141話・食糧危機
第10章、始まります。
この章で色々終わります。
最後までお付き合いください。
ユスタフ帝国との戦争中、クワドラット州の中心部にあるノルトンが魔獣の群れに襲われた。たまたま居合わせた人達と策略で全て殲滅し、その際に色々あって仲間も増えた。
帝国側についていた異世界人、イナトリ。
イナトリの妹の意思が宿る竜、サクラちゃん。
そして、魔獣の力を宿した強化人間、ティフォー。
この三人?はオルニスさん直属の部下となった。その為、大罪人ではあるが拘束を解かれている。が、自分の立場を分かっているのか自由に出歩く事はない。それぞれ練兵場と地下牢で大人しく待機している。
魔獣の危機が去ってホッとしたのも束の間、今度は食料不足問題が起きた。
これまでギリギリでやりくりしていたが、昨晩侵入者が食料保管庫を荒らしたせいで余裕が無くなってしまったのだ。長引く戦争で国内の備蓄をかなり減らしている。これから搔き集めるには時間がかかる。
魔獣襲撃の際、世帯ごとに一週間分まとめて食料を配布していたので、ノルトンの住民がすぐに困るような事はない。しかし、前線に送る分が足りない。このままでは、帝国領に攻め込んでいるエニアさん率いる第一、第四師団の兵士達が飢えてしまう。早急に対策を考えなくてはならない。
「魔獣の肉なら有り余ってるんだけどねぇ」
城壁の上から周囲を見下ろし、オルニスさんがため息混じりに呟いた。
魔獣の肉は煮ても焼いても食えたもんじゃない、と以前誰かが言ってた。筋が多いし肉は硬くて生臭いんだとか。あと腐るのが早いって。最悪だ。
でも、飢えるよりはマシだよな。そのうち前線で魔獣の丸焼きとかやりかねない。
ノルトンの周りに山積みされた千匹以上の魔獣の死骸は今朝から処理が始まっている。街から離れた場所に大きな穴を掘り、その中に運び入れて魔法の炎で焼き尽くすのだ。アリストスさんがその指揮を取っている。
真新しい死骸を選別し、食用に出来ないか試行錯誤するのは街の料理人達だ。ありとあらゆる臭み消しや肉を柔らかくする方法を試すんだとか。
でも、魔獣は『生きた人間を喰らった獣の成れの果て』だ。それを知っている人はとてもじゃないが口には出来ない。あくまでも最悪の場合に対する備えとしてだ。
学者貴族さんは黒、灰、白、新種のサンプルを取って違いを調べている。魔獣の研究を進めて、超回復の謎を解明したいらしい。
ラトスとシェーラ王女はメイド長さんによって屋敷に軟禁されている。仕方ない事とはいえ、しばらく貴族学院を休んでいる。過去にマイラが使っていた教科書を元に学び、すんなり復学出来るように勉強しておかなくてはならない。
それぞれが自分のやるべき事を頑張っている。そんな中で、僕と間者さんはオルニスさんに相談を持ち掛けていた。
セルフィーラの件だ。
彼女は二十年以上前に滅ぼされたカサンドール王国の血を引き、現在はユスタフ帝国の皇帝の座についている。
カサンドールの王族の証である白髪を持ち、元国民を誘い出して獣に食わせ、魔獣を造り出している。つまり、彼女がシヴァに利用されている限り魔獣が尽きる事はない。一刻も早くセルフィーラをシヴァから引き離さなくてはならない。
「なるほど。ならば、早急に手を打たなくてはならないね」
既に間者さんから軽く報告を受けていた為、オルニスさんはすぐに状況を理解してくれた。しかし、実際に動けるかどうかは別問題だ。
「帝国領に攻め込んでいるエニア達も帝国軍を見失っている。帝都には偵察を置いているが、恐らくそこに戻ってくる可能性は低い。魔獣の相手をしながら闇雲に探すには障害が多い」
「そうですよね……」
帝国領内には今も魔獣が蔓延っている。食料も調達の目処が立っていない。当てもなく探し回るのは難しい。分かっていた事ではあるが、こればかりはどうにもならない。
「だが、大元を放っておく訳にもいかないからね。良い手立てがないか検討するから、もう少し時間をくれるかな」
何とか対応策を考えてもらえる事になった。オルニスさんに任せておけば何とかなる気がする。
「ヤモリ君も屋敷で休んだ方が」
「……ええと、なんだか落ち着かなくて」
昨夜話を聞いて以来、セルフィーラの事が頭から離れなくなっていた。それは間者さんも同じのようで、ずっと考え込んでいる。
彼女は今も帝国領内で魔獣を造り出す為に利用されている。カサンドール王国の元国民達が自分の姿を見に集まり、そこで獣に喰われている事を知っている。正気では耐えられないような光景も目の当たりにしているはずだ。
そんな役目から早く解放してあげたい。
──という訳で、気を紛らわせる為にみんなの仕事ぶりを見て回っている。
この僕が部屋でじっとしていられないなんて初めてかもしれない。気持ちばかりが急いてしまって、昼寝や読書にも身が入らない。幾ら考えても何とかなる訳でもないし、こういう時は気分転換するに限る。
