142話・笑顔の来訪者
辺境伯邸に現れた王宮からの使者。
屋敷内に入ると、玄関ホールで執事さんが対応しているところだった。本当についさっき到着したばかりのようだ。使者の人はすぐにオルニスさんの執務室へと案内されていった。
「お客さんですか」
「ええ、間もなくお嬢様が到着するそうですよ。坊っちゃまにもお知らせしなくては!」
「マイラが?」
メイド長さんに尋ねたら、予想外の言葉が返ってきた。
何故マイラがノルトンに?
何故それを王宮の使者が伝えに来るの?
先に帰宅していたオルニスさんは使者の人と話しているので、僕はラトスの部屋に向かった。既に他のメイドさんから聞いたらしく、興奮気味に出迎えてくれた。
「アケオ、ねえさまが来るって!」
「久しぶりに会えるね、良かった」
「あー、なんだか緊張してきた……!」
終始そわそわと落ち着かない様子で、部屋中をぐるぐる歩き回るラトス。護衛のクロスさんは、壁際に控えつつ無表情で見守っている。
でも、単なる里帰りとは違う。
まだ貴族学院の長期休暇の時期ではないはずだ。何より、解決したとはいえ、先日までノルトンは危険な状況だった。生まれ故郷といえど、貴族の婦女子がわざわざ来て良い場所ではない。
最初の知らせから数時間後、立派な馬車とそれを囲むように護衛する騎馬の一団がやってきた。玄関先まで出迎えに出た僕達が最初に目にしたのは、白馬に跨った筋骨隆々の革鎧の青年。
はて、どこかで見た事があるような。
「マイラ嬢をお連れ致しましたッ!」
思い出した。ナディール騎士隊のクラデスさんだ。なんでこの人がマイラに付いてきてるの?
すぐに馬車の扉が開けられ、マイラが庭園に降り立った。何故か普段着でも制服でもない、正装というべき落ち着いた色合いのドレス姿だ。ラトスの姿を見つけ、涙目で駆け寄ってくる。
「ラトス! ああ、よかった……!」
「ね、ねえさま」
思いっきり抱き締められ、真っ赤になるラトス。つられて泣きそうになっている。
ラトスが誘拐されて以来だから、約一ヶ月ぶりの再会になる。自分の代わりに攫われた弟の身を案じていた。無事に救出されて一番ホッとしたのはマイラだろう。
「マイラの護衛、御苦労だったね。ラジェーニ伯には後日御礼をさせていただくよ」
「いえ、私がやりたい事をしたまでですので」
オルニスさんの労いの言葉を受け、クラデスさんは一歩下がって頭を下げた。無理やりマイラに近付く事もせず、大人しく控えている。以前とは違い、なんか謙虚になってる?
「さあ、マイラ。中でゆっくり話を聞かせてくれないか」
そう言ってみんなが屋敷内に入っていくのを後ろから付いていく時、突然肩に手を置かれた。クラデスさんだ。何故か真顔で僕に迫ってくる。
「失礼。また会いましたね」
「エッ……あ、はい……」
「確か、貴方は魔獣の研究をされていると。何故辺境伯邸に?」
あー、前にそう言って誤魔化したんだっけ。ただの研究者だと自己紹介した手前、辺境伯邸に出入りしてたら怪しいか。多分、マイラとの仲を邪推されてるんだと思う。
今更異世界人だと説明するのも変だし、悪いけど、このまま嘘をつき通そう。
「し、新種の魔獣を発見しまして、オルニス様にその報告をしに来ただけですよ。えーと、普段は駐屯兵団の兵舎に部屋を借りてて、研究もそこで……はは」
「なんと、新種を! それは重要な報告ですね。お止めして申し訳ない」
しどろもどろになりながら説明すると、クラデスさんはパッと表情を明るくした。
またしても、素直に僕の嘘を信じて引き下がってくれた。うーん、ちょっと怖いけど根はいい人なんだよな。騙すのも心苦しくなってきた。
休憩用の別棟に案内されていくナディール騎士隊の面々を見送りながら、深い溜め息を吐く。
「ヤモリさん、まーた変なのに絡まれてる」
「……なんか妙に縁があるんだよね」
後で学者貴族さんに口裏合わせてもらおう。
久しぶりの家族の再会だ。遠慮しようとしたらマイラに引き止められた。腕を掴まれたまま、応接室まで引き摺られていく。シェーラ王女も呼ばれ、みんなでテーブルを囲む。
「ねえさま、何故ナディール騎士隊に護衛を頼んだのですか」
「ホントはもう少し早くに着く予定だったんだけど、ノルトンが魔獣に囲まれてるって報せを受けて、仕方なく途中のナディールで待機してたのよ。使者の行き来も出来なくて。そしたら滞在中にあちらから護衛を申し出てくれて。馬車の護衛に王国軍を借りるのも悪いからお願いしたの」
「……ふぅん」
ラトスはクラデスさんにあまり良い感情を抱いていない。
