表者会談の時はそれどころじゃなかったし。



「シヴァは元の世界の知識を利用して何かをやろうとしている。多分魔獣に関する事だ。ボクは咲良をそんな事に利用されたくない」



 これが、イナトリがユスタフ帝国を心から信用出来なかった理由。隙あらばドラゴンを奪おうと考えている相手だ。信頼関係が築ける訳がない。


 なんだか地味にショックだ。


 イナトリの話が本当なら、シヴァの子である間者さんやセルフィーラには日本人の血が流れてるって事になる。


 じゃあ、シヴァは一体いつこっちの世界に転移してきたんだ? 少なくとも、間者さんが生まれる前。カサンドール王国の王女を娶る前だから、二十数年前。そんな前からこっちの世界で暗躍していたのか。


 秘密を聞き出す事に成功したオルニスさんは、イナトリを自分の部下にすると決めた。明確な立場と居場所を与え、再びユスタフ帝国側に付かないように。





***



 僕がイナトリに同行する理由はコレだ。


 一連の騒動は全てシヴァが引き起こした。こっちの世界の人々の命を弄び、混乱に陥れた張本人。同じ異世界人である僕達がカタをつけなくては。


 しかし、ドラゴンのサクラちゃんと意思の疎通が出来るイナトリとは違い、僕自身に戦う力はない。だが、僕が行く事自体に意味がある。それをオルニスさんも分かっている。



「ヤモリさんが行くなら自分(ジブン)も……てゆーか自分の親のコトなんで、絶対行きますよ」


「お前は今、非常に扱いにくい立場だ。出自が明らかになれば誰からも敵視されてしまう。自由にさせる訳にもいかないし、どうしようかと思ってね」



 間者さんの出自は既に知られている。国境付近の拠点にいた兵士の間で話が広まっていることだろう。本人に何の(とが)もなくても、シヴァの息子である事実は悪い影響しかない。



「だが、お前が自ら父親を討つというのならば……身内としての責任を果たすのならば話は変わってくる」


「勿論そのつもりです」



 つまり、自分の手で父親を殺せという事だ。


 帝都で母親から話を聞いた時に、とっくにそう決めていたんだろう。間者さんは少しも悩まず答えた。



「その覚悟があるなら構わない」



 捜索任務は表向きで、実際は将軍シヴァ殺害を目的とした先遣隊。いち早くシヴァの居場所を突き止め、エニアさん達率いる本隊を導く役目も兼ねている。


 ここまではオルニスさんの想定内。僕達の性格や立場を完全に把握しているからこそ、こうなるように仕向けた。


 サウロ王国を守る為。


 そして、僕達の立場を守る為だ。



「イナトリには既に話をつけてある。竜の体調も回復した。すぐにでも出立可能だ」


「わ、分かりました」



 事態は急を要する。


 支度をする為に屋根裏部屋に戻ると、メイド長さんが荷物を準備してくれていた。厚手の革製コートと肩掛けカバン。それを手渡しながら「どうかお気をつけて」と言ってくれた。こうして見送られるのは何度目だろう。


 引き止められないよう、ラトス達に気付かれないようにそっと屋敷を出た。離れた場所に停めてあった馬車に乗り込み、南門近くの駐屯兵団の練兵場へと向かう。


 既に陽は落ち、辺りは薄暗い。街の灯りが車窓から入り込み、向かいの席に座る間者さんの姿を僅かに照らした。時折、石畳の僅かな段差に車輪が跳ね、体が揺れた。オルニスさんの執務室から出て以来、会話はない。



「……ヤモリさん」



 もう少しで兵舎に着くという頃、間者さんが漸く口を開いた。少し思い詰めたような、いつになく真面目な顔付きだ。いつだったか、間者さんと初めて会話したのは馬車の中だったな、と思い出す。



「もう一度、自分を護衛にしてくれますか」



 それを聞いて、彼が護衛を解任されたままだった事に気が付いた。帝都から帰ってからも、当たり前のように一緒に居たから完全に忘れていた。



「え? あ、そか。いま護衛じゃなかったんだ」


「……そうっすよ。なにその顔」



 ジト目で睨まれた。



「そりゃあ今まで満足に守れた事ないし、護衛としちゃ半端だし、ヤモリさんは嫌かもしんないけど」


「そうだっけ」



 僕がアリストスさんに拉致監禁された時の事か。他にも、間者さんが側を離れている時に限って僕が危ない事ばかりするから責任を感じているっぽい。このやりとり自体も、今までに何度か繰り返している。


 頼まなくても付いてきてくれると思い込んでたから、改めてそう言われると戸惑ってしまう。



「えーと……じゃあ、お願いしようかな」



 僕の返答を聞いて間者さんは表情を緩め、安堵の溜息を吐いた。



「今度は必ず守ります」


「言っとくけど、最初からアテにしてたからね」







 練兵場に入ると、旅支度を終えたイナトリが出迎えてくれた。いつものブレザーの上に防寒用のロングコート、斜めがけの小さなカバンを持っている。


 サクラちゃんの広い背中には木箱が括り付けられていた。食料や野営道具が詰められているらしい。流石オルニスさん、既に準備万端だ。


 勿論、見張り役のカルスさんも同行する。



「暗くなったし、今なら目立たない。早速行こうか」



 僕達が登りやすいように巨体を伏せるサクラちゃん。四人も背中に乗せてくれるのか。遠距離を飛ぶし、かなり負担をかけてしまう事になる。


 前脚部分に足を掛け、慣れた様子で背中に乗るイナトリを見て、僕はある事に気が付いた。



「え、待って。……よく考えたら、サクラちゃんに乗って飛ぶってことだよね?」


「そうだけど〜?」


「なに、明緒クン。咲良(さくら)に乗るの嫌なの?」


「そ、そうじゃなくて、高さ……」



 情けない話だが、ひきこもりになる前から遊園地の絶叫系アトラクションが苦手だった。ドラゴンの背には当然シートベルト付きの座席なんか無い。つまり、アトラクションより遥かに危険という事だ。


 間者さんの手を借りて背中の真ん中にある翼の付け根部分に乗ってみたが、この時点でかなり高い。恐る恐る腰を下ろし、背中に手をつく。鱗は意外と滑らかで痛くはなかった。



「前脚にロープ通したから、これ掴んでれば落ちないよ」


「う、うん。でも大丈夫? 四人も乗って、荷物も積んでるし、サクラちゃん重くないかな」


「ああ、平気平気。な、咲良?」



 イナトリの呼び掛けに、サクラちゃんがギャアと小さく返事をした。ドラゴンの身体はかなりの力持ちのようだ。



「それじゃ行くよ」



 大きな翼を羽ばたかせ、サクラちゃんは身体を浮かび上がらせた。練兵場を囲う四方の壁を軽々と越え、高度を上げながら南へと飛んで行く。


 南門の城壁の上にいた見張りの兵士さん達は飛び立つドラゴンの姿を見ても慌てず、手を振って見送ってくれた。オルニスさんが事前に話を通してくれていたようだ。根回しがすごい。


 後ろを振り返ると、ノルトンの街の明かりが遠ざかっていくのが見えた。

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