139話・世界の闇 1
いつも読んで下さりありがとうございます
後書きに小話があります
色々な思惑と策略の末、ユスタフ帝国側の異世界人・イナトリとその部下・ティフォーが仲間になった。
本来なら二人とも死刑になるはずの大罪人。しかし、ドラゴンを使役するイナトリと強化人間とも言えるティフォーをそのまま死なせるのは勿体無い。都合良く抵抗する気が無くなった事を考慮に入れ、オルニスさんの一存でそうなったのだ。
こちらの戦力不足を補う為の策。
それは分かるんだけど……
「イナトリさん、本当に練兵場で寝泊まりするの?」
「サクラから離れたくない。帝国に居た時も外か専用厩舎で一緒だったし」
仮にも捕虜からオルニスさん直属の部下となったのだから、それなりの待遇をすべきだと思う。ちゃんとした部屋を与えるとか。だけど、イナトリ本人が拒絶した。
「……よく考えなよ、明緒クン。ボクはさっきまで敵側の人間だったんだ。何の実績もないうちから特別扱いしたら、オルニス様も周りに示しがつかないだろ?」
「そ、そういうものなんだ?」
「あと、ボクを『さん』付けで呼ばない方がいい。ここでは元捕虜の新参者だ。明緒クンの立場が悪くなるよ」
小声でそっと忠告してくるイナトリ。
周りには駐屯兵団の兵士さん達がいる。ついさっきまで捕虜だったイナトリに対する態度が、彼らにあらぬ誤解を招く可能性もある。
確かに彼の言う通りなのかもしれない。でも、年下でもない、まだ親しくもない人を呼び捨てにするのって抵抗あるんだよな。ていうか、既に手遅れのような気もする。
ドラゴンの拘束は解かれたままだ。練兵場は四方が高い壁に囲まれているが、屋根はない。ドラゴンには翼があるから、逃げようと思えばいつでも逃げられる。その為、新たに見張り役が配置された。
「オルニス様から女の子がいるって聞いたからここの警備に志願したんだ〜! どこかなどこかな?」
満面の笑みを浮かべて練兵場に入ってきたのはカルスさんだ。戦えばめちゃくちゃ強いし、黙っていれば白皙の美青年と言えなくもないのに、言動が本当に残念。
しかし、女の子って誰の事だ。
ティフォーはさっさと地下の独房に戻っていったし、ここには見張りの男性兵士数名とイナトリ、ドラゴンしかいないぞ。
「……誰だか知らないけど、まさか妹を狙ってるんじゃないだろうな」
イナトリが警戒心剥き出しで睨み付ける。しかし、ただの学生に過ぎないイナトリの威嚇に怯む事なく、カルスさんは距離を詰めた。
「へぇ、君の妹なら可愛いんだろうな。どこ?」
あっ、なんか勘違いしてるな。
イナトリは小柄で、どちらかといえば可愛らしい顔立ちをしている。身内なら似ているだろうと思うのも分かる。
僕はそっとドラゴンを指差した。練兵場の中央に身体を丸めて鎮座しているその身体は小山のような大きさ。硬い鱗に全身を覆われたドラゴンを見上げ、カルスさんは首を傾げた。
「え、この竜が何?」
「だから、イナトリの妹の、サクラちゃん」
「オゥ……」
気持ちは分かるが、欧米人みたいなリアクションをするな。その反応に、イナトリが更に不機嫌になった。
「なんだその顔は。うちのサクラは可愛いだろ」
いや、ドラゴンじゃん。どこからどう見ても大型の爬虫類じゃん。
そんな僕達に対し、イナトリは懐から小さな手帳を取り出して見せた。生徒手帳だろうか。カバーの返し部分に小さな写真(プリクラ?)が挟まっている。
そこに写っていたのは制服姿のイナトリと、セーラー服の女の子。肩までの黒髪にやや垂れ目の大きな瞳。悪戯っぽく笑う表情がとても可愛い。
「え、これ、サクラちゃん!?」
「精巧な似姿だな、しかしなんと可憐な……!」
こちらの世界にはカメラがない。初めて写真を見たカルスさんはその写りの良さに驚き、そして少女の可愛らしさに胸を打たれていた。
「どうだ、サクラは可愛いだろう! 今はこうだけど、この姿だって見慣れりゃ可愛いんだ!」
それを聞いて、ドラゴンが器用に翼で顔を覆った。その仕草から照れているのが分かる。兄による妹自慢が恥ずかしいんだな。ていうか、物凄い言葉通じてる。
そこからカルスさんの態度が一変。ドラゴンのサクラちゃんに対し、まるでレディに応対するかのように紳士的な振る舞いをするようになった。
「言われてみれば、艶めく鱗も鋭い爪も黄金色に輝く瞳もとても魅力的だね。竜のお嬢さん」
見た目だけは良いカルスさんに傅かれ、サクラちゃんは満更でもない様子だ。側から見たらドラゴンに愛を囁くヤバい人なんだけど、ここの見張りとしては適任かもしれない。
ただ、イナトリだけがピリピリしている。立場上、カルスさんに表立って逆らう訳にもいかない。放置しておいても間違いは起きないと思うけど、兄としては気が気ではないようだ。
「えーと、……じゃあ仲良くね」
二人と一匹に別れを告げ、僕はみんなと一緒に馬車で辺境伯邸へと戻った。
ちなみに、オルニスさんは部下の人に呼ばれて何処かへ行ってしまった。恐らく事後処理とか色々やる事があるんだろう。代理とはいえ、大きな街の代表者は仕事が多い。