まず、駐屯兵団の地下牢にいるティフォーを訪ねた。今は鎖で繋がれてはおらず、独房の扉にも鍵は掛かっていない。それなのに、彼女は何故か牢屋に入っていた。
「一応、坊やを攫ったのは悪いと思ってるのよ。アタシが堂々と表を歩く訳にはいかないわ」
確かに、跡取りを誘拐した犯人が直轄領内をウロウロするのはまずい。自主的に謹慎する事で、彼女なりに反省の意を示しているんだ。
「それは別として、なんかここ居心地いいのよね」
「あ、そうなんだ」
気持ちは分かる。
地下牢の中でも再奥にある独房だから、看守も滅多に通り掛からないし、他の牢からも離れている。狭いしカビ臭いけど、プライバシーは保たれている。食事も出るし、許可を貰えばお風呂にも入れる。
人目を気にせず過ごせる滞在先としてはなかなか良いかもしれない、と言ったら間者さんにドン引きされた。
次に向かったのは、隣接する練兵場。
四方を高い壁に囲まれた広い空間のど真ん中に、大きなドラゴンが鎮座している。その身体に寄り添うように座っているのがイナトリだ。
「明緒クン、あいつ何とかしてくれない?」
顔を合わせるなり、イナトリは不愉快そうな表情を隠しもせずに話し掛けてきた。
指差した先にはカルスさんがいた。ちょうど、ドラゴンのサクラちゃんに花束を掲げているところだった。
「竜のお嬢さん、綺麗な花が咲いていたから君にも見せたくてね。見える所に飾っておくから、この花を見る度に俺を思い出してほしいな」
いやいやいや、何してんのあの人。
本気でドラゴンを口説いているの? 幾ら元のサクラちゃんが可愛い女子高生だったとしても、今は全長十五メートルのドラゴンだよ?
どうやら見張りに任命されて以来、サクラちゃんが寝ている時以外はずっとこんな感じなんだとか。
側で聞いてるイナトリも、最初は自分の立場をわきまえて黙っていたが、流石に我慢の限界らしい。間近で妹を口説かれ続けるのはかなりのストレスだと思う。
しかし、僕にはカルスさんに対する権限はない。せめて寡黙なクロスさんと交替出来たらいいんだけど、クロスさんはエニアさんの最初の命令であるラトスの護衛から外れる気はないし。
とにかく愚痴を聞いてあげる他ない。何故か「あの変態白衣もなんとかしろ」とも言われた。何があったんだ。
小一時間ほど話に付き合ってから練兵場を後にした。
次は学者貴族さんがいる所だ。
彼は駐屯兵団の兵舎にある部屋をひとつ借りて、収集した魔獣の素材を並べていた。テーブルに広げられた、ランク毎の魔獣の毛皮。それぞれ強度が違うらしく、色んな道具を用いてその違いを調べていた。
「やはり新種の魔獣は並みの刃物では通らんな。魔法は効くが致命傷にはならんし、厄介だ」
「あれ、なんか元気ないね」
「本当はティフォーを調べたいのだが、辺境伯の婿養子殿から禁止されたのでな。ならばと先程竜の血を採りにいったら見張りの男とイナトリに追い払われてしまったし……」
カルスさん、サクラちゃんをしっかり守ってたんだな。ちょっと見直した。
学者貴族さんは本当に見境ないな。ていうか、さっきイナトリが言ってたのはこれか。そりゃ怒るよ。
「そういえば、イナトリの血は要らないの?」
「いや、まだヤモリから採ってない内から他の奴の血を貰う訳にはいかんだろう」
は?
何その世界一いらない気遣い。僕に義理立てしなくていいから。ちょっと良い事言ったみたいな顔すんな。
「どの道、練兵場に入らせてもらえんから異世界の話も聞き出せんしな。王都に帰るまでの間は魔獣を調べる他ない」
「そっか。……もう戦わないの?」
「前線でか? 小生が出る必要はあるまい。それに、これ以上戦争に関わると伯父上が騒ぐからな……」
「あー、確かに」
既に軍隊勧誘おじさんであるアークエルド卿から王国軍入りを望まれている。この上ノルトンでの活躍を知られたら、更にヒートアップするのは間違いない。根っからの研究者である学者貴族さんからすると避けたい話だ。
アリストスさんの様子も見に行こうか迷ったけど、魔獣の死骸の山とか見たくないからやめた。
みんなと話してたら、なんだか悩んでるのが馬鹿らしくなってきた。ここで僕が考えたところで現状は変わらない。出来る事をやるしかないんだ。
……何も出来ないから悩んでるんだけどね。
食料不足が本格的にヤバくなったら魔獣の肉にチャレンジしようかな。今ノルトンで一番役に立ってないの僕だけだし。いや、どこにいても役に立った試しはないな。
ちょっと凹みつつ辺境伯邸に戻ると、屋敷前に見慣れない立派な馬がいた。
「あー、あれ王宮の早馬じゃないすか」
「え、そうなの?」
言われてみれば、駐屯兵団や師団の軍用馬とは違う、やや装飾性の高い馬具を着けている。
王宮からの早馬は何を知らせにきたんだろう。
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