初対面時から十以上も年の離れたマイラに露骨な好意を向け、実力も無いのに護衛役を買って出て馬車を危険に晒した人物だ。悪気は微塵もなかったとはいえ、あの時もし間者さんが居なければどうなっていたか。大規模遠征後の一斉鍛錬で鍛え直され、現在は実力を伴っているけど。
「それより、ラトスが元気で良かった。救出の報せを受けてからもずっと心配で。直接顔が見れて、やっと安心出来たわ!」
「ねえさま……」
マイラは衰弱しきっていた頃のラトスを見ていない。もしあの状態を見ていたら自分を責めてしまう。体調が戻ってからの再会で良かった。
「シェーラ様も、ラトスの為に帝都まで行って下さったのでしょ? あたしは取り乱してばかりだったのに、真っ先に志願されて。本当にありがとうございました」
「いえ、私も無我夢中で……」
好きな人のお姉さんから感謝され、シェーラ王女は恐縮した。いつもは凛としているのに、気恥ずかしそうに目を伏せている。
「アケオも。あたしのお願いを聞いてくれて……本当にありがとう」
「……うん」
マイラの笑顔が見れて、僕もホッとした。ラトスが誘拐された後は泣いてばかりだったから。
ラトスを助けると約束をしたけれど、それを叶える事は僕一人では出来なかった。みんなで協力したから何とかなったんだ。
「あ、そうだ。忘れるとこだった! 今回はただの帰省じゃないわ」
「見れば分かるよ」
「今クワドラッド州に向けて王国軍第三師団の半数が移動してるの。あたしだけ先に来たんだけど」
「え、第三師団!?」
食糧難なんだけど。一師団の半数といえば千名か。そんなに兵士を受け入れる余裕は今のノルトンにはないぞ。
「うふふ、ちゃあんと食糧を持ってきたわ。第三師団はその運搬をしてるから移動に時間が掛かってるの。友好国から備蓄を分けてもらったから」
「私もさっきまで知らなかったのだけど、どうもそうらしいんだよね」
オルニスさんも知らなかったのか。友好国から備蓄を分けてもらうなんて、いつの間に。
「ヒメロス様がね、戦争が長引くだろうから食糧の確保をした方が良いって。それで、あたしとアドミラ様が隣のブリエンド王国まで行って協力をお願いしてきたの」
「それも外交の講義の一環かい?」
「ええ! 折角の機会だからって先生が任せてくださったの。他国の外交官とお話する事自体初めてだったから、物凄く緊張したわ。うまくお話出来なかったけど、たくさん分けてもらえたの!」
なんと、ヒメロス王子はこうなる事を読んで先に行動に移していたのか。僕達が帝都に行っている間、マイラ達にも役目を与えて。
「ヒメロス殿下が状況を予見して下さったのとマイラとアドミラ殿下の働きのおかげで、領民と前線の兵士達が飢えずに済みそうだね」
「すごいね、マイラ」
「うふふ。他にも色々役に立ちそうな物を持ってきたんだから」
直接戦わなくても、こうやって支援する方法があるんだ。なんだか凄い。
「マイラ様、お姉様はどちらに?」
「アドミラ様はエズラヒル州に残ってるわ。今回ブリエンド王国に行く際に、王妃様のいる別邸に立ち寄らせていただいたの」
「まあ! では、お母様にお会いしたのですね。……あの、お元気でしたか」
「ええ。もう少ししたら静養を終えて王都に戻るって仰られていたわ」
「……そうなんですのね、良かった」
王妃様、つまりシェーラ王女達のお母さんか。病気か何かで離れて暮らしていたのか。知らなかった。
「マイラ。ブリエンド王国は昔からの友好国ではあるけれど、流石に無償で食糧を提供してくれはしないだろう? 代わりに何を差し出したんだい」
内容によっては今後の二国間の関係性にも影響が出る。オルニスさんが尋ねると、マイラはにっこりと笑って「あたし達の魔力よ」と答えた。
この世界で魔法が使えるのは、サウロ王国の古参貴族の血筋のみ。他国の人間にとって、魔法は縁遠い存在。それをどうやって渡すというのか。
「司法部の副長官から旧型の魔力貯蔵魔導具と置き型の盗聴阻害魔導具を譲ってもらって、それに魔力を込めてお渡ししたの。すごく喜んでもらえたわ」
「成る程。それなら危険はないし悪用されにくい。あちらも喉から手が出るほど欲しい代物だろう」
「今後の魔力提供は王妃様のご親戚が請け負って下さる事になったの。領地がブリエンド王国との国境に近いから、その方が都合が良いだろうって」
旧型なら携帯型より容量が大きい。王宮の会議室などに置き、重要な話の時だけ使用すれば魔力の消費が抑えられる。魔力の補充も頻繁にせずに済む。
まさか外交カードに魔力を出すとは思わなかった。
「あら、アケオが言ったのよ。外交と魔法、両方やったらいいって」
少し見ない間に、マイラは立派な外交官になっていた。
クラデスさん再々登場。
何気に第2章から出てます。