魔獣の脅威が去り、ノルトンは活気を取り戻しつつあった。大通りを行き交う人々の表情は明るい。まだ流通は完全に回復していないみたいだけど、街道が安全に通れるようになれば直に戻るだろう。
「坊っちゃま、ご無事ですか!」
「うん、大丈夫だよエレナ」
「病み上がりに無理なされて……しばらくお屋敷から出てはなりませんよ! シェーラ様も!」
「「ええ?」」
ラトスとシェーラ王女はメイド長さんに連行され、それぞれ自室での軟禁が決定した。まあ、確かに魔力を使い過ぎてたし、丸二日兵舎で生活してたから疲れも取れてない。ゆっくり養生する必要がある。
学者貴族さんとアリストスさんも充てがわれた部屋へと引っ込んだ。魔獣の群れが現れてから、何気にずっと前線で戦い続けていたから、こっちも相当疲れている。
今回の危機にこの四人が居合わせていて本当に良かった。幾らオルニスさんの策があっても、千匹を超す魔獣は対処出来なかっただろう。ラトスがいなければ護衛であるクロスさんやカルスさんだって居なかった訳だし。
その点だけは運が良かった。
「ヤモリさん。これ、お返しします」
屋根裏部屋へ戻ってから、間者さんが何かを差し出してきた。魔導具の腕輪だ。これのおかけで新種の魔獣の攻撃を弾く事が出来たんだ。もう何度命を救われたか分からない。
受け取ると、ずしりと重く感じた。これを間者さんに貸してから一週間以上経っている。久し振りに手にした腕輪の重みに、思わず口元が緩む。
「これ、少しは役に立ったかな」
「帝国領で何回か攻撃を防いでもらいました。まぁ、そのうちの一回は辺境伯なんすけど。万が一の時の備えがあるって心強いもんっすね」
「それは良かっ……なんで辺境伯のおじさんから攻撃されてるの」
「帝国領フラフラしてたから? オルニス様から預かった手紙がなかったら危なかったっす」
話聞かなそうだもんな、辺境伯のおじさん。
間者さんの立場的に、この時期に帝国領に居たら寝返るつもりかと疑われてもおかしくない。オルニスさんからの手紙を届けるという仮の仕事がなかったら、問答無用で成敗されていたかも。
「で、どうだった? お母さんには会えた?」
テーブルを挟み、向かい合って座る。
僕が尋ねると、間者さんは少し表情を曇らせた。が、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「おかげで会えたし、話も出来たんすよ。でも、たぶん、もう二度と会わないっす」
「え、なんで」
折角生みの親に再会出来たのに、何故?
やはり容態が悪くて、もう長く無いとか?
「あー……、健康的な問題だけじゃなくて、考え方そのものの違いっすね」
「考え方?」
間者さんはそっと目を伏せ、何度も指を組み直している。なんだか言い難いようだ。無理に聞き出すつもりはないけれど、半ば無理やり送り出したのは僕だ。それが間者さんにとって辛い結果を招いてしまったのだとしたら悲しい。
そう考えている事を悟ったか、間者さんは慌てて再び取り繕った笑顔を作ってみせた。
「違うんすよ、会いにいったのは後悔してないし、話せて良かったって思ってるし……ただ、なんてゆーか……」
また言い淀む。一体何がそんなに言い難いのだろう。
「──王族、の考え方が怖いってゆーか」
間者さんの母親は、今は亡きカサンドール王国の王族だ。過去ユスタフ帝国によって滅ぼされ、王女は将軍シヴァと結婚……したのかな。とにかく、子供が出来た。それが間者さんと現皇帝のセルフィーラだ。
平民として、というか影の存在として育てられた間者さんとは、そりゃあ考え方は違うだろう。
「オルニス様にはもう話したんで、別に隠してる訳でもなんでもないんすけどね」
「無理に言わなくてもいいよ?」
「や、一応報告くらいは。でも、ホント明るい話じゃあないんで、ヤモリさんに聞かせるのもなーって」
良い話じゃないって事だけは分かった。
「……簡単に言うと、自分の母親は祖国復興の為に国民を犠牲にしてたんすよ」
ようやく絞り出された言葉は、僕の想像とはかけ離れたものだった。
【おまけの小話】
イナトリとの和解?後。
「そういえば、イナトリさんて──」
「また『さん』付けしてるよ明緒クン」
「……ええと、イナトリ、は転移した時って私服だったよね?なんで将英学園のブレザー着てるの?」
「ユスタフ帝国に世話になってる時に、プリクラ見せて似たようなデザインに仕立ててもらったんだ」
なるほど。
かなり良い出来だから本物だと思ってた。
「でも、なんでわざわざ制服姿に?」
尋ねると、イナトリは言いづらそうに顔を背けた。
「……最初、サウロ王国にいる異世界人は往緒クンだと思ってたから……。たぶん制服着てないと、ボクが同級生だって事自体気付いて貰えないと思って……」
「ああ…」
なんか納得した。
確かに往緒は他人に関心がない。クラスメイトどころか担任の顔も覚えてないだろう。
イナトリの服装は、往緒に気付いてもらう為のものだったんだ。
「こっちに来てたのが僕でごめんね……」
「いや、もしホントに往緒クンだったらボクもサクラも生きてなかった気がする。今思うと、明緒クンで良かったよ」
「そ、そっか……」
え、ていうか、往緒ってそういうイメージなんだ。
まあ否定は出来ないな。